Special Session:データドリブン経営の光と影

データ・アナリティクス活用におけるフレームワークを共同開発

PwCグローバル メガトレンド フォーラムを締めくくるスペシャルセッションでは、ファシリテーターを務めるPwCコンサルティング合同会社 パートナーの山本 直樹と、二名のパネリストが登壇。セッションでは、データドリブン経営を実践するために必要なデータ活用とデータガバナンス、サイバーセキュリティのポイントについて議論が交わされた。

冒頭、山本はセッションの狙いを次のように述べた。「国内ではデジタルトランスフォーメーション(DX)の第2波が到来しており、個別業務におけるデータ活用にとどまらず、企業全体でデータとアナリティクスを活用するデータドリブン経営にシフトする企業が増えている。一方で、どうすればデータをうまく活用できるのかが分からないという企業も存在する。本日は、先進的な事例を持つ二社よりゲストをお迎えした。両社の取り組みを通じて、データドリブン経営を実践するためのヒントを探りたい」

PwCがカーネギーメロン大学と共同で開発したデータ・アナリティクス活用のフレームワークでは、「ビジネス意思決定とアナリティクス」「データと情報」「技術とインフラ」「組織とガバナンス」「プロセスと統合」「文化と人材」の六つの領域におけるアプローチを提唱している。その内、セッションのテーマとして「データと情報」「組織とガバナンス」「文化と人材」の三つに焦点が当てられた。

データ活用とデータ保護 二つのバランスをどう取るか

ファシリテーター:山本 直樹 PwCコンサルティング合同会社 パートナー

株式会社リクルート 執行役員 法務/内部統制推進/セキュリティ統括の森 健太郎 氏は、同社で法務、セキュリティなど“守り”の部分を担当している。リクルートは過去十年で事業のITシフトを加速させ、全事業でデジタルトランスフォーメーションを実現した。紙媒体の情報誌をウェブ上で展開し、ビジネスの在り方自体をも変えてきたのである。例えば、同社が発行する「じゃらん」は、ウェブでは「じゃらんnet」としてユーザーの宿泊代の数パーセントをトランザクションフィーとして受け取るビジネスに変わっている。こうした事業の進化に合わせて、森 氏自身のキャリアもトランスフォーメーションしていったという。

一方、株式会社ディー・エヌ・エー AI戦略推進室 室長の村上 淳 氏は、全社的なAI活用をリードする組織のトップに立つ人物である。ゲームを中心に幅広い事業を手掛ける同社において、AI戦略推進室は、データを活用した新事業の創出や、既存事業の拡大といった役割を担う。村上 氏は入社当初、データ活用に関するルールづくりやデータ統合のガイドラインづくりにも携わり、“攻め”と“守り”の二つの側面からデータドリブン経営に関与してきた。

最初のテーマである「データと情報」(法規制への対応)について考えるとき、データ活用、データ保護以前にまず「データ管理」が必要になってくる。さらには、データ活用とデータ保護というトレードオフの関係性をどういった形でバランスを取るかは大きな論点だ。

DeNAでは、ゲームをはじめ、スポーツ、オートモーティブ、ヘルスケアなどの多種多様な事業領域でデータ活用プロジェクトを推進している。例えばあるゲームでは、キャラクターを選択して対戦する際、上位プレイヤーが選択したデッキ編成ログ(キャラクターの組み合わせ)を基にAIがキャラクターの関係性を学習し、お薦めのデッキ編成を提示する。

一般的にゲームAIで用いられる最適な組み合わせを探索する技術は、関西電力と共同で開発する、石炭火力発電所の燃料運用最適化システムにも応用されている。火力発電所の燃料運用のスケジューリング作業には、熟練技術者でも半日の時間を要するが、これを最適化するアルゴリズムを構築することで、スケジューリング作業時間の削減を目指している。

データ保護について、村上 氏は「事業領域の拡大に伴いプライバシー性の高いデータが増えていく中、プライバシーポリシーとデータガバナンスは事業部別のルールで運用している。新規事業立ち上げ時は、社内のセキュリティ部門もサポートを行っている。サポートがあることによって、ビジネスを安全に進められる安心感がある。また、セキュリティ対策には数十名を配置しており、他社に比べて陣容が厚い」と述べた。

守りのガバナンスを効かせるには、経営陣の支持と関与が必須

森 健太郎 氏 株式会社リクルート 執行役員 法務/内部統制推進/セキュリティ統括

森 氏はリクルートのリスクマネジメント手法について、次のように説明した。「基本的なフレームワークは非常に単純で、どこにリスク(脆弱性)があるのかを『把握』し、シンプルに『編集』して、『対策』するという三つのステップからなる。対策には、受容、軽減、移転、回避の四つの方法があり、費用対効果を考慮して選択する」

