シリーズ:データドリブン経営

価値創造経営を支える統合経営管理基盤(統合ソリューション)構築の道程

  • 2025-07-23

1. はじめに

企業を取り巻く環境は、技術革新や各種規制の強化、ステークホルダーからの期待の多様化、地政学リスクに気候変動など、さまざまな領域で複合的に、これまでにないほどの規模と速度で変化し続けています。これらに直面する企業の経営者は、自社組織の機動力と競争力の強化のため、今まで以上に企業価値向上に向けた展望を高い解像度で社内外へ発信・説明することが求められています。自社の広範な各種活動を適時かつ正確に捉え、外部データも積極的に有効活用しながら経営をドライブしていくことが求められる経営者にとって、経営情報の統合管理はそれを支える基盤として不可欠となっています。ビッグデータ解析、人工知能(AI)といった新技術の進展により、経営情報の統合範囲と効果は飛躍的に拡大してきています。一方、自社の経営情報を国・地域や業務機能・組織横断に統合し、統制の取れた形でグローバルに構築・確立できているケースは、未だ多くはありません。

本稿では、企業価値向上を目指し、財務情報だけでなく非財務情報についても効率的に統合していくための「経営情報統合ソリューション」の構築ステップと、構築においてつまずきがちなポイントや、持続的な見直しと高度化のために必要なプロセスを論じます。

2. 経営情報統合ソリューション構築のステップ

2.1. 構築ステップの概要

経営情報統合ソリューションの構築は、大きく4つのステップで進めます。

① 価値創造ストーリーの可視化と具体化

可視化と具体化とは、明確な目標の設定を意味します。価値創造ストーリーを組織や個人の施策に展開し、その活動の成果・結果を測定するKPIを定義します。それらを計算式にまで落とし込むことが最も重要で、最初に行うべきステップです。何を見るのか、何のために見るのかを最初に作りこむことにより、この後のステップでの手戻りを最小化し、効率的に進めることができます。

② 既存業務プロセスおよび保有データの把握

①で定義したKPI定義・計算式に基づき、構築に必要なマスタデータ・トランザクションデータを整理し、既存業務・システムからの取得可否と、取得難易度を評価します。今のままでは取得できない、または取得のために乗り越えるべきハードルがあるものを洗い出し、データに関する課題を早期に把握することも目的の1つです。

③ あるべき業務プロセスおよびデータ構造の設計

②で行った評価に基づき、既存業務プロセス、システムの改修要否、新たに必要な業務プロセス、システムおよびレポーティングや開示などの業務要件を踏まえた効率的なデータの持ち方等を検討します。①~③を漏れなく実施することで、既存業務への影響度と投資規模を正確に見極めます。

④ 適切なツールの選定と、開発・運用設計

③までに整理した要件に基づいて、適切なツールを選定し、開発・運用設計を行います。

2.2. ステップ1:価値創造ストーリーの可視化と具体化(KPIの定義)

経営者が事業戦略を価値創造ストーリーに落とし込み、それを重点施策(ドライバー)と達成基準に展開することが最初のステップであり、統合ソリューション構築における重要なポイントです。

達成基準の具体化とは経営レベルのKPIを定義することであり、KPIの定義とは、言語化だけでなく計算式として各KPIを定義することです。また、KPIは組織・個人の評価に用いるため、測定できなければなりません。

この「経営戦略の実現に必要な重点施策と達成基準の具体化」は、言うまでもなく経営メンバー・執行リーダーの役割・責任です。中期経営計画の策定プロセスなどを通じて経営層によって討議され、現場へ展開されることが多いのではないでしょうか。ROICやSBU別の営業利益/率といった総合的な目標設定に留まらず、個々のビジネスにおける重点施策と達成基準への展開までを、経営メンバー・執行リーダーでやり切ることが重要です。

なお、経営情報統合ソリューションを構築することの目的にKPI選定・定義が含まれる場合は注意が必要です。重点施策と達成基準が経営層から展開された後に各組織・機能ごとの具体的な活動に応じてそれぞれのKPIを定義するべきですが、この順序が逆になることは避けねばなりません。ボトムアップ型でKPI選定・定義を行うと、この後に控える「あるべき業務プロセスとデータ構造の設計」で個別最適な要件が多く残ったり、要件の絞り込みが進まずプロジェクトが遅延したり、開発規模が肥大化したりといったトラブルに繋がりやすいというのが筆者の経験に基づく所見です。

経営情報統合ソリューションによる業務やシステムの最適化や標準化は、最終的には企業価値向上に資するものでなければなりません。その起点が経営者の描いた価値創造ストーリーと密接に繋がっていることを、このステップへの経営者のコミットによって担保することが重要です。

なお、実績の取得可否・算出方法についてはこの後のステップで具体的に調査・検討を行うことになりますが、KPIを決定する際に実績の測定方法についてある程度想定を持つことができると、業務影響や投資規模の見積りの正確性に繋がります。

さらに、各KPIをどのような粒度で把握する必要があるか、すなわちどのような単位と頻度で組織・個人を評価するのかについても、このステップ、またはその前までに決定しておくべき事項です。これらは評価・報酬制度にも関連しますが、これらをどのタイミングまでに決められるかは、この後の要件定義・開発を円滑で効率よく進める上での分水嶺となります。管理軸(組織・品目・顧客/取引先など)、管理頻度(月次・四半期・年次など)が具体的な例です。

