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PwCコンサルティングのシンクタンク部門であるPwC Intelligenceは、2025年4月、書籍『世界の「分断」から考える 日本企業 変貌するアジアでの役割と挑戦』(ダイヤモンド社)を刊行しました。世界は米中対立と経済安全保障重視の流れのなかで大きく揺らぎ、「分断の時代」に入りつつあります。本記事は同書の執筆を担当したPwC Intelligenceメンバーによるディスカッションをまとめたもので、全5回のシリーズ構成です。今回お届けするのはその第2回(前編)。国際政治学者の佐橋亮・東京大学教授と、PwCコンサルティングの専門家たちが議論し、分断化の進む世界で「日本とアジアはどう生き残るべきか」を多角的に考察。前編では、従来の国際秩序の崩壊を目の当たりにする中、米中関係はどのような帰結をもたらすのか、各国の実情を考察しながら展望します。
(左から)榎本 浩司、佐橋 亮氏、片岡 剛士、薗田 直孝
参加者
東京大学 東洋文化研究所 教授
佐橋 亮氏
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence 上席執行役員 チーフエコノミスト パートナー
片岡 剛士
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアエコノミスト
薗田 直孝
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト
榎本 浩司(モデレーター)
榎本:
本日はPwC Intelligenceの書籍『世界の「分断」から考える 日本企業 変貌するアジアでの役割と挑戦』の序章で論じたテーマ「分断から考える世界の行方、日本が進む道」を起点に議論を深めたいと思います。
最初に議論のポイントを3つ挙げます。1つ目は、米中対立や世界の分断が進むという変化が、アジア太平洋地域の秩序にどのような影響を与えているのか、について。2つ目は、第一次トランプ政権とバイデン政権の対中戦略や米中関係がアジア太平洋地域にどういった影響を与えてきたのか、またこれらの考察を踏まえて、現在の状況にどのような示唆を得ることができるのか、について。3つ目は、今後の「国際秩序の再編成」と捉えられる米中対立や米中関係の変化が、日本を含めたアジア太平洋地域の政治・経済にどのような影響を与えるか、です。
佐橋:
私たちがいま目にしているのは、国際秩序が「音を立てて崩れている」現象です。これまでの国際秩序は「二重構造」でした。「二重」の1つは、第二次世界大戦が終わり1945年以降に形成された米国中心の秩序です。米国と同盟国の強い関係の上に成り立ちますが、国際通貨基金(IMF)や世界銀行などの国際金融機関を通じ、ブレトンウッズ体制として実体化されました。もちろん、米ソ間には冷戦構造があり、米国1国が世界全体を支えていたわけではありません。ただ、米ソ両陣営が反目するなか、西側諸国で人権や自由貿易の体制が確立された面が確かにありました。
さらに1990年代、冷戦終結に伴い米国一極の国際秩序が完成され、米国が中心となってさまざまな国際機関を支えるようになりました。例えば、戦後まもなく創設されたGATT(関税及び貿易に関する一般協定)に代わって世界貿易機関(WTO)が発足したのは1995年のことですが、2001年に中国がこれに加盟し、グローバルな貿易体制が確立されました。この秩序が二重構造の2つ目です。ここでも米国は中心的な役割を果たしますが、より包摂的な秩序には中国を含め世界のあらゆる国が参加しました。こうした世界の中で私たちの生活はより自由になり、脱国境的な動きが増え、ビジネスもボーダーレスに往来できるようになりました。貿易も投資もまた、標準化が進みました。過去80年のビッグストーリーは、「世界が1つになるベクトルを持ってきた」ことです。
東京大学 東洋文化研究所 教授 佐橋 亮氏
薗田:
しかし今、それが大きく変わろうとしていますよね。
佐橋:
