両利きの経営―自動車産業における新規事業・既存事業の両立

新たな競争軸を有する製品・サービスの導入を通じ、新規市場が創造される「破壊的イノベーション」への順応方法として、既存事業を維持しながらイノベーションを起こす「両利きの経営」が着目されています。本稿では、自動車・モビリティ産業において両利きの経営が求められる背景、移行する上で想定される課題を論じます。

両利きの経営 自動車産業における新規事業・既存事業の両立

1. 事業の深化と探索の両立を迫られる自動車産業

両利きの経営が求められる背景には、必需品相当かつプロダクトライフサイクルが長い製品を扱う自動車・モビリティ産業がCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)・MaaSといった破壊的イノベーションを迎えていることがあります。日本自動車販売協会連合会、米国自動車イノベーション協会、ドイツ自動車工業会、中国汽車工業協会によると、日米中独の2020年の累積新車販売台数は前年比で-1.8%から-19.1%程度落ち込みました。とはいえ、これは産業にとって大きな打撃となる事象が発生したとしても、一定の需要が存在し続けたということです。10年単位のプロダクトライフサイクルも相まって、既存完成車・部品事業の多くが直ちに消失することは想定しにくいでしょう。一方で5G化、将来的な内燃機関車の販売禁止など、CASE・MaaSを後押しするマクロ環境が着実に整いつつあります。すなわち、自動車・モビリティ産業では、既存事業の収益回復・維持を図る「深化」と、新規事業の「探索」を両立することが求められているのです。

2. 事業の深化と探索の両立に向けた取り組み

両利きの経営では、既存事業における効率化・顧客価値の高付加価値化、新規事業におけるコト売りへのシフトなどを推し進めながら、両者を管理・投資配分するアプローチが有効と言えます。自動車・モビリティ産業では、次のような変革が進められています。

  1. 既存自動車事業の顧客体験を見直し、顧客生涯価値を獲得する「CX」
  2. 異業種間競争・共創を通じてモビリティ関連市場を獲得する「MX」
  3. レジリエンスを持つオペレーティングモデルの構築に向けてデジタル技術を活用する「DX」

ただし、指針がない中ではそれぞれの取り組みが個別最適のもとに進む可能性が高く、特に新しい領域への挑戦である「MX」などは短期で収益化することが難しいため、他領域に比して軽視される懸念があるでしょう。両利きの経営に移行させる上では、経営陣の戦略、共通のアイデンティティ、経営管理指標、そして適切な組織形態が必要になります。

図1 自動車・モビリティ産業における両利きの経営に向けた4要素

まず、両利きの経営の対象を明確化するためには既存事業の競争環境だけでなく、産業構造変化に基づく新規事業機会にも着目した戦略が求められます。次に、長期的視点に立った戦略立案や新規事業を包含した、企業体として共通のアイデンティティを形成することが望ましいでしょう。さらに、既存事業と新規事業それぞれの特性に応じた管理指標となるKGI(Key Goal Indicator)およびKPI(Key Performance Indicator)が必要です。最後に、管理指標に基づき最適に再配置・獲得した社内・社外リソースを活かして協業できるよう、組織の分離と連携も検討しなければなりません。共通のアイデンティティを描く上では、経営者は、「自動車完成車メーカー」「自動車部品メーカー」というプロダクトの枠を超えた自社の存在意義を改めて再定義することが求められます。

このような両利きの経営は「内科的療法」と言えますが、自動車・モビリティ産業が迎える「避けられぬ事業再編」といった「外科的療法」と合わせて講じることで、より迅速に効果を発揮することが期待されます。

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主要メンバー

北川 友彦

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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阿部 健太郎

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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藤田 裕二

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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