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米国証券取引委員会(SEC)は、新たなサイバーセキュリティの適時開示や年次報告に関する開示規則を、2023年12月18日より適用開始しました(小規模報告企業にはさらに180日間の猶予が設けられました)。この開示規則が策定された背景には、サイバー攻撃による被害が企業価値や財務に与える影響が深刻化しており、投資家保護の観点から透明性の高い情報開示が強く求められるようになってきたことがあります。
一方、日本企業においてもサイバーセキュリティに対する経営層の関心は高まりつつありますが、情報開示に関する確立された規則やガイドラインは依然として存在しておらず、情報開示に関する透明性の確保は整備の途上にあります。特に外国人投資家の比率が高い企業では、グローバルスタンダードに即した情報開示を求められる場面が増えてきており、情報開示の方針を見直す必要があります。
本レポートでは、SECの新規則施行から1年半が経過したタイミングで、米国におけるサイバーセキュリティ情報開示の傾向をまとめ、日本企業への推奨事項を示します。
SECは、企業に対して透明性を担保するために各種の報告義務を課しており、企業は一定の様式(Form)に従って情報開示を行う必要があります。サイバーセキュリティに関しては、重大インシデントの報告にはForm 8-Kまたは6-Kの様式が、年次報告にはForm 10-Kまたは20-Fの様式が用いられます。
各Formには、「Item(項目)」と呼ばれる構成要素が定義されています。例えば、適時開示様式であるForm 8-Kの「Item 1.05」は、重大なサイバーインシデントの開示に関する項目であり、年次報告様式であるForm 10-Kにおける「Item 1C」は、サイバーリスク管理体制やガバナンスに関する項目とされています(図表1) 。
なお、米国証券登録企業(Registrants)とは、米国内に本社を有し、SECに登録されている上場企業を指します。一方、外国民間発行者(Foreign Private Issuers:FPI)は、SECに上場している日本企業など、本社が米国外に所在する企業が該当します。
図表1:サイバーセキュリティに関するSEC報告フォーム
SECは、開示規則の発効後も定期的に声明という形で、サイバーセキュリティに関する情報開示の方法について発信しています。例えば、2024年5月には「全てのサイバーセキュリティインシデントがForm 8-KのItem 1.05で開示されると、投資家が軽微なインシデントを重大なものと誤認するおそれがある」として、Item 1.05(重大なインシデント)とItem 8.01(その他のイベント、または重要度を精査中のイベント)を明確に区別するよう企業に求めています。また、重大性の判断にあたっては、「財務状況や営業成績」への影響に加え、定性的な要因も考慮するよう促しています1。
PwCでは開示規則適用後の1年半後に当たる2025年6月に、SECの新規則施行後に提出された開示書類を対象に、サイバーセキュリティ情報の開示傾向を定量的・定性的に分析しました。調査手法は、以下図表2のとおりです。
図表2:SEC情報開示の調査内容
SEC開示書類の定量分析を実施したところ(図表3)、インシデント適時開示情報の文字数は平均434単語であり、英文レポート1ページ分程度のボリュームでした。また、インシデント検知からSECへの報告までの平均日数は7.8日であり、SECが提出期限として定めた「4日以内」よりも時間がかかっていることがわかりました。その理由としては、軽微なインシデントと重大なものが混在していること、開示規則を施行して間もないため誤解や混乱が生じていたが原因と考えられます。さらには、1インシデントあたりの平均開示回数は1.4回であり、多くの企業で続報を提出していることがわかりました。
年次報告においては、平均文字数は927単語であり、英文レポート2ページ分程度のボリュームでした。最大文字数は1512単語と詳細を開示する企業も確認できました。
図表3:SEC情報開示の定量分析結果
調査項目 |
適時開示 Form 8-K(n=89)、Form 6-K(n=7) |
年次報告 Form 10-K(n=30)、Form 20-F(n=9) |
|
単語数 |
平均 |
434単語 |
927単語 |
最大 |
1367単語 |
1512単語 |
|
最小 |
71単語 |
370単語 |
|
インシデント検知からSEC報告までの日数2 |
平均 |
7.8日 |
|
最大 |
86日 |
||
最小 |
0日(インシデント当日に報告) |
||
1インシデントあたりの平均開示回数 |
1.4回 |
||
インシデント適時開示において、優れた開示事例にはいくつかの共通点が見られます。以下に、グッドプラクティスをまとめます。
サイバーインシデント報告の課題事項は以下のとおりです。これらの課題の原因は、開示規則を施行して間もないため、情報開示の内容に混乱が生じていたことが考えられます。しかし、インシデント情報開示の不備は、投資家の適切な判断を妨げる要因となることから、今後の改善が求められます。
日本の有価証券報告書や統合報告書に相当する年次報告Form 10-K/20-Fに関して、投資家にとって有益な情報を開示している企業が複数確認できました。これらの記載内容は、外国人投資家の比率が高い日本企業にも参考になります。
<リスクマネジメントと戦略>
<ガバナンス>
今回の調査において、当初は業種、企業規模、設立年数などで情報開示の傾向に違いがあるのではないかという仮説を立てていました。しかし、年次報告に関しては、各社とも類似した開示内容になっており、顕著な差分や傾向は確認できませんでした。SEC開示規則の目的である「投資家保護のための透明性の高い情報開示」を達成するためには、今後は自社特有のリスクを特定し、それに対する戦略やガバナンスを開示することが求められます。
SEC開示規則適用後の1年半後にあたる2025年6月に、サイバーセキュリティ情報の開示傾向を定量的・定性的に分析した結果、投資家に有益な情報を開示している企業がある一方で、インシデント情報開示の遅延や、類似した開示内容といった課題も見られることがわかりました。
サイバーリスクが財務状況に与える影響が大きくなってきている中、サイバーセキュリティリスクに対する投資家の意識も高まっています。日本の上場企業は外国人投資家の比率が高まっており、グローバルスタンダードに即した情報開示は企業の持続的成長に欠かせなくなっています。今回の調査を踏まえた、日本企業への推奨事項は以下のとおりです。
以上
1 SEC, Speeches and Statements(May 21, 2024),
https://www.sec.gov/newsroom/speeches-statements/gerding-cybersecurity-incidents-05212024
2 Form 8-Kは、インシデント検知日の記載がある1回目の報告書を対象に算出。Form 6-Kは、SEC受理日を対象に算出
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