国家間の競争が激化する中、世界の半導体産業に地殻変動が起こっています。技術政策のエキスパートである米戦略国際問題研究所(CSIS)ワドワーニAIセンターのGregory C. Allen所長(前職は米国防総省統合AIセンターの戦略・ポリシー担当ディレクター)は「業種業界を問わず、全ての経営トップは備えを怠ってはならない」と警鐘を鳴らしています。
パンデミックに起因する半導体の供給不足により、多くの工業製品の生産ラインが稼働停止を余儀なくされる事態に陥ったのは、数年前のことである。半導体不足によって世界の自動車生産台数は、2021年だけでも1,000~1,200万台目減りしたと推定されている。これは3,000億米ドル以上の売上が失われたことを意味する。その影響は自動車業界にとどまらず、家電やコンピューターをはじめ、精密実験装置から重機といった工業製品にも幅広く及んだ。
事態は思いがけず大きな広がりを見せ、半導体はグローバル経済の健全性維持にもはや不可欠であり、自社製品に半導体を使用しているかどうかに関わらず、どの企業も半導体なしでは事業の継続すら危ういという現実が浮き彫りとなった。一方で、高度に作り込まれた世界の半導体サプライチェーンは、その複雑さゆえにぜい弱性が懸念されている。特にAIを動かす先端半導体に関しては、これまで以上に破壊リスクにさらされている。AIは米中間で高まりつつある地政学的競争の新たな主戦場となっており、半導体企業とその顧客は、地震や台風、工場の火災といった物理的なリスクだけでなく、輸出管理や政策変更という政治的リスクにも対処しなければならなくなっている。
この状況をどう読み解き、経営者はどう行動すべきかについて、Gregory C. Allen所長に話を聞いた。以下はインタビュー内容を編集したものである。敬称略。
半導体をめぐる地政学的対立は産業構造をどう揺るがすのか
Gregory C. Allen:最新のチップに対する強い需要は常にあります。では、もしそれにアクセスできなくなったらどうなるでしょうか?
影響を受けるのは、最新のチップを使っている一部の主要産業だけではありません。実際には、あらゆる業界に影響が及びます。なぜなら、多くの企業が使っているチップは、以前は最先端だった工場で製造されたものだからです。つまり、少し前に最先端工場で使われていた装置は、今も産業全体を支える重要な存在なのです。
台湾は最先端チップ分野で圧倒的な存在ですが、古い世代のチップにおいても極めて重要です。台湾では常に最新の製造設備(ファブ)が建設され、そこでは最新のチップが生産されます。しかし、その設備が最先端でなくなった後も、航空、家電、自動車など、そこまで高性能を求めない業界向けにチップを作り続けます。
ここで非常に興味深い点があります。これまで最新のチップにそれほど関心を持たなかった自動車産業などの分野も、今では高度な自動運転やインフォテインメントシステムの普及により、より高性能なチップを求めるようになってきています。つまり、先端チップ産業の経済構造は、他の多くの産業ともどんどん結びついているのです。
strategy+business(以下「S+B」):半導体地政学は、テクノロジー産業以外にはどのような影響を与えるのでしょうか?
ALLEN:半導体は、今やほぼ全てのテクノロジーの基盤となっています。パソコンやスマートフォンだけでなく、自動車や洗濯機にも半導体は使われています。
私たちはCOVID-19のパンデミックに関連したサプライチェーンの混乱を経験しました。米商務省の推計では、この半導体不足により、米国のGDP成長率は1ポイント押し下げられたとされています。これは、半導体が経済にとっていかに重要であるかを物語っています。
製造業や重工業などのCEOであれば、すでに原油価格やエネルギー価格が自社に与える影響について敏感になっているでしょう。同じように、半導体の動向が自社に与える影響についても「感覚」を持つ必要があると私は考えます。もう1つの理由としては、テクノロジー産業の未来は、AIにかかっていることが挙げられます。AIソフトウェアはAIハードウェア上で動作します。AIデータセンターで稼働する半導体1枚の価格が4万米ドル超える場合もあります。現在建設中のデータセンターの中には、数万、あるいは数十万個のチップを搭載するものもあります。
S+B:10年、15年前と現在では、政策立案者の目の色が違うようですが、何か理由があるのでしょうか?
ALLEN:半導体業界はグローバルに広がっていますが、バリューチェーンの一部は特定地域に集中しています。特に、最先端のロジック半導体については、現在90%以上が台湾で製造されています。そして台湾は、まさに地政学的緊張の中心に位置しています。政策担当者たちが懸念しているのは、もし台湾に何か起きた場合、世界経済にどれほど深刻な影響が出るかという点です。ある推計では、台湾の半導体産業が世界貿易から切り離された場合、経済的損失は数十兆ドル規模になる可能性があると言われています。これは、世界的な経済大惨事を引き起こす規模です。
S+B:「2022年10月7日、私たちの世界は新たな局面に突入した」と以前、書かれていますが、この日は何を意味するのでしょうか?
