さまざまな「成長」:そのあり方と成長戦略

第3回 社会インフラとしての持続的発展―非上場・公共性の高い企業のあり方

  • 2025-06-17

世の中の全ての企業が、売上・利益の成長期待を担っている訳ではありません。事業を手掛ける中小企業や協同組合、非上場かつ従業員やOB・OGが株主を占めるような企業はその典型です。当該企業や団体は、事業に課された使命を果たし続けることが大前提であり、「役割を全うする」ために企業としての成長がある、という論理が強く働きます。

こうした企業はその成長を成り行きに委ねるケースが多い一方、環境変化の大きさによっては事業継続が難しくなる場面もあります。本稿では、マスメディア・出版の事例を基に、非上場かつ公共性の高い企業の成長戦略のあり方を紹介します。

サンプルケース

※支援実績を基にした架空のケースです。
A社は、伝統的メディア事業を軸としつつ、そのブランドや顧客網を生かし多角的にビジネスを展開しています。伝統的メディア事業という確固たる基盤があり、これまでは単年度計画に基づく事業運営がなされていました。しかしながら昨今はデジタル化の進展に伴うレガシー媒体の衰退や、SNSをはじめロングテールの発信活発化による存在感の低下などから、中長期的な事業継続が不透明であることを受け、成長戦略の策定に取り組みました。

A社においてはBtoBや不動産領域の強化方針が打ち出された一方、主軸かつ停滞局面にある伝統的メディア事業の扱いが論点となりました。停滞・縮小事業では構造改革・コスト削減が定石となりますが、当該事業においては以下のような制約がありました。

コンテンツ制作者の配置転換に対する制約

人員構成の多くを占めるコンテンツ制作者の稼働やパフォーマンスが可視化されておらず、最適な人員数が見えづらい状況にありました。しかしコンテンツ制作者の数を減らすことは情報取得源やパターンの減少 = 伝統的メディアとしての質低下に直結するイメージが強く、手を付けづらい状態でした。

不採算事業の扱い

A社においては多種多様なメディアを展開し、不採算事業もみられました。他方、多様性を担保していることによって、国民の文化・教養の下支えであるとの意識が強く、安易な集約化は伝統的メディアとしての存在意義を揺るがしかねないとの意見もみられました。また不採算刊行物発行に従事する従業員数や資産も既にミニマイズされており、撤退するコストメリットも限られていました。

レガシー媒体の中長期展望が不透明

デジタル化の進展に伴い、レガシー媒体の縮小は避けられない一方、レガシー媒体が存在するが故に他のデジタル系メディアとは一線を画した存在感を確立できており、依然その効果は大きいと言えました。しかしながら、世代交代が進みデジタルネイティブが経済の中心となる将来に、レガシー媒体がどこまで存在意義を持つかが読み切れないとの悩みもみられました。

信頼あるメディアとして新規事業に踏み込みにくい

豊富な情報ソース・人脈やブランドなどは、コンサルティングをはじめとした情報・サービス業への活用が期待できる一方、メディアとしての独立性や情報ソース保護の観点から、伝統的メディア事業は他の事業と一定の壁を設けており、強みの横展開がしづらい状況にありました。

こうした状況下においてA社は、会社の根幹となるブランド・DNA・人材を維持する上でも伝統的メディア事業は引き続き強化するとともに、社会的使命を果たし続けるために収益源となる成長領域(重点ドメイン)を確保することや、収益性を担保するための組織構造に変容していく方針を固めるに至りました。
その検討プロセスとして、次世代経営人材によるワークショップを基点に、注力すべき事業領域の検討・全社としてのKGIの設定・領域ごとの成長戦略策定・横断テーマや事業間シナジーの設定・事業基盤整備など、多角的な検討を行いました。

図表1:A社における中長期成長戦略の策定プロセス

最後に

A社は、伝統的メディア事業の構造改革は漸進的に進める方針とし、大鉈をふるう判断は下していません。これも、公共性の高いメディアとしての責任の全うのためと捉えると、正しい判断と言えます。他方で、当該事業の収益性低下自体は避けられず経営環境は依然厳しい状態にあるため、成長領域には一層の成長が求められます。A社はBtoB・不動産・コンテンツIPを新たな成長領域と定め、注力していく姿勢を打ち出しました。伝統的メディアとしての役割を果たし続けるために、新たな成長領域に挑戦するA社の姿勢は非常に示唆に富んでいます。

執筆者

岡山 健一郎

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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