2.3. ステップ2:既存業務プロセスおよび保有データの把握

次のステップは、既存の業務プロセスと保有データの把握です。このステップの目的は、ステップ1で定義されたKPIを、既存の業務・システム・データで測定可能なものとそうでないものに分類・識別し、特に経営管理統合DBの構築に向けた既存業務プロセスとデータの問題を洗い出すことです。

まず、ステップ1で一覧化されたKPI算出に必要な要素について、既存業務・システムで取得することが可能かを調査・把握します(As Is調査)。業務プロセス、業務所掌、業務システムに加え、システムやデータ構造・管理の実態も確認する必要があります。特にマスタデータについての調査は、レポーティング要件はもちろん、データ構造の設計に極めて重要な要素となるため、網羅的に実施することが重要です。また、定義された各KPIの管理粒度がAs Isの計画値、実績値の管理粒度と一致しているかも把握します。

さらに、実務では属人的に管理・運用されている業務ファイルやマクロ、データベースなどが存在する場合があります。それらは業務部門やIT部門が行う業務プロセス・システム調査の回答から漏れることがあります。こうしたファイル、マクロ、データベースの中には、統制が不十分であったり、属人的なマスタデータが含まれていることがあり、これらの存在が次のステップでボトルネックになったり、時にノックアウトファクターとなる場合もあるため、注意が必要です。こうした存在が対象から漏れることがないよう、各業務・システムが保持するデータとその内容の調査もここで実施することが重要です。

2.4. ステップ3:あるべき業務プロセスとデータ構造の設計

既存業務プロセスとデータ構造の問題を洗い出したら、それらの問題を解消するための課題と優先度を設定し、あるべき業務プロセス・データ構造を設計していきます。

ステップ2までに洗い出した課題の解消に向けたタスクを設定し、標準化・自動化の効果、実現性・難易度、代替可能性、リソース(人・コスト・時間)といった観点で評価し、優先順位を付けます。

投資予算などを踏まえ取り組む課題を決定したら、それらの課題の解消を所与として、「あるべき業務プロセスとデータ構造」を検討・設計します。なお、このプロセスは「あるべき業務プロセスとデータ構造」の検討・設計と同時並行で行うこともあります。

「あるべき業務プロセスとデータ構造」の検討・設計では、ダッシュボードや開示要件を含むレポーティング要件および、先読み型のプランニング(計画策定)に必要なシミュレーション機能要件など、経営の意思決定を支援するために求められる業務と必要なシステム機能を整理していきます。

実際にどのような役割の人が何人で、どういうタイミング・頻度で、各業務プロセスのどのシステム・データに関与するかを、個人のタスクレベルで定義・明文化するのがこのステップのアウトプットです。これは次のステップにおける必要投資額の見積り精査にも活用します。

2.5. ステップ4:適切な製品の選定と開発・運用設計

あるべき業務プロセスとデータ構造を検討することで、業務要件およびシステム要件の骨格が作られます。次のステップでは、業務要件・システム要件に基づき、適切な製品を選定し、その運用設計をまとめます。

代表的なツールとしては、ERP・EPM・BIと呼ばれるソリューションが挙げられます。ただし、上述した先読み型プランニングや、価値創造経営管理に求める全ての要件を1つのツールが網羅することは極めて稀です。各ソリューション・パッケージの得意領域・不得意領域を理解した上で、業務要件・システム要件と突合し、最適なツールをモジュールごとに評価する必要があります。

例えば、ERPツールは実績データの蓄積に優れている一方、業務機能ごとの計画策定機能がEPMツールよりも見劣りすることがあります。またEPMツールは柔軟な計画策定を支援する機能を有する一方、ビジュアライゼーション機能やレポーティングのユーザビリティは、BIツールに軍配が上がることが多いです。業務要件・システム要件への適合性に加え、ユーザーの成熟度・成熟スピードも考慮して機能配置を検討する他、開発・運用の難易度や予算感、コア人材の育成などの観点も鑑み、ソリューションを選定することが重要です。

また構築後も、事業環境への適用のために企業の戦略は変わり続け、経営者が求める経営情報の種類・粒度も、KPIの追加・変更・廃止による入れ替えを含め短期・中長期問わず継続的に変化します。それに伴い、構築したあるべき業務プロセス、システム、データ構造もまた、迅速な変化への対応が求められます。

継続的な変化への機動的な対応と同時に、統合した企業全体の経営情報が再びサイロ化することがないよう適切に統制するには、経営情報管理の統制を司る組織・人員体制の整備・構築も重要なポイントです。

例えば、複数の国・地域で事業を展開する企業グループにおいては、ステップ1で挙げた組織・品目・取引先といった管理軸にあたる主要なマスタや、業務機能横断で標準化したあるべき業務プロセスの新設・変更・廃止を中央集権的に統制する役割をコーポレート組織に持つことも、有力な選択肢の1つとなるでしょう。

3. おわりに

経営情報統合ソリューションの構築にあたっての具体的な手順と考慮すべきポイントを論述しました。プロジェクトを立ち上げる際の網羅的・効率的な構築計画を策定するヒントになれば幸いです。

執筆者

村松 良介

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