PwC社内の実践例からみる、生成AIを活用した顧客価値と人材力の向上策

価値創造経営のカギは、「データドリブン」

  • 2024-08-08

外部環境の変化に伴いビジネスの不確実性が高まる中、価値創造経営を実現するには、先進テクノロジーやデータを活用してデータドリブンで人材力や顧客価値を高めていくことが重要になっています。

PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)が2024年6月7日に開催した「Technology Day 2024-生成AIやテクノロジーをビジネスにどう活かしていくか-」のBreakout Session 3では、「データドリブンで人材力、顧客価値を高め、企業価値を向上させる価値創造経営」と題し、PwCコンサルティング 執行役員の小倉 栄治と森本 朋敦、ディレクターの土橋 隼人の3名が登壇。データドリブンで進める価値創造経営をはじめ、顧客基盤のマネジメント、企業価値向上に資する人材力について語りました。

(左から)森本 朋敦、小倉 栄治、土橋 隼人

登壇者

森本 朋敦
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー

小倉 栄治
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー

土橋 隼人
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

将来を見据え、財務から非財務へと視野を広げることが重要

セッションの冒頭では、価値創造経営イニシアチブでリードを務める森本朋敦が、価値創造経営にデータドリブンがどう結びつくかといった概論を説明しました。

森本がまず論じたのは、現在、日本で価値創造経営が求められている背景です。PwCの第26回世界CEO意識調査によると、「自社のビジネスのやり方を変えなかった場合、経済的に存続できるのはどのくらいの期間か」という趣旨の設問に対し、日本企業のCEOのうち72%が「10年しかもたない」と回答しており、世界平均が39%であるのに対し、日本企業は自社の持続性に危機感を持っていることが分かっています。

また、日本企業の株価純資産倍率の低さに対して、東京証券取引所が2023年3月に資本コストや株価を意識した経営改善を上場企業に要請したことや、日本企業を取り巻く開示制度が従来の財務情報だけでなく非財務情報へと広がっている点などを挙げ、これから日本企業が向かうべき方向はどこなのかという観点で森本は話を進めました。

「これまでの経営管理の問題点は、短期的かつ財務情報中心の業績管理だったことです。10年しかもたないという危機感があるのであれば、これからは時間軸と価値構造の双方を拡張する考え方に脱皮する必要があります」(森本)

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 森本 朋敦

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 森本 朋敦

森本によると、時間軸の拡張とは、過去と現在だけでなく、中長期的な未来を見据え、バックキャストで経営にあたること、そして価値構造の拡張とは、財務諸表に現れない知的資本や人的資本、価値提供先の顧客や社会にまで視野を広げて経営を行うことだと言います。

さらに価値創造経営を進める上での日本企業の課題について、「使命を問われて『企業価値の向上だ』と答える経営者の方は多いのですが、具体的な企業価値の目標が設定されていないことが少なくありません。そのため戦略目標が曖昧になってしまいます」と語ります。

「これを克服するために必要なのが、価値創造ストーリーを明確化し、KPIを設定することです。ソリューションの開発数や受注数、消費エネルギー削減量といった個別の戦略目標は、KPIで管理してこそ達成の可能性が高まります。そして、データドリブンな経営管理が必要なのは、個人の意見ではなく客観的な数値やデータを活用することで、マーケットへのインパクトをはじめとする価値指標を正しく把握できるからです」(森本)

顧客理解とケイパビリティ評価でビジネス機会を強化

森本が説いた価値創造経営の重要性を踏まえ、次のパートでは、カスタマートランスフォーメーション領域でパートナーを務める小倉栄治が「良い顧客」についての考察を披露する形で、顧客基盤のマネジメントについての議論の口火を切りました。

「『良い顧客』の定義はまちまちですが、一般的には売上が高い顧客をイメージされる方が多いのではないでしょうか。私たちは、利益の高い顧客、そして良好な関係が続く顧客を良い顧客だと考えます」(小倉)

さらに、「長きにわたって顧客との良好な関係を築き、価値提供の機会を得るには、第1に顧客やその集合体であるマーケットを高い解像度で理解し、第2に彼らの抱えた課題を理解する必要があります」と小倉は続けました。

そのベースとして挙げたのが、「メガトレンド」「市場動向」「事業計画・企業の発信情報」「顧客から得た情報・顧客の声」の4つです。

「地政学リスクの高まりやテクノロジーの進化、人口動態の変化などはもちろん、顧客が自ら発信する計画書や報告書を見ておく必要もあります。顧客と良好な関係が築けていれば、競合が知らないような特殊事情を理解することもでき、顧客の課題が見えてきます。こうした情報は鮮度が命なので、データに基づき、タイムリーに正しく理解しておくことで大きな武器になります」(小倉)