同社では従来、一律の基準でセキュリティ対策を行っていたが、データ量の爆発的な増加を背景として、自社が所有するデータの中でも、ユーザー情報のように絶対に守らなければいけないものについてはセキュリティの強固な高い壁をつくる一方、それ以外については壁を低くしたり、セキュリティリスクを経営陣に受容してもらうなど、メリハリをつけたセキュリティ対策に転換した。「三つのステップのうち、最も重要なのが編集の前の把握だと言える。社内のインフラや環境もさまざまなため、どこに何があるかを理解するだけでも一年かかった。そこを仕分けてから、対策を検討した」と森 氏は振り返る。データの編集にあたっては、データの利用範囲と機微度の二軸でマッピングを行い、レベルに応じて経営としてリスクを取る(受容する)ものと、コストをかけて軽減・回避するものとに分けて、従業員に共有した。

国内グループ会社だけでなく、海外グループ会社も同様のアプローチを取っている。欧州子会社ではGDPRへの対応が課題になったが、インシデント時の影響が大きいものについてはグループのリスクとして本社で管理し、それ以外については現地の判断に任せるなど、メリハリをつけているという。

トップの支持・関与が不可欠集中と分散のサイクルを繰り返す

優秀なデータサイエンティストが求めているのは、自分の腕が上がる環境

村上 淳 氏 株式会社ディー・エヌ・エー AI戦略推進室 室長

二つ目のテーマは「組織とガバナンス」である。データドリブン経営を始める際には、トップのコミットメントや、エキスパートを集めた組織(CoE)をつくることが重要だといわれるが、両社はどのようなファーストステップを踏んだのか。

リクルートではデジタルトランスフォーメーションの推進にあたり、経営トップがIT化の必要性を徹底して訴えてきた。攻めだけでなく守りのガバナンスを効かせていくためにも、経営陣の支持・関与が絶対に必要だと森 氏は言う。「経営陣の支持を獲得しておくと、ヒト・カネ・時間のリソースを確保することもできる。もう一つのポイントは、検討・実装の初期コストはヘッドクォーターで持つことだ。実装して、運用フェーズに入ったら、コスト負担は事業部側に持たせる。さらに、ガバナンスが一定レベルに達したら、現場に権限委譲することも重要だ。集中と分散のらせん階段をつくり、ぐるぐると回している」

DeNAでも、経営トップが旗振り役となり、データドリブン経営を推進してきた。「ディープラーニングが登場した時に、トップが『これからはAIの時代。AIで社会構造が大きく変わる』というメッセージを発信するとともに、社内を啓蒙するための教育・研修を積極的に行った。現在、新規事業については、事業部とR&Dのそれぞれから生まれているが、事業部が不慣れな場合は、私たちAI戦略推進室がサポートを行い、自走を始めたらシステム部に移行している。新規事業を開発するチームとデータサイエンティストチームの座席を近くに置いていることも、組織的な工夫の一つだ」と、村上 氏は話した。

エンジニアのモチベーションを満たす環境が、優秀な人材を呼ぶ

最後のテーマは「文化と人材」である。良い人材を採用するために、どのような取り組みがなされているのか。優秀なデータサイエンティストを巡り獲得競争が激化する中、エンジニアのやりたいことができる環境整備が重要だとした上で、村上 氏は「人が人を呼び、優秀なデータサイエンティストが集まってくる。そうした人材は、会社の垣根を意識せず、自身のスキルを向上できる環境を求めているので、受け入れる側にも良い人材がいることや、面白いデータが豊富にあり、実際に触れられることが大事だ」と語った。さらに昨年、世界最大規模の機械学習コンペティション「Kaggle」で優秀な成績を収めたデータサイエンティストやエンジニアには、一定の業務時間を「Kaggle」に割くことを認める制度を導入したところ、優秀な人材が多く集まるようになった印象があるという。

森 氏は、サイバーセキュリティを担うにはプロデューサーとエンジニアの二種類の人材が必要だと指摘する。「プロデューサーは、セキュリティに関する概念レベルでの経営層との対話や予算の獲得、事業会社との折衝が主な業務で、私もその一人である。一方のエンジニアは、セキュリティについて深く理解しているスペシャリストで、社外からの調達が基本となる。優秀なエンジニアは、優秀なエンジニアを集める。豊富なデータと最新のテクノロジーがモチベーションとなるため、彼らにとってワクワクするような環境を整えることが必要だ」と、村上 氏に同意を示した。

三つの領域を総括しながら、山本は「データドリブン経営にあたっては、二人のような“攻め”と“守り”の双方を知り、バランスの取れた人材が企業の中でリードしていくこともポイントの一つだ。正解のない世界だが、各社各様に試行錯誤していくことで、実践が進んでいく」とセッションを結んだ。

最後にクロージングとして、PwC Japanグループ マネージングパートナーの鹿島 章が「世界CEO意識調査にあるとおり、景気の後退感や先行き不透明感はあるが、AI活用、デジタル化は日本の社会、日本企業にとってチャンスでもある。PwCが自ら変革していくことで、日本企業の皆様のデジタルトランスフォーメーションを支援していきたい」と展望を述べ、本フォーラムは幕を閉じた。

鹿島 章 PwC Japanグループ マネージングパートナー

※グラフィックファシリテーションの内容は、フォーラム開催当時(2019年2月26日)のものです。