
SX新時代ー成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ 第1回:次のフェーズへ移行するサステナビリティ
経済・環境・社会課題を総合的に捉えて可視化・評価し、意思決定を行う「ホリスティックアプローチ」と、変革の要所で複数の業界・企業・組織が協調して対策を実行する「システミックアプローチ」について解説します。
2023-05-02
自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は2023年3月28日にベータ版フレームワークv0.4を公開しました。v0.4はベータ版としては最終バージョンとなり、次回は完全版の提言がv1.0として2023年9月にリリースされる予定です。
2023年4月3日現在、v0.4において公開されているドキュメントは12種類あります(図表1参照)。セクター別情報など、一部詳細情報はオンライン上のみ掲載されているものもありますので、下記のドキュメントだけでなく、オンラインページも確認する必要があります。
TNFDフレームワークは、開示提言、リスク機会の評価アプローチ(LEAP)、主なコンセプトと定義を中心に、それを実装するためのデータおよび指標と目標、シナリオに関するガイダンスおよび各種追加ガイダンスによって構成されています。v0.4においても各所でアップデートがされています。
本稿では、主なアップデート箇所である「開示推奨項目」「LEAPアプローチ」「シナリオ分析」「指標と目標」の4点(図表2参照)と、企業としての対応方法について解説します。
4つの柱からなる開示推奨項目はTCFDとの整合性が高められており、TCFDが推奨する11項目全てを含む、14の項目によって構成されています(図表3参照)。
アップデートの1つが、バリューチェーンの区分けです。TCFDのスコープ1、2、3に当たる概念は、工場操業などの企業の直接的なオペレーションや原料調達などの上流、販売や使用廃棄段階などの下流に分けられています。v0.4の開示推奨項目では、「リスクとインパクト管理」において影響・依存、リスク・機会を特定するプロセスを直接オペレーションの「A(i)」と、上流・下流の「A(ii)」で項目として分けて整理されています。
また、同じく「リスクとインパクト管理」の「D」には、v0.3の内容を引き継いでステークホルダーとの関係性を説明している項目があります。ここでは、ステークホルダーの表現が「権利保有者を含むステークホルダー」から「影響を受けるステークホルダー」に変更となっています。ロケーションが重要な自然資本においては、自然との接点となる具体的な場所を把握・評価するのみならず、その場所の生態系に依存し、自社の活動に影響を受ける人々、つまりステークホルダーとの関係を企業が把握し、エンゲージメントを重ねていくことが重要となります。
v0.4ではv0.1で一部示されていた4つの柱の開示項目にまたがる「一般要求事項(General Requirements)」も6つに整理されました。これはレポートの作成者と利用者の間での期待を一致させるため、TNFDが重要視している観点をまとめているものです。
LEAPアセスメントの実施や開示を検討する際には、これらの観点を一貫して意識しておくことが求められます。
影響・依存、リスク・機会を評価するアプローチ、プロセスであるLEAPについても、アップデートがありました(図表4参照)。大きく3点に分けて解説します。
LEAPアプローチの入り口であるスコーピングフェーズでは、企業のScoping質問(C1~C3)が、より金融機関向けのものに近い形で再整理されました。そのフローとしては、まずは自社の活動を把握し、次にその活動を行っている場所における自然との関係性を洗い出し、最後に目的を明確化させたうえで、何に焦点を当てて分析を行うかを決定するというものになっています。サプライチェーンが世界中に広がり、取り扱う原料も多岐にわたる大企業にとって、Scopingは適切な評価を実施するための重要な手続きです。
これまでLocateのL3(優先地域の特定)は、「生態系の完全性(Integrity)が低く、生物多様性の重要性が高く、かつ水ストレスのある場所に評価を集中させる」とされていました。しかし、生態系の完全性が高い地域や、逆に今急速に劣化しつつある生態系は、現状完全性の低い生態系よりもリスクが高いと考えられることなどから、組織が高く依存、または大きな影響を与えている地域については、「生態系の状態にかかわらず優先的な場所として特定されるべき」という内容に変更されました。企業としては、接点のある生態系の状態を把握することはもちろんですが、実態として大きな影響を与えたり、依存しているエリアを特定したりすることも重要となってきます。
