新しいリーダーシップのあり方として注目を集める「場のリーダーシップ」論。従来のリーダーシップ論で見られた「特定の個人がリードする」ことを求めないリーダーシップのあり方です。本記事では、「場のリーダーシップ」とは何かを議論しながらその効用と利点を実際に体験する試みを紹介します。「場のリーダーシップ」の理論と実践に詳しい武蔵野大学の中村一浩准教授と、PwCコンサルティングで組織変革や人材育成を専門とする6名が、「全員のエネルギーを最大化する」リーダーシップを探りました。
参加者
武蔵野大学 ウェルビーイング学部 准教授
中村 一浩氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
鈴木 貞一郎
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
中北 順也
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
岡本 茉莉子
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
荒井 滉平
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
小島 竣介
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト
山田 理紗子
※法人名・役職などは掲載当時のものです
上段(左から):鈴木、岡本、山田、小島 下段(左から):荒井、中村、中北
中村:
今回は「場のリーダーシップ」とは何かを探ります。1950年代から広がった「上意下達」型の機械制御的な統率を「リーダーシップ1.0」とすると、2000年代からはリーダーを起点にチームが協働して知識創出を目指す「リーダーシップ2.0」が主流になりました。「場のリーダーシップ」は、これらを包含し、人と組織の可能性をさらに広げる「リーダーシップ3.0」へと広がっていくだろうと考えています。
さて、場のリーダーシップとは?という話に入る前に、そもそも「場」とは何なのかを感じてみたいと思います。
いま私たちがいるのは少し不安と緊張感が漂う「場」のようですね。こうした場の空気感や環境要因に、実は私たちはかなりの影響を受けています。これがもし公園の芝生で話していたら、きっとまた違う雰囲気の「場」になるはずです。
武蔵野大学 ウェルビーイング学部 准教授 中村 一浩氏
鈴木:
私は普段から慣れている社内の環境なので、今もリラックスしています。もし中村先生の教室だったら逆に緊張しそうです。
山田:
ここにいる皆さんとは普段、リモートで画面越しに話すことが多いので、こうしてリアルに集まるのは新鮮です。今日は、ある「場」で感じる私の悩みを聞いてもらえればと思います。
私を含む若手コンサルタントは、会社などの組織・チームから、「あなた自身の考え(主観)を表明してほしい」「あなたらしいリーダーシップを発揮してほしい」と期待されます。コンサルタントという立場や専門性への期待もあるでしょうが、一方でその期待に戸惑うこともあります。
以前、とある場で「自分の主観=私なりの意見」を表明したところ、あまり響かずに流されてしまった苦い経験があります。主観の表明をある種の自己表現だと考えると、「主観=表現」が否定されたり軽んじられたりした時、「自分自身」をも否定されているような気持ちになってしまう。すると「私なりの意見」を表明することが怖くなり、「その場に合った“正解”」を探し始めてしまうんです。
鈴木:
なるほど、それは日常的によくありそうな場面ですね。私は、若手のみんなに「主役になってほしい」と思っています。あなた個人として何を感じて、どう考えるかを大切にしてほしいのです。自分は何を思い、どんなスタンスを取るかという主観を起点に、思いもよらぬ「新しい発見」を掘り当てて主役になってほしい。「正解」を求める必要はないと思うんです。
これまでの体験を振り返ると、私は「場」を意識したことがあまりなかったのですが、周囲を観察することはいつも心がけてきました。例えば新卒研修で100〜300人を相手にリードした時は、個ではなく全体を見ていました。そこではディレクターである自分が参加者に与える影響も考え、ピシッとした感じをあえて出さず、ゆったりとした雰囲気となるように意識して関わっていましたね。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 鈴木 貞一郎
また、こんなことも感じます。「今日の会議には職階が上の方がいるので、自分はおとなしくしていても大丈夫だろう」と寄りかかられてしまうと、窮屈だし、少しいら立たしさも感じてしまう。「一人ひとりが主役になるチャンスなのに、それを手放すなんてもったいない」と。
中村:
