
CSDDDに関する日本企業の課題意識調査 “やっている”から“できている”へ──問われる人権対応の真価
2024年7月に発効したEUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)は、適用対象企業に人権および環境デューディリジェンスの実施や開示などを義務付けるものです。日本企業の人権尊重への取り組みCSDDDへの対応状況、克服すべき課題を調査しました。
企業がサステナブルな経営を実現するためには、社会から長期にわたり求められ続けることや、社会からの要求に対して商品、サービス、人材、知的財産権などを長期的に維持・提供できること、さらに社会から信頼されることなどが必要です。
2011年に、国連人権理事会は、経済活動のグローバル化に伴って企業活動が地球環境や私人の生活に及ぼす影響が拡大していることを受け、「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)を採択・公表しました。
企業は企業活動と人権尊重および環境保護に係る経営課題に正面から取り組むことが必要不可欠となっています。
そのような中、2024年7月に発効したEUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive、以下CSDDD)は、一定の売上高などの要件を満たす適用対象企業(EU域外企業を含む)に対して、人権および環境デューディリジェンスの実施や開示などを義務付けるものであり、罰則規定も含まれています。発効から2年以内に、EU加盟国が対応する国内法を制定することとされており、当該国内法の施行後、正式に法令上の効力を有することとなります。
CSDDDは2027年7月以降、段階的に企業への適用が開始され、対象日本企業は現状の把握や今後の取り組み方針の策定、社内体制の整備など、今の段階からCSDDDへ対応していくことが必要です。2025年2月26日に欧州委員会が公表した「オムニバス法案」により、CSDDDに関する対応時期の延長、リスク評価の対象範囲が縮小、義務違反に対する制裁措置の修正などが草案に盛り込まれたものの、CSDDD対応について、その当初の目的は変わっていません。
PwC Japanグループは、日本企業の人権尊重への取り組みや、CSDDDへの対応状況について実態を調査しました。売上規模200億円以上の8,000社を対象に、2025年1月から2月に郵送で調査を実施し、443社から回答を得ました。
対象: 日本全国の企業
売上高: 200億円以上
案内送付数: 8,000社
回答協力社数: 443社
回答協力率: 5.5%
実施期間: 2025年1月15日~2月14日
実施している人権尊重の取り組みは、「人権方針策定」が74.5%で最多。次いで「苦情処理の整備・運用」が65.0%、「組織体制構築」が56.4%となりました(図表1)。
売上規模と人権尊重への取り組みは比例しており、売上高が高くなるほど実施率は高いという結果です。一方で中身を見ると、実施していると回答した売上高が高い企業においても人権DDの後半フェーズ(予防・是正措置・モニタリング)やステークホルダーとの対話の実施率は低くなりました。課題を特定したあとにどのように予防・是正措置を行うべきか、効果をどう図りモニタリングするか、どのようにステークホルダーと対話をすべきかという点に課題を抱えている企業が多くいると考えられます。
図表1:人権尊重の取り組み
人権尊重の取り組みの課題は、「妥当性および有効性の確認」が47.0%と最も多くなっています(図表2)。
売上規模別でみると、「外部ステークホルダーとの対話」は、売上高1,000億円を境に課題認識が鮮明となっています。
業種別では、とくに「運輸・物流業」や「製造業」で種々の課題認識の強さがうかがえます。
図表2:人権尊重の取り組みにおける課題
人権DDを実施していない企業は56.2%と、実施済みの43.8%を上回っていますが、業界で特徴も見えています(図表3)。卸売・小売業については、未実施が74.7%と突出して高くなっています。
一方、製造業は特に海外との取引(仕入、販売ともに)が多く存在するケースが多いため、外部からの要請を受けることが多い業界です。
図表3:人権DDへの対応状況
人権DDを未実施と回答した企業にその理由を尋ねたところ、「リソース(人的、予算)が足りない」が43.0%で最も高い結果となり、次いで「実施方法がわからない」「会社として対応すべき優先順位が高くない」「必要性を認識していない」が上位となりました(図表4)。
特に売上高1,000~4,999億円規模の企業では、「リソース(人的、予算)が足りない」が53.7%と、全体平均より10.7ポイント高くなっています。
卸売・小売業では、「必要性を認識していない」「会社として対応すべき優先順位が高くない」の割合が高いなど、他の業種との課題認識の差がうかがえる結果となりました。
