シリーズ「価値創造に向けたサステナビリティデータガバナンスの取り組み」

第2回:統合管理を含めたデータガバナンス/マネジメントの要諦

  • 2025-06-09

1. データの不整備により生じる課題の振り返り

第2回の本稿では、サステナビリティデータの信頼性を確保し、効果的な活用を保証するために求められるデータガバナンス/マネジメントの要諦を説明します。その前段として、第1回「サステナビリティ情報の開示により重要性が増すデータガバナンス・データマネジメント」において、以下の課題があることを示しました。

  • 「データの一貫性と標準化」
  • 「データの正確性と信頼性」
  • 「コンプライアンスと報告の複雑性」

各サステナビリティテーマにおいてこうした課題に策を講じる必要があるものの、個別最適にガバナンスを検討することは、組織横断でのデータ活用を妨げることや、サステナビリティ指標が複数生成されることによる無駄なコスト増加などといった問題にもつながります(図表1)。

図表1:サステナビリティの課題解決で生じる諸問題

  • 企業のサステナビリティ戦略とサステナビリティデータ活用のずれ
    • 開示向け指標と利活用向け指標の不整合:
      経済産業省はサステナビリティ関連データについて、「企業価値に影響を与える将来のサステナビリティ関連のリスクおよび機会への洞察を与えるデータであり、将来の財務パフォーマンスを分析する際に極めて有効なデータである」としています*。
      現在、企業はCSRD(企業サステナビリティ報告指令)やSSBJ(サステナビリティ基準委員会)基準などの足元の対応に追われており、開示に向けた指標を策定することに注力しています*。一方で、業務改善施策(計画系業務および実績系のPDCAなども含む)や事業ポートフォリオ検討など、サステナビリティデータを利活用につなげていくことについての検討には至っていない部分があります。例えば、事業活動に係る取引先の温室効果ガスの排出量を示したScope3カテゴリ1について、開示に向けた企業単位ではサプライヤーから情報を収集する形で集計しているとします。一方で、製品単位では部品調達に係るGHG排出量を重量ベースで計算しているとすると、指標の考え方が異なるため、企業施策に対する製品単位での削減効果を検証できなくなります。
      上記のような形で、開示向け指標と利活用テーマの指標に不整合が生じることがあります。このような指標のずれにより、現状施策の全社的な進捗把握のモニタリングを困難にする他、適切なサステナビリティ戦略の策定にも支障が出てしまいます。
      *出典:経済産業省,2023.『サステナビリティ関連データの効率的収集と戦略的活用に関するワーキング・グループ』.
  • データのサイロ化による組織横断的な連携の欠如
    • 冗長なデータの乱立:
      個別の領域で指標が作成されるため、企業内に冗長なデータが複数発生してしまうことが考えられます。例えば、同一の指標を開示する場合に、事業間での横断的な検討が不足するなどにより同じ名称で異なる意味を持った指標が発生。その結果、どの指標が企業標準となるかが不明確になる他、一貫性も失ってしまいます。
    • 重複対応によるコストの増加:
      関係するテーマに対して、同一の指標を各領域間で重複して生成することにより、システム開発や運用面におけるコストが増加する可能性があります。
  • 法規制変更による影響先特定の難化
    法規制が変更された際に、影響を受けるサステナビリティテーマおよびデータの把握に時間がかかり、迅速な対応が難しくなってしまうことが考えられます。

上記のように各テーマを個別に進めていこうとすると、テーマ別の要求には耐えられますが、利活用との連動や他領域、他事業との連動を考える際に、データの面で障壁となってしまいます。

