生成AIを業務で利用する動きが急速に拡大する中、クラウドプロバイダーが提供する生成AIサービスの利用を目的として、企業内で複数のクラウドプラットフォームを利用する「マルチクラウド化」が進んでいます。各サービスはそれぞれの業務や利用システムとの親和性によって選定されますが、こうした状況下で、企業全体でクラウド利用を把握し、ポリシーやルールを整備する必要性が高まってきています。本対談では、この領域での支援に豊富な経験を有するPwCコンサルティングのディレクター黒田育義が、クラウドガバナンスの必要性やPwCコンサルティングの取り組みについて語りました(聞き手:アソシエイト 上柳太一)。
(左から)上柳 太一、黒田 育義
対談者
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
黒田 育義
PwCコンサルティング合同会社
アソシエイト
上柳 太一
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
上柳:
本日は生成AI活用がもたらす「マルチクラウド化」に対するガバナンスの必要性ついてお聞きします。
まず、言葉の定義ですが、一般的にマルチクラウドは「複数のクラウドプラットフォーム(以下、クラウド)を利用し、それぞれの特性に応じて使い分ける」と理解しています。一方黒田さんはあえて「マルチクラウド化」という言葉を使われていますが、その意図はなんでしょうか。
黒田:
マルチクラウドは上柳さんの理解の通りです。一方「マルチクラウド化」とは、利用に関する全社のポリシーやルールがない中で、各事業部門が自身の業務に適したクラウドを利用し、その内容を全社のIT部門が把握、管理できていない、結果として「マルチクラウド化」してしまったという状態を指すことを意図しています。
「マルチクラウド化」がもたらす企業リスクは大きく、例えばデータが複数のクラウド間に分散することで、それに対応するためのデータ連携機能の開発や運用が必要となる、一貫したセキュリティ対策や運用監視が行えず運用コストが肥大化するといった可能性があります。
上柳:
これまでも企業内で複数のクラウドが利用されるケースは多かったと思いますが、なぜ生成AI活用が「マルチクラウド化」をもたらしてしまうのでしょうか。
黒田:
これまでも営業支援や社内コミュニケーション、経費精算などリモートワークの普及を起点として、さまざまな場所からアクセスしやすいクラウドの利用ニーズが拡大し、それぞれの業務に適したSaaS(Software as a Service)が導入されてきました。
一方、近年は生成AIを業務に組み込んで活用する動きが加速しています。通常生成AIの開発や必要な学習データの蓄積はクラウドで行いますが、特に生成AIのモデルや性能は各クラウドで異なるため、適用する業務に応じてクラウドを選択することになります。また選択の結果、学習のためのデータをそのクラウドに持ち込む必要があるため、データが分散化される状況が生まれます。
そこで、各事業部門の生成AI活用のニーズに応えつつ、先に挙げたリスクを低減するためにガバナンスが必要となります。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 黒田 育義
上柳:
以前パブリッククラウドが提供しているAIプラットフォームの比較調査を実施しましたが、確かに利用できるモデルや扱えるトークン数(文章の長さの指標)が異なっており、ユースケースによってAIプラットフォームを使い分けないといけないことを認識しました。
その点からも企業としても複数のクラウドを使いたいというニーズが増えてくると思いますが、それに対するガバナンスにはどのような要素があるのでしょうか。また企業としてどのような取り組みが必要でしょうか。
黒田:
まずクラウド活用に関する戦略やポリシーの策定が必要となります。策定にあたってはいくつかの観点がありますが、例えばデータの重要性や機密性をもとにクラウド利用可否を決めるという考え方があります。またシステム特性、例えば障害によるサービス停止がどの程度許容できるかにより利用可否を決めるという考え方もあります。
この戦略やポリシーに基づき、クラウドが提示するサービスレベルが自社の目的や企図している非機能要件に合致するか、データやアプリケーションを相互に連携させるには何を標準化するべきかなどを決めていきます。特にデータは複数のクラウドに分散することが想定される一方、AI/ML(機械学習)、生成AIの開発ではなるべく1カ所にあるほうが容易であるため、データの配置を軸としたアーキテクチャ検討は重要となります。またアプリケーションもその実行環境は分散するため、なるべく標準的でオープンな実行環境技術を使うことも有力な選択肢となります。
最後に異なるスキルレベルを持つ方が開発することを前提として、共通のセキュリティ対策や開発プロセスの整備、運用監視機能により安全性の確保とコストの低減を図る必要があります。
上柳:
取り組むべき範囲が広く、かつ幅広い知識が求められることになりますね。しかし企業にはこれらすべてを備え推進していく人材が不足しているという課題もよく聞きます。こうした課題に対してはどのように取り組むべきでしょうか。
