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PwCコンサルティングのシンクタンク部門であるPwC Intelligenceは、2025年4月、書籍『世界の「分断」から考える 日本企業 変貌するアジアでの役割と挑戦』(ダイヤモンド社)を刊行しました。世界は米中対立と経済安全保障重視の流れのなかで大きく揺らぎ、「分断の時代」に入りつつあります。本記事は同書の執筆を担当したPwC Intelligenceメンバーによるディスカッションをまとめたもので、全5回のシリーズ構成です。今回お届けするのはその第2回(後編)。国際政治学者の佐橋亮・東京大学教授と、PwCコンサルティングの専門家たちが議論し、分断化の進む世界で「日本とアジアはどう生き残るべきか」を多角的に考察。後編では、“楕円化”する世界にあって、新たな国際秩序で日本が担うべき役割と挑戦を探求していきます。
(左から)榎本 浩司、佐橋 亮氏、片岡 剛士、薗田 直孝
参加者
東京大学 東洋文化研究所 教授
佐橋 亮氏
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence 上席執行役員 チーフエコノミスト パートナー
片岡 剛士
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアエコノミスト
薗田 直孝
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト
榎本 浩司(モデレーター)
榎本:
G7などの先進国と、中国・インドなどとの間で、国際秩序観の違いが表面化しています。ロシアのウクライナ侵攻をめぐる対応に関しても言えることです。こうした差から生じる今後の方向性を、佐橋さんはどうお考えですか。
佐橋:
これまで、世界経済のルールを形成する主立ったメンバーはG7でした。G7は全て米国の同盟国です。従来の国際秩序とはつまり、米国の同盟国を中核とする秩序だったわけです。そこには核心として常に安全保障があり、1945年以来それが維持されてきたのです。国連のシステムなどはこの枠組みとは異なる目的を持っていますが、実際に世界の秩序、特に自由主義的なルールに基づく秩序をつくってきたのは、米国とその同盟国でした。
しかし、今この構造に大きな亀裂が生じています。その象徴がウクライナ紛争です。米国のバイデン前政権はウクライナ紛争を欧州の同盟国にとっての実存的脅威ととらえ、ウクライナへの支援を続けてきました。しかしトランプ政権になると、平和を創ることは大事だとしながらも、欧州をはじめとする同盟国から見て危ういやり方で交渉を進めようとしています。
そのことで、同盟国からの信頼は大きく損なわれています。今までの国際秩序は、安全保障があるからこそ他の分野でも協力が成り立っていたところが大きかったのですが、そこが緩んでしまうことが懸念されます。
例えば中国が新しい国際ルールを発信したとしましょう。それに対し、日本だけで対峙することは現実的に難しく、ASEANと日本の力を合わせてもバランスが取れない。そこで外部のアクターとして米国が必要になりますが、トランプ政権下で米国が国際的な関与への意欲を失っていくと、この力も弱まってしまいます。
東京大学 東洋文化研究所 教授 佐橋 亮氏
片岡:
つまり安全保障を中核とした先進国の連帯が実質的な価値を失ってきている、ということですね。
佐橋:
少なくとも欧州方面では、そうなりかねないショックが、今後数カ月のうちに起きる可能性があります。同盟は弱体化し、ルール形成の力も弱まり、最終的に残るのは米国経済の強さだけ、ということになるかもしれません。基軸通貨たるドルの力や経済制裁を通じて経済力を武器化することで他の国に圧力をかけることはできるでしょうが、そこに立ち現れる世界は露骨な「パワーポリティクス」の世界であり、人類がこの100年間、そうなることを避けるために努力してきた世界に後戻りすることになります。
薗田:
視点を変えて、米中の周辺地域としてのアジアや日本について考えてみましょう。日本は米国と中国の両方に片足ずつ重心を置く国です。特徴として、東洋と西洋の両方のアイデンティティを持っています。経済関係では米国との関係が非常に濃密ですが、一方で中国との関係でも、遣隋使の時代から続く文化交流や近年の経済交流があります。アジアの他の国々も同様に、サプライチェーンの一部として中国に工場を置きながら、米国との関係も維持しています。このような状況の中で、日本やアジア諸国はどのような戦略をとるべきでしょうか。
佐橋:
日本の視点で考えると、まず取り組むべきは「進行しつつある世界の分断を少しでも食い止める」ことだと思います。日本だけでその役割を果たせるとは思いませんが、他の国と手を携えて、どうにかして世界のルール形成やルールの維持、コンプライアンスを図っていくこと。これには大変な努力が必要です。
