(左から)荒平 浩一氏、羽角 友樹雄、北崎 茂、人見 誠氏
みずほフィナンシャルグループは、新たな人事の枠組み〈かなで〉を中心に、人的資本の開示や、人的資本レポートの作成など先進的な人的資本経営の取り組みを進めています。PwCコンサルティング合同会社では、開示のストーリー構築から、KPI設定、インパクトパスの導入に至るまで、継続的なサポートを行ってきました。
株式会社みずほフィナンシャルグループ 執行役常務 グループCHRO 人見誠氏、人事業務部 企画チーム ディレクターの荒平浩一氏と、PwCコンサルティング合同会社 パートナー 組織人事コンサルティングリーダーの北崎茂、同シニアマネージャーの羽角友樹雄が、取り組みの背景や実践における課題、そして今後の展望について語り合いました。
※本文敬称略
北崎:みずほフィナンシャルグループ(以下、みずほ)では、2022年から新たな人事の枠組み〈かなで〉を立ち上げて人的資本経営を進め始めました。昨年は人的資本レポートも発行し、日本企業の中でも先駆的な取り組みとして注目されています。まずは、この急速な変化を推し進めた背景や狙いについてお聞かせください。
人見:〈かなで〉という枠組みの構築を加速させた直接のきっかけは、2021年に起こしたみずほのシステム障害です。しかし、その前段として重要な背景となったのは2010年代の金融を取り巻く環境変化、特にゼロ金利・マイナス金利政策の中で、金融業界の厳しさが増してきたことが挙げられます。
みずほ内でも、「金融ビジネスだけを愚直に追い求めているだけでは生き残れない」という危機感が強まり、金融以外のビジネスとのコラボレーションやアライアンスが必要という方向性が示されました。その中で人事改革にも着手し、2019年度には新たな指針を打ち出したのですが、「専門性を高める」ことを社員に求めるなど会社目線の改革でした。
その2年後、システム障害により社員の士気が大きく下がり、大きな方向性の見直しが必要だと感じました。それは二つあり、一つは「ビジネスとのアライメントの強化」、もう一つは「社員との向き合い方の見直し」です。
特に社員との関係では、会社が一方的にスキルアップを求めても叶いません。社員と対話して一人ひとりがどこでどのようにチャレンジしていくのかを一緒に考える、対等な関係を築く方向へ転換しました。
株式会社みずほフィナンシャルグループ 執行役常務 グループCHRO 人見 誠氏
北崎:金融業界におけるビジネス環境の変化が激しくなる中で、より事業運営の現場に近いところで人材に関する意思決定をし、変化に対応する機動力を上げる。そして、社員に対しては、自ら考えるきっかけを与えることで自律的な成長を促す、という考え方ですね。企業と社員の関係性の中で言えば、どちらかといえば、これまでは異動などを含めて、会社主導で様々な意思決定が行われてきたと思いますが、そのバランスを従業員サイドにも振っていく、それにより個々人がよりオーナーシップを持った成長を促していくというメカニズムに変えていくということだと思います。一方で、「人的資本経営」という考えも含めて、現場への浸透という観点でいうとかなりの変化が求められると思いますが、実情はどのような感じなのでしょうか。
人見:金融業界においては、人の成長こそがビジネスの源泉だと考えています。人がどのようにサービスを提供し、価値を創出していくかが成功の鍵です。人口減少社会の中で、いかに一人ひとりが自分の価値観に合った形で成長していくかが極めて重要です。この考え方は現在、経営陣から現場まで浸透してきています。
実は、「人的資本経営」という言葉を社内で使い始めたのは最近で、その追求から始まったものではありませんでした。金融業界やグループ特有の事情に向き合った結果、人的資本経営を重視するという世の中の動きと一致したのが実情です。
北崎:こうした意識変革においては、経営層からのコミットメントは欠かせない点だと思いますが、経営層は今回の人的資本経営や意識改革に対して、具体的にどのように関与されているのでしょうか。また、この数年間で、その関わり方はどのように変化してきたのでしょうか。
人見:従前、人事部門に任せる傾向がありましたが、現在はかなり変化しています。特に社長の木原は人的資本を重視しており、人事施策の決定や推進において強いコミットメントを示しています。経営会議でも人事戦略はビジネス戦略と並ぶ重要テーマとして議論されています。
