将来の国内水素需要量に関するモデル分析

  • 2025-08-04

水素需要に関するモデル分析の必要性

カーボンニュートラル(CN)の達成に向けて、水素は、発電用の燃料としての活用に加えて、電化が困難な重工業や陸運、海運、航空といった分野での活用が期待されています。このような背景の下、PwCコンサルティング合同会社は、各種公開情報や独自試算を元に将来の水素需要量やプロフィット・プール、コスト構造について分析および考察を行ったレポート「将来の国内水素市場におけるビジネス構造分析」を2023年11月に発行しました。
一方で、水素の活用が期待される分野には、発電用途の観点では再生可能エネルギーや排ガスからのCCS(二酸化炭素回収・貯留)を設けた火力など、熱源や内燃機関向けなど燃料用途の観点ではバイオマス、炭素価格を含めても安価な化石燃料、熱源・内燃機関の電化など、水素以外の選択肢となり得るさまざまな技術もあるため、技術進展や炭素価格といった規制に応じ水素の導入量は大きく変わると予想されます。しかしながら、上記レポートを含め、水素に関しては関連技術の進展度合いや規制の時期、それらの内容が将来の水素需要やエネルギー需給に与える具体的な影響を評価した例が少なく、各業界の意思決定に困難が生じています。これらの影響を踏まえた水素の将来性を推定し、適切な意思決定につなげるためには、水素関連技術や低・脱炭素関連技術、脱炭素に関わる規制(炭素価格など)の将来環境を加味したモデルなどを用いたシミュレーションにより、定量的な評価を行うことが効果的であると考えられます。
本稿では、脱炭素化の進展度合いに伴う水素(アンモニアも含む)需要量の変化を、前段の観点から、定量的に評価しました。具体的には、国内における水素を中心とした新エネルギーの需給シナリオ例を複数示し、その分析結果と共に、各業界のプレイヤーの意思決定に関わる概要情報として提供します。

具体的な手法として、シナリオごとに一次エネルギーおよび水素関連技術/低・脱炭素技術の価格/コスト、技術導入時期、産業活動量(需要)、規制内容(炭素税/炭素価格)を設定したうえで、PwCが開発したエネルギー需給モデルによるコスト最小化計算を足元から2050年時点まで実施しました。これにより、各技術・規制の動向による水素導入量(需要量)の変化を定量的に算出することに加え、算出された各セクターにおけるCO2排出量や技術選択時期・量などを基に、2050年のCNを達成するための課題や障壁を、技術・コストを軸に考察しています。

シナリオとモデル分析ツール

シナリオ

本検討では、水素および低・脱炭素技術の進展と炭素価格で「①理想シナリオ」「②中間シナリオ」「③悲観シナリオ」の3シナリオ(図表1)を想定しました。技術進展については、日本のCO2排出量の約8割を占める発電、自動車、化学、鉄鋼の4つのセクターについて、それぞれ将来の技術進展度合いが現在の各種技術開発計画から見て①理想シナリオでは「開発計画通り」、②中間シナリオでは「一部計画遅れ」、③悲観シナリオでは「大幅遅れ/一部開発失敗」となるよう設定しました。炭素価格については、2050年時点で「①理想」「②中間」「③悲観」それぞれ49,000円、22,000円、13,000円/t-CO2e(CO2e:二酸化炭素換算)となるように付与しました。

図表1:本検討において想定したシナリオ

これらに加え、炭素価格および水素価格による感応度を見るため、②中間シナリオに対し炭素価格を上下させた「④中間+CP理想」シナリオおよび「⑤中間+CP悲観」シナリオと、②中間シナリオに対し水素価格を上げた「⑥中間+水素悲観」シナリオ、「⑥中間+水素悲観」シナリオに対し炭素価格を上げた「⑦中間+CP理想&水素悲観」シナリオの4つのシナリオを設け、合計7つのシナリオ条件を用い計算、分析を行いました。
これらのシナリオの詳細条件については、各種公開情報とPwCが保有するデータベースに加え、各セクターに関する国内外の専門家の意見を基に設定しました。

エネルギー需給モデル(最適化シミュレーションモデル)

本稿では、エネルギーの将来需給を分析するツールとして、IEA(国際エネルギー機関)が提供するエネルギー分野の将来需給を分析する世界的な解析ツールであるTIMESをベースにPwCが開発したエネルギー需給モデルを用いました。
エネルギー需給モデルは、現在から将来(本稿では2050年まで)にかけてのエネルギー総コストを目的関数として、主に以下のようなインプット条件を、将来技術を含め年代ごとに与えたうえで線形計画法による最適化計算を行います。