周囲の人に対して「主役になってほしい」という思いを持つことは、すごく大切ですよね。と言うのも、場のリーダーシップは従来型のリーダーシップとは異なり、「特定の個人がリードする」ことは求めず、それぞれの主観と、それが「共鳴し合うこと」に価値を置いています。
それゆえ、特定の個人1人が過度に頑張る必要はありません。また、チームにとっての絶対的な「正解」も規定されないので、誰かが立案した当初の計画とは異なる形でのアウトカム(成果)が生まれやすいという特徴があります。
実は今日の座談も、事前に準備していた計画や資料はあったのですが、それには固執せず、皆さんが主観を述べ合うことで「場」が生まれる状況を体験していただいています。そうすることで、こうした「場の影響」で生まれた成果を、皆さんと共有したいんです。
荒井:
僕も、1人の個人として発揮できるリーダーシップには限界を感じるところがあります。プロジェクトを始めると、「自分がリードしなきゃ」と、ついどこかで考えるのですが、そんな従来型のリードだと、ミーティングで空振りしている感触が残ってしまうんですよね。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 荒井 滉平
「自分がなんとかしなくては」「この人がいれば……」と自分あるいは他者に依存する時と、「この場では自由に思ったことを話せそう」と感じて臨む時とでは、場に生まれるものは確かに違いますよね。後者なら「自分も主役、みんなも主役」という場になりそうだなと思いました。
図表1:「これまでのリーダーシップと場のリーダーシップの比較」
中村:
「場」とは、一人ひとりが持つ磁場のようなものが重なり合って形成される、移り変わりゆく時空間だと私は考えています。私は大学で物理学を専攻したのでこういう表現になりますが、場に流れるエネルギーは「波」のようだとも言えます。それぞれの波が重なり合う。その時、位相がそろえば強め合い、ずれれば打ち消し合う。チームのエネルギーが最大化するのは、波がそろって強め合う時です。これを「コヒーレンス」(共鳴)と呼びます。レーザー光線のように全ての波長がそろうと、遠くまで届くんです。
そして場の「流れ」というのは、「偏り」から生まれるものだと考えています。上下差や温度差があると流れが生じる。誰かが発言すると「偏り」が生まれて、場に何らかの「流れ」が発生する。その流れを感じて、どう活用するかが、場のリーダーシップの鍵です。
中北:
「場」の流れに乗るには、「自分自身」「他者」「場」という3つの視点を意識する必要があると考えます。今この場でも、自分自身はどこかまだカッチリした姿勢や気持ちでいることを感じているのですが、ここまで話してくる中で、一部の人が緩んできていたり、場全体に柔軟さや自由さが漂い始めたりしたことを感じています。この感覚に気付くことが、まずは重要なのですね。
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 中北 順也
中村:
そうです。場がどんな状況になっているかを思考ではなく体感(感性)で感じることがとても重要なのです。なぜならば、場は単純な物理環境だけを指すのではなく、お互いの主観が影響し合って生まれてくるものであり、あくまでも「感じる」ものだからです。これを相互主観と言います。つまり「場」と言うものは、そこにある物理的な環境・空間に、集まった人々の「主観」が交わり、生まれだされる球体のようなもの。例えば、今この会議室の中でも、皆さんはそれぞれで違った「場の感じ方」をしているはずです。
中北:
自分の主観だけではなく、お互いの主観が場をつくる──その意味で相互主観という言葉はとてもしっくりきます。
中村:
主観があって初めて「場」も生まれる。そのような場への認識と同時に、場に対する「Openness:オープンネス(自分を開くこと)」を持つことも重要です。いくら場があることを認識しても、その場とともにあること、つまりは自分が場に対して開いているかどうかで、場との一体感を持てるかが変わります。さらに言えば、場だけではなく、他者、そして自分自身に対してのオープンネスを持てると、場を生き生きと感じられるはずです。
鈴木:
今の説明で、「場」とは何かを理解できる気がしてきました。私はいつも周囲の様子を見てきましたが、若手の参加者に「主役になってほしい」と思うのも、相互主観の場に対する信頼や自信があるからなのかもしれません。
中村:
私のイメージでは、場は「川の流れ」にも似ています。川をさまざまな視点——水面でも、流れの中でも──で見ると、見え方がそれぞれ違う。でも全体としては「1本の川」です。場も同じで、場所によって流れ方やその様子は違えども、全体としては「1つの流れ」がある。場は、1つのものでもあり、常に「変わり続けている」ものでもあるのです。
そのため、場を捉えるには、身体性(感性)を起点とした上で、「メタ認知」(自分の思考過程や認識の過程を理解すること)も同時に持つことが大切です。
鈴木:
本来は優秀なコンサルタントであるにもかかわらず、自分の話に集中しすぎて、クライアントの反応を感じ取れなくなる人がいます。「ちょっと待って、今クライアントが首をかしげて発言したいサインを出しているよ」と、私がストップをかけることもある。用意してきた資料の説明に熱中するあまり、「場の流れを捉えられない」という状況が往々にして起こるんですね。これも、場の「見極め」ができていないということなのでしょう。
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 岡本 茉莉子
岡本:
私は文字や言語から入る方が理解しやすいので、誰かが話している時にその人の言葉の内容に集中してしまい、「場を感じにくい」ことがあります。もう少し「こんな感じのことを言ってるんだな」くらいのゆったりした感覚や理解度で見聞きする方が、場の空気感を捉えやすいのかもしれませんね。
小島:
プレゼンテーションに臨んで、そんな場の状況を見極められる「余白」を自分が持てるかどうかは、根底にある「自信」に左右されるのではないでしょうか。経験が少なくて自信不足の場合、準備でそれを補い、なんとか余裕をつくり出そうとするものです。
中北:
自分に自信がない人でも、参加している「場」自体に余白があれば、「なんとかなるだろう」と信頼できるようになる面もありそうですね。
図表2:「相互主観」から生まれる「場」
中村:
私は「マネジメント」と「リーダーシップ」を区別して考えています。マネジメントは「枠組みと仕組み」の話で、それによって1つの組織を管理するもの。でも、細かく
統制しすぎるとマネージャーも部下もモチベーションが下がり、エネルギーが低下してしまいます。
それに対しリーダーシップは、一人ひとりが持っているエネルギーが自然と湧き出し、流れ出ていくための呼び水になるものです。つまり、電気回路に例えると、組織における流れる電流(エネルギー)の総量を増やすのがリーダーシップで、それを組織の狙いを定めて流れやすくする回路の設計がマネジメントになります。
山田:
私は1人のスタッフとして、これまで「マネジメントされる」ことに意識が向いていました。でもここで皆さんとの対話を続けるうちに、自分の意見をもっと出していく勇気が必要だと感じました。受け入れてもらえるかはケース次第ですが、それでも前に進もうとすることが大切だな、と。
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト 山田 理紗子
鈴木:
今、山田さんに「マネジメントされる」と言われて、少しドキッとしました。私は自身を、プロジェクトのクオリティやビジョンを目指す道筋をマネジメントする立場と認識しているからです。昔の管理職には、人も組織も「自分の所有物」だと勘違いする人がいましたよね。今はそうした従前のスタイルは一掃されましたが、マネジメントとリーダーシップには、混同されがちな面がまだ残っているのかもしれません。
小島:
管理職としてはタスクだけをマネジメントしているつもりでも、「マネジメントされる側」からすると、「自分自身(人)」へのマネジメントなのだ、と感じることがあります。もちろんそこには、受け取り方の問題もありそうですけどね。
荒井:
「人をマネージしてしまうマネージャー」は、どうすれば変われるのか。これも重要な問いではないでしょうか。信頼して委ねるマインドシフトが必要なのだと思います。
中村:
まさにそう思います。上司や経営幹部などが参加する場では、ともするとその人たちの考えが「正解」とされがちです。そして「正解」を持っている人にエネルギーが集中してしまいます。肩書ではなく、「一人の人間」としての声を出すこと、そして場に対して「開いている」ことが非常に大切なのです。そういう思考には、前提として「感性」と「信頼」があります。自分はどう感じるか、みんなはどう感じるのか──その感性と信頼を持とうとする意識が場をつくるのです。
鈴木:
中村先生にお聞きしたいのですが、場に「正解」ってあるのでしょうか?私は楽しい場が好きで、みんなが笑っている場をつくりたいといつも意識しているのですが……。
中村:
そうですね、「正解」を導こうとして場をコントロールすることは可能ですが、そういう自分たちへの「操作」を嬉しいと感じる人はあまり多くないのかなと思います。私自身も同じです。私ならば、みんなの「エネルギーが最大化する場」をつくりたい。各自が主観を持ちながら、全体の流れも生まれてくる場です。
鈴木:
「場がみんなのエネルギーを最大化する」という考え方は、非常に良い表現、「刺さる」言葉ですね。この言葉は私自身の場との接し方を変えてくれるかもしれません。
荒井:
今の話を聞いて、場のリーダーシップとは「個々の力が引き出されている状態」ではないのかなと思いました。誰かが無理に力を発揮しよう、させようと頑張りすぎるのではなく、おのずと引き出されていくような感覚です。
中北:
だとすると、場がリーダーシップを発揮するための要件は何だと思いますか?
