【2024年】PwCの眼(4)罰則迫る!EU森林規則対応が急務

2024-05-08

晴れた日に海沿いの道を、窓を開け車を走らせると、私たちは空気の清々しさを肌で感じる。この空気の源は、遠く離れた地球の緑豊かな森林、いわば「地球の肺」から供給されている。この貴重な資源を守る取り組みの遅れが、実は今ビジネスにとって巨大な破壊力を持ったリスクになりつつある。

欧州連合(EU)は、森林破壊と森林劣化を防ぐための新たな規制、EU森林破壊防止規則(EUDR)を導入し、違反した企業には厳しい罰則を科す。2023年6月29日に発効し、大企業には24年12月30日から適用されるこの規則は、EU市場における特定の商品や製品の提供とEUからの輸出を規制することにより、森林破壊と森林劣化のリスクを最小限に抑えることを目指している。

EUDRの対象となるのは、森林破壊に特に寄与しているとされる7種の産品(パーム油、大豆、木材、カカオ、コーヒー、牛肉、ゴム)や、それらを含み使用している商品をEU域内で上市または輸出する事業者だ。自動車産業においても、タイヤなどのゴム製品や、木材を使用した部品の調達が影響を受ける。

EUDRの要求事項は、森林破壊フリーであること、生産国の関連法令に従い生産されたものであること、そしてコンプライアンス違反がないことを示すデューデリジェンスステートメントの提出だ。これらは、サプライチェーン全体にわたる適切で検証可能な情報の取得を必要とし、複雑なサプライチェーンの管理と、商品の生産に関連する土地の正確な追跡を含む。つまり、原料がどこで生産されたものなのか、そのサプライチェーンの末端である農場まで、座標レベルで特定し報告することが必要なのである。

違反した場合の罰則は非常に厳しい。EU加盟国が、違反の重大性や持続性、違反者の経済的利益などを考慮して科す。これには罰金(EUでの年間総売上の最低4%)、関連商品の一時的な上市・取引・輸出禁止、公共調達からの一時的除外などが含まれる。企業にとって甚大な影響を及ぼす可能性があり、危機感を持って対応する必要がある。

日本企業は、EUDRの要求事項を満たすために、サプライチェーンの透明性を高め、関連商品の生産・収穫に関する情報を正確に追跡管理することが求められる。そのためには必然的に管理体制やシステム構築という対応が必要となるだろう。EU市場への輸出を継続するためには、EUDRに準拠したデューデリジェンスプロセスを確立し、適切なデューデリジェンスステートメントを提出することが必要である。これにより、グローバルな市場での競争力を維持することができる。まずは、自社製品がEUDRの対象であるかどうか、対応する体制が整備されているかの確認から始めることをお勧めする。EUが締め切りを延期するのではという観測も一部あるが、現在予定されている規則の適用まで、もうあまり時間がない。

森林のみならず、劣化する自然や生物多様性の保全は、世界で次々に規制化が進められており、自動車産業を含むすべての産業にとって重要な課題だ。これは経営リスクである一方で、新たなビジネス機会になりえる。日本企業はこの機会を活かし、経済価値と環境価値を両立させる事業に転換することが求められる。

執筆者

小峯 慎司

シニアマネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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※本稿は、日刊自動車新聞2024年4月22日付掲載のコラムを転載したものです。
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