活発化するTMTセクターにおけるM&Aの動向

米国をはじめ、海外では企業の成長戦略実現の手段の一つとしてM&A(企業の合併・買収)が積極的に利用されています。中でも、80年代から継続してM&A業界を牽引し、今後も大きく拡大すると思われるのがTMT(テクノロジー・メディア・テレコム)セクター領域です。本稿では、TMTセクターにおけるM&A変遷と業界の変貌を考察しながら、日本企業が今後、TMTセクターをはじめとするM&Aにどのように取り組んでいくべきか検討したいと思います。

【図表1】日本企業によるセクター別M&A件数推移

【図表1】日本企業によるセクター別M&A件数推移

出典:トムソン・ロイター

【図表2】日本企業によるセクター別M&A金額推移

【図表2】日本企業によるセクター別M&A金額推移

出典:トムソン・ロイター

付加価値強化に向けたM&Aと集中と選択

大きく分ければ、T(テクノロジー)は従来の家電、PCや携帯電話などの機器や電子部品を含めた半導体や関連装置、ITサービス、M(メディア)はマスコミ、広告代理店やインターネット、T(テレコム)は通信事業者や通信設備などを指します。これらの領域でのM&Aについて、過去20年ほどを振り返ると、「製品からソリューションへの転換」と「集中と選択」が大きな特色と言えます。

高度経済成長期にモノづくりでグローバル競争力を得た電機メーカーが海外のメディア企業を買収、ITサービス企業によるコンサルティング企業の買収、大手半導体企業が組込ソフトウェア企業の買収、通信キャリアによるコンテンツプレーヤーの買収といった案件もありました。付加価値を重視した単一製品(ハード、ソフト含む)からソリューションやサービスなどを提供する方向への転換です。

並行して電機メーカーによる半導体事業、白物家電事業、携帯電話事業からの撤退にみるように事業ポートフォリオの再構築やITサービス企業同士の経営統合やグローバルシステムインテグレーターの買収、メディア企業による海外同業大手の買収など矢次に発表されるTMT企業におけるM&Aの中で読者の皆さんの記憶に新しいものもあるかと思います。

IoTに象徴されるセクターの枠を超えたM&Aの大きな波

TMTセクターにおけるバーティカル統合M&A、グローバルM&Aという潮流の次の大きな波としてTMTと産業界(インダストリー)の垣根がなくなりつつあります。その最たる例が「IT(インフォメーション・テクノロジー)とOT(オペレーショナル・テクノロジー)の融合」、すなわち「IoT(モノのインターネット)」です。

IoTの考え方自体はこれまでにもありました。「M2M(マシンツーマシン)」や「ユビキタス」なども類した概念です。ここに来てIoTへの関心が急速に高まっている背景には、インターネットの普及、通信インフラ環境の充実、さらにビッグデータを保存できる大容量ストレージが進化したことにより、企業の生産現場や消費のシーンなどでIoTの導入が現実的になってきたことが挙げられます。

有望な市場と見て、国内外ともに大手ベンダーやシステムインテグレーターなどが顧客企業に対して積極的にIoTソリューションを提案しています。そしてサービスを拡充しようと、IoT関連企業に対するM&Aも活発になっています。既に欧米では大手TMT企業による業種別(例:石油ガス、食品、化学、製薬、金融、製造、など)分析ソフト(AI)企業の買収が活発化しています。またインダストリアルプレーヤーがM&Aを駆使してIT領域を強化しています。今後はIoTサービスをセキュアな環境で提供するためのセキュリティ技術も注目されています。今後数年はIoTというキーワードをもとに行われるM&Aは続くものと思われます。

グローバルM&A巧者と戦うためにM&Aをより身近なものとする

このような環境下において、今後、日本企業にとってTMT領域でグローバル競争力を発揮するためには、さらなるM&Aの活用が必須になると考えます。ただし、残念ながら日本企業はM&Aへの取り組みにおいて欧米ライバルに大きく水をあけられています。

その理由として、まずM&Aに対する考え方についてギャップが存在します。米国でM&Aは事業投資や設備投資、研究開発投資に並ぶオペレーション手法の一つとして位置づけられています。事業目標実現のためにM&Aは常に検討されており経営者にとってもグローバル競争に勝つための当然の手段の一つと位置づけられているからです。

一方、日本では、依然としてM&Aは一大イベントです。M&A部門は存在するものの事業部門からは遠い存在であり、また事業部門がM&Aによる成長シナリオを描くという経験に乏しいためM&A検討が効果的に進まないケースが散見されます。

また米国では、ベンチャー企業を育て、IPOやM&Aを支援するVC(ベンチャー・キャピタル)やPE(プライベート・エクイティ)ファンドというエコシステムが健全に機能している点も大きな違いです。

その結果、欧米グローバル企業は年20件以上の買収を実施することも頻繁にあり、日本企業はグローバルでこれらM&A巧者と戦っていることを再認識する必要があります。ビジネスの主戦場をアジアにおいたとしてもこれらM&A巧者の欧米企業が常に立ちはだかるという事実を改めて再認識する必要があるのではないでしょうか。

日本企業がグローバルに競争力を発揮し、欧米の企業と互角に戦うためには、M&Aを積極的に活用していくことが重要なのはもちろんのこと、そのためには、経営層、コーポレートM&A部門、そして事業部門がさまざまなM&Aを経験し、身近な事業戦略実現手法としてのM&Aを有効利用していただきたいと思います。

主要メンバー

筒塩 芳夫

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

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