AI活用に向けたガバナンスルールの潮流―企業・政府・研究機関が取るべき姿勢とは【第4回 AI産業・市場形成と研究機関の役割】

2021-06-08

人工知能(AI)技術の開発やAIを活用した製品・サービスの展開が各国で進んでいます。こうした中、イノベーションを促進すると同時に、差別的な利用やプライバシーの侵害といったリスクを回避するために、社会的・倫理的側面を考慮した社会の仕組みづくりが求められています。本稿では、各国・地域におけるAIガバナンスなどに係るルールの動向と共に、AI分野において求められる企業・政府・研究機関の在り方、考慮すべき事項について考察します。

AIガバナンスの分野においては、開発・実装を推進する企業や、その在り方を方向付けるファシリテーターおよび客観的評価者としての政府の役割に注目が集まる傾向にあります。他方で、中間的なガイドラインなどを検討していくに際しては、企業、政府のほか、ユーザーやアカデミア、法律や監査の専門家といった幅広いステークホルダーによる継続的な議論が必要です。特に学術機関・研究機関は、AI実装社会の実現に向け、昨今の政府検討会など*10に有識者・専門家として参画し、意見交換するだけでなく、人材育成、研究開発推進といった局面での貢献も期待されています。

ドイツ・フランスでは、研究機関が国家AI戦略の重要な担い手として認知され、積極的に貢献

米国のメガテック企業に代表されるプラットフォーマーや、中国の寡占的なEコマース企業・プラットフォーマーに対抗していくため、欧州はAI戦略の下、政府主導型で倫理的側面も考慮したAIガバナンスモデルの構築を進める傾向にあります。欧州の中でも特に産官学の連携によるAI技術の競争力強化、AI実装社会の推進を掲げているのがドイツです。2018年に発表したAI戦略において、①ドイツを中心とする欧州を先進的なAI拠点にし、ドイツの競争力を将来的に維持すること、②責任のある、公益のためのAI開発を行うこと、③幅広い対話を通じた倫理的、合法的、文化的、構造的なAIの社会導入を推進すること、が掲げられました。さらに、ドイツおよび欧州を先進的な人工知能拠点へと成長させ、競争力強化に貢献するために、研究機関を重要視し、研究基盤を強化することが示されています。

参考:ドイツ連邦共和国政府 人工知能戦略(Strategie Künstliche Intelligenz der Bundesregierung)抜粋

1.目的

I. 連邦政府はドイツおよび欧州を先進的な人工知能拠点へと成長させ、ドイツの今後の確実な競争力へと貢献する

a. 連邦政府は、ドイツおよび欧州におけるAIの研究、開発、応用を世界のトップレベルへと上げ、その地位を維持すると決意している。ドイツは研究結果の包括的かつ迅速な実用化、および法治国家に求められる範囲内における行政の刷新を実施し、世界でもトップクラスのAI拠点を目指す。「Artificial Intelligence (AI) made in Germany」が、世界も認めるブランドとなるよう全力を尽くす。

b.ドイツにすでにある優良な学術研究基盤をさらに拡張し、その他の有望な技術開発研究および応用事例と結び付け、さまざまな業界、行政、社会において新しい利活用方法を開拓する。ドイツがインダストリー4.0においてその優位性をさらに拡大し、当該分野におけるAIの利活用に関してもリードしていくことを目指す。政府としてはAIの活用がドイツの中堅企業にとってさらなる追い風となるべく、さまざまな機会を提供し、適正な枠組みを構築する。

c. ドイツのAI研究はたいへん進んでおり、その立場を欧州の各パートナーおよび技術リーダーと共にトップクラスへと導くよう努める。そのため国内外のAI専門家がドイツに魅力的な研究・イノベーション・経済拠点を見出し、世界中からAI分野における最も優秀な人材が集まり、留まるような環境づくりに尽力し、さらにAI分野の職業訓練能力を確実に向上させていく(以降略)

ドイツでは、一部の都市や拠点にAI産業を集約せず、さまざまな地域で学際的に研究所を構築し、産業として成長させてきた経緯があります。そのためこのAI戦略では、既存のAI研究開発センター(コンピテンスセンター)を地域の枠を超えて発展させ、さらなる拠点を設立し、全体で12以上のコンピテンスセンターからなる国内ネットワークの構築を目指しています。既存または新規のコンピテンスセンター、クラスター双方により、新たな知見の創出や技術開発を重視するセンター、特定産業に特化して応用を重視するセンターなど、多様な拠点の在り方の検討を進める考えです。

同AI戦略では、ドイツ国内の研究コンソーシアム*11の重要性が示され、研究開発(R &D)段階から国家、市民社会、労使団体を含めた産業界、そしてそれ以外のユーザー層など、外部のステークホルダーと連携していく学際的な研究が協調されています。中でも、戦略達成に向けた担い手として特に注目されているのが、ドイツ人工知能研究所(DFKI)です。DFKIは世界最大のAI研究施設として国際的な評価が高く、70以上のスピンオフ企業の創出し、AIに関わる特許を数多く取得するなど、技術移管戦略を推進しています。同AI戦略では、DFKIとのこれまでの官民パートナーシップの形態をさらに発展させていくことが明記されています。さらにノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州では、州政府が主導する専門家プラットフォーム「KI-NRW」が設立され、NRW州の企業や研究機関がAI技術の研究を推進しています。特にフラウンホーファー・インテリジェント分析・情報システム研究所(Fraunhofer IAIS)は、AI分野において経済界と学術界をつなぐ最高峰の研究機関として「KI-NRW」に参画しています。Fraunhofer IAISはAIプレゼンス強化の要として機能しており、ドイツ国内外での今後のAI研究を牽引することが期待されています。