黒田:
人材に対する課題は、多くの企業が悩んでいるところですが、その1つの対策としてセンターオブエクセレンス(CoE)を組成し、利用する事業部門などと連携しながら組織横断的に知見を収集、共有しながら対応していくことが挙げられます。確かにクラウドは細かく見ればそれぞれの特徴がありますが、基本的な設計や考え方に関しては類似点も多く、戦略策定や統制という観点でいえば異なるクラウドでも知見を共有することで、それらに対する理解が進むといったことがあります。
上柳:
クラウドを利用する側と管理する側が一体となったCoEが有効とのことですが、具体的にCoEはどのような機能を担うのでしょうか。
黒田:
先にお話しした「ルールの策定やガバナンスの構築」、「クラウド運用の管理」、「人材育成」が挙げられますが、これらの前提として、情報の収集から戦略と企画の立案、活動に対する評価と改善というプロセスが回ることが重要です。
これを実現するには、より多くの情報が集まるよう広報的な活動が必要であり、事業部門がクラウドを利用したい、また利用するにあたって検討しなければいけないことを知りたいという要請に対応できることが必要です。
上柳:
まさに私もCoEの運営をサポートするプロジェクトに参加していました。先の「ルールの策定やガバナンスの構築」「人材育成」に係る内容として、クラウド活用にあたって必要なスキルや課題を整理し、それらに対する施策を検討しました。
調査やヒアリングより、主要な課題として「CoEが策定したルールの認知・理解不足」が挙げられました。CoEがクラウドの効果的かつ安全な利活用を目指して策定した各種ルールが、事業部門に十分に認知・理解されておらず、システム開発にも適切に反映されていないという課題でした。
この課題に対する施策を検討するにあたり、他業務で多忙な事業部門に対して、システム開発全般への統制ルールに加えて、クラウド利用への統制ルールを認知・遵守してもらう必要があり、施策検討上の重要な観点でした。
黒田:
戦略やポリシーに基づいたルールの策定はもちろんですが、策定したルールが認知・遵守されるように展開していくことも重要ですね。
実はルールなどが認知されていないと、誤った認識で本来クラウドを活用することで得られるメリットを逸してしまうということもあります。事業部門への認知は難しい点もあるので、「トップダウンでの依頼」や「文書公開」だけでなく、事業部門の負担軽減の工夫や、既存プロセスへの組み込みによる仕組化などの事業部門への配慮も必要です。
またルールの遵守順守という点では、先にお話しした通り生成AIを活用したシステムは「マルチクラウド化」になりやすく、また、統制ルールが徹底されないと、思わぬ情報漏洩などのインシデントにもつながるため、一層重要となります。
上柳:
プロジェクトにて実施した、CoEが策定したルールを事業部門に認知・遵守してもらうための取り組みが「マルチクラウド化」を防ぐ観点でも重要であることを再認識しました。
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト 上柳 太一
上柳:
マルチクラウド支援においてPwCコンサルティングが提供できる価値はどのようなものだとを考えていますか。
黒田:
PwCコンサルティングは従来セキュリティやトラストといった点に強みを持っていますが、加えてAI/ML、生成AIにも知見を持っており、特に生成AIについては、定期的に実態調査を実施しその動向を把握しています。また複数のクラウドプロバイダーとのアライアンスにより情報収集も実施しているため、その特徴を踏まえた検討を支援することができます。
特に今後は、生成AIを軸としたデータ活用にあたって、情報の検索性やデータの配置、セキュリティ対策、開発運用の効率化/高度化といった技術テーマが論点となることから、それらをトータルで支援できることが求められると考えています。
上柳:
技術テーマそれぞれが内容も深く、習得に時間が掛かると思いますが、どのように取り組めばよいでしょうか。
黒田:
とにかく、「触れてみる」ことが重要だと考えます。多くのクラウドは無償で利用できる環境を提供しており、またハンズオン研修なども行われています。そういった機会を通じてどういったものかについて理解を積み重ねることで他クラウドへの応用もできると考えています。これは私たちだけでなくぜひクライアントにも勧めたいです。
また、「身近なものに置き換える」という思考も必要です。私たちは日ごろ、スマートフォンに代表される身近なIT機器で生成AIのメリットを享受していますし、銀行をはじめとする金融機関との取引や、通勤、旅行などの移動においてもデジタル技術が浸透しています。そうしたものに触れながら、この仕組みがどのようにして成り立っているかを想像することが、習得のスピードや量を高める上で有効だと考えています。
上柳:
私も今後そうした点を取り入れながら技術テーマへの理解をさらに深めていきたいです。
黒田:
このような知見と実績を活かし、PwCコンサルティングは企業のマルチクラウドに関する取り組みを支援してまいります。
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