LEAPアプローチを具体的に実施するためにステップ・バイ・ステップのガイダンスがv0.4で提示されました。大きく、「ヒートマップ」「アセットのタグ付け」「シナリオに基づくリスク評価」という3ステップで構成されています(図表5参照)。これは主に金融機関を意識したステップですが、事業会社においても対象を絞り込みながら精緻化していく上で参考になると考えられます。
シナリオ分析については、Annex4.10において基本的な考え方や実施のステップが示されています。TNFDでは、シナリオを「もっともらしい未来を描いた論理的整合性のある物語」と定義していますが、「好ましい」ではなく「もっともらしい」と表現されている点が重要です。気候変動においては、2℃/1.5℃に抑えるという地球規模の気候目標からバックキャストする形でシナリオが設定されています(Normative scenarios)。それに対し、自然におけるシナリオにおいては、探索的なアプローチ(Exploratory scenarios)が採用されています(図表6参照)。ロケーションによって多様な動態を持ちうる自然の未来の姿は、1本の道で記載することができないため、もっともらしい未来の状態を複数想定して記述するアプローチがとられています。
シナリオ分析の実行に関しては、以下の4つのステップが示されました(図表7参照)。v0.3で提案された2つの重大な不確実性の軸、すなわち、物理リスクと関連性の高い「生態系サービスの低下」と移行リスクと関連性の高い「市場と非市場の力の調整」に沿って、シナリオを考えていくという構造は変わりません(2つの不確実性軸についてはv0.3の解説コラムを参照)。
<ステップ1:関連する推進力(ドライビングフォース)を特定する>
マクロなビジネス環境を説明するところから始まります。具体的には不確実性を定義するための推進力を特定することが最初のステップです。推進力の例としては、生態系変化の大きさとスピード、インパクトに対する消費者の注目度、法規制の程度、データの粒度など多岐にわたります(推進力の例の一覧はTNFD v0.4 Annex4.10を参照)
市場参加者は、政治・経済・社会・技術・法律・環境(PESTLE)や社会・技術・経済・環境・政策(STEEP)分析など、他の枠組みを利用して原動力を特定することが想定されます。
<ステップ2:不確実性の軸に沿って事業や施設を配置する>
特定した不確実性の推進力を考慮し、シナリオ分析の対象となる事業や施設、拠点などについて、2つの不確実性の軸のどのあたりに位置するのかを配置していきます(図表8参照)。ここでは利用可能なデータの中で、関係者を巻き込みながら実施し、どのようなデータやモデルが必要かということを検討することも狙いとして考えられます。
<ステップ3:シナリオストーリーの利用>
ステップ2までに現状の整理を終えたら、ステップ3では、2つの不確実性の軸で構築される4象限に沿ってストーリーを構築していきます。その際には、「このもっともらしい未来の世界の状態はどのようにして、なぜ生じたのか」「そのような描写がある世界に至る因果的な推進力は何なのか」という観点に答える形で構築していくことになります。
<ステップ4:ハイレベルなビジネスの決定事項を特定する>
ステップ4では4象限のシナリオに基づき、ビジネスにおけるハイレベルな決定を行うための議論を行います。
今回のガイダンスでは、2つの不確実性の軸からなる4象限シナリオと、それを使った4ステップのシナリオ分析の進め方がガイダンスとして提示されました。しかし、具体的に実行する上では、各組織のデータ状況、事業構造、方針などに鑑みながら設定していく余地がありそうです。
指標と目標においては、開示指標案(コア指標と追加指標)の一覧が示されました。指標の種類には、大きく分けて「アセスメント指標」「レスポンス指標」「開示指標」の3つがあります。
開示指標のコア指標は以下のとおりです(そのほかの具体的な指標一覧については、TNFD v0.4 Annex4.3を参照)。主要な5大影響要因とされる「気候変動」「土地改変」「汚染」「資源採取」「侵略的外来種」のうち、外来種を除く4つについて指標案が出されています(図表9参照)。
図表10 コア指標一覧
自然変動 |
指示指標 |
メトリック |
気候変動 |
温室効果ガスの排出 |
スコープ1、2、および3のGHG 排出量–TCFDを参照 |
陸上・淡水・海洋利用の変化 | 土地/淡水/海洋利用の変化の合計範囲 |