2つ目は、日本がアジアに存在することの地理的・文化的な立ち位置を生かすことでしょう。日本はアジアの中で、「さまざまなものが交わる場所」であり続けなければなりません。労働力の移動や留学生の受け入れなど、人の移動を受け入れる拠点になるべきです。そのためには高度な労働力を引き付ける拠点づくり──それは先端的な大学かもしれませんし、大きな研究所かもしれません──や、一般労働者をも受け入れられる制度の充実が必要です。
片岡:
コンサルティング業界でも、以前は企業特有の課題解決──例えば「どうやって売上を増やすか」「アジア進出をどう進めるか」といった相談が多かったのですが、昨今は世界のグローバルトレンドや米中関係の変化についての相談が増えています。それらのマクロな潮流がビジネスに直結するようになってきたからです。企業が中国にコミットするにしても、従来のビジネス視点だけでは不十分で、より広い視野が求められています。経営者たちは「これまで考えてこなかった問題が、“宿題”として提示されている」と感じています。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence 上席執行役員 チーフエコノミスト パートナー 片岡 剛士
佐橋:
ビジネスを取り巻く国際環境に関して、私は今、2つの課題があると考えています。まず、中国・アジアでのビジネスのやり方、人間関係の築き方に、これまでとは異なるニーズの把握や技術の評価が求められていることが1つ。もう1つは、世界の潮流があまりにも大きく変化していることです。私たち国際政治学者は職業柄、つい「今は時代の変革期だ」といつも言いがちですが、現在は掛け値なしに、世界が大変革しているさなかです。冷戦終結後最大の変化であり、もっと言えば第二次世界大戦後の国際秩序が大きく変わりつつあるのです。
そうなると、ビジネスをはじめさまざまな社会活動も変わらざるを得ません。現在進行中の変化を正しく理解するには、相当な努力と、そして専門知が求められます。各企業・各業界で国際情勢を把握する仕組みを作らないと、大きな読み間違いを犯すおそれがあります。
また、これらとは別に重要なのがASEANとの関係です。日本は少なくともこの50年、ASEANとの良好な関係を構築・維持してきましたが、この関係をそのまま次の50年間続けることは難しいでしょう。私は2023年に首相官邸の「日本ASEAN友好協力50周年有識者会議」メンバーの1人として提言をまとめましたが、そこでは「どうすれば日本-ASEANの関係から“上から目線"を排除できるか」「どうやって真の意味での対等な関係にしていくのか」が重要との認識で一致しました。真に対等な関係を実現できれば次の50年も良好な連携を維持できますが、現状のままではそれが難しいと感じています。
ASEAN10カ国との向き合い方は、他のグローバルサウスと向き合う際の試金石になります。この10カ国とうまく付き合えないのであれば、他の国々とも困難でしょう。日本が世界の中で新たなリーダーシップを発揮するか否かは、そこで試されると感じます。
片岡:
日本が「旗を立てる」ためには、日本人一人ひとりが開放的なマインドを持つこと、これが第一の要件だと思います。教育機関の役割も重要ですし、若い世代がどう変わっていくかも大切です。薗田さん、今回の書籍でもASEANとの連携は重要なテーマでしたね。
薗田:
そうです。佐橋さんのご指摘にあった“上から目線”という問題については、書籍の中でも強く意識しました。かつて私がシンガポールに駐在していた頃には、日本とASEANの関係では「先生と生徒」のような思い込みの中で技術協力などを進める傾向が見られました。しかし実際には、デジタルバンキングなどさまざまな領域で、日本がASEANから学ぶべきことはたくさんあります。思い込みではなく、あくまでもファクトに基づいて現状を認識し、将来を展望することが大切です。謙虚さを忘れることなく、中長期的な枠組みを構築することが重要だと強く感じています。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアエコノミスト 薗田 直孝
片岡:
アジア各国が直面している少子高齢化などの社会課題は、日本の経験から見ても、今後さらに深刻の度合いを深めるであろう問題です。日本ではおそらく今後5〜10年で高齢化の定義が変わり、介護の仕組みや社会保障もこれまでの考え方では対応できなくなります。環境問題も同様です。こうした課題に、ASEANよりも先に直面してきた日本が解決策を見出すことができれば、その教訓を他のアジア諸国に提供できることでしょう。また人口減少に伴う人手不足に対しては、海外との協力やロボットなどの技術で生産性を高める方法も検討する必要があります。
薗田:
日本が「課題“直面”先進国」であるという位置付けが妥当である一方、「課題“解決”先進国」かというと、疑問が残ります。例えば、「経済が成長しないのは少子高齢化が進んできたから」という言説がありますが、高齢化は停滞の条件として必ずしも必要十分ではありません。人口が減るからこそテクノロジーでそれを補い、新たな成長ストーリーを描くことは十分可能だからです。先行して課題に直面してきた日本がそういった解決策を提示すれば、それは今後のアジアにとって強いインプリケーション(含意・示唆)になるのではないでしょうか。
