国内産業の多くは、総需要の減少やテクノロジーの進展・価値観変容を起点とした、国内事業の売上の停滞・減少に直面しています。しかしながら、依然として売上向上を目標に掲げる企業は多くみられます。
企業価値は、期待値と利益から生み出されます。売上向上は利益を生み出す手段の一つですが、それが無理難題である場合、目標未達の繰り返し、現場の疲弊による人的資本の毀損、各種リスクを抱えることにつながり、期待値の低下を招きます。大きな伸びしろが見込めない成熟した国内産業においては、確実に利益を創出する経営基盤の構築と、その安定感による期待値形成が求められるのではないでしょうか。
成熟産業を手掛ける企業において、成長とは「利益の成長」であり、主に「安定性・継続性」が社会や投資家からも期待されています。そして、その手段として強靭な経営基盤の構築が挙げられます。本稿では「利益成長」に向けた代表的な進め方を紹介します。
利益創出に向け、まず取り組むべきは戦略適合性と投資収益性による各事業の事業性評価と、事業ポートフォリオの整理です(図表1)。国内成熟産業においても、高い利益率や売上成長を誇る事業を抱えているケースが多くみられます。利益と期待値の形成に向け、構造改革は必要ですが、その範囲は正確に定めることが重要です。
図表1:戦略適合性と投資収益性の各指標に基づく事業ポートフォリオ整理
上記整理の結果、構造改革が必要と判断した事業においては、利益向上に向けたコスト適正化が求められます。以下にその特徴的な事例を紹介します。
※支援実績を基にした架空のケースです。
国内金属加工業A社は近年、海外および重工業関連で堅調な成長を示す一方、国内のロングテール事業の売上・利益低迷に苦心していました。A社は国内事業について、細かな事業単位で継続要否の事業性評価を行い、継続すべきと判断した事業については生産拠点・製造方法・物流・販売政策の総点検を図り、再編・構造改革を推進しました。
A社は取引先の業界単位で事業を分けた上で、成長性・安定性・効率性・規模の観点から各事業の事業性評価を行いました。特に事業別ROIC(投下資本利益率)がWACC(資本コスト)を下回る事業を抽出(図表2)した上で、大幅に下回る事業については撤退に含めた検討を、また改善見込みがある事業については改善目標値を設定しました。
図表2:事業別ROIC・WACCの比較による事業性評価
A社の国内事業向けの生産拠点は国内に点在し、かつ生産ラインの混在や老朽化などの課題がみられました。単純な設備刷新のみでは大幅なコストが見込まれることから、拠点再編・集約によるコスト適正化が鍵となります。さらに、BCP(事業継続計画)最適化も視野に入れる必要がありました。A社ではコスト適正化とBCP、そして物流費抑制をはじめとした競争力強化の観点から生産拠点再編のTo-Be像を整理しました。併せて、生産拠点のスマートファクトリー化を視野に入れた設備刷新や、製造委託先とのジョイントベンチャー解消方針の整理も進めました(図表3)。
図表3:生産拠点再編計画の策定
A社は長年製造プロセスの多くを内製化しており、競合他社と比較し原価高ではないかとの懸念がありました。コスト競争力を高めるために、A社は製造工程における内製/外注区分の見直しを図り、完全内製から一部工程の外注の可能性についての整理を行いました。生産委託先の子会社化も併せて検討しました。
A社はこれまで大口配送を前提としたサプライチェーンに汎用品を載せる運用をしていましたが、汎用品に最適な、小口多品種配送に合わせた物流網へと転換を図りました。上述の製造工程の役割分担検討の他、倉庫の増設、ラストワンマイル配送に向けた倉庫配置のあり方も併せて見直しました(図表4)。
図表4:物流刷新に向けたSCM最適化・効率化シミュレーションの実施
A社の国内事業において、卸売業者は在庫・与信・拡販観点で欠かせない存在でした。しかしながら、昨今では一部の提携先卸売業においての高齢化・後継者不足やECなどによる直販の拡大に伴い競争力が低下していました。そうした中で、A社は卸売網の再編・再興に活路を見出し、事業承継の支援なども含めた販売網の強靭化に向けた施策を推進しました。
成熟産業を手掛ける企業には、自社株買いや配当の実施を通じ期待値を高める傾向もみられます。株主への還元として重要な施策である一方、これらの施策に依存した期待形成(ひいては企業価値向上)を中長期的に行い続けることは困難です。特に成熟産業においては、個別事業単位のコスト圧縮などに非常に熱心な一方、全社を俯瞰した際の余力創出については改善の余地ありという印象があります。全社を横断した事業ポートフォリオの見直しや構造改革を通じて余力を創出しつつ、知的・人的・製造資本などの経営基盤に投資していくことが重要です。高利益体質の企業として、利益を継続して株主に還元し、さらに期待値を高めていく循環の形成こそが、本質的な企業価値向上策と言えるのではないでしょうか。
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