生態系のタイプ(変化の前後)および事業活動(絶対的指標および前年度比)により、土地/淡水/海洋利用の変化の程度(km²)。 ※関連する指標については業界別のガイダンスを参照 |
優先エリアにおける土地/淡水/海洋利用の変化 |
生態系のタイプ(変化の前後)および事業活動別の優先的な生態系の土地/淡水/海洋利用の変化の程度(km²) ※関連する指標については業界別のガイダンスを参照 |
|
汚染・汚染除去 | 土壌に放出された汚染物質の種類別の合計 |
汚染物質の種類別のガイダンスを参照して、土壌に放出された汚染物質の合計(トン) |
排水量と排水中の主な汚染物質の濃度 |
排出される水量(立方メートルまたは同等)および排出される廃水中の主要な汚染物質の濃度 ※汚染物質の種類別のガイダンスを参照 |
|
有害廃棄物総発生量 |
種類ごとに生成された有害廃棄物の総量(トン) ※廃棄物の種類別のガイダンスを参照 |
|
非GHG大気汚染物質の合計 |
種類別のGHG以外の大気汚染物質の合計: |
|
資源の利用・補充 |
水不足地域の取水と消費 |
水不足地域からの総取水量と消費量(立方メートルまたは同等) |
陸地/海洋/淡水から調達されたリスクの高い自然コモディティの量 |
陸地/海洋/淡水から調達されたリスクの高い天然コモディティの量を種類別に分類(絶対値<トン>、および合計の割合、前年度からの変化) ※コモディティの種類別のガイダンスを参照 |
|
優先順位が高い生態系から供給される天然物量 |
優先度の高い生態系から調達された天然物資の量と割合を種類別に分類(絶対値<トン>、全体に占める割合、前年度からの変化) |
出典:TNFDv0.4 Annex 4.2をもとにPwC翻訳
v0.4のリリースにより、TNFDの全体像がかなり明確になってきました。これから6月まではコンサルテーション期間となり、v1.0に向けてのフィードバック対応が行われます。事業会社や金融機関においては、データの収集、トレーサビリティの向上、分析リソースの確保、試行的なLEAPアセスメントの実施など、9月を待たずしてできることから始めていくことが推奨されます。
2023年9月にTNFD提言(v1.0)がリリースされれば、企業や金融機関の自然資本関連開示は大きく前進することが考えられます。
PwCでは、TNFDを含む自然資本に係る最新の国際動向を踏まえ、企業の自然資本・生物多様性に係る影響依存評価や開示の準備対応などを支援しています。詳しくは生物多様性に関する経営支援サービスをご覧ください。
経済・環境・社会課題を総合的に捉えて可視化・評価し、意思決定を行う「ホリスティックアプローチ」と、変革の要所で複数の業界・企業・組織が協調して対策を実行する「システミックアプローチ」について解説します。
グローバルにおける規制やガイドラインの整備といったルールメイキングに特に焦点を当てながら、ホリスティック・アプローチの重要性を示します。
企業には財務的な成果を追求するだけでなく、社会的責任を果たすことが求められています。重要性が増すサステナビリティ情報の活用と開示おいて、不可欠となるのがデータガバナンスです。本コラムでは情報活用と開示の課題、その対処法について解説します。
2024年3月期の有価証券報告書における「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」の3指標を開示している企業を対象として、開示状況の調査・分析を行いました。開示範囲、開示期間、開示内容や業種別傾向などについて解説します。
PwC Japan有限責任監査法人は、2025年3月6日(火)に開催した本セミナー を、3月27日(木)よりオンデマンドで配信開始します。
今日の企業経営において、サステナビリティやESG(環境・社会・ガバナンス)の取り組みは必須課題です。本特集では「脱炭素経営」「ネイチャーポジティブ」「サステナビリティコミュニケーション」に関する最新の論点を取り上げ、企業に求められる取り組みを考察します。
本レポートでは、世界の大企業の経営幹部673人を対象に、経営の戦略や優先順位を調査しました。COOはAIの活用拡大に強いプレッシャーを感じており、関連する人材の採用・育成に注力する一方で、業務に追われ将来のビジョン策定に注力できていない状況が明らかになりました。
日本の保険会社は競争力を維持し、グローバルに成長するために、変革を続けなければなりません。本稿では、今日の課題を乗り越えながら自ら変革しようとする日本の保険会社の2025年における必須事項のトップ10について解説します。