このような状況をふまえて、企業はまず人権DDの重要性を再認識し、戦略的な投資を通じて必要な人的・予算的リソースを確保する必要があります。また、外部の専門家を活用することで、知識や技術を迅速に獲得し、人権DDを円滑に進めることが可能です。さらに、社内で人権DDの重要性を理解してもらうための研修を実施し、全従業員がその必要性を認識できるよう努めるべきです。特に、経営層への教育を強化し、企業全体の文化を人権重視の方向に変革することが求められます。
図表4:人権DDを実施していない理由
外部パートナーと連携している企業は6割を超えており、外部の専門知識を活用しようとする姿勢が見受けられます。外部パートナーと連携している企業の半数近くがコンサルティング企業の協力を得て進めていることがわかりました。これは企業が特に専門的な知識や経験を必要とする分野において、外部リソースを活用していることを示しており、各企業がより実効的に人権への取り組みを進めていることがうかがえます。
また、売上高1兆円以上の企業においては、約3割がNGO/NPOと協力しているという結果も得られました。このことは、大企業が社会的責任を果たすために、積極的に人権問題への関与を強めていることを表しています。
業種別にみると、「建設・不動産業」および「運輸・物流業」で特に外部パートナーとの協力が顕著であり、およそ6割の企業がコンサルティング企業と連携して人権DDに対応していることがわかります。
図表5:外部パートナーとの協力
人権への認識の高まりとともに、特に大企業を中心に人権に関する調査依頼を取引先から受けたと回答する企業が多くなっています(全体は62.3%、年商5,000億円~1兆円以上は87.7%)(図表6)。
図表6:人権に関する調査依頼
まず、CSDDDについて認知しているか(CSDDDの対象でない企業を含む)を調査しました。CSDDDを「知っている」企業は77.7%に達していますが、詳細に理解している企業は少数で、「理解している」は39.1%、「詳細に理解している」は7.0%にとどまりました(図表7)
図表7:CSDDDの認知・理解
CSDDD対応に「取り組む必要がある」と認識している企業は全体の63.4%。しかしすでに対応に取り組んでいる企業はわずか7.3%にとどまっています(図表8)。
売上高「1兆円以上」の企業では、「取り組む必要がある」の合計が81.0%に達していますが、「取り組んでいる」の合計は19.0%にとどまり、十分な対応に至っていない企業も多く残されています。
業界別で見ると、製造業は「取り組む必要がある」が70.7%、「取り組んでいる」が9.8%と、他の業界と比較していずれも若干高い割合となっています。
図表8:CSDDDへの対応状況
自社が直接的なCSDDDの対象企業(=EU域内売上高4.5億ユーロ超)であると認識している企業は、8.8%でした。売上高「1兆円以上」の企業は、40.7%が直接的なCSDDD対象企業であると認識しています(図表9)。
図表9:CSDDD対象の認識(自社)
取引先がCSDDDの対象であるかの設問については、半数以上の企業が「わからない」と回答しています(図表10)。
図表10:CSDDD対象の認識(取引先)
CSDD対応について、84.6%の企業が対応に何らかの障害・課題を認識しています。なかでも「何をすべきかわからない、理解不足」という回答が57.0%で最多でした(図表11)。
取引先がCSDDDの対象となる場合、企業は取引先からの要請によってCSDDDが求める要件に沿った対応を迫られる可能性がありますが、理解不足により十分な準備や応対ができないリスクがあります。
図表11:CSDDD対応の障害
本調査を通じて、日本企業における人権尊重の取り組みは一定の進展を見せているものの、その多くが初期的な対応にとどまり、実効性の確保という観点では依然として課題が多いことが明らかとなりました。企業の規模や業種によって取り組みの成熟度には差があり、特に中堅企業や一部業界では、リソースや知見の不足が対応の障壁となっています。
また、CSDDDのような規制対応が注目される中で、企業が人権尊重を「義務」ではなく「持続可能な価値創出の基盤」として捉え直すことが求められています。人権課題はサプライチェーン全体に及ぶものであり、単独での対応には限界があります。したがって、社内外のステークホルダーとの対話と協働を通じて、実効性を担保する仕組みを構築・運用していくことが不可欠です。
企業が実効性のある人権尊重の取り組みを進める上で、以下のような視点が重要です。
PwC Japanグループでは、企業が人権尊重を経営の本質的なテーマとして捉え、単なる規制対応を超えて、社会的信頼と競争力を同時に高めるための支援を行っています。現状評価から戦略策定、体制構築、社内浸透、開示支援に至るまで、企業の変革プロセスに寄り添い、持続可能な価値創出に貢献してまいります。
2024年7月に発効したEUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)は、適用対象企業に人権および環境デューディリジェンスの実施や開示などを義務付けるものです。日本企業の人権尊重への取り組みCSDDDへの対応状況、克服すべき課題を調査しました。
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