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第14回◆モビリティDX テレマティクスを活用した営業車のコストダウン

  • 2025-08-04

経理・財務、人事、法務部門など、コーポレート機能のDX化やAI活用は大きく進んでいます。一方、総務部門が管理しているビルなどのファシリティや営業車などは、事業部門との調整などの関係でコストコントロールが難しい領域だと言えます。しかしながら昨今、総務部門がデータを活用しながら事業部門を説得しコストダウンなどの改革に取り組む企業も増えてきています。

本稿では、営業車の走行データを管理するテレマティクスやドライブレコーダーを活用し、車両管理のコスト削減、事故削減、ESG推進を実現した総務DXの事例を紹介します。

登場者

PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
寺田 浩之
製造業・ハイテク企業向けに事業戦略策定、DX化構想、業務効率化(BPR)、新規事業開発等のコンサルティングに従事。

聞き手

PwCコンサルティング合同会社
アソシエイト
上田 和樹
通信の大手企業に向けた業務改革、システム導入、DX指針などに携わる。

(左から)上田 和樹、寺田 浩之

営業車管理を「聖域」化させない

上田:
総務を含むバックオフィスにおいては、経理や人事を中心にDXやAI活用が進んでいますが、総務での取り組みはまだ事例が少ないですね。

寺田:
コーポレート部門は事業部門を後方支援する役割を持つとともに、全社から情報が集約される組織でもあり、それらを活用して経営の意思決定に直接的に関与する側面を持ちます。その中でも総務は業務範囲が広く、事業活動のコスト削減への貢献度合いも大きいことから、DX・テクノロジー活用やそれに伴うデータの重要性は高まっています。

上田:
総務のDXはどのような効果が期待できるのでしょうか。

寺田:
事業運営にかかるコストを圧縮することによって利益を増やすことができます。総務が関与する支出で金額が大きいのは、ビル管理などのファシリティ関連と、営業車にかかる車両管理関連です。私は現在、全国に支社を持つ大手メーカーの営業車管理の改革を支援しています。このクライアントは数千台の営業車を持ち、その維持管理コストは年間で数十億円に及んでいました。

上田:
そんなに多額のコストがかかっているのですね。

寺田:
企業によって差はありますが、全国に支社を持つ大手企業では営業担当者1人に1台ずつ営業車が割り当てられているケースが少なくありません。しかし、平日の日中に営業車が駐車場にずらりと並んでいる状態であるなど、必ずしも1人1台である必要はなく、過剰な経費をかけているケースも多いのです。管理側も「1人1台の車両が必要なのか」と疑問を感じている状態でした。

上田:
営業車が多いことに気付いていながら、対策ができていなかったわけですね。

寺田:
営業車の共有化で台数削減を試みた際は、支社や営業部門からの反発が大きく、実行できませんでした。「営業の足を奪わないで」「営業車を減らすと売上が下がる」「顧客の依頼に迅速に対応できなくなる」「顧客満足度が下がる」といった理由によって、車両管理は本社の経営ですら手をつけられない「聖域」となっていたのです。

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 寺田 浩之

営業車管理のポイント

上田:
コストが大きいだけに、DXによるコスト圧縮の成果も大きそうですね。

寺田:
車両管理コストは、リース料、駐車場代、車両保険、ガソリン代などの合計であり、車両1台ごとにかかるため、総額を減らすためには台数の最適化・削減が効果的です。ただし、むやみに減らせば営業活動に支障が出ます。現場の営業実態、ニーズ、車両の稼働状況などを踏まえながら車両管理の方法を抜本的に変えていくことが私たちの支援に期待される要素であり、大きな成果が生み出せる領域だと思います。

上田:
営業車に関して、コスト以外にはどのような課題があったのですか。

寺田:
3つありました。1つ目は、営業車の事故です。駐車場でコツンとぶつけるような小さな保険事故が年間で10台に1台ほどの割合で起き、それが車両保険料の負担増につながっていました。2つ目は、営業車のCO2排出です。工場から排出されるCO2と比べると営業車の排気ガスの量は相対的に少ないのですが、全社を挙げたCO2削減の取り組みの中では、営業車のCO2削減にも取り組まなければなりません。3つ目は、M&Aでグループ化した会社の車両利用実態が把握できていなかったことです。本社方針としてグループ全体でコストやCO2の管理をしたいと考える反面、グループ化した会社が営業車を自社で管理する状態が続いており、ガバナンスが行き届かない状態でした。

