医療・製薬におけるデジタルツイン~個別化医療や薬剤開発を推進する強力なツール~

「デジタルツイン(Digital Twin)」という概念が広く知られるようになって、10年以上が経ちます。デジタルツインはその名の通り、仮想空間上にデジタルで再現された双子・分身であり、現実空間における物やサービス、プロセス、システムなどのあらゆる事象が再現の対象となります。仮想空間上で可能となる動的なシミュレーションは、現実空間における仕組みや意思決定の最適化を助けることになります。デジタルツイン技術は収集されるデータの質や量の増大、機械学習やAIに代表される解析系テクノロジーの発達に伴って急速に進歩しており、その使途や市場も拡大の一途をたどっています。ヘルスケアにおいてもデジタルツインを活用しようという機運は高まっており、多くのソリューションやビジネスが誕生しはじめています。

本稿では、デジタルツインの医療・製薬分野への応用について解説するとともに、PwC独自のデジタルツイン技術であるBodylogical®についてもご紹介します。https://www.pwc.com/jp/ja/industries/pls/introducing-bodylogical.html

デジタルツインとは

デジタルツインとは、現実世界に存在する事象を仮想空間にデジタルによって複製表現したものです。このデジタル複製表現を利活用することで、現実世界のオリジナルの把握・分析・監視が容易になったり、将来予測を試みたりすることが可能となります。デジタルツインの概念は2000年代初頭、米国の工学者であり製品ライフサイクル管理(PLM)の権威であるマイケル・グリーブス氏が製造分野に応用したのが始まりとされ、米国航空宇宙局(NASA)が2010年の報告書のなかで「デジタルツイン」に言及したことで、その概念が世界に知れわたり定着しました。

デジタルツインを構成する要素は3つあります。ひとつはデジタルツインの主体となるデジタル複製表現(digital/virtual product)、もうひとつは複製の対象となる現実事象(physical product)、そして両者の情報連携(connections)です。これら一見シンプルに見える三要素ですが、背景に必要となるテクノロジーは複雑かつ高度であり、また複製の対象や使途にあわせて改変や特製が必要となります。

図1 デジタルツインの概念図

デジタルツインの実際

最も典型的なデジタルツインでは、現実事象のデジタル複製として3D(3次元)モデルが用いられます。そこには現実事象の状況が投影され、現状の把握や時系列変化の予測が行われます。デジタルツインの利用目的は業務の効率化やコスト削減、製品やサービスデザインの最適化などであり、具体的には工業製品の設計や製造、自動車自動運転の開発や実行、建築や都市計画、小売業のマーケティングなどの分野などでの利用がよく知られています。

ヘルスケアにおけるデジタルツイン

医療・製薬におけるデジタルツインは、他の産業分野と比較すると馴染みが薄いかもしれません。それは、人体や疾病を再現するデータや知識の量が不十分であったことや、バイオ医薬製造には手作業や不確実性が多く含まれていたことなどから、この分野でのデジタルツインの導入が遅れていたためです。しかしながら、医療・製薬分野でのデジタルツインの応用は、医療機器の監視・保守や病院業務オペレーションなどの領域からようやく始まり、コンピューター性能やIoT技術の向上とともに、その応用範囲を広げています。そして、患者さん一人一人に対するモデルを作成し、継続的に収集される生体データや生活データによって更新・補正することも可能になっています。そこに疾病や現症を再現すれば、どのような治療が最も有効かシミュレートでき、一人一人に最適な治療計画をカスタムメイドすることができるでしょう。また、疾患や臓器・器官の複製や、人口集団の複製によって、デジタルツインは医学研究、医学教育、公衆衛生などへの応用も可能となります。

PwCのデジタルツインBodylogical®

Bodylogical®はPwCが独自に開発し、特許を持つ科学的なシミュレーターであり、個々人・人体のデジタルツインを作成し、将来の健康状態の予測や、さまざまな治療選択・健康管理シナリオの検討などを可能とするものです。Bodylogical®によるデジタルツインは人間の体内で起こる生理学的現象や生理機能(循環器系、呼吸器系、消化器系、内分泌系、免疫系など)を反映しており、外部環境、生活習慣、治療といった変数に対する身体の反応を個人レベルで示します。ここで用いられるアルゴリズムは科学的に証明された知見に基づいていて、臨床研究の結果で較正、リアルワールドデータ(RWD)を持って検証されます。生活習慣の変化や薬物療法に対する反応性を個々人レベルで予測しようとするBodylogical®は、これまでのあくまでも一般的・平均的なエビデンスに基づく医療(EBM)から、真の個別化医療(パーソナル・ヘルスケア)への転換を助ける強力なツールとなります。PwCではさらに、患者や医療サービス対象者のインサイトを推測する認知シミュレーションモデルも開発しています。これはビックデータや人口統計データから現実を模倣した集団を生成して機械学習アルゴリズムを用いて分析するもので、一次情報が存在しない場合にもシミュレーションを可能としています。

図2 Bodylogical®概念図

デジタルツインの今後と課題

デジタルツインは、日本政府が科学技術・イノベーション基本法に基づいて実現を目指している未来像「Society 5.0」にとってのコア技術とされています。すなわち、制度やビジネスデザイン、都市整備などを含めた現実社会のあらゆる要素をサイバー空間にデジタルツインとして複製・構築することで、今後日本社会(フィジカル空間)に必要な変革を達成することが想定されています。ヘルスケアの分野でも同様に、健康政策や医療の進歩および変革を目的として、デジタルツイン技術の積極的な活用が求められます。Bodylogical®にもヘルスケアの発展と革新に係わる幅広い活用の可能性が想定されます。

図3 日本におけるBodylogical®の活用の可能性

PwCは2021年12月、コロナ禍のような社会的危機における患者の行動や医療提供体制の変化を予測し、医療の需給ギャップをシミュレーションするツールを武田薬品工業と共同で開発し、発表しました。
https://www.pwc.com/jp/ja/press-room/takeda-covid19-simulator211223.html

同社とPwCはこれに先立ち、炎症性腸疾患におけるデジタルツインを通してさまざまな治療シナリオを個々人に合わせてシミュレーションするアプリを開発・実用しています。
https://www.pwc.com/jp/ja/press-room/takeda-project210518.html

このようにデジタルツインの概念や技術はある程度確立していますが、ヘルスケア分野でのさらなる活用にはいくつかの課題もあります。いかにして高品質なインプット・データを各所から収集して統合できるか、個人や集団を対象とするシミュレーションについての理解や支持をいかに担保するかなどは、解決すべき代表的な課題です。そしてそもそも、デジタルツインの使途や導入効果がユーザーに依存することから、特にヘルスケア側においてデジタルツインの技術と使い方を理解できることが最大の前提条件となります。PwCでは近年、個々人の特性に応じた医療の推進に力を入れています。本稿でご紹介したツールについては以下をご参照ください。
https://www.pwc.com/jp/ja/industries/pls/introducing-bodylogical.html

執筆者

船渡 甲太郎

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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