Value Interview 北島 誠二 氏

住友商事株式会社 海外インフラ事業部長

北島 誠二 氏

1992年慶應義塾大学経済学部卒業後住友商事株式会社に入社。海外における通信プロジェクトを皮切りに、通信・再生可能エネルギー・水事業といった海外インフラ事業投資を担当し、2017年7月より現職。台湾師範大学・ノースウエスタン大学Kelloggでの研修に加え、中国(天津・北京)、英国等の海外拠点で通算12年間勤務。2013年4月からは買収した英国の水事業会社にてExecutive Director並びにBoard Directorを務めた。

北島 誠二 氏

[聞き手]PwCアドバイザリー合同会社 M&Aトランザクション インダストリアル・プロダクトリードパートナー 

金澤 信隆

総合商社、物流、エネルギー、電力、化学、製造業を中心に、15年以上に渡り国内外のM&Aを担当。リードアドバイザー、財務 デューデリジェンス、カーヴアウトにおいてプロジェクトリーダーの経験を有する。2014年にPwC UKへ出向し、2015年帰国。住友商事グローバル・リレーションシップ・パートナー。

 

世界中のありとあらゆる物を国境を越えて売買するというイメージが強かった商社だが、今では国内外の事業投資による収益も大きな収益源となっている。そうした中、2013年に英国の水事業会社を買収するなど、海外におけるインフラ事業にも力を入れているのが住友商事だ。日本を代表する総合商社による海外インフラ事業への投資の背景や意義、商社ならではの知見などについて、住友商事株式会社 海外インフラ事業部長、北島 誠二 氏に、PwCアドバイザリー合同会社 M&Aトランザクション インダストリアル・プロダクト リードパートナー、金澤 信隆が話を伺った。

商社が海外インフラ事業に投資する理由

金澤

北島さんが率いる海外インフラ事業部は、どんな事業領域をカバーしているのでしょうか。

北島

簡単に言うと、電力と交通を除いた海外における社会インフラ事業全般です。今年4月に新たに国内インフラ事業部を設置したこともあり、海外インフラ事業部という名称になりました。電力と交通に関しては、それぞれを専門とする別の組織が担当しています。海外インフラ事業部では、水事業については上下水道や海水淡水化、他にも環境や廃棄物などに関するインフラ事業の展開に取り組んでいます。もともとは海外の水インフラ事業の専門部隊だったため今はまだ水に関連するアセットが中心ですが、今後いかに水以外の領域を伸ばしていくかを模索しているところです。

金澤

商社というと、一昔前までは流通における物の売買が中心というイメージでした。対してインフラ事業は旧来のビジネスモデルとはかなり異なる印象を受けますが、そこに総合商社が投資を行う意義や背景とは一体どのようなものなのでしょうか。

北島

ちょうど90年代に入った頃から、当社に限らず多くの商社が、いわゆる単純なトレードに限らず事業投資をすることで、さらなる価値を生み出していく方向に舵を切り出しました。実際、現在では事業投資が過半を占めています。

金澤

北島さんが入社した1992年はまさにその転換期にあたりますね。

北島

ええ。最初は通信機器を担当したのですが、当時は新興国を中心に旺盛な設備需要があり、日本製品は海外でもまだ強い競争力を発揮していました。それが中国メーカーなどの台頭に伴い優位性を失い、トレードだけでは将来を描きにくくなっていったのです。

金澤

事業投資の中でも、いわゆるサプライチェーンをつないでいくようなものであれば商社のイメージと比較的近いとは思うのですが、インフラとなると、“つなぐ”という商社が本来強みとする要素が小さい印象を受けます。商社としての強みはどういう面で発揮しているのでしょうか。

北島

確かに、例えば食料品や各種資源などサプライチェーンが存在する事業であれば分かりやすいかもしれませんが、インフラ事業となると、大きく違ってきますね。インフラの場合、先ほどお話しした通信事業のように機器・設備のトレードから始めて、その業界に長くかかわることで得られた知見を事業者側となっても生かせることに強みがあると考えています。電力事業が好例だと思いますが、当社ではEPC(Engineering, Procurement and Construction:設計・調達・建設)プロジェクトを数多く手掛けており、発電所自体を造り上げるプロセスを経験してきました。そのため事業主側となった場合にも、EPCのプロジェクトで培ってきた知見を生かせるというわけです。具体的には、どのような形で発注をかけ、どういったEPC事業者を選定することで、建設リスクをミニマイズしその発電所自体の性能を最大化できるのか、さらにはCAPEX(Capital Expenditure:設備投資)を適正な範囲に抑えることができるのか、などになります。このように、リスクをマネージしながら最も効率的にビジネスを展開するためのノウハウを、おそらく他の業態よりも有していると自負しています。