  • 一次エネルギー調達コスト(一次エネルギーではないが輸入水素・アンモニアも含む)
  • 一次エネルギーから二次エネルギーへの変換コスト(CAPEX、OPEX、効率・建設期間など)
  • 最終製品・サービス(粗鋼需要量、移動需要量など)を供給する機器・設備のコスト(CAPEX、OPEX、使用エネルギー種、効率・建設期間など)
  • 最終製品・サービスの需要量
  • その他機器・設備等のコスト(エネルギー輸送・配布、直接空気回収やCCSなどの脱炭素技術)
  • 足元(本稿では各種データアベイラビリティから2021年度を採用)における各種機器・設備の導入済み数量・容量
  • 各種量的制約(CCS可能量やエネルギーの輸入に関する上限量制約、本稿では採用していないがCO2排出量上限など)
  • 炭素価格

7つのシナリオ条件では、上記のうち輸入水素・アンモニア価格(調達コスト)と炭素価格のほか、技術進展として各種技術の実用化時期やコストを変えたインプットを与え計算を行いました。

コスト最適計算の結果と3つの示唆

7シナリオのコスト最適計算を行った結果、大きく以下の3つの示唆が得られました。

1. 2050年の水素需要量は7つのシナリオに応じ460~3,500万t/年と見込まれ、アンモニア専焼発電の実現が水素需要の多寡に最も大きな影響を与える

アンモニア専焼発電は2050年までの実用化が間に合わない悲観シナリオを除く全てのシナリオにおいて導入され、2050年時点で1,500~2,500万t/年(水素換算)の燃料アンモニア需要が生じました。これらの値は、いずれのシナリオにおいても水素需要全体の6割以上を占めるものであり、2023年に公表された水素基本戦略における2050年目標値2,000万t/年の達成に大きな影響を与えています。

2. 最も悲観的なシナリオ③でも鉄鋼と化学セクター合計で330万t/年程度の水素需要が見込まれる

最も悲観的なシナリオ③でも、鉄鋼セクターでは2020年代後半に商用化予定である直接還元製鉄法(還元ガスの75%を水素とするもの)向けの需要として230万t/年の水素需要が、化学セクターにおいて熱需要として100万t/年(水素換算)のアンモニア需要があり、合計330万t/年の水素需要が生じました。

3. 7つ中5つのシナリオでは2050年にCNを達成するものの、そのいずれにおいてもCCSの導入が必須となり、約1.5億t-CO2e以上の貯留が必要となる

2050年の炭素価格が22,000円/t-CO2e以上となる①、②、④、⑥、⑦シナリオでは、2050年のCO2排出量は足元の国内総排出量の7分の1程度の約1.5億t-CO2e以上となり、その全量をCCSにより相殺・ネットゼロ化することでCNが達成されました。炭素価格13,000円/t-CO2eの③、⑤シナリオでは炭素価格にコストが見合わずCCSの導入が実現しないためCNは達成されず、③悲観シナリオでは2050年の排出量が7シナリオ中最も大きく約3.8億t-CO2eが排出されました。

CNの実現に向け、何をするべきか

本稿では7つのシナリオの計算結果に対する分析を詳細に行い、各セクターそれぞれにおいて採用される低・脱炭素化手法の規模、タイムラインおよびその背景、水素の果たす役割、CN達成に向けて重要なポイント、各ステークホルダーの役割などについて示しています。
皆さまが所属されている組織、もしくは皆さまご自身は、各シナリオが2050年に向けてたどるさまざまな道筋を踏まえ、どのような戦略を取るべきでしょうか。
水素やアンモニア、CCSの他に、再生可能エネルギーの導入や化学セクターにおける材料そのもののクリーン化、自動車セクターの燃料電池車を含む電動化などの手法がある中、それぞれのセクターは具体的にどのような道筋をたどり、2050年の低・脱炭素化を実現するのでしょうか。
そして、各セクターがたどる道筋の分析を踏まえ、日本がCNを達成するには誰がどの分野においてどのような役割を果たしていく必要があるでしょうか。

CN達成に向けたアプローチは、技術や政策などさまざまな不確実性を持つため、どのような道筋をたどるかについて確度の高いシナリオを定めることは容易ではありません。一方で、計画や戦略の策定にあたっては、その前提となるシナリオを可能な限り固め、指針として持つ必要があります。そのような背景の下、本稿は最適化シミュレーションモデルを用いた計算を通じ、不確実な技術進展や政策の組み合わせに対する一定の解を参考として示しております。本稿が示す各シナリオのたどる道筋や各種分析・考察が、皆さまの戦略策定におけるヒントや指針となることを心より期待しております。

将来の国内水素需要量に関するモデル分析

執筆者

中谷 尚三

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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岩崎 裕典

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

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渡邊 敏康

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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石川 直樹

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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菊池 雄介

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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田中 啓

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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