【2023年】PwCの眼(3)米中対立に伴うソフトウェアサプライチェーンリスクと自動車産業への影響

2023-07-07

近年、米中間のデカップリングが急速に進行している。米国商務省は、段階的に中国を念頭においた輸出規制を強化しており、2022年10月に公表された新規則では、スーパーコンピューター、半導体関連製品に関する制限が強化されている。また、同年12月には、中国を拠点とする36のAI半導体関連企業を、輸出制限対象を掲載するエンティティリストに追加するといった措置を実施している。輸出規制の影響はソフトウェアにも波及し、米国製のソフトウェアを輸出する場合は米国政府による事前許可が必要となるため、該当する中国国内企業は実質的には米国製のソフトウェアを利用できない格好だ。

こうした情勢を受けて中国政府は、オープンソース利用による活路を模索している。2021年に中国政府が発表した「第14次5カ年計画」では、オープンソースコミュニティの支援、知的財産に関する法制度の改善について言及されている。実際、2020年6月には、中国国内のテック企業が中心となってオープンソースライセンスの普及を主導する非営利団体を立ち上げている。こうした取り組みの中で、米国製技術とは切り離されたオープンソースプロジェクトの支援、また中国語・英語併記のソフトウェアライセンスであるMulanPSLを策定している。MulanPSLは既にOpen Source Definitionに準拠した正式なオープンソースライセンスとして承認を受けており、今後当該ライセンスに基づいた中国発のオープンソースプロジェクトが活発化していくだろう。中国政府は、こうした取り組みを推進することで自国の産業で必要となる技術を国内で内製化することはもちろん、オープン化された技術の利用を広くグローバルに促すことで、経済的な影響力を高める狙いがあると考えられる。

一方で、既存のオープンソースプロジェクトの中には、プロジェクト運営に対する地政学的な影響を懸念し、運営母体となる組織・団体を米中以外の第三国に移転する動きもみられる。こうした米中デカップリングの影響下においては、従来、中国国内企業から調達してきたソフトウェアの供給停止、オープンソースプロジェクトのライセンス変更、オープンソースプロジェクトの継続性と言ったリスクが想定される。

このような動きを受け、自動車産業においてはソフトウェアサプライチェーンについて上記のようなリスクを考慮した取り組みが重要となるだろう。具体的には、自社製品に関連したオープンソースを含むサプライヤー、ライセンス形態、拠点地域と言ったソフトウェアサプライチェーンの把握、代替困難なソフトウェア部品の把握とバックアッププランの策定、米中デカップリングに関連した政策・規制などの把握・影響分析の実施が求められる。

執筆者

村上 純一

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

奥山 謙

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

※本稿は、日刊自動車新聞2023年6月26日付掲載のコラムを転載したものです。
※本記事は、日刊自動車新聞の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。

車両サイバーセキュリティの未来

車両のデジタル革命によって、次世代のモビリティ社会が形作られる一方で、各国の政策や規制により変化の速度が決定されている面があります。その要因の一つがサイバーセキュリティへの懸念です。
車両サイバーセキュリティに関する国際規格や製品ライフサイクルにおける重要論点の解説やクライアントとの対談を通じ、車両サイバーセキュリティの将来をひもときます。

詳細はこちら

日刊自動車 連載寄稿

68 results
Loading...

【2025年】PwCの眼(5)企業のサステナビリティ対応は統合的アプローチに昇華する

カーボンニュートラルに向け、エコカーの生産・販売にシフトしてきた完成車メーカー各社ですが、一方で事業において気候・自然・人権の負荷を同時に高めてしまうリスクが現実味を帯びてきています。課題を可視化し、コスト低減と価値創出を両立させるために企業がとるべき統合的アプローチについて考察します。(日刊自動車新聞 2025年6月2日 寄稿)

【2025年】PwCの眼(4)企業価値向上のための投資家視点の把握とデータ分析のススメ

PER(株価収益率)の改善を企業側で能動的に行うには、投資家が企業のどのような活動や成果に注目して事業リスクや成長に係る期待形成を行っているかの「投資家視点」を理解することが対応への第一歩となります。 投資家視点を理解するための情報収集・分析のススメについて考察します。(日刊自動車新聞 2025年4月14日 寄稿)

【2025年】PwCの眼(3)SDV時代の法規制対応の難しさ

車の価値がハードウェアからSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)へ移行したことによって、高度なサービスが提供されると同時にソフトウェアの複雑さとサイバー攻撃への脆弱性が増すことになります。これからは、情報を守るための仕組みや組織体制づくりを行い、法制度の高度化や高速化に備えていくことが重要となってきます。(日刊自動車新聞 2025年3月24日 寄稿)

Loading...

関連情報

20 results
Loading...

ISO/PAS 8800:2024―Safety and artificial intelligence 安全性と人工知能―量産向け自動車開発へのAI適用

近年、自動車業界においてもAI技術の革新が進んでいます。 新たな安全規格となるISO/PAS 8800の文書構成や既存の安全規格(ISO 26262, ISO 21448)との関連性について概要を整理するとともに、AI安全管理およびAIシステムの保証論証について紹介し、AIシステム開発における課題について考察します。

日本の強みを生かした新産業創造の必要性(前編) 採るべき戦略はマルチパスウェイ。多様化するエネルギー利用のなかで、水素エンジンが持つ役割とは

京都大学の塩路昌宏名誉教授と、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、水素小型モビリティ・エンジン研究組合(HySE)の担当者をお招きし、水素社会実現に向けた内燃機関やマルチパスウェイの重要性について議論しました。

日本の強みを生かした新産業創造の必要性(後編) 国内二輪車メーカー4社が、水素エンジンの技術研究組合を組成。見据えるのは、産官学・サプライヤーとの連携

京都大学の塩路昌宏名誉教授と、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、水素小型モビリティ・エンジン研究組合(HySE)の担当者をお招きし、産官学連携での水素エンジンの研究開発の重要性と、具体的な課題について議論しました。

Loading...

本ページに関するお問い合わせ

We unite expertise and tech so you can outthink, outpace and outperform
See how