北島 誠二 氏

我々が参入することで、事業会社の価値が向上すると確信が持てる案件にのみ投資をしていく

インフラ投資ファンドとの違いとは

金澤

インフラ投資というと、インフラファンドが投資や買収という観点での競合相手になるかと思いますが、商社として彼らに対してはどのようにお考えでしょうか。

北島

ファンドとは真っ向から競合する場面もあります。しかし、彼らと我々とではやはりスタンスが違う部分が大きいでしょう。基本的に我々は、いわゆる生粋のファイナンシャルプレーヤーではありませんので、例えば「事業への投資から◯年で◯◯%のリターンでイグジットします」ということを誰かにコミットするわけではありません。その代わりに、どのようにその事業に取り組み、どのような付加価値を実現できるかを社内で考えるわけです。

金澤

金銭を投じるというだけでなく、どのような価値を創出できるかにも重きを置いているわけですね。

北島

そのとおりです。我々自身が事業に参入することで、その事業会社の価値が上がると確信が持てる案件にだけ投資をするのが基本的なスタンスです。ファンドのように、最初からターンアラウンドが目的ではありません。そのため、すでにそれなりに成功している会社であっても、我々のグローバルなネットワークや経験、日本の多様なソリューションを導入することでさらに企業価値が向上する可能性を見いだせれば、積極的に投資をしていきます。

英国の水事業投資から得られたこと

金澤

英国の水事業会社Sutton & East Surrey Waterに関して、投資の検討・実行から投資後に同社の役員としてマネジメントも経験されていますが、実際に経営陣として水事業会社に携わり、投資前の見通しと異なっていた点などはありますか。

北島

事業の安定している部分とそうでない部分、例えば政治的な影響による変化などというのは、事前に想定していたので特に大きな驚きはありませんでした。企業価値の向上度合いや事業の数字についても目論見どおりだったと思っています。一方で会社自体の運営やオペレーションについては事業当事者として入ってみなければ分からなかったことも多かったですね。そこは本当に勉強になり、4年後(2017年)のブラジルの水事業への参画にあたっても大いに生かすことができました。

特に印象的だったのが、やはり人々の口に入るものを提供しているということで、多様なステークホルダーの方たちのことを考えながら取締役会を運営していくということです。ここで大きな役割を果たすのが英国の場合は社外取締役で、彼らがボードメンバーの最大勢力でなければならないというルールもあるほどです。彼ら自身も非常によく勉強していて、会社のあるべき姿、進むべき方向などについて二カ月に一度の取締役会のたびに激論を交わすわけです。こうした姿勢には感銘を受けました。

金澤

ロンドンに赴任した際、住友商事さんなどの現地での水事業が日本企業の存在感を高めていると実感しました。当事者として、インフラへの投資で海外での受け止められ方が変わったと感じることはありますか。

北島

そうですね。英国で水事業を手掛けるまでは、どちらかというと下水道や淡水化プラントなどのBOT(Build, Operate and Transfer:建設・管理・譲渡)案件が多かったのですが、今回は当社にとって初めて、水の供給から配水、それにかかわる顧客サービスまで全面的に手掛ける案件となりました。こうした事業を行ったことで、従来にはなかったところからビジネスにつながる話を頂くようになり、ネットワークが格段に広がったと実感しています。

IoT、AIの活用にも強みを発揮していく

金澤

最後に、今後の海外でのインフラ事業について特にどの分野に注目していますか。

北島

そこが非常に難しいところで、正直に言えばどこに注力していくべきなのかと日々頭を悩ませています。ただ、いま大きな動きが起きているのは確かだと見ていて、それはESG(環境・社会・ガバナンス)をより重視する流れで、特に欧州で顕著です。これまでのようにインフラアセットの規模感だけを追求する時代は、終焉を迎えつつあると考えています。そうした中、アセットヘビーにインフラ事業を展開するだけではなく、いかに効率良くインフラを運営していくかがより重要なポイントとなっていくでしょう。

金澤

具体的にはどのような形ですか。

北島 誠二 氏

IoTやAIなど最新テクノロジーのインフラ事業での活用には、商社ならではの強みを発揮できる

北島

それは、複数のインフラを束ねることなどによるオプティマイゼーションであったり、AIやIoTなどの活用によるデジタルトランスフォーメーションの上に成り立つインフラであったりするかもしれません。中でも、IoTなどは各種センサーなどを商社として扱い続けてきた強みがあります。例えば水道事業では、既存の漏水検知の機器を進化させたスマートメーターから収集したビッグデータをAIで分析することで、顧客に提供できるサービスは大きく向上するかもしれません。商社としてどこに強みがあり、どのような価値を社会提供できるのかといった視点は、今後はいっそう重要になっていくと考えています。

金澤

本当に有意義なお話をお聞かせいただけました。本日はありがとうございました。