さまざまな「成長」:そのあり方と成長戦略

第1回 マクロ環境に後押しされる成長とそのリスク・対応策

  • 2025-06-17

2020年より突如全世界を襲った新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のまん延は、私たちの社会・経済システムの脆弱性と課題を浮き彫りにしました。エッセンシャルな産業は比較的底堅さを示した一方、移動や会話という人間の根源的活動が制限されたことで、交通・観光・エンタメ産業には深刻な影響が及びました。また日用品の品薄や価格高騰は、サプライチェーンにレジリエンスを求める契機となりました。

2025年現在、COVID-19のまん延から世界は立ち直りつつあり、国内はにぎわいを取り戻しています。観光・宿泊業においては過去最高の売上を出す企業もみられる一方、積極展開からは距離を置いた、「脱・追い風経営」に舵を切る企業がじわじわと増えています。

サンプルケース

※支援実績を基にした架空のケースです。
大手観光事業者A社は、インバウンド観光客の増大を受けた観光・宿泊需要の拡大に伴い、2019年まで最高売上を連続で更新していました。観光需要のさらなる拡大を見越し、A社は2019年度からの6年間で売上2倍を目指す中長期戦略を立て、意欲的な事業拡大・新規事業参画などを打ち出しました。しかしながら2020年に発生したCOVID-19によって大きな影響を受け、目標の大幅未達と戦略見直しを余儀なくされてしまいました。

その際A社は、COVID-19まん延を踏まえて事業計画を修正し、回復までの見込み期間と、その間にとるべき施策を整理しました(図表1)。また過去の事例分析も行いつつ、シナリオを複数整理(ベースシナリオ、楽観シナリオ、悲観シナリオ)し、現局面がどのシナリオに該当するのかをモニタリングしながら経営の舵取りを行いました。

図表1:COVID-19まん延を踏まえた宿泊業界への影響分析

過去分析

ウイルス発生の1~2カ月後から観光客数の減少がみられ、終息宣言が出るまでの間は、月次で前年比の3分の2程度、2002年から2003年にかけての観光客数は前年比-約10.4%まで落ち込みました。しかしWHO(世界保健機関)の終息宣言が出た後は急速に回復、終息後の2004年には対前年比26.7%、SARSの影響が軽微であった2002年比で13.5%成長と回復しました。

SARSの概要

  • 流行期間:9カ月(2002年11月~2003年7月2日)
  • 経緯:2002年11月16日に中国広東省仏山市にて初の感染者が確認され、最終的に8,098症例と774死亡例が報告されました。2003年7月5日に、台湾での最後の症例が隔離されてから、平均の潜伏期の2倍にあたる20日が過ぎても新たな症例が発生しなかったことから、WHO(世界保健機関)は世界的な流行が終息したと宣言しました。
  • 影響
    • 流行年の観光客数対前年比成長率
      中国:-10.4%
      日本:-0.2%
    • 外国人観光客数が影響を受けた期間(前年比マイナスの期間)
      中国:データ取得不能
      日本:3カ月
    • 外国人観光客数(直近12カ月合計値)の終息宣言からの回復期間
      中国*1 :10カ月~1年5カ月
      日本:9カ月
    • 外国人観光客数の対前年比成長率がプラスに転じるまでかかった終息宣言からの期間
      中国:データ取得不能
      日本:0~1カ月

訪日外国人数は、主要な被災地では70%以上、被災地から遠い地域でも40%ほど減少。災害発生の前年の水準に戻るまで、主要な被災地では約6年、被災地から遠い地域は1年程度必要でした。

東日本大震災の概要

  • 発生:2011年3月11日
  • 経緯:2011年3月11日、宮城県沖を震源とし、発生時点において日本周辺における観測史上最大の地震(M9.0)が発生。津波被害や原子力発電所事故などが海外で大きく取り上げられました。

経済危機からの影響が限定的だったことや、政府の観光政策によって影響は短期にとどまりましたが、経済危機の発生から数年間は発生前の訪日外国人数の水準を上回ることは難しくなる可能性が高い。

