Skip to content Skip to footer
Search

Loading Results

より広いステークホルダーの期待リスクの管理

はじめに

リスクマネジメントは従来から、コンプライアンス、事業継続計画(BCP:Business Continuity Planning)、内部統制などといった形で実施されています。こうしたリスクマネジメントの手法は、法規制の強化、災害によるオペレーションの寸断、投資家の要請等の外部環境の変化を受け、歴史的に進化してきました。

さらに、近年では、外部環境の変化、および、その変化の中で生じつつあるリスクを自ら予想し、それらのリスクが顕在化する前にプロアクティブに対応できる仕組みを検討・構築しようという動きが生じています。すなわち、全社的リスクマネジメント(ERM:Enterprise Risk Management)では、事業戦略の実行を妨げる可能性のある、まだ顕在化していないが重要性が高まっているリスク=「エマージングリスク」をあらかじめ特定し、対策を打ち立てていくことが主流化しつつあるのです。

他方、近年、サステナビリティをめぐるリスクが重要なエマージングリスクの領域として注目を集めています。例えば、近年の台風の頻発化・大型化は、多くの企業の事業に影響を及ぼし始めています。また、サプライチェーンにおける人権問題は、グローバル企業のブランドを揺るがす大きなリスクとなりつつあります。昨年の世界経済フォーラムでは、TOP10のリスクのうち、6つがサステナビリティをめぐるリスク(気候変動対応の失敗、異常気象、水危機、自然災害、生物多様性の損失、人的要因による環境災害)でした※1。サステナビリティリスクの重要性が増す中、COSO(Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission:トレッドウェイ委員会組織委員会)とWBCSD(World Business Council for Sustainable Development:持続可能な開発のための経済人会議)は共同で、既存 ERMフレームワークを活用し、サステナビリティリスクを管理する方法に関するガイダンスを2018年10月に発表しました※2

こうしたサステナビリティをめぐるエマージングリスクの管理には気候変動や社会格差問題など外部環境の大きな変化(メガトレンド)を適切に捉えることが重要となります。しかし、メガトレンドは広範にわたり、また、どのような時間軸でリスクが顕在化するのか、独自に分析し、判断するのは困難な場合も少なくありません。

そこで、こうしたメガトレンドに起因する企業にとってのエマージングリスクを捉えるための「センサー」として、国連やNGOなどを含む、より広いステークホルダーの期待に目配りをすることが有効な手段となります。

本稿では、(1)メガトレンドが企業に与えうるサステナビリティをめぐるエマージングリスクとは何か、(2)より広いステークホルダーの期待への目配りが、どのようにサステナビリティをめぐるエマージングリスクの管理に役立つのか、そして(3)サステナビリティをめぐるエマージングリスク管理のポイントを解説します。

1 メガトレンドとサステナビリティをめぐるエマージングリスク

いま世界で起きているさまざまな事象(メガトレンド)を、PwCではADAPT、すなわち、「Asymmetry(貧富の差の拡大と中間層の衰退)」「Disruption(ビジネスモデルの創造的破壊と産業の境界線の消失)」「Age(ビジネス、社会制度、経済に対する人口圧力)」「Populism(世界的なコンセンサスの崩壊とナショナリズム台頭)」「Trust(組織に対する信頼の低下とテクノロジーの影響)」と整理しています※3。Disruptionの中には、気候変動や技術革新※4などが含まれます(図表1)。

気候変動は、今後、農作物の生育地域や生産量を変化させ、ひいては中長期的に企業の調達リスクに影響するかもしれません。また、気候変動や人口増加に起因する水ストレス地域の変化や水ストレスの増加は、製造業の工場立地に大きなリスクとなることも想定されます。貧富の差の拡大、ナショナリズムの台頭、組織に対する信用の低下は、グローバル企業にとって市場リスクであるとともに、優秀な社員の雇用にも影響するでしょう。

