【2024年】PwCの眼(9)世界が注目 サステナビリティ変革の新概念「システミックトランスフォーメーション」

2025-06-25

「システミック投資」という言葉をご存じだろうか。2024年のダボス会議やClimate Week NYCでも話題になったキーワードで、PwCも注目している。

従来の投資は、インパクト投資も含め、個社や個別プロジェクトに対する分散投資が主であった。他方、環境・社会課題の抜本的な解決には、従来の産業構造に囚われないエコシステムの変革が求められる。従って、エコシステム全体の変革が叶わなければ、個別の投資もリターンが得られない可能性がある。

システミック投資とは、バリューチェーン全体を投資対象として捉えようとする考え方である。特に、産業横断の取り組みが不可欠なサーキュラーエコノミー実現にとって重要なアプローチになると考える。

PwCでは、システミック投資の考え方を応用し、民間主導でシステミックな変革を実現する投資・開発アプローチ「システミックトランスフォーメーション」を提唱している。

このアプローチでは、まずバリューチェーンの構造と儲けのメカニズムをエコシステムとして捉え、現状とあるべき像を描く。その際、エコシステムのコアとなるステークホルダーがともにWin-Winとなるあるべき像を描くことで、後々の変革を円滑にする。

次に、変革の阻害または促進要因となる要所を特定し、打ち手を検討する。その際の要諦は、1.イノベーションの実装、2.サプライチェーンの組み直し、3.マネタイズできるビジネスモデル、4.スケール化の4つである。

最後に投資・開発を通じて実際の変革を促す。その際、企業だけでなく、政府・自治体やNGO、エンドユーザーも巻き込むことで、ルールや価値観も変えていく。結果、エコシステム全体の変革が促され、投資対象の経済合理化も進む、というものである。

モビリティ産業にとってのEVを例に取ってみる。

EVの環境負荷を製品ライフサイクル全体で低くするには、供給電力の再エネ化が不可欠だ。しかし、日本では、採算性や系統電力の不安定性などの問題で再エネの普及は限定的だ。また、充電インフラなど消費者の利便性にも課題がある。

そこで、モビリティ産業が、再エネやスマートグリッドなどの充電サービスにも投資することで、再エネと充電インフラが普及し、EV普及というリターンを得られる。

さらに、使用済みEV電池を、大規模蓄電サービスで二次利用した上で、リサイクルするという大きなシステム像を描くこともできる。すると、再エネ普及の障壁である系統電力の不安定性もEV電池の高コストも同時解決できる。実は、こうしたエコシステム形成に挑戦する先例が海外では既に見られる。

このように、エコシステム視点でバリューチェーンを再定義し、鍵となる設備や技術に先行投資して需給バランスを動かす。そして産業を跨ぐマネタイズモデルを築き、その成功実績をもって後続企業を生むことで結果としてスケールさせ、環境・社会課題を抜本的に解決する。私たちはこれを「システミックトランスフォーメーション」と呼び、企業変革と組み合わせることで、今後の日本におけるサステナブルな社会の構築を前進させる有効な手立てになり得ると考える。

執筆者

中島 崇文

パートナー, PwCサステナビリティ合同会社

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上田 航大

シニアマネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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※本稿は、日刊自動車新聞2024年10月28日付掲載のコラムを転載したものです。
※本記事は、日刊自動車新聞の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
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