経営トップ自らが「自分ごと」として人的資本に向き合うことで、ラインマネージャーの意識も変わりつつあります。とはいえ、具体的なアクションレベルでは、まだ発展途上であることは否めません。各リーダーが自部門の人材をどう育成し活用していくかという点では、さらなる進化が必要です。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 組織人事コンサルティングリーダー 北崎 茂
北崎:人的資本経営を進める中で、外形的な話をすれば、人的資本レポートの開示やインパクトパスなど、さまざまな取り組みを推進されてきましたが、やはりその中核となるのは〈かなで〉だと思います。〈かなで〉について、その基本理念を改めてお話しいただけますか。
人見:〈かなで〉の中核となる理念は、"自分らしくある"ことの実現です。具体的には「挑戦を支える取り組み」「貢献が報われる取り組み」「働きやすさを感じる取り組み」という3つの柱で構成されています。特に重要なのは、グループベースでの人事制度の統一と、年功序列から役割・成果に基づく処遇への転換です。
羽角:人的資本の情報開示は私もご支援しました。チャレンジとなったポイントはどういったところでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 羽角 友樹雄
人見:人的資本の情報開示については、3年間で段階的にアップデートを行ってきました。
それ以前の開示は、個々の施策を羅列する「施策集」のようなものでした。初年度の大きな変革は、企業理念とそれを実現するための人事の枠組みとして〈かなで〉があり、各種施策がどうつながっているかという背骨を作ることでした。当初はストーリーの構築に苦労しました。PwCコンサルティングのサポートを受けながら、何度も議論を重ね、どのような流れで伝えるべきか検討しました。単なる取り組み紹介から、ストーリーに沿った体系的な開示へと進化させた後、2年目は〈かなで〉を中心とした人的資本KPIの設定、そして3年目には人的資本インパクトパスの導入により、全体のつながりを体系化しています。
人的資本インパクトパスでは、足元の取り組みが企業理念やパーパスにどうつながるかを示すとともに、中間のマイルストーンを設定しています。ビジネスサイドから見た目指す姿と社員から見た目指す姿を言語化し、各種施策がどのように価値創造につながるかを可視化しました。これにより、KPIだけでは見えない因果関係や連動性を表現できるようになりました。
羽角:みずほの人的資本の取り組みで特徴的なのは、戦略人事の部分が際立っていることです。KPIやインパクトパスでビジネス部門まで入り込み、必要な人材を作っていく方針は他ではあまり見ないものです。一方で、社内調整は大変だったのではないでしょうか。
荒平:確かにそうですね。最初は「なぜそのような数字を開示するのか」「数字を出す意味があるのか」など社内的にも抵抗がありました。しかし、開示を進めるにつれて外部からの評価も高まり、次第に社内の理解も深まってきています。
ただ数字を開示するのではなく、その数字と施策のつながりを説明することが重要です。当初は数値の羅列になっていましたが、インパクトパスの導入によって意味付けが明確になりました。
また、外部からの評価や質問を受けて、「なぜこの指標を開示しているのか」という根本的な問いに立ち返ることも必要です。単に同じデータを毎年出せばいいというものではないため、「これは本当に開示して意味があるのか」と振り返りつつ、新しく必要なものは取り入れるという棚卸しを行っています。特に来年度は中期経営計画の見直しタイミングなので、ビジネスとの連携を強化した新たなKPI設定やインパクトパスの進化が課題です。
株式会社みずほフィナンシャルグループ 人事業務部 企画チーム ディレクター 荒平 浩一氏
人見:以前は開示=最低限の報告義務と考えていましたが、今は未来に向けたコミットメントとして捉えています。KPIや目標値を公表することで「やらなければならない」という意識が社内に広がり、むしろ開示が運用を牽引する形になってきました。