このような企業にとってのサステナビリティをめぐるリスクは、(1)環境社会へ十分配慮をしていないというネガティブな情報の拡散などによる「評判リスク」(2)環境社会配慮を求める新しい顧客ニーズに対応できず売り上げが減少する「販売リスク」(3)炭素税などの規制対応に伴う「政策リスク」(4)気候変動などに伴う原材料などの調達の難化やコスト増の「調達リスク」(5)ESG投資家からの評価低下により資金調達ができなくなる「資金調達リスク」の5つに分類されます。すなわち、サステナビリティをめぐるリスクは、単なる評判リスクではなく、自社事業の実行を妨げるようなリスクにもつながるのです。

サステナビリティをめぐるメガトレンドを理解し、自社の戦略実行を妨げ得るリスクを特定することは非常に重要です。しかし、どのリスクがより発生可能性が高いのか、どのリスクがより短期的に迫っているのか、優先順位をつけることは容易ではありません。そこで国連やNGOなどの幅広いステークホルダーの声を聴くことが一つの有効な手段となります。

2 エマージングリスク特定と幅広いステークホルダーの関心事

ADAPTに代表されるメガトレンドは、どのようなメカニズムを通じて、顧客・一般市民、従業員、政府、サプライヤー、投資家といった企業の直接的ステークホルダーの、企業活動に対する期待を変化させているのでしょうか。PwCでは、企業の「直接的ステークホルダー」に影響を与える「間接的ステークホルダー」を「インフルエンサー」と定義し、インフルエンサーの動向を早期に捉えることがエマージングリスクの兆候を把握する際に重要であると考えています。インフルエンサーには、国連、NGO、評価機関、メディアなどが含まれます。実際に、NGOのキャンペーン数と関連するサステナビリティ課題に関するグーグル検索数を比較すると、NGOキャンペーンが増加した数年後にグーグル検索数が増加するという傾向が見られます※5。すなわち、NGOの活動領域は、次に世論の注目を集める領域になるということが分かるのです。

サステナビリティをめぐるリスクは、インフルエンサーの活動の増加率、および絶対数によって、(1)NGOの活動の増加率、および、絶対数共に少ない「社会課題化以前の領域」(2)NGOの活動が増加しているものの絶対数はまだ少ない「要注意領域」(3)NGOの活動の増加率、および、絶対数共に多い「優先領域」、および(4)絶対数は多いもののNGOの活動が減りつつあり、既にNGOの問題提起が一定の社会的認知を受けつつある「一般領域」に分類することができます。このようにNGOなどの活動状況を分析することで、エマージングリスクの発生可能性や緊急度を一定程度、推察することができます(図表2)。

余談ではありますが、インフルエンサーの活動が活発化しており、今後、企業にとって大きな影響を与える可能性がある課題として、生物多様性が挙げられます。生物多様性の企業にとってのリスクは、「生態系のエコシステムのバランスを壊すと、経済活動の基盤が毀損され事業継続に影響が生じる」という点にあります。「多様な生き物を守る」という社会貢献の視点ではなく、事業リスクとして、今後、注視していただきたいと思います。

3 サステナビリティをめぐるエマージングリスクマネジメントのポイント

上記のような、気候変動や資源枯渇に起因するような中長期的なエマージングリスクを管理するためには、(1)幅広いステークホルダー動向の継続的モニタリング体制の確立と、(2)対応に時間がかかるリスクに対する対応の早期開始、という2点が重要となります。

(1)幅広いステークホルダー動向の継続的モニタリング体制の確立

サステナビリティをめぐるエマージングリスクマネジメントにとっても、一般的リスクと同様、リスクの顕在化の兆候を継続的にモニタリングする体制を確立することが重要ですが、上述のとおり、サステナビリティをめぐるリスクに関しては、モニタリングの対象として「幅広いステークホルダー動向」が重要となることが特徴です。例えば、国際機関やNGOの活動が急速に増加していないか、特に重要な関心事は何か、関連する問題に関するSNSでの投稿が増加していないか、ということを定期的に管理する仕組みの確立が必要になります。