ALLEN:2022年は地政学の歴史に長く刻まれる2つの日付があると思います。1つ目は、ロシアがウクライナに侵攻した2月24日です。そしてもう1つが、あまり知られていないかもしれませんが、米国が中国へのAI半導体および先端チップ製造技術の輸出を大幅に制限する新たな輸出規制を施行した10月7日です。これは、過去20年以上続いてきた米国の対中貿易・技術政策を根本的に転換するものでした。その後、ブリンケン国務長官(当時)は「冷戦後の時代は終わった」と述べ、今後はテクノロジーが次なる国際秩序を形作る競争の中心になると語りました。10月7日に米国政府が事実上表明したのは、次のようなメッセージでした。「これからはAIの時代であり、将来、中国がこの分野で優位に立った場合、軍事利用や諜報活動を目的としてAIを使用する可能性に対して米国は強い懸念を抱いている。ゆえに、米国企業が中国のAI開発を技術的に支援することを望まない」
S+B:あえて反論する立場で聞きますが、多くの製造業者は、数ドル以下の廉価なチップしか購入していません。なぜ、最先端チップの地政学リスクを心配しなければならないのでしょうか?
ALLEN:誰もが購入している半導体の多くは、少し前まで最先端半導体を製造していたファブ(工場)で生産されています。つまり、かつて最先端だった製造装置は、その後も下流産業を支える重要なインフラになっています。台湾は最先端チップで絶対的な存在ですが、同時にレガシー半導体(旧世代半導体)でも極めて重要な役割を果たしています。彼らは最新最高のファブを建設し、最初は最新チップを生産しますが、やがてそれらのファブは、航空機、家電、自動車といった、そこまで最先端を要求しない産業向けのチップを生産するようになります。
さらに注目すべきは、かつて最先端ロジックチップにあまり関心を持たなかった業界、たとえば自動車産業も、より高性能なチップを求めるようになってきている点です。自動車が自律走行化し、複雑なインフォテインメントシステムを搭載するようになったことで、より高度な半導体を求める時代になりました。つまり、最先端チップ産業の経済構造は、多くの産業に深く絡み合うようになっているのです。
「歴史的に最先端ロジック半導体に関心が薄かった産業も、今やより高性能な半導体を要求するようになった。最先端半導体産業は、ますます多くの他産業と密接に絡み合っている」
S+B:このような状況を踏まえ、経営者に対してどのようなアドバイスをしますか?また、それを踏まえてどのような行動を取るべきでしょうか?
ALLEN:もし私が企業の経営者に1つだけ助言できるのなら、「自社の半導体サプライチェーンを正確に把握せよ」と伝えたいです。それも、直接取引しているサプライヤーだけでなく、間接的に依存している企業、つまり顔を合わせることはないが、製品やサービスに不可欠な企業も含めてです。例えば、自動車メーカーは「誰が自社のインフォテインメントシステムを作っているかは把握していても、そのシステムの中のチップを誰が作っているかまでは知らない」といったケースが普通でした。しかし今では、自動車業界のリーダーたちは、それではいけないと認識するようになっています。何かサプライチェーンに支障が出たときに、誰に連絡を取ればよいかを把握しておく必要があります。自分たちのニーズを満たすために、市場が供給できるかどうかを予測できる能力も持たなければなりません。そして、どこに依存リスクがあるかを把握したら、リスクをどう緩和するかを考え始めるべきです。最低限やるべきことは、サプライチェーンの多様化です。
最初に確認すべきは、「第二サプライヤーが確保できているか?」「地理的に、台湾以外に調達できるオプションがあるか?」ということです。たとえば、輸送路が遮断されるような事態が起きても、世界の別の地域に頼れる代替サプライヤーを持っているかどうかがカギになります。
米国の外国直接製品(FDP)ルールが世界の半導体サプライチェーンに意味するものは?
