
製造業の未来を切り開くエンジニアリングチェーンのDX
日立製作所のリーダ主任研究員 長野岳彦氏と主任技師 大石晴樹氏、PwCコンサルティングのシニアマネージャー佐藤 涼太が、設計開発領域の変革に取り組む理由、変革ポイント、活動推進における課題について議論しました。
製造業を取り巻く環境が目まぐるしく変化し、企業が持続的に変革し続けることが必要となる中、エンジニアリングチェーン領域のDXの重要性が増しています。設計開発領域の変革に取り組む理由、変革ポイント、活動推進における課題について、戦略立案や業務改善などに強みを持つPwCコンサルティングとITシステム分野に強みを持つ日立製作所のメンバーが議論しました。
※参加者の肩書、所属法人などは掲載当時のものです。本文中は敬称略。
参加者
株式会社日立製作所
研究開発グループ
デジタルサービス研究統括本部
サービスシステムイノベーションセンタ
DXエンジニアリング研究部
リーダ主任研究員
長野 岳彦氏
株式会社日立製作所
インダストリアルAIビジネスユニット
エンタープライズソリューション事業部
自動車システム本部
第一システム部
主任技師
大石 晴樹氏
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
佐藤 涼太
(左から)長野 岳彦氏、大石 晴樹氏、佐藤 涼太
佐藤:
製造業を取り巻く外部環境が目まぐるしく変化しています。顧客要求の多様化・高度化、海外の新興企業の台頭、異業種企業の参入などによって、市場内の競争が激化し、製品のライフサイクルが短くなってきています。
長野:
製造業のドラスティックな環境変化という点では、私たちの事業領域である医療機器、半導体製造機器、インクジェットプリンター、ストレージサーバといった多様なプロダクトに共通してSoftware Defined Anything(SDx)の考え方が進み、ハードウェア中心のものづくりからソフトウェア中心のものづくりへと移行が進んでいます。自動車業界においては、自動運転化や電動化といったSoftware Defined Vehicle(SDV)のキーワードが浸透し、モノとサービスの作り方が変わってきています。
大石:
そういった流れの中でDXの重要性がますます増しています。日本企業のものづくりは品質の高さが評価されていますが、中国に代表される新興国の自動車メーカーはハード、ソフトともに非常に短いスパンで製品を世に出してきます。そういった市場環境を考えると、DXによって設計開発領域の変革に取り組まなければ勝ち残れなくなると認識しています。
佐藤:
設計開発は製品やサービス開発の根幹でありバリューチェーンの出発点となる重要な機能ですが、デジタル化の進みは非常に緩やかだと感じています。製造やアフターサービスなどの現場、バックオフィスと比較し、設計開発は自由度の高い業務であるがゆえ、自由に考えることを重視する環境と、DXによってある程度のルールを設けることの融合がうまくできていないように感じます。
大石:
そうですね。定型的な業務における業務改善や効率化の効果は理解されやすく、そのためのツールも浸透しやすい傾向がある一方、エンジニアリングチェーンはDXのツールや業務プロセスが指定されることがあり、その点で拒否反応が生まれやすくなるのだと思います。また、自動車メーカーやサプライヤーでは、組織が縦割り構造となっていたり、過去から受け継がれてきた企業文化があったりします。一方で、新興企業は業務プロセスとシステムの両面でレガシーが少なく、最初から効率的な方法でDXを推進できます。
長野:
設計開発期間の短縮化が求められているからこそ、PwCのコンサルティングと、私たちのシステム開発を組織構造変革の推進に結びつけていくことが重要であり、それが私たちの役割だと思っています。
株式会社日立製作所 自動車システム本部 主任技師 大石 晴樹氏
佐藤:
エンジニアリングチェーンのDX推進では「最終的にどのような姿をめざすのか」「そのために何を変革するのか」を全社の事業戦略や中長期方針に沿った形で明確にする必要があります。また、設計開発の変革をエンジニアリングチェーンのみならず、調達、製造、アフターサービスといった後工程にどう波及させるかといった全体の青写真を描く必要があると思っています。
大石:
そのためには第3者によるコンサルティング視点でエンジニアリングチェーンのDXを推進していく意識を耕してもらう作業が必要だと思っています。DXの技術が進化しても、土壌ができていないと種まきができません。
佐藤:
私たちPwCコンサルティングでは、エンジニアリングチェーンのDXにおける重要な変革ポイントを定義しています。製品開発の出発点である企画や要求抽出フェーズにおいては、市場のニーズをリアルタイムに吸い上げ、正確に反映できることが重要です。吸い上げる情報としては、顧客の声のほか、競合や特許に関する情報、技術トレンドなどもあるかと思います。
長野:
そうですね。情報が少ない中では製品要求や機能配分がロジカルにならず、感覚的な判断で決定されてしまう可能性があります。
佐藤:
製品がより複雑化・高度化する中、基本設計・詳細設計フェーズでは、システム間やハードウェア・ソフトウェアなどの領域間で擦り合わせをしながら開発を推進していくことも重要です。
大石:
特に自動車の場合は多様な機能が複雑に絡み合っています。従来のように、ブレーキシステムだけ、内燃機関だけといった閉じた開発では期間短縮化のニーズに応えられなくなると思います。
佐藤:
製品開発期間がより短縮されている現在においては、従来のように試作を繰り返しながら品質を高めていくやり方では時間がかかるため、シミュレーションを活用して効率的かつスピーディに検証することも重要ですよね。
長野:
実機を用いる検証は、環境構築(実機の調達、プログラムの書き込みなど)に時間がかかります。ハード依存ではなく仮想で検証する仕組みへと移行していく必要があると思います。
大石:
ハードとソフトの分離という観点では、技術的にもシミュレーション検証による効率的な開発が可能になってきていますので、私たちもその領域にリーチしていきたいと思っています。
佐藤:
製品企画~検証までより多くのデータが活用できるようになると、それを連携することによって、生産準備、製造、アフターサービスといった後工程の効率化にもつながります。エンジニアリングチェーンの変革をバリューチェーン全体に波及させていくという点で、シームレスなデータ連携も重要なポイントだと思います。
設計から保守までバリューチェーン全体でデータの収集や連携ができるようになると、設計開発の技術的なナレッジやノウハウだけでなく、川下で獲得する市場データなどをフィードバックし、次の開発に役立てるループが作れます。そのためのソリューションの開発と提供は日立製作所が多くの実績を持つ分野ですね。
長野:
はい。データに関しては、工場のIoTでデータを迅速に収集する基盤(Hitachi Data Hub)の提供や、製造データの統合やデジタルツイン化を行うソリューション(IoTコンパス)などがあります。また、このような社内外の事例をベースにしたDX実現のサービス(Hitachi Intelligent Platform)で、戦略策定から運用管理までをワンストップで支援するサービスも提供しています。
佐藤:
エンジニアリングチェーン領域ではどのようなサービスがあるのですか。
長野:
自動車産業の場合は法規情報、車両情報、Electric Control Unit(ECU)のハードウェアとソフトウェアの情報を組み合わせた車両構成管理といった顧客データがあります。
それら顧客が持つデータと日立が持つ先進技術を活用した「Lumada」によって価値を創出し、デジタルイノベーションを加速するソリューションやサービスを提供しています。そのためには、システムに蓄積された情報だけではなく、設計開発担当者の頭に入っている情報や、データ化されていない文字情報といった非構造化データも広く取り込んでいく必要があります。
佐藤:
昨今では、生成AI活用も活発化していますよね。例えばソフトウェア開発においては仕様書や設計書などを自動で作成したり、仕様に基づくコーディングやテストを行ったりするなど、活用の範囲は今後も広がっていくことが想像できます。
長野:
現状では、生成AIは人が担う業務を支援する役割を果たしていますが、今後はAIが担当する業務の割合が増えていくだろうと思います。
大石:
アウトプットの視点から見ると、100ある業務を全て人がやる必要はなく、50は生成AIに任せられるかもしれません。50点の水準まで生成AIに作らせて、残りを人の力によって100点にする方法もあります。生成AI活用ではそのような発想に変えていく必要がありますが、企業によっては生成AIに任せられる業務も全て人が担っていたり、それが文化として根付いていたりするケースがあります。実績と経験があるエキスパートほど、人がやった方が良い、機械任せにはできないと考える傾向もあり、そのような意識を変えていくこともDX推進のポイントだと思います。
株式会社日立製作所 研究開発グループ リーダ主任研究員 長野 岳彦氏
佐藤:
設計開発のDXを推進するにあたっては、部署間を越えた一貫したプロセスの構築、従業員の意識改革、運用後の維持・改善体制の構築など、さまざまな課題があります。
長野:
システム面においては社内に散在するシステムのデータ統合も大きな課題です。部署ごとに個別最適化しているシステムをつなげて全体最適を実現していくためには、各部署が持つデータが上流から下流までシームレスに流れるデータモデルを統合していく必要があります。私たちはこれをトータルシームレスソリューションと表現し、製品やサービス提供の重要なポイントと位置付けています。
佐藤:
社内に存在する膨大なデータを取り扱う際には、データの検索性も1つのテーマですよね。
長野:
