【2025年】PwCの眼(5)

企業のサステナビリティ対応は統合的アプローチに昇華する

  • 2025-07-04

カーボンニュートラルに向け、エコカーの生産・販売にシフトしてきた完成車メーカー各社。一方で、「カーボンニュートラル車」を売り込みながら、気候・自然・人権の負荷を同時に高めてしまう‐そんなリスクが現実味を帯びている。

気候変動、自然破壊、人権問題。一見異なる課題だが根底では絡み合う現象であり、個別対応では企業はもはやリスクを制御できない。例えば、タイヤ製造のサプライチェーンが対策を求められている森林破壊の問題では、生物多様性と炭素吸収源を同時に劣化させ、気候変動が加速し、農漁業を衰退させ、住民の生計と衛生環境を脅かし、それにより人権侵害を誘発する。生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)は2024年のネクサス評価で、生物多様性・水・食料・健康・気候の5要素が連鎖的に悪化し得ると警鐘を鳴らした。

科学的な警告と並行し、規制も統合志向へ加速している。欧州連合(EU)のCSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)は「環境劣化が人権を損なう行為」を明示的に禁止し、自然環境と人権リスクを含むデューディリジェンスを企業に義務化する方向だ。気候変動に関する移行計画の策定と実行もCSDDDの義務に含まれる。また、気候変動・生物多様性・砂漠化の3条約における締約国会議(COP)は「リオ・トリオ」構想で協働し、同時的解決を図る。民間イニシアチブでもTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)がTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)との統合開示を推奨し、社会課題を扱うTISFD(不平等と社会関連事務情報開示に関するタスクフォース)はTCFD/TNFDと整合した指針を2026年に示す予定だ。各国の金融監督当局も、自然と人権を含む複合リスクをストレステストに組み込み始めている。

こうした中で企業が採るべき統合的アプローチはいくつかの類型に整理できる。①LCA(ライフサイクルアセスメント)やS-LCA(ソーシャル・ライフサイクルアセスメント)の手法を利用し、バリューチェーン全体の環境や社会への影響におけるホットスポットを特定する定量フットプリント型、②気候・自然・人権の複数テーマ間の依存やトレードオフ関係を構造的に可視化するネクサス/システム型、③タクソノミーの基準のように、他分野に重大な悪影響を与えないことを条件に設定するDNSH(Do No Significant Harm)型、④環境・社会に対するインパクトを金銭などの共通尺度に換算し、資本配分の意思決定に利用する価値換算型-などが考えられる。実務的にはこれらを組み合わせることで可視化からアクションにつなげていくことが必要だろう。

統合アプローチはコスト低減と価値創出を両立させる。例として、森林再生への投資は炭素吸収だけでなく洪水緩和や観光振興、地域雇用を同時に生み、排出削減クレジットや自然・生物多様性クレジットという収益源にもつながる。一方、脱炭素のための再エネ開発が希少生態系を破壊すれば、結果的に人権訴訟や市場退出リスクを招く。この可視化こそが統合アプローチの効力だ。早期に統合アプローチの視点を組み込んだ企業は、複雑化する規制対応を合理化しつつ、環境・社会・経済への価値を同時創出するといったマルチインパクト型ビジネスで市場をリードすることができる。

なお、その実践にはデータ基盤と組織体制の刷新も欠かせない。衛星画像・eDNA・取引明細など異種データを統合するプラットフォームを整備し、環境・社会をウォッチするため、サステナビリティ部門と各事業部門を横串にしたチームでネクサスへの洞察を迅速に経営判断へ反映する。さらに金融機関やNGO(非政府組織)、市民社会と協働し科学的根拠と社会的正当性を確保することが、企業の長期的な競争優位につながるだろう。


※本稿は、日刊自動車新聞2025年6月2日付掲載のコラムを転載したものです。
※本記事は、日刊自動車新聞の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。


執筆者

小峯 慎司

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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