Gregory C. Allen:「外国直接製品規則(FDPR)は、米国の輸出管理制度の重要な構成要素です。輸出管理では、特定の懸念国に技術が渡ると、その使用方法にリスクがあると考えられるため、技術の販売を制限します。
FDPRは、製品が第三国で改良・加工された後でも、米国の規制が引き続き適用されることを定めたルールです。つまり、他国で作り変えられたからといって、“別の製品”として懸念国に再輸出できるわけではありません。
ただ、米国の技術がシステム全体の価値のうち75%、50%、25%、あるいは5%しか占めない場合、FDPRが適用されるかどうかの基準が問題になります。例えば、製品中に米国起源の価値が1%しかないなら規制は不要かもしれませんが、99%なら適用されて当然です。
この基準は、輸出管理規則(EAR)で産業ごとに異なる形で細かく定められています。
AI向け半導体チップや、それを製造する装置に関しては、米国は非常に厳しい基準を採用しています。たとえ米国の構成比が25%未満でも、重要な技術が含まれていて、それなしでは製造できない場合にはFDPRが適用される可能性があります。
半導体製造装置メーカーが米国の重要技術を使っている場合、完成品が米国外で組み立てられたとしても、中国への販売は禁じられるのです。
このFDPRは、米国の外交政策における極めて重要な手段の1つであり、2022年10月の対中輸出規制が戦略的な影響を与えている要因でもあります。
S+B:今後の規制を見据え、企業はどのような準備をしておくべきでしょうか?
ALLEN:世界展開する企業は今後、ますます地政学的リスクと国家安全保障上の優先事項が相反する状況に直面するでしょう。具体例を挙げると、外国企業が中国国内で半導体製造施設を運営している場合、米国政府は「これ以上、新しい製造装置をこれらの施設に提供してはならない」と通達するかもしれません。しかし同時に、中国政府は「すでに存在する装置は国内にとどめなければならない」と言うかもしれません。
つまり、米国の規制と中国の規制が戦略的に真正面から衝突する可能性があるのです。さらに難しいのは、中国では規制の適用が法律に明記されているとは限らないことがあります。行政機関が、その場の判断で「過去は合法だったが、今は違法だ」と遡及的に扱い、罰則を科すこともあります。非常に不確実でリスクの高い規制環境です。
そのため、ある企業は中国市場から撤退し、別の企業は知的財産やプロセスノウハウの移転リスクを最小化しようとしています。具体的には、重要な工程だけ外国人労働者を現地に送り込んで実施し、現地の中国人労働者には教育・訓練を行わずに帰国させる、といった対策も取られています。
米国に関して言えば、現在の政策の重点はAI関連の半導体に置かれています。
一方で、食洗機などに使われるチップのようなその他の用途向け半導体は、規制上まったく異なる扱いを受けています。ただし、この状況が今後も続くかどうかは分かりません。以前の米国政権では、中国で生産されたあらゆる種類の半導体に対して関税が課されていました。今後2年後、5年後、10年後にどうなるかは、誰にも分かりません。政策の優先順位は常に変化するからです。
S+B:貿易規制だけでなく、各国政府は国家の半導体製造能力拡大にも巨額の投資をしています。この動きについて、どう見ていますか?
ALLEN:これまで半導体業界は、ジャスト・イン・タイム(JIT)型サプライチェーンを最適化してきました。つまり、できるだけ在庫を持たず、必要なときに必要な量だけ生産・供給する仕組みです。しかし今は、ジャスト・イン・ケース(JIC)型サプライチェーン、つまり「何か起きた場合に備えてリスクに備える」方向へのシフトが起きています。政府も産業界も、破壊的な事態を想定し、事前に投資を行い、リスクに備える行動を取ろうとしています。
米国では「CHIPS法」が成立しました。これは、米国政府がここ最近で成立させた中でも最大級の産業政策パッケージです。規模は、5年間で約520億ドル(1年あたり約100億ドル)です。また、EU(欧州連合)も「欧州CHIPS法」を打ち出しています。日本も、半導体産業への大規模投資を進めています。こうした先進民主主義国の間で、協力しながら、どのように相互補完的な投資を行い、より強じんなグローバルサプライチェーンの構築について、同盟国間で模索されています。
一方で、中国も自国産業への巨額投資を続けています。推計によれば、中国政府は2022年10月の米国輸出規制以前から、年間650億ドル規模の半導体補助金を投じていたとされています。これは、驚異的な規模の投資です。中国は、単なる技術的優位だけでなく、市場シェアの面でも世界をリードしようとする非常に野心的な目標を掲げています。中国政府の公式目標は「中国国内で使われるチップの70%を中国国内で生産する」というものです。
S+B:では、そうした中国の動きを受け、米国を始めとする各国政府は多くの対策を取る必要がある、ということでしょうか?
ALLEN:そのとおりです。中国の投資規模は1つ目安になるでしょう。次の指標としては半導体市場全体の規模がありますが、こちらは現在、年間6,000億ドル規模であること。さらには米国がエネルギー安全保障にどの程リソースを投入しているかを考えるべきでしょう。エネルギー分野には、毎日それだけに集中している巨大な政府官僚組織が存在します。これに対して、現状の半導体政策を見ると、まだまだ足りない部分があると私は思います。現在のCHIPS法だけでは不十分であり、第2弾が必要になる可能性が高いと考えています。
※本コンテンツは、Who will innovate the next wave of AI semiconductors?を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。