上田:
プロジェクトがスタートしてから現在までの間に、どのような成果が出ているのでしょうか。

寺田:
テレマティクスを活用した車両業務改革プロジェクトは、約2年半が経ちました。この間に、主に3つの成果が出ています。

1つ目は、営業車の共有化による車両台数の最適化と管理コストの削減です。支援に着手した当初は年間で数十億円かかっていた経費が、現在までに28%削減できました。

2つ目は、事故削減に向けた仕組みづくりです。事故は運転者である従業員の安全意識と運転技術を高めることによって減らせると考え、営業車を運転する従業員1人ひとりにつき「安全運転スコア」を測定し、それに基づいて自分の運転の安全運転を指導する仕組みを構築しました。その結果、当初は100点満点中平均60点台だったスコアが今は80点近くにまで上がっています。3つ目はCO2排出量の削減です。営業車の一部をガソリン車からハイブリッド車やEVに変えていくことで、2030年のCO2排出量は44%削減できる見込みです。

PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト 上田 和樹

データを改善につなげる仕組みづくりが重要

上田:
プロジェクトはどのようなアプローチで取り組み始めたのですか。

寺田:
テレマティクス導入・DX化には前述のような多くの効果が期待されます。社員の安全・事故削減やCO2削減など誰もが共通的に期待する効果がある一方、営業車の削減・共用車化(コスト削減)などは経営側が大いに期待する効果であるものの、現場では一部反発を招くおそれもありました。私たちは、テレマティクスによる総合的な効果を前面に出し、現場を巻き込みつつ全ての営業車にテレマティクスを搭載しました。

上田:
テレマティクスはどのような機能を持つのでしょうか。

寺田:
カーナビゲーションのように車両に取り付けることで、ドライブレコーダーで社内外の画像を記録し、加速度センサーによって運転状況をモニタリングします。また、各ドライバーの運転特性をハンドリングやブレーキングといった要素ごとに安全運転スコアに集計し、個人や部署ごとに可視化することができます。数千台の全営業車にテレマティクスを取り付けるには約半年かかりましたが、グループ化した会社の車両も全て対象としたことで、課題の1つだったグループ会社の車両管理に関して、本社総務側の管理下に移しガバナンスする体制を作ることができました。

上田:
テレマティクスの搭載は、従業員の安全意識を高め、慎重で丁寧な運転を心がけるきっかけになりそうですね。

寺田:
実は、そうでもないのです。テレマティクスのベンダーも車載機を搭載することで「意識が変わる」「事故削減の効果が見込める」とうたっていましたが、導入からしばらくして安全運転スコアを定点調査したものの、全く向上していませんでした。

そこで、テレマティクスによって急ハンドルや急ブレーキなどを検知した時に、その情報を当人と上長が共有し、安全運転指導に生かすという仕組みを考えました。危険運転をした時の動画を見ながら、その時の状況や危険性を確認し、注意を促しながら安全意識を高めていけるようにしたのです。また、個人と部署それぞれに安全運転スコアで80点以上を目指すKPIを設定し、自分ごととして取り組める仕組みを作りました。

上田:
部署単位の視点も持ってもらうことで、現場の従業員から上長まで巻き込んだ改革にしていくことができますね。

寺田:
はい。その効果をみるために、北関東にある支社にて概念実証(PoC)を実施しました。テレマティクスベンダーから紹介を受けた安全運転推進の専門事業者の協力を得て、指導者となる営業マネージャー(上長)に対してテレマティクスのデータの読み方や運転者である営業担当者(部下)の運転傾向の把握、指導方法を習得してもらいました。

上田:
PoCは具体的にはどのような方法で行ったのですか。

寺田:
上長が部下4名と週1回、1人15分程度の面談を行い、運転者の安全運転スコア、走行データ、走行時の画像データを使いながら改善ポイントの確認と改善の指導を4週間にわたって行いました。その結果、支社の安全運転スコアの平均が20点以上も高くなりました。上長による安全運転の指導方法も方法論化していく必要があるため、指導マニュアルの整備や上長による指導動画の整備も行いました。

営業車の共有化の実現性・効果を可視化して説得力を高める

上田:
安全推進から始めた取り組みを、本来のゴールであるコスト削減や営業車数の最適化・削減にどのようにつなげたのでしょうか。

寺田:
コスト削減の取り組みもPoCで現場を巻き込みながらスタートしました。まず、安全運転推進によって車両保険や修理代などが下がります。クライアントは契約台数が多いため、保険料が数%下がるだけでも数千万円のコスト削減になります。

しかしながら、コストダウンのインパクトが大きいのはやはり車両台数の最適化・削減です。そこで、最初の一歩としてテレマティクスで各車両の稼働状況をリアルタイムで把握できる環境を整備し、車両の稼働状況を可視化しました。しかし、それだけでは説得力として弱いため、車両管理にかかっている総コストを算出し、支社や拠点ごとの稼働率に見合う台数にした場合のコスト削減シミュレーションを提示しました。その内容に興味を持ってくれた支社長を選び、PoCへの協力を依頼したのです。

上田:
共有化のPoCは具体的にどのような手順で進めたのですか?