ご指摘のとおり、国際秩序を支えたベクトルはさまざまな方向に拡散しています。米国は中国に対する関与政策を諦め、「競争関係にある中で、技術が盗まれないようにしなければ」「中国の成長を遅らせるための仕組みが必要」という「経済安全保障」の発想が出てきました。これが過去10年ほどの動きです。経済活動も縛られるようになり、さらにロシアのウクライナ侵攻による対ロシア制裁も経済安全保障の範疇に入ってきました。
重要なのは、この傾向がトランプ政権だけでなくバイデン政権から続いていて、誰がこの状況を修復するのかが不透明なことです。壊れていることは分かっていても、「誰がどうやって直すのか」、その答えが見えてこない。日本と英国の「経済版2プラス2」などの取り組みもありますが、そうした規模の2カ国で「何ができるのか」と懐疑的な見方もあります。先を見ても、誰も明確な解決策を持っていない、非常に厳しい状況です。
すなわち、今までのグローバリゼーションは、大きく修正される可能性があります。世界が「窮屈になる」方向性が見えてきた。今や、自由貿易を「誰が」守っているのかさえ明確ではありません。
片岡:
確かに2000年代以降、統合から分断の方向に潮目が変わりました。米国と中国という2つの大国の「事情」がその背景にあるように思います。
米国の事情──経済構造の特徴は、「自国内で自給自足できるので、分断が進んでも困らない」ということです。本来、素材や部品を外国から輸入し、モノを製造して輸出するには、自由貿易体制が最も効率的な仕組みです。しかし米国は、トランプ政権だけでなくバイデン前政権やオバマ政権のころから、孤立化へと向かってきたのが実態です。なぜなら、米国は「自給自足が可能」だからです。
エネルギーは石油の他、シェールガスやシェールオイルの開発で世界有数のエネルギー大国になった。さらに北米には穀倉地帯があり、食糧に不安がなく、モノも生産できる。内需も非常に強く、先進国の中でも突出した需要の余力を持っている。だから自国内で消費が可能なのです。問題は、日本を含む世界の他の国々は自給自足が成り立たない、という点です。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence 上席執行役員 チーフエコノミスト パートナー 片岡 剛士
薗田:
一方で、中国の事情も重要です。中国は今後10〜20年、凄まじい勢いで社会の高齢化に直面します。これは長期的に、経済に大きなマイナスの影響を及ぼすでしょう。そうした状況の中、中国は世界経済のヘゲモニー(指導権)を握ろうと模索しています。
経済の歴史を俯瞰すると、18世紀から現代までは中国とインドが「世界の大国」に名を連ねなかった希有な時期でした。その間隙を突いたのが欧州と米国です。欧州が16〜18世紀に、米国が20世紀に、それぞれ獲得したヘゲモニーを握り続けてきた中、21世紀に入ると中国が台頭してきた。このことで世界のパワーバランスは変化し始めたのです。つまり米国と中国は、これまでの体制とは違う方向を今それぞれに志向している。これが米中対立の根本的な原因だと概括できます。
佐橋:
米中の対立は実はオバマ政権の末期から始まったのですが、当時の問題意識は「米国の覇権に挑んでくる中国にしっかりと対抗し、米国の利益とそれを支える国際秩序を守らなければならない」という考え方でした。
しかし、トランプ政権は違います。米中対立の様相は同じですが、考え方が根本的に異なるのです。トランプ政権は「米国が何を得られるか」を基軸にして、「従来の国際秩序は米国にとって不公平だった。多くを他の国々に差し出し、利用されてきた」ととらえています。トランプ大統領の就任演説からも、このメッセージを明確に読み取れます。米国は1945年以降と冷戦終結期の2度にわたって国際秩序を構築・維持する役割を引き受けてきましたが、いま広がっている思考は「それはもう必要ないだろう」というものです。ここは重要なポイントです。
米国ジョンズ・ホプキンス大学のハル・ブランズ教授は、「米国が国際秩序の維持を放棄しても、その不利益を被る順番が先進国の中で最後になるのは米国だろう」と指摘しています。留意すべきは、ブランズ教授がトランプ支持者ではないにもかかわらず、この結論に至ったことです。今の米国には、自由貿易や国連システム、ブレトンウッズ体制などから多くの利益を得てきたという実感がありません。長期的には米国にとって有益に働くシステムのはずなのに、多くの人々がそう感じていない。「とてつもない特権」とまで言われたドル基軸体制でさえ、トランプ政権下では「米国経済の空洞化につながった」と主張する人までいるほどです。