佐橋:
非常に重要なご指摘です。日本がASEANを見るとき、上から目線になりがちなだけでなく、安全保障の観点に偏って見てしまう傾向もあります。南シナ海での対中国の問題などで安全保障の意識が必要以上に強くなると、ASEANの人々が本当に求めていることとはズレが生じてしまいます。
重要なのは、日々の生活・経済・文化などで接点を増やすことです。商業活動は自然に増えていく面もありますが、議論する場を政官だけでなく学術界、産業界を含めて横断する形で設けることも大切です。課題先進国である日本は解決策もある程度持っていますし、失敗例も開示して共有し、議論の場をもっと増やすべきです。
榎本:
東アジアの安全保障はこれまで、ASEAN地域フォーラムと、米国との2国間の同盟関係によって成り立ってきました。しかし現在は、米国は協調主義・多国間主義から方向転換しつつあり、米国に対する信頼が揺らぎつつあります。今後は、対中国・対米国関係をマネジメントしつつ、欧州との関係に目を向ける場面も出てくるでしょう。さらに今までは、日本や米国を中心に協力してルールに基づく国際秩序をつくっていくことで中国に対峙していましたが、今後は中国が国際秩序をつくる側に回り、共働していくことになるかもしれません。現在は、そうした構造的な変化が東アジアで起こっていると言えます。日本は安全保障の観点でも、ASEANを含むアジアの国々に対して、今まで以上に対等な関係で向き合う必要があります。それが、経済や社会のつながりとなって進んでいくと考えられます。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト 榎本 浩司
佐橋:
他の地域と比較して、アジアではまだしばらく米国の存在感が保たれるでしょう。米国は世界の多くの地域から手を引きつつありますが、最後まで残るのはアジアです。その米国を「どう利用するか」が今後の隠れたテーマになるはずです。安全保障だけでなく、国際ルールの形成に関しても、米国の関与をうまく引き出す方法を模索する必要があります。
榎本:
APEC(アジア太平洋経済協力)のように、日本がオーストラリアなどと組んでアジアでの新たな枠組みを設けた例もありましたね。米国にコミットしてもらい、ルール形成につなげることも重要です。一方で中国とどう向き合うかという問題もあります。中国は今後アジアでどのような役割を果たすとお考えですか。
佐橋:
中国の現在の政治体制下においては、政治・経済の国際的影響力を拡大しようとする志向は変わらないでしょう。これは台頭する国として自然な現象ではあり、一概に非難はできません。ただし懸念すべき点もあります。他方で、政治的な動き以外の部分にも目を向けておく必要があります。中国も国際ルールに従う場面がありますし、環境問題などの分野では積極的に国際連携に取り組んでいます。経済や地球規模の課題など、中国と同じ方向を向いている分野ではさらなる協力の余地を探っていくべきでしょう。
薗田:
企業が中国にコミットするにしても、従来のビジネス視点だけでは不十分で、より広い視野が求められています。
ただし現在、私たちが直面する諸課題はテーマが輻輳し、複雑化しています。特定の専門領域だけでは問題の真の流れをとらえ切れない時代になっているのです。私も経済の専門家として、予測が難しくなっていることを感じています。また、地政学的なリスク要因も増加しています。これは、統合から分断へと向かう潮流と、それに抗おうとする力とが、さまざまな形で噴出しているということなのではないでしょうか。
佐橋:
指摘したいのは、今後の国際秩序は「楕円」でとらえるほうが分かりやすい、という点です。これまでの世界、特に冷戦終結後のグローバル化した国際秩序は「円」の構造をなしていて、その中心に米国がいました。しかし今後はそれが楕円になり、2つの中心点(焦点)を持つようになります。そして米国以外のもう1つの中心が、見え隠れするのです。それは中国やロシアなどの連合の場合もあり得ますが、見落とされがちですが、今後は米国以外の先進国やグローバルサウスかもしれません。
私たちは米国だけが中心になっている世界観から脱却し、世界が課題ごとにどのように対立したり、連携したりしているのか、曇りのない目で分析すべきです。
さらには、「楕円形の秩序」——異なる中心点があっても包摂的な秩序が全体を覆う状況さえもが崩壊して“ブロック化”に至るリスクや、大国がそれぞれ自国ファーストで利益を追求して大国同士だけで話をまとめ、それ以外の国々が無視される状況──も懸念されることを、忘れてはなりません。
榎本:
今回の議論を総括して、日本の「役割と挑戦」が2つ提示されたように思います。1つは、世界がブロック化することを防ぐために、米国を多国間秩序にコミットさせ続けること。もう1つは、楕円形の国際秩序における“もう1つの中心軸”として日本の強みを見つけ、そこに注力することです。これらが、日本が中長期的に果たすべき「役割と挑戦」だといえるのではないでしょうか。
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