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2021-11-11
近年、顧客ニーズの複雑化やテクノロジーの急速な進歩により、グループや業種の垣根を越えたエコシステム構築を前提としたビジネスモデルが主流になっています。そのような中、企業においては、自社の知的財産をいかに開示し、適切に管理していくかの戦略が、重要性を増しています。知財のビジネス価値を理解し、それをビジネスの中でどのように活用していくのか――。金沢工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科教授杉光一成氏と、PwCコンサルティングで企業の知財戦略の策定を支援する林力一がディスカッションしました。
金沢工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科 教授 杉光 一成 氏
東京大学大学院・修士(法学)、東北大学大学院博士(工学)。電機メーカーの知的財産部などを経て現在に至る。専門は知的財産に関する先端領域。公職歴に参議院経済産業委員会調査室・客員研究員など。
PwCコンサルティング合同会社
パートナー Technology Laboratory所長
三治 信一朗
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
林 力一
三治:近年、企業経営者の間で「IPランドスケープ」というワードが注目され始めています。IPランドスケープとは「経営戦略や事業戦略の中に、知財情報をうまく組み込んで活用していくこと」を指しますが、知財戦略の策定や研究をリードされる杉光先生は、なぜこれが耳目を集めていると考えられますか。
杉光氏:知財情報を使うと、よりエビデンスベースの経営戦略や事業戦略が立案できるからです。新聞でも、自社が保有する知的財産の分析をもとにしたM&A戦略といった、IPランドスケープに取り組む企業の事例が報じられるようになってきていますね。
三治:長期投資家がIPランドスケープに対する関心が高いという事実も、企業のIPランドスケープへの注視に拍車を掛けているのではないでしょうか。
杉光氏:おっしゃるとおりです。長期厳選の投資家と知財専門家を集めた東京大学未来ビジョン研究センター研究フォーラム の「知的財産と投資」でメンバーの投資家に「知財の何に興味を持っているのか」を尋ねたところ、投資家が評価しているのは「企業がIPランドスケープを本当に実施しているのかどうか」でした。また、企業に望んでいることは「(企業が自社のIPランドスケープの取り組みに関する)情報を開示すること」でした。投資家は、IPランドスケープを「経営と知財の距離」を測る指標の1つにしているのです。つまり、IPランドスケープに取り組んでいる企業を経営戦略・事業戦略に知財情報を活用しようとしている企業と見なし、「経営に知財を組み入れて事業戦略を立案している」から今後のさらなる成長が期待できる、と言うのですね。
三治:2020年に特許庁が実施した「経営戦略に資する知財情報分析・活用に関する調査研究」では、「IPランドスケープという言葉を知っている」と回答した人は約8割を占め、そのうちの約3割は「IPランドスケープを理解している」と回答しています。また、IPランドスケープが必要と回答した人も約8割に及びました。しかしながら、「IPランドスケープを十分に実施できている」と回答した人は約1割でした*1。林さんに伺いたいのですが、企業がIPランドスケープを実施しきれないのには、どういう理由があるのでしょうか。
林:あくまで私から見た印象ですが、日本企業は、自社の技術資産を秘匿する傾向が強く、短期的な見通しのもとで顕在化している市場しか注視していないと感じることがあります。特許権の存続期間は原則として20年で、「ビジネスモデル特許」という形で新しい技術をいち早く提供している企業もあることを考えると、「今は顕在化していないが、潜在的な市場を掘り起こす可能性がある知財」の可能性をもとに、長期的な視点で戦略を策定する企業がまだ多くないことが、質問への回答になると思います。
グローバルを見渡すと、知財戦略は「共創・協創の観点からのソリューションビジネス」へと移行しているように見受けられます。これまでのビジネスは、プロダクトを中心に、自社で独自開発した製品を販売するという競争が中心でしたが、結果的に価格競争に陥り、優位性を確立できずに疲弊する企業が少なくありませんでした。しかし近年、「社会課題を解決する」といったビジョンのもとでさまざまな外部企業・組織と連携し、共に顧客に価値を提供するという方向性を標榜する傾向が強くなっています。こうしたビジョンのもとに既存事業を解体し、サービスを提供することが、結果として競争優位性を確立していくと考えているのです。エコシステム構築を前提とし、そこで知財を活用していくソリューションビジネスが、グローバルでの競争戦略のベースになっていくのではないでしょうか。
三治:2021年6月に金融庁と東京証券取引所が改訂した「コーポレートガバナンス・コード」に、「知的財産」の文言が加わりました。同改訂版には、経営層は知的財産の監督責任を持ち、知財投資の開示などを行う旨が明記されています。私はこのことから、知財の取り扱いや投資が企業活動において大きな役割を担うに至っていると感じています。それゆえ今後は、自社の経営戦略・経営課題と整合した知財投資が当たり前になってくるのではないでしょうか。