北崎:以前は日本企業の中でも、人的資本開示を今時点のスナップショットとして捉え、過去の情報や今の結果だけを記載する傾向があったと思いますが、投資家や労働市場も含めてステークホルダーが知りたいところは、企業における今後の事業戦略との連動性や目指すべき方向性が示されることだと思いますし、その重要性が高まってきていると私も感じています。一方で、人事の領域においては、どちらかというと社内秘匿性が高い領域という考えもあり、こうした外部に対する開示の向き合い方の変化は、人事のみならず、ビジネス部門においても、これまでの人事に対する暗黙的なイメージもあり簡単な話ではないと思います。実際に推進する中で、人事や現場のビジネス部門で起こった課題や、それをいかにして乗り越えてきたかについてお聞かせください。
人見:まさに進行形の取り組みです。組織視点で見ても、ビジネス部門はこれまで人事戦略を主導してこなかったので、何から手をつけていいかわからないという状況がありました。一方で、人事部門もビジネスのリテラシーを高めていく必要があります。ビジネス・人事部門を隣接させて、さらなる連携強化を目指すということに目下取り組んでいます。
社員視点で見ると、グループのパーパスをはじめとした企業理念や〈かなで〉で目指すものについては、多くの人が共感しているのですが、具体的にどう行動に落とし込んでいったらいいかがわからないという社員は多いです。そういう人に機会を提供しサポートしていくために、選択肢を増やしました。ただ、急速に選択肢を増やしたので、アクセサビリティの課題が出てきています。当面は、そういった機会があることを分かりやすく示し、アクセスしやすいようインフラを整える作業をしていく必要があります。
北崎:今回は、どちらかというと国内中心の話題に焦点を当ててお話しいただきましたが、みずほはグローバルでもさらなる成長を目指す方向性を示していると思います。そうした中、今後の課題として、グローバルでの人的資本経営という観点では、どのようなお考えをお持ちでしょうか。
人見:われわれは収益の約4割を海外で上げるグローバルカンパニーです。現状の開示ではグローバル部分が切り離されている面があり、ビジネスがグローバルで動いている躍動感が十分に表現できていません。今後は「グローバルコラボレーション」を大きな柱として、開示も含めてグローバル色を強めていく方針です。
ただし、人事においては各地域の労働法制が異なることもあり、完全なグローバル統合は難しい。そのため、リージョン主義を基本としつつ、タレント育成やカルチャーなど共通項目について知見を共有し、相互理解を深めながらコラボレーションを強化する方向で進めています。
北崎:全ての制度やオペレーションを統一したグローバルカンパニーがあるかというと、ほとんど存在しないと思っています。各国ごとに顧客やビジネスモデルの特性や、さらには社員の志向性なども異なります。グローバルアジェンダ、リージョナルアジェンダ、ローカルアジェンダをどう切り分け、どのバランスが最適かを検討すること、さらにその状況も事業環境によって変動していくので、それを持続的にマネジメントできる仕組みを構築することが、私も重要だと思っています。
そうした中、今後の方向性として、日本本社の人事と海外拠点とのアライメントについてはどのようにお考えでしょうか。
人見:人事とビジネスのアライメントは今後さらに重要になると考えています。現在、各リージョンの状況や人材データを把握するためのモニタリングを強化しています。例えば、人的リスク管理という観点から、ターンオーバー率やヘッドカウント、人件費の推移などを地域横断で比較・分析することで、経営資源の最適配分を目指しています。
これは単なるコストコントロールではなく、ビジネス拡大や規制対応など、各リージョンの特性を踏まえた上での戦略的な人材投資を実現するためです。今後は人事部門が各ビジネスの特性をより深く理解し、パートナーとして意思決定に関与していく体制を強化していきます。
羽角:最後に、今後優先的に取り組むテーマや課題、PwCとともにチャレンジしたいテーマについてお聞かせください。
荒平:開示については、中期経営計画の切り替えのタイミングに合わせて、新しい枠組みでの人的資本戦略を設計していきます。また、人材要件の定義やポートフォリオ構築も課題として認識しています。そこではぜひPwCの知見をお借りしたいと考えています。
人見:〈かなで〉の枠組みはできましたが、今後は社員の行動変容や活性化をさらに促進していかねばなりません。ビジョナリーに語るだけでは社員は動きません。適度な競争環境の中で自発的行動を促し、それを組織の力に変えていく仕組みづくりが必要です。その仕組みづくりについても、PwCから助言をいただければありがたいです。
(左から)羽角 友樹雄、荒平 浩一氏、人見 誠氏、北崎 茂