【2025年】PwCの眼(4)

企業価値向上のための投資家視点の把握とデータ分析のススメ

  • 2025-07-03

PBR(株価純資産倍率)で測った日本の上場企業の株主価値が諸外国と比べて見劣りしている。このような背景をもとに、東京証券取引所は2023年3月末に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を公表して上場企業に株価向上への対応を促したものの、その2年後の2025年3月末のPBRを見ても大きな改善があるとは言えない状況である。 

PBRはROE(自己資本利益率)とPER(株価収益率)の積で表現できるため、PBR向上のためにはROEまたはPERいずれかの改善が必要となる。このうち、ROEについては課題がありながらも多くの企業がその改善に取り組んでいる。一方、PERについては、市場で決まるためコントロール不能と考える企業も多く十分な取り組みがされていない状況である。 

このような中、ROEは高いものの、PERが低迷しているために、PBRが伸び悩んでいるケースをよく見かける。実は、この状況は、自動車メーカーを含む輸送用機器業種(東証33業種分類)の上場企業に平均的に当てはまり、特に業種内でも時価総額が大きい大規模企業にその傾向が強い。このような場合、PBR改善のためには、PER向上への対応も必要となる。 

PERは、配当割引モデルのもとで、1/(資本コスト-期待成長率)で表現できる。期待成長率と資本コストは、企業の将来の事業の成長やリスクに係る市場(投資家)の長期的な見通し(期待)を反映しているため、PERが低いということは、これら指標に反映される投資家の期待が低いということになる。従したがって、PERの改善を企業側で能動的に行うには、投資家が企業のどのような活動や成果に注目して事業リスクや成長に係る期待形成を行っているか、すなわち、「投資家視点」を理解することが対応への第一歩となる。 

投資家視点を理解するためには、第一に、投資家との直接的な対話の頻度を高めることが考えられる。個々の投資家の投資スタイルやテーマは個別性が大きいことから、投資家視点を俯瞰的に把握するためには、多数かつ多様な投資家と対話して情報収集・分析を行う必要がある。 

第二に、投資家との直接対話を補完してより効率的に投資家視点を把握する方法として「データ分析」の活用が挙げられる。機関投資家は投資先選定やポートフォリオ構築を効率的に行うために企業財務・非財務・市場データを用いた統計分析を活用している。従したがって、投資家が使用しているものと同様のデータと分析手法を活用できれば、投資家が価格付けの上で重視している企業の特性を資本コストや期待成長率の推定を通じて定量的に把握することができる。 

その上うえで、競合他社などとの横比較を通じて投資家視点から自社の「弱み(経営課題)」を把握するのである。他社との横比較が必要となるのは、投資家の期待形成がその投資ユニバース(投資対象企業群)内での「相対評価」を基本としているからだ。投資家視点で把握した自社の経営課題について適切な改善措置を講じた上うえで、法定・任意開示や直接的な対話を通じて投資家と同じ目線に立ったコミュニケーションができれば、投資家の期待形成に働きかけてPERを能動的に改善できる可能性が高まる。


※本稿は、日刊自動車新聞2025年4月14日付掲載のコラムを転載したものです。
※本記事は、日刊自動車新聞の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。


執筆者

安達 哲也

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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