小島:
前提として、主観を開示してもいい、委ねてもいいという空気感が場にあることが重要でしょうね。肩書のある人が自ら進んで「委ねる」姿勢を最初に見せれば、雰囲気をつくりやすいと思います。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 小島 竣介
岡本:
「みんなのエネルギーを最大化する」というのは、たとえると、水槽に手を入れてかき混ぜ、渦を作るようなイメージでしょうか。いったん渦ができれば手を引き抜いても回り続けますし、手を入れて回す人が増えるとさらに回転力が強まります。
中村:
体感的にイメージしやすい比喩ですね。場のリーダーシップとは最初にその渦を作り、その後は全員に委ねることでしょう。時に流れを整えたり、新たな方向に変えたりすることもありますが、基本は場の力(エネルギー)を信頼することです。
中北:
「場の正解とは?」に話題を戻すと、相互主観の場には正解がないということでしょうか?
中村:
正確には、それぞれの主観が「正解」なのであって、それらが交わって新たな価値が生まれるのです。私の経験では、議論の場で波がそろってくると、それ以上ことさらに言葉を重ねなくても「こうだね」と自然に合意が生まれ、ミーティングが終わっても余韻が続く。この「自律的な流れ」にこそ、とても大きな価値があるのです。
鈴木:
場の正解について私も考えていましたが、やはり「一人ひとりのエネルギーを最大化する場」そのものが「正解」なのかもしれません。それは楽しい場かもしれないし、真剣な場かもしれない。その時どきで違うんですね。
中村:
そうなんです。まさに場は四次元的(縦横の平面的な広がり+高さ・深さ+時間による変化)で、さまざまな波が生まれては消え、訪れては去っていく。それをコントロールしようとするのではなく、その流れを感じて生かすんです。中には予想を超えて変則的に動く波もあります。それも全て生かすことこそが、「場のリーダーシップ」だと言えるでしょう。
武蔵野大学 ウェルビーイング学部 准教授 中村 一浩氏
鈴木:
今日は非常に大きな学びを得ました。場のリーダーシップとは「ファシリテーションの技術」なのかと考えていましたが、ファシリテーションは「コントロールしなければならないもの」と考えるため、一種の力技と言えます。それに対して場のリーダーシップは、エネルギーを最大化するために、もっと場や他者に意識を向ける必要があるものなのですね。
中北:
最初は場をつくる必要がある。ただその後はエネルギーで流れていく──ということですね。互いの主観を大切にするリーダーシップで、どういう場をつくるのかということが大切なのだと思います。
岡本:
場はみんなでつくるもの、場を成す要素は自分だけではないと思えば、楽になれる部分もあります。思考が硬直しがちな人も、その場になじむことで少しでも柔軟になれるといいな、と思います。
山田:
仕事で主体性を発揮するにはどうすれば良いかと悩んできましたが、肩の力を抜くことで見えてくるものがあるのだと感じました。今までとは違ったアプローチにチャレンジしてみる価値がありそうです。
小島:
みんなが「手放す」こと、「委ねる」ことが大切だと思います。管理職も、若手の立場でも、手放すことで広がりが出て、新たな思いが生まれてくるのではないでしょうか。
中村:
個人が頑張ることは大切ではありますが、頑張りすぎると苦しくなる。みんなで分かち合って進める方が良い。そこに「場」も加わればさらにいいなと思っています。誰か1人が孤軍奮闘するのではなく、場の流れに沿って、みんなで活躍できることが理想だと考えています。
「場」を活用しながら、自分も周りも生かす新しいリーダーシップの形。個人が引っ張るリーダーシップや、みんなでシェアするリーダーシップを超えて、「場」そのものがエネルギーを引き出し、組織全体の力を最大化する。「場のリーダーシップ」——それは誰もが主役になれる、新しい組織のあり方を示唆するものなのではないでしょうか。