手段としては先ほどもテーマにあがった生成AIが活用できると思っています。部署間のシステムをつないでも検索結果が不適切になってしまい、結果として必要な情報を隣の部署の人に聞きに行くのでは意味がありません。例えば、ノウハウをナレッジ化してデータベース化すればRetrieval-Augmented Generation(RAG)を使って必要な情報を探し出すことができます。
大石:
RAGのデータベース構築も目的が重要ですよね。無尽蔵にデータを集めても良いRAGにはならないため、自社向けにチューニングする必要があります。本来はデータカタログを作る必要があるのですが、実態としては、それが運用しきれない、アップデートを追従できないといった課題があります。データの管理は構築面のみならず継続的、持続的に運用していくことも非常に難しいですよね。
長野:
細かなところでは、データベースを構築する際に部署ごとに用語が異なっていることがあります。これらは単純にはつなげられないため、用語の辞書を作って統一するといった泥臭い作業が必要です。
佐藤:
推進組織・体制面も重要な課題です。設計開発領域を起点としたDX推進と言っても活動は全社に波及しますし、大企業になれば拠点数や関連部門数も非常に多くなります。それらを強力にリードしていくためには、業務部門側・IT部門側で責任者を立て、お互い協力しながら活動を推進する必要があります。
長野:
設計の観点では、工場ごとの生産環境にも配慮しなければなりません。例えば、工場で使う材料や製品の仕様が同じだとしても、加工する際の温度条件が国によって違ったり、サプライヤーからの納品の方法が違ったりしています。その辺もある程度は組み込んで効率的に製造できる設計を考える必要があります。
佐藤:
運用開始後に目を向けると、DXは継続的、持続的な取り組みであることが重要ですので、決められたルールやプロセスを遵守・維持すると同時に、外部環境の変化にも適応していくことが求められます。
大石:
エンジニアリングチェーンのDXは、自動車産業においては未来の良い車を作ることと、不良をなくすことの2つの成果に結びつきます。良い車は、例えば、自動運転の精度向上や、ステアリングやブレーキの性能向上など、不良をなくすことは、不具合が起きた車やコネクテッドカーから情報を集め、分析や改善によって不良の発生確率を低下させることです。すでにこのような方法は家電やストレージサーバなどで実用化しています。今後は自動車製造でも同じ成果を生み出していけると思っています。
佐藤:
変革にかける期間も短縮していかなければなりません。ものづくりが短期化している中で、それを支える業務・システム変革や、そのためのプロジェクト立ち上げに時間がかかってしまうと、変革が実現する頃にはすでに陳腐化している可能性があります。私たち支援する側の課題として、検討期間そのものの短縮、部分的なスモールスタートなどの工夫が求められています。
長野:
解決策の1つとして、ローコードやノーコード開発の活用や、各工場で共通化できるところからパッケージ化し、プラスアルファで個別にカスタマイズしていくような体制を作ることができると思っています。
佐藤:
設計開発領域のDX推進には重要変革ポイントと実現に向けたさまざまな課題があります。企業が外部環境の変化に対して柔軟に対応すること、すなわち持続的に変革し続けることができるように、PwCコンサルティングはサポートしていきます。本日はありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 佐藤 涼太
日立製作所のリーダ主任研究員 長野岳彦氏と主任技師 大石晴樹氏、PwCコンサルティングのシニアマネージャー佐藤 涼太が、設計開発領域の変革に取り組む理由、変革ポイント、活動推進における課題について議論しました。
近年、自動車業界においてもAI技術の革新が進んでいます。 新たな安全規格となるISO/PAS 8800の文書構成や既存の安全規格(ISO 26262, ISO 21448)との関連性について概要を整理するとともに、AI安全管理およびAIシステムの保証論証について紹介し、AIシステム開発における課題について考察します。
京都大学の塩路昌宏名誉教授と、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、水素小型モビリティ・エンジン研究組合(HySE)の担当者をお招きし、水素社会実現に向けた内燃機関やマルチパスウェイの重要性について議論しました。
京都大学の塩路昌宏名誉教授と、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、水素小型モビリティ・エンジン研究組合(HySE)の担当者をお招きし、産官学連携での水素エンジンの研究開発の重要性と、具体的な課題について議論しました。
佐藤 涼太
シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社