ドイツと同様に、フランスでも2018年にマクロン大統領がAI国家戦略を発表したこともあり、国家主導でAI開発に注力しています。国家戦略のインプットとなったセドリック・ビラニ氏の報告書では、データ資源の共有化に向けた制度の整備、医療やモビリティなど戦略分野の設定のほか、AI分野の研究機関・研究者間のネットワークの構築、AI人材の育成強化が提言されています。国家戦略では、研究開発分野として、フランス国立情報学自動制御研究所(INRIA)を軸に、国家AI研究プログラムを設立し、学生数の倍増、海外を含むプロジェクト公募によるAI人材の育成強化、研究機関間の連携強化や、公的研究機関の研究者が民間企業での勤務時間を拡充することでAI技術の企業移転を促進するエコシステムの創出などが企図されています。また、エコシステム創出の一環として、AI分野の研究者、エンジニア、学生、企業などによるネットワークを構築すべく、国立高等教育・高等研究機関の中に、AI学際研究機関(3IA)を設置しました。また、公募によってグルノーブル・アルプ人工知能学際研究機関(医療、エネルギー・環境分野)、コートダジュール人工知能学際研究機関(ヘルスケア、地域開発分野)、パリ人工知能研究機関(ヘルスケア、輸送、環境分野)、トゥールーズ人口・自然知能学際研究機関(モビリティ、輸送、ロボット分野)による4つのプロジェクトを選考し、研究補助金を支給するなどしています。さらに国内外の公募によって40の研究プロジェクトを選出し、研究補助金を支給することで国家のAI開発力強化に向けた人材育成を推進していく姿勢も打ち出しています(図4)。

図表4: ドイツ・フランスにおける産官学連携でのAI利活用振興に向けた取り組み

日本も研究機関間・他ステークホルダー間連携を通じたさらなる研究開発力や技術力の強化を

日本国内においても、前述の通り政府主導の関連検討会においてAIガバナンスの在り方に係る報告書がまとめられたり、ガイドラインの整備に研究機関に在籍する有識者が参画したりするなど、AI開発において政府をはじめ、幅広いステークホルダーの貢献が期待されています。また、「AI戦略2019」において、AIを使いこなす人材の育成や新技術の研究・開発、AIの社会実装が掲げられており、国家戦略としてAI産業の成長を後押しする仕組みの検討、予算の計上などが試みられています。「AI戦略2019」では、「我が国がリーダーシップを取って、AI分野の国際的な研究・教育・社会基盤ネットワークを構築し、AIの研究開発、人材育成、SDGsの達成などを加速する」としており、国内外で展開される技術と社会をめぐる議論に焦点をあて、異業種・異分野間で議論できるプラットフォームの形成が打ち出されています。AI関連人材の育成・確保や産業の展開については国内で完結せず、海外の研究者・エンジニアが活躍できる場を日本国内に数多く提供すること、海外との共同研究開発・共同事業を増大させることを標榜しています。

現在、日本国内では国際的なネットワークとの連携を図るべく、東京大学未来ビジョン研究センターにおいて、AIガバナンスプロジェクトが組成・運用されています。こうした研究センターの創出や、他のステークホルダーと連携した継続的な活動の推進、企業と人材のマッチングによるエコシステムの創出が重要になってくると考えられます。政府はAI人材の育成に関し、2025年にトップクラス100人を含む2,000人の専門家を育成することを目標に掲げ、教育のデジタル化と合わせた施策を打ち出しているところ、このような研究センターをハブとしたAI研究開発や人材育成、マルチステークホルダー連携に向けた仕組みの強化は、今後の国内産業育成や競争力強化において不可欠となるでしょう。なお、AIガバナンスの構築に向けた人材育成という観点からは、他の学問との融合といった、具体的な人材育成カリキュラムについても検討されるべきではないでしょうか。昨今、自然科学の各分野においては専門分化が進み、とりわけ技術開発を担う工学分野と人文・社会科学との距離は広がる傾向にあります。AIをはじめとする情報技術の開発や発展に、人文・社会科学は「人間性」や「社会システム」の視点からの問い直しを行う役割があると考えられ、人間中心のAIの発展を担う人材を育成するためには、AI研究と人文・社会科学の融合を検討すべきです。

終わりに―AIガバナンスの方向性

ここまでAIの普及・利活用に向けたエコシステム創出のための各国・地域のルールおよび政策、国際的枠組み、民間企業や研究機関の取り組みについて紹介してきました。国際的にはGPAIが設立されるなど、AI原則の実装に向けた動きも活発化しており、各国でもこれらの国際的な枠組みに基づき、より具体的な原則やガイドラインの策定が進められていくものと想定されます。

企業には国外および国内におけるAI関連の原則をベースとし、倫理的側面にも配慮した説明可能なAIの開発・運用が求められています。そのためには技術的な対策に加え、多様な人材の確保、チェック機能を持つ専門組織の構築など、体制面の強化も必要となります。政府においては、人権やプライバシーに配慮し、ガバナンスなどの基本原則を提示すると共に、今後は業界ごとのルール整備や、ELSIの考え方を適用した国際舞台での発信も視野に入れ、どの相手とどのような場で合意形成するのか、取るべきスタンスを提示していく必要があるでしょう。学術機関も技術面での競争力向上の担い手として、研究基盤の強化、将来に向けたAI人材育成などの役割が期待されます。AIの持続可能な開発・普及には、