杉光氏:そうですね。知財戦略は知財投資とほぼ同じになると考えています。つまり、知財への投資は結果的に「知財を活用した経営戦略」になり、先に申し上げたような「経営と知財の距離を縮めることが重要」との結論に至ります。
コーポレートガバナンス・コードに明記されたような知財ガバナンスを実現するには、経営戦略と知財戦略が整合していることが不可欠です。ですから、IPランドスケープを積極的に実施していること自体が、知財ガバナンスに取り組んでいるというメッセージになるのです。
林:「経営と知財の距離を縮める」ことの大切さは、三治も私もコンサルタントとして痛感するところです。ある米国企業の知財投資の例を紹介します。製造業であるこの企業は、知財投資をソリューションビジネスへの展開に応用しています。自社の既存事業領域外の分野やデータサイエンスのR&Dにも莫大な投資をしているのですが、その理由は交渉力の強化です。ある分野に圧倒的に強い企業との取引では、仕入量の確保や価格交渉が難しくなることがあります。そこでこの企業は相手方が優位性を持つ領域の知財に投資し、それをオープンにしてプラットフォーム化することで、他社の参入や競争を促進するという戦略を取っています。それによって、自社がその領域の調達を行う際に交渉が進めやすいような土壌を作っておくのです。
三治:そうですね。相手が強い土俵で勝負するのではなく、勝負しやすくなるよう土俵を作り替えるということですね。知財をプラットフォーム化することで競争力を強化するというのは、示唆に富む視点です。
林:バリューチェーン分析でも、既存事業領域以外のどの分野に投資をしているのかに注視して競争戦略を立案することは非常に重要です。こうした戦略立案には情報収集が欠かせません。そして、業種の垣根が取り壊される昨今のビジネス環境においては、これまでのように競合他社だけにフォーカスするのでは不十分です。
私たちは先般、人工知能(AI)を活用し、クライアントが保有する知財と親和性の高いバリューチェーンを抽出・分析して潜在アライアンス企業の事業性・技術評価を行う「Intelligent Business Analytics🄬」を開発しました。競争戦略を立案する際、ターゲットになり得る企業を短期間で正確に特定できることは、変化が激しい時代における競争優位性を生み出すことになると確信しています。
三治:これまで「系列」という名のエコシステムと商習慣でビジネスをしてきた企業は少なくないでしょう。今後は系列外や異業種の企業と共創・協創を促進し、技術開発・事業開発の効率を高めることが、グローバル規模の競争に勝つ上で大きな力になってくるはずです。知財機能を強化する経営戦略を策定し、既存の系列とは別の視点から世界の共創・協創を見る上で、Intelligent Business Analytics🄬のようなツールを使った検討が有用になりますね。
三治:昨今、「ESG投資」の促進や「SDGs」(持続可能な開発目標)の達成への貢献など、ビジネスを社会課題解決と結び付ける動きが主流になってきています。杉光先生は、ESG投資と知財戦略に密接な関係があるとお考えですよね。
杉光氏:はい、私は以前より、知財とESG投資、SDGsの達成を関連付けるべきだと考えています。環境保護・改善のための技術はこれまでにも投資の対象とされてきましたが、ほんの数年前までは、CSRの観点からの技術開発との印象が否めませんでした。しかし今後、こうした技術は「(企業にとって)オポチュニティを掴む」ものになると考えています。つまり、環境、例えば水質を劇的に改善させる革新的な技術を持っている企業は、環境汚染に関する規制が行われた際に、大きくビジネスを成長させる可能性があるからです。
これからはCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)の視点での投資が増えてくることでしょう。社会課題の解決に寄与する知財であれば、自社の経済的価値と社会的価値を同時に向上させる可能性があるのです。持続可能な未来をつくるための知財であるかどうかも、企業の今後を左右する重要な指標となると考えています。
林:非常に示唆に富んだご見解ですね。知財をプラットフォーム化して新たな収益源を発掘したり、パートナーとの契約時に交渉力強化のツールにしたりすることも知財戦略の一つですが、一社だけでビジネスを成長させることが難しくなっている昨今です。外部組織と共創・協創し、社会課題の解決に向けてビジネスを進めていく、その起点として知財を活用するという視点が、これからの時代に必要だと考えます。
三治:お話を伺って、「知財を見る」ことは環境変化の起点になること、今後の方向性を見ることと同義なのだと感じました。現在の自社の環境を理解し、望ましい未来を考える上で、知財が軸になることをあらためて学びました。本日はありがとうございました。
*1特許庁, 2021. 「『経営戦略に資する知財情報分析・活用に関する調査研究』について」,
https://www.jpo.go.jp/support/general/chizai-jobobunseki-report.html
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