寺田:
まずは実験的な取り組みであることを前提として、営業担当者から車の鍵を回収し、営業車を使う際に鍵を渡す仕組みにしました。その際には、日々の営業活動に影響が出ないように、車両の予約ができるようにしました。また、営業車が全て出払ってしまった時のセーフティネットとして、カーシェアやレンタカーの利用ルールを決め、急ぎの場合のタクシーや支社長車の利用も可能にしました。

その結果、想定したとおり、繁忙期の営業時間中でも鍵が余りました。一定量の車両が使われていないことを可視化することにより、営業車の利用実態に無駄があること、その解消の方法として共用化が有効であること、営業活動に支障が出ないことを営業担当者に納得・体感してもらうことができました。

データドリブンの変革

上田:
PoCの結果を踏まえてグループ全体に展開していく際には、どのような施策を実行したのでしょうか。

寺田:
安全推進については、企業として事故ゼロの実現や従業員の安全確保に本気で取り組んでいることを示すために、総務の管掌役員や営業部門のトップから社内ポータルサイトにてビデオメッセージを発信してもらいました。

次に、PoCの結果をベースに新たな社内の施策や制度を作りました。例えば、安全運転スコアが低い従業員向けにトレーニングを行う、高スコアの個人や組織を表彰する制度を作るといったことです。

上田:
営業車の共有化・減車はどのように展開したのですか。

寺田:
PoCの結果をグループ会社全体に発信しました。また、PoCに協力してもらった支社長からは、当初は現場からの反発が大きかったこと、責任者として営業の足を制限したくないと思っていたこと、しかし、営業車の共用が可能であり、販売費および一般管理費の削減と営業利益獲得につながったことを発信してもらいました。

上田:
プロジェクトを効果的に進めていくポイントはありますか。

寺田:
クライアントは、これまでも安全運転に関するイーラーニングを毎年実施していましたが、その内容は運転免許証の更新時に見るような啓蒙ビデオが中心でした。このプロジェクトでは、テレマティクスにフォーカスしてハンドリングのスコアを上げるノウハウといったマイクロラーニングを準備したことが成果につながったと思います。支社や部署によっては、スコアが高い人を表彰する仕組みを作ったり、従業員がゲーム感覚でスコアアップに取り組んだり、楽しみながら工夫するケースもありました。このような部署は総じてスコアが高くなり、ハイスコアを維持しているのが特徴です。運転者が自らスコアアップを意識して行動する仕掛けづくりがポイントだと思います。

テクノロジー活用を伴走支援できるパートナーが必要

上田:
CO₂削減の取り組みについて教えてください。

寺田:
クライアントの営業車はガソリン車が圧倒的に多かったため、各支店の営業車のリース満了期間を踏まえて、契約更新となった車両の一部をハイブリッドカーに計画的に変更しました。会社名やロゴを付けたガソリン車が街中を走ったり、お客さま訪問したりすることは、ESG観点でレピュテーションリスクがあると考えたこともハイブリッド化を進めた理由の1つです。

上田:
EVへの変更は検討しなかったのですか。

寺田:
ガソリン車、ハイブリッド車、EV車の各普通車、軽自動車の導入・入れ替えのシミュレーションを実施しました。つまり、導入する車両構成を時間軸で変化させた時、導入コストやCO₂排出量がどのように変化するかを簡単に分かるようにしました。シミュレーションの結果、EV車への変更は財務的観点から、少なくとも2030年まではハイブリッド中心で車両を整備し、EV化の動向を注視しながら2030年以降の車両構成を見直す計画を立てました。

上田:
営業車の管理は、テレマティクスなどテクノロジーの知見のみならず、戦略策定や組織変革の知見も重要なのですね。

寺田:
そうですね。テレマティクスは、優れた機能が多々存在するものの、導入すればすぐに効果が出るものではありません。テレマティクス導入の構想策定をトップダウンで行い、PoCやクイックウィン施策を計画的に進めていき、現場やミドル層のチェンジマネジメントを進めながら行う必要があります。

現在のテレマティクスは大企業用の分析系の機能(コストダウンシミュレーション、CO₂削減シミュレーションなど)や、ユーザー管理機能などの面で技術的な改善余地があると思います。さらに、ドライブレコーダーの画像情報を使ったドライバーの危険行動の自動検知などを他の営業支援システムと連携することでより多くのインサイトを得ることが可能になると考えています。

そのような将来を見据えて、私たちPwCコンサルティングはテレマティクスをはじめとするテクノロジー分野の知見を増やしています。私も引き続き研究を深めてクライアントへの提供価値を高めていきたいと考えています。

主要メンバー

寺田 浩之

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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上田 和樹

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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