2. 課題に対するデータガバナンス/マネジメントの要諦と価値

図表2:組織横断ガバナンスと得られる価値

上述したとおり、サステナビリティデータを価値創造や新規ビジネスにつなげるためには、個別最適視点で検討を推進するのではなく、組織横断視点でのデータガバナンス方針を定めた上で、個別テーマに展開していく必要があります。さらにその組織横断ガバナンスを機能させるためには、統合的な視点を持つ組織を配置した上で、開示にとどまらず、サステナビリティデータの利活用が滞らないような仕組みづくりとガバナンスプロセスの実行が必要になります。(図表2)

  • データガバナンス組織
    全社統合的にサステナビリティデータにおけるデータガバナンス/マネジメントを推進するためには、以下の機能が必要です。
    • データガバナンス策定:
      サステナビリティデータのライフサイクル(データ収集/蓄積/活用/運用・保守)を踏まえて、データ品質やデータ再利用の観点で、目標設定、現状評価および方針・ルールを策定します。策定の際には、サステナビリティに関連する法的視点や保証取得などを見据えた監査視点での考慮も必要なため、各領域の専門家を巻き込む必要があります。
    • データアーキテクチャ設計:
      サステナビリティ戦略や業務側の開示テーマを含む、全社的なデータアーキテクチャを設計します。サステナビリティデータにおけるデータモデル/データフロー/データアクセス方法などを設計し、組織横断でデータの一貫性を保つ上でのデータアーキテクチャを設計する必要があります。
    • データガバナンス実行:
      • 業務管理(業務ドメイン側で実施):サステナビリティテーマで利用する指標の業務要求および業務ロジックを管理します。また、全社的なサステナビリティ戦略に基づき施策を実行し、PDCAが適切に推進されているかをモニタリングする必要があります。
      • データオーナー:サステナビリティテーマで利用する指標の業務要求および業務ロジックに紐づいたデータソースならびに指標データの管理を実施します。
      • ITサポート:サステナビリティデータに関連する情報を管理・蓄積するための基盤をシステム観点からサポートする役割が必要になります。
  • サステナビリティ関連業務改革:
    • 関連業務の洗い出しとサステナビリティ指標の明確化:組織横断でのガバナンス方針を策定する上で、今後どのような開示業務や利活用業務(GHGの削減管理業務など)が発生するかを棚卸しし、関連性を洗い出した上で、サステナビリティ指標の業務要求を明確にします。
    • 業務モニタリングの実行:サステナビリティ戦略に基づいて、各業務施策のPDCAが運用できる状態になっているかモニタリングを実行し、指標の見直しなど必要に応じて改善します。
  • データ品質向上と再利用を見据えた標準化:
    統合的なサステナビリティデータの活用に向けて、個別テーマを検討する際にデータ標準化の準備が求められます。テーマ間で共通の利用可能な指標データを確保した上で、迅速に再利用を促すために集中的に管理することが効果的です。
    • 指標データの共有と標準化:
      各テーマで利用する指標は業務要求に基づき策定されます。一方で、別のテーマにおいても同様の指標を利用する可能性があります。冗長なデータ生成を回避し、テーマ間での目線を合わせた分析を可能にするために、指標の定義とその指標がどのようなプロセスで作成されたかを全社的に管理することが重要です。これにより、データ生成ロジックに信頼性と再利用性の向上が期待されます。
    • ソースデータの共有と可視化:
      社内には、異なるデータソースに同一名称の冗長なデータが存在する可能性があります。各テーマで開示する指標に対して、どのデータソースの何のデータ項目を利用しているかを可視化し、管理しておく必要があります。
  • サステナビリティ統合基盤の整備:
    組織横断での統合分析の実施や共通利用を可能にするためには、各テーマで生成したデータやプロセスを流用することを見据えて、データを収集・蓄積・活用するための基盤の整備が必要になります。
    • データ収集/生成プロセス管理:
      各テーマで定義した指標を一元的に管理することが求められます。社内の統合基盤にデータソース・プロセス・参照先を蓄積し、全社に共有することにより、円滑な指標の流用と参照先のモニタリングを可能にします。
    • アウトプットデータの共有:
      各テーマで作成したアウトプットデータ(指標含む)に関して、別テーマで流用することを踏まえて、社内の統合基盤などでデータ参照できるようにデータを移動することで、一貫性のあるデータの流用が可能になります。
      一方で法規制変更対応による影響先を把握するために、上述の指標管理と同様に、アウトプットデータの参照先をモニタリングしておく必要があります。
    • アクセス権限の管理:
      秘匿性の高いデータを保護するために、ユーザーのアクセス権限を設計する必要があります。データの参照権限、指標の定義や生成プロセスの編集権限を含めて検討する必要があります。
  • 監査・第三者評価の実施:
    開示にあたって、情報の信頼性をどのように担保するかは、ステークホルダーの信頼を得るために重要です。また、活用を推進していくという観点での抜け漏れがないことが重要になります。例えば、データガバナンスとして検討すべき事項が抜け漏れることにより、冗長または単発的で管理不足なデータの利活用にとどまり、中長期的には活用の推進を阻害する場合があります。そのために、監査や第三者による検証が求められる場合もあります。
    • データ品質の評価:
      データが正確で一貫性があり、使用可能な状態であるかを確認する必要があります。
    • データセキュリティの確認:
      データが不正アクセスや漏えいから適切に保護されているかを評価する必要があります。
    • コンプライアンスの検証
      プライバシーなど、関連する法律や規制に準拠しているかを確認する必要があります。
    • データ管理の効率性・有効性評価
      組織、指標やアーキテクチャを含めたデータガバナンスのプロセスが効率的かつ有効的に運用され、ビジネス目標の到達をサポートしているかを確認する必要があります。