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 小倉 栄治

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 小倉 栄治

続いて小倉は、PwCコンサルティングが自社の顧客を深く理解するために取り組んでいるチャレンジとして、生成AIを活用したツールによる顧客基盤戦略立案と顧客基盤のマネジメントについて紹介しました。

「当社では、顧客基盤のマネジメントとしてクライアントごとに提案機会の質を高めるアカウントプランを作成しています。大きな流れで言うと、まずは顧客や業界の動向を分析し、そこに対して自社のケイパビリティを突合させてビジネスの機会を評価するというものです。これはもちろん1度作って終わりではなく、年に2回の見直しを行い、常にアップデートを継続しています」(小倉)

生成AIを活用するのは、顧客や業界の動向分析の部分。顧客のニーズや経営課題を抽出するには、中期経営計画や事業計画、CRMデータ、マクロ情報、外部環境など、膨大なソースを分析する必要があります。このツールを活用することで、経営課題を特定するだけでなく、顧客にとっての重要度も評価できると言います。

これらのデータを整理し、PwCコンサルティングの持つケイパビリティや実績、サービスのメニューを考慮することで顧客のニーズとマッチングさせ、ビジネスの機会度合を算出することで、的確なアクションの実行や価値提供が可能になります。

「生成AIは、情報をインプットすればある程度のものはアウトプットできますが、それをいかに絞り込み、ケイパビリティと組み合わせ、顧客基盤のマネジメントを強化するかが難しいところです。現在は顧客ごとに個別で分析していますが、今後はマーケット全体、さらにはあらゆる社会課題にまで広げていき、より大きな価値創造につなげていこうと考えています」(小倉)

データ活用で人的資本施策を的確に分析・検証

続いて、企業価値を向上させる上で重要となる、人的資本経営に議論は移りました。組織・人事領域でディレクターを務める土橋隼人がまず紹介したのが、現在の日本企業の人事領域での取り組み実態です。

「PwCコンサルティングでは、日本企業が開示した統合報告書の人的資本領域の開示内容を分析し、企業の取り組みを4象限に類型化しました。横軸には人的資本への意識の高さ、縦軸には人的資本施策と事業戦略との連動性を設定しました」(土橋)

図表 日本企業の開示した統合報告書をもとに人的資本領域の開示内容を類型化

当然ながら、人的資本への意識と事業戦略との連動性が高い状態が理想ですが、分布を2017年と2021年で比較すると、人的資本への意識は確実に高まっているものの、人的資本施策と事業戦略との連動性は不十分であることが分かるといいます。土橋はこの状況を「リスキリングやデジタル人材育成といったキーワードが注目され、人的資本経営の重要性は浸透していますが、企業価値向上につながるような施策設計には至っていないということだと考えています」と読み解きます。

では、なぜ日本企業は人的資本経営の意識が高まっていながらも、施策としての取り組みが不十分なのでしょうか。

「人事領域の施策は、これまで担当者の勘や経験に頼る部分が多く、効果検証や企業価値向上への貢献が測定できていなかった面があります。人的資本施策と事業戦略との連動性の重要度が高まる中、人事領域もデータドリブンへと脱却する必要に迫られていると言えます」(土橋)

実際、人事施策が事業戦略や財務指標と連動できていることの効果はデータで具体的に示されているといいます。例えば、過去3年間のROE(自己資本利益率)平均の推移について、戦略との連動ができている企業とできていない企業を比較すると、前者のROE向上率は後者を大きく上回っているとのことです。

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 土橋 隼人

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 土橋 隼人

これらを踏まえ、土橋は人的資本施策の具体的な進め方の一例として、PwCコンサルティングが実施している社内トライアルを示しました。このトライアルは、「プロパー(新卒)比率」「女性比率」「従業員エンゲージメント」「平均勤続年数」「提案件数」といったビジネスや人事領域に関するさまざまな変数をベースに、正のインパクトと負のインパクトで関係性を示すデータツリーのパス図を描画するというものです。

土橋によると、こうした検証によって人的資本に関する多くの発見が得られるとのことで、ときには想定していた仮説とは違う分析結果が出ることもあると言います。こうした発見を得られることこそが、勘や経験からデータドリブンへと脱却することの意義であり、経営戦略や企業価値向上の原動力でもある点を土橋は強調します。

最後に、こうしたデータドリブンの人的資本施策を進めるため、現場のマネージャーレベルで分析ができるようなウェブアプリの開発にも取り組んでいるという話が紹介され、本セッションは終了。経営者がインサイトとして獲得していないものにいかにして到達するかという、あらゆる企業が抱える課題を解決するには、データドリブンを通じて顧客価値や人材力を高めていくことが重要であることを明らかにしたセッションとなりました。

主要メンバー

森本 朋敦

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

小倉 栄治

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

土橋 隼人

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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