この状況は非常に危険です。国際システムを支える責任を放棄しつつある米国は、目先の利益、例えば関税を使った交渉など、短期的な国益追求に走ろうとしています。政権のそんな姿勢を「自信のなさ」と解釈する人もいますが、実は逆で、米国経済への自信があるからこそ可能になっている側面がある。自給自足ができて内需も堅調な米国は、国際秩序の変化にさほど困らないのでしょう。しかし他の国々は、米国よりも先に不都合に直面するのです。
片岡:
世界経済の流れを見ると、ここ5年ぐらいで顕著になっているのは米国の強さです。国際通貨基金(IMF)の世界経済見通し(2025年1月時点)では、世界経済全体の成長率が5年前は3%台半ばでしたが、現在は3%台前半。一方で、国別では先進国の中で米国が唯一2%台後半の成長率を維持しています。日本や欧州は1%いくかどうかという状況です。
薗田:
経済の観点からは、ただでさえ成長率が高まらない現状では、強い米国経済に依存しなければ立ち行くことは困難です。この先数年間は、そうした構図が続くように思われます。佐橋さんがご指摘のとおり、確かに強い米国は、自分たちの思うように振る舞うことができるかもしれません。国際秩序をこれまで支えてきた米国に対して、それに“見合う”と米国が納得するだけの投資を日本や欧州が行ってこなかった側面もあります。この点をどうするかは頭の痛い問題だと考えます。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアエコノミスト 薗田 直孝
佐橋:
「米国は強い、けれども弱い」面があるとも言えます。マクロ経済では誰が見ても強い反面、国内には貧困にあえぐ人々がいて、貧富の差も拡大しています。地方で目立つ薬物依存など、さまざまな問題がある。マクロでは強いのに、弱い部分に目が行くとそこが目立つ。その弱さを補うための「内向きな経済政策」が国内で支持されているのです。
榎本:
格差の問題は、長期的には米国の経済力を損なう要因です。だからこそ、少数の既得権益者だけが経済を支える状況を、“いったん壊さないと新たなイノベーションは起こらない”となってきます。「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」(MAGA)政策の一環としてイーロン・マスク氏を中心に進む「政府効率化省」(DOGE)などの動きも、米国の産業構造を変えようとする試みと理解できます。米国がそうやって強くなる過程の一環として、他の国にも負担を求める流れになっています。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト 榎本 浩司
佐橋:
トランプ政権の政策には、いろいろな要素が混ざり合っています。経済政策ではポピュリズム的な産業政策を重視する一方、リバタリアン的な自由放任主義の動きも共存しています。効率化と規制緩和を進める傍ら、国内の脆弱性を補うため、特に選挙激戦州の有権者に向けたポピュリズム的な政策も求められているのです。
片岡:
中国側の事情はどうでしょうか。第1次トランプ政権以降、米国は中国に対する圧力を強めてきました。それ以前、米中両国は依存関係にありました。米国企業の生産拠点やサプライチェーンも盛んに中国やアジアに移されていましたし、家計レベルでも中国の産品に依存していました。しかし今、状況は一変しつつあります。
他方、いわゆる「グローバルサウス」(アジア・アフリカの新興国・途上国)の国々が台頭してくるなど、経済的なパワーも「三極」「四極」など複雑に変わろうとしています。そのなかで中国はどのような戦略を描くと考えられますか。
佐橋:
実は、過去50年間、米国にとって中国は「良きパートナー」でした。貿易・金融などの経済面のみならず、多くの優秀な留学生が米国で学び、研究に没頭し、そのなかの少なからぬ人材が米国に残ってくれた。これは米国にとって非常に大きな利益でした。