統合的な視点を持ち、サステナビリティテーマにおけるデータガバナンス/マネジメントの要諦に重点を置くことで、以下のような価値が生まれると想定されます。(図表2)

  • 全社横断的なサステナビリティ戦略の浸透と業務改善:
    業務改善施策などの「利活用したい指標」と「外部開示向けの指標」を整合させることで、サステナビリティ戦略の立案が円滑になり、サステナビリティ指標の観点でも企業価値につながる改善が実施できるようになります。
  • データ資産/指標共有によるデータ品質向上:
    指標・アウトプットデータを可視化・共有することで、冗長データの作成を防ぎ、一貫性・信頼性が確保されたデータの利活用や開示へとつながります。
  • 法規制など外部環境への円滑な対応:
    データの参照先を可視化することで、円滑に法規制・ルールへの対応が行えます。例えば、温室効果ガス(GHG)プロトコルが変更された際に、指標とその参照先が分かっていれば、変更による影響先の特定が可能になります。
  • 冗長性の排除によるコスト低減化
    関連するテーマに対して、同一の指標を各領域間で共通利用することにより、システム開発や運用面におけるコストを低減させることが可能になります。

3. データガバナンス/マネジメント方針の検討タイミング

図表3は、CSRD/ESRS適用に向けたロードマップの一例です。大きく3つのフェーズに分かれており、対応の方向性を検討する「ベースラインと戦略」/検討した方向性に対する施策を取り組む「報告業務のトランスフォーメーション」/報告とチェックを実施する「年次の報告」で構成されています。

図表3:CSRD/ESRS適用に向けたロードマップの一例

データガバナンス/マネジメント方針の検討タイミングは、「ベースラインと戦略」における開示に向けたギャップ分析の段階で実施します。開示に向けたギャップ分析を実施し、個別のテーマの課題だけでなく、組織横断的な課題と対策の方向性を洗い出しておくことが重要となります。

4. 次回以降のコラム

次回以降は、本稿で述べたデータガバナンス/データマネジメントの要諦を踏まえて、システムアーキテクチャにおけるポイントと推進体制について、その詳細を解説します。

執筆者

田原 英俊

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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高橋 功

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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浅水 賢祐

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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鮫島 洋一

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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林 勇希

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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