国際機関やNGOには、それぞれ特化した活動領域や影響力の強弱がありますので、当該リスクに関して影響力の高いインフルエンサーをモニタリング対象として特定しておくことも重要となるでしょう。

(2)対応に時間がかかるリスクに対する対応の早期開始

リスクへの対応はおおむね緊急性の高いものから実施されるため、長期的な視点は後回しにされがちです。しかし、リスク対応にどれだけの期間を要するか、という点も非常に重要な視点です。リスクの緊急性が現時点で高くない場合でも、適切な対応を取るのに数年、数十年かかるものがあれば、対応の優先順位は必ずしも低くないと考えられます。例えば、気候変動に対して企業が取り得る施策としては、再生可能エネルギー利用への変更や、自然災害リスクの低い立地への移転、低炭素型ビジネスモデルへの移転など、短期間では容易に達成できない選択肢が多く含まれます。長期的に発生が高確率で見込まれるリスクに対しては、早めの検討を進めることによって施策の選択肢が増えるということを認識する必要があります。また、施策の検討の際には、その方法と幅広いステークホルダーの期待とがアラインしているかどうかという視点も重要になります。

4 まとめ

2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、世界の社会・経済が大きく揺り動かされ、私たちの社会・経済が「ウイルス」という自然の脅威に対し、いかに脆弱であったかが明らかになりました。他方で、コロナウイルスは100パーセント、自然発生的に広まったわけではありません。野生の動物を売買するという人間の経済活動が自然の中からウイルスを掘り起こし、そして、人類の世界規模での移動がそれを急速な勢いで拡散することを促したのです。すなわち、人間の経済活動は自然の脅威に対して単に受け身なのではなく、自分自身の活動が、こうした自然の脅威を引き起こしているともいえます。

COVID-19の問題は、自然環境と人間の経済活動との相互関係と、その結末を、超短期的に示してくれた事例といえます。気候変動などの問題は、同様の構造が、緩慢に進み続けているものといえます。COVID-19の問題は、サステナビリティをめぐるリスク管理の重要性とともに、長期的なサステナビリティリスクに対しても対策を行っておくことの重要性を再認識する契機ともなるでしょう。

本編では、サステナビリティをめぐるリスク管理においては、幅広いステークホルダーの期待を把握し続ける仕組みを構築し、長期的対応を行うことが重要であるということを論じてきました。

PwCのサステナビリティサービスにおいては、国際機関、NPO、NGO等との幅広いネットワークや、グローバルなサステナビリティ課題への高い専門性をもって、サステナビリティ戦略の策定・遂行支援、気候変動対応支援、サプライチェーン(人権リスク)マネジメント支援、ERMへのサステナビリティ課題の組み込み等のサービスを取り扱っています。ご関心を持っていただけたらぜひご一報ください。


※1 世界経済フォーラム,2020.“The Global Risks Report 2020”
https://jp.weforum.org/reports/the-global-risks-report-2020[English]

※2 World Business Council for Sustainable Development, 2018 “Enterprise Risk Management Applying enterprise risk management to environmental, social and governance-related risks”
https://www.wbcsd.org/Programs/Redefining-Value/Business-Decision-Making/Enterprise-Risk-Management/Resources/Applying-Enterprise-Risk-Management-to-Environmental-Social-and-Governance-related-Risks[English]

※3 PwC,2018.「新しいグローバリゼーションの複雑性を読み解く」『Value Navigator』 2018年春号
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/prmagazine/value-navi201805/globalisation.html

※4 National Intelligence Council, 2012. “Global Trends 2030: Alternative Worlds” Executive Summary ページ V

※5 PwC,2019.「コーポレートサステナビリティ 日本企業の長期的価値創造に向けて」


執筆者

磯貝 友紀

PwCあらた有限責任監査法人 International Development Team パートナー

藤澤 正路

PwCあらた有限責任監査法人 International Development Team シニアアソシエイト