アジア通貨危機の概要

  • 発生:1997年7月
  • 経緯:1997年7月よりタイを中心に始まった、アジア各国の急激な通貨下落(減価)現象
  • 回復期間:約1年

リーマンショックの概要

  • 発生:2008年9月15日
  • 経緯:アメリカ合衆国の投資銀行が経営破綻したことに端を発して、連鎖的に世界規模の金融危機が発生した事象
  • 回復期間:約2年

テロの発生から1年以上の間、観光客数の減少(約20%減)がみられましたが、その後のロシアとの国交正常化や政治情勢の安定を受け、2年後には急速に回復しました。

  • 発生:2016年6月28日
  • 経緯:トルコ最大の都市イスタンブールのアタテュルク国際空港で起きた爆発・銃撃事件によって、犯人を含む48人が死亡、および238人が負傷しました。犯行声明は出されていないですが、国際テロ組織の犯行の可能性が高いと言われています。
  • 被災地の震災発生年の外国人宿泊者数成長率:-23%
  • 被災地の外国人観光客数の回復にかかった期間:約1年超

なお、A社においては2023年度より需要が本格的に戻り、2019年を超える売上を更新中です。しかしながら、観光客のみを主ターゲットとした戦略は取らず、COVID-19まん延下においても比較的強さをみせていた官需への対応や地域事業へのさらなる密着、自動化の推進による雇用リスク抑制など、リスクを踏まえた成長戦略にシフトしています。

図表2:マクロ環境動向の変化を踏まえた骨太な経営方針

観光・宿泊業のみならず、多くの企業の成長は外部環境による追い風を前提としています。しかし、COVID-19などに直面した後の世界において、追い風に乗るだけの成長戦略では不十分に映ってしまうことも事実です。さらに、近年の地政学リスクに伴うグローバルサプライチェーンへの信頼の揺らぎや、インフレの進行、円の価値の乱高下といった外部環境の変動は、COVID-19を経験し傷痕を持つ私たちに、成長に対する猜疑心を常にもたらします。追い風には巧みに乗りつつ、逆風が来ても進み続ける強さを示す成長戦略と、強靭な経営基盤の構築が、現在求められているのではないでしょうか。

企業の強靭化につながる「外部環境リスクへの防衛戦略」

企業の強靭化を図る成長戦略として、「外部環境リスクへの防衛戦略」が挙げられます。この防衛戦略とは、想定される外部環境リスク(地政学・物価/金利・自然災害・ディスラプター・倫理観の変化など)とそれらが企業価値にもたらす影響を見極めるとともに、その影響の大きさに応じ、回避・逓減に向けた施策を策定する一連の流れを意味します(図表3)。また、当防衛戦略の発動タイミングを見極めるモニタリング体制も併せて必要です(図表4)。防衛戦略を立案・運用し、レジリエントに成長していくことがこれから求められると考えます。

図表3:リスク回避に向けた戦略策定(例)

図表4:防衛戦略策定後のモニタリング

最後に

本稿では外部環境の不確実性と、リスクに対する「防衛戦略」の必要性を訴求してきました。しかしながら、「リスクを惧れ閉じこもる」ことを推奨するものではありません。むしろバブル崩壊に端を発し、長引くデフレ、国内産業の停滞、たび重なる災害、ITバブルの崩壊、リーマンショック、COVID-19まん延など、悲観的な見解に打ちのめされてきた企業の過度なリスク抑制的な姿勢が、失われた30年をもたらしたとも言えます。直近でも地政学リスクが徐々に顕在化しつつあり、リスク抑制的な姿勢は広がりそうな気配があります。

企業とは明るい社会・未来を築くために存在し、企業の成長戦略は明るい見通しに向かって進むことが大前提となります。明るい未来を信じつつ、かといって成長を盲信することもせず、リスクには常に備えながらも過度な抑制はせず、前向きに経営していく姿勢こそが肝要です。

執筆者

石本 雄一

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

岡山 健一郎

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

本ページに関するお問い合わせ