この関係が崩れてきた理由の1つは安全保障です。中国の軍事的台頭と政治的影響力の拡大は米国の覇権を脅かす──という懸念が一般化しました。もう1つの辛辣な見方は「米国の国内経済は中国によって衰退した」というものです。これはグローバル経済を憎む中で、グローバル経済の申し子と言える中国を憎む、という思考です。だから中国とは徹底的にデカップリング(分離)を進めるべきだ、と。今のトランプ政権には両方の視点が存在し、強力なベクトルを構成して、中国と交渉すべきという立場と向かい合っています。
中国側がこれにどう対抗するかというと、「やり過ごす」戦略を選ぶかもしれません。中国の有識者の間には「米国の現況は長期的には中国の利益になる」という見方があります。短期的には首脳会談や貿易協議などを通じて米国との交渉を妥結させ、ソフトランディングを目指すでしょう。同時に欧州・日本などの他、グローバルサウス向けの外交努力も本格化させるでしょう。
ただ、それがどんなメリットにつながるのかは不明確です。米国は貿易条件の緩和を交渉で求める一方で、経済安保に基づくデカップリング措置を突きつけてくる可能性もある。そうなると中国はメンツが立たないわけです。実際にはこれから4年間、対話があっても米中関係の管理には厳しい状況が続くのではないでしょうか。
薗田:
中国経済にも、強さと弱さの両面があると私も考えます。2001年のWTO加盟以降、特に胡錦濤政権時代の2ケタ成長によって世界でのプレゼンスが高まりました。しかし現在、足元には少子高齢化や格差問題などがあり、経済は失速しています。
ただ、中国経済を安易に悲観視することには疑問も感じます。圧倒的な国土と人口のスケールで、さまざまな社会実装実験が可能だからです。技術面でも多くのポテンシャルを秘めています。国内総生産(GDP)の規模は10年前のほぼ2倍。当時の10%成長と今の5%成長は実額でほぼ同じです。消費の力強さやライフスタイルの質なども高まっています。
片岡:
中国経済の先行きについては、私も慎重に考察するべきだと考えます。しばしば日本の長期停滞と比較されますが、底流に流れているものが異なります。日本はバブル崩壊後に企業全体が弱くなりましたが、中国経済の現況を見ると、マクロ全体は住宅バブル崩壊の影響を受けているものの、一部の企業や産業には今も活気があります。特にAIや半導体などの戦略的テクノロジー産業には資金が集まり、力強さを増しています。
佐橋:
おっしゃる通りで、中国はマクロでは弱みを抱えながらも、個別分野では強さが際立っており、それが米国の悩みの種にもなっています。バイデン政権は「(中国との)リードを広げた」と主張して去りましたが、一部のAI(人工知能)企業などを見ても、実際にリードが広がっているとは言えない状況です。意外な“しぶとさ”が中国にはうかがえます。米国は「新しい経済安全保障政策」を模索していますが、やり過ぎると大変なことになるかもしれない、と苦慮している印象もあります。
榎本:
トランプ政権の関税政策は経済学者から見れば非合理的ですが、トランプ氏自身もそれを理解した上で、戦略的な意図があるのではないかと推察したくなります。
過去の日米貿易摩擦で米国は、1985年のプラザ合意による円高誘導や日本の輸出制限などの手段で一定の成功を収めました。しかし中国の場合はそうはいきません。中国には、技術力の高さや物量の規模があるからです。
薗田:
私が中国に駐在していた当時、上海と北京で毎年交互にモーターショーが開催されていました。そこで私が毎回試していたのは自動車の「ドアの開け閉め」で、以前は中国地場メーカーの車はドアの摩擦感が残っていたのに対し、欧米や日本の車は吸い付くように閉まる感覚があり、明らかな差がありました。
しかし、中国メーカーは年々驚くべき速さでキャッチアップし、場合によっては他国の製品を上回る機能さえ見られるようになっていきました。これは中国ならではの実験機会の多さ、それにより改善・蓄積される技術の現れだと思うのです。佐橋さんが指摘なさったように、中国ではテクノロジーの分野によって技術力が「まだら」に現れます。それだけに、対抗する側としては中国に対しては包括的な政策を打ち出しにくい悩ましさがありますね。
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