
【2025年】PwCの眼(5)企業のサステナビリティ対応は統合的アプローチに昇華する
カーボンニュートラルに向け、エコカーの生産・販売にシフトしてきた完成車メーカー各社ですが、一方で事業において気候・自然・人権の負荷を同時に高めてしまうリスクが現実味を帯びてきています。課題を可視化し、コスト低減と価値創出を両立させるために企業がとるべき統合的アプローチについて考察します。(日刊自動車新聞 2025年6月2日 寄稿)
2024-08-09
欧州連合(EU)の電池規則は、コバルトやニッケルなどの対象鉱物を含む電池をEU市場に導入する企業に対し、これらの鉱物に関するサプライチェーンの環境・人権デューデリジェンス(DD)に係る方針を定めたうえで、リスクアセスメントを実施することを求めている。DD方針は、第三者検証を受けることが必要だ。
現在、国内外の電気自動車(EV)メーカー、電池メーカー、資源開発業者などが、このDD規制の2025年8月の発効に向けて準備を進めている。2024年5月の経済協力開発機構(OECD)の「責任ある鉱物サプライチェーンに係るフォーラム」では、電池規則に関するセッションが設けられ、上記のような企業の他、NGOなどの市民団体、業界団体、国際機関などがパネルディスカッションに参加した。
この中でとりわけ存在感を示していたのが中国だ。中国の業界団体である中国五鉱化工業輸出入商会(CCCMC)の代表、寧徳時代新能源科技(CATL)などの電池メーカー、資源開発業者が多くのセッションにパネリストとして参加し、OECDが公表している紛争鉱物に関するDDガイドラインに従って資源の開発から電池の製造までを行っていることや、発効に向けた準備を進めていることをアピールしていた。
また、自動車業界のサステナビリティを推進するDrive Sustainabilityは電池規則のDD義務に対応したサプライヤーに対する質問票を設計中である旨を発表した。責任ある鉱物イニシアチブ(RMI)からは、電池規則などのEU規則を考慮したDDのスタンダード改訂について言及があった。また、欧州の自動車OEMからは、電池規則への対応状況や現状の課題についての説明があった。
他方、サプライヤーへのDDスタンダードや質問票の統一化を目指す動きはあるが、これらは業界標準となっているわけではない。異なるフォーマットでの質問票への回答を複数の下流企業から求められると、回答業務自体が負担となる。また、企業が開示する情報量にばらつきがあり、ステークホルダーに必要十分な情報が開示されていないとの指摘もあった。重複などを避け、効率的なDDの実施を可能にする業界共通のスキームが求められる。
ただ、これらのスキームを構築するためには、日本企業も業界の情報を収集し、必要があれば積極的にスキーム作りにも関わっていく必要がある。残念ながら本フォーラムでは、電池規則に関するセッションだけでなく全てのセッションにおいて、パネリストに日本企業の名前はなく、プレゼンスが下がっていることは否めない。
日本企業にとって、2025年8月の電池規則上のDD義務発効を見据え、国際的なガイドラインに基づいて社内のDD体制の整備を行うことは急務である。EUでは、電池、森林保護、強制労働といった特定のカテゴリーに関するDDだけでなく、サプライチェーン全体を対象にDDを行うことを義務化するすコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CS3D)が2024年5月に採択された。CS3Dは、あらゆる製品・サービスに関して、原則として、サプライチェーン全体における環境・人権DDの実施を求めている。これらの規制は、早ければ3年後には、欧州でビジネスを行う日本の大企業にも適用される。それに備えるためには、開発部門など全社で調達戦略を策定し、サプライヤーとの対話・協働するなど、サプライチェーン全体を視野に入れたDD体制の整備を進めていくことが不可欠である。
※本稿は、日刊自動車新聞2024年7月22日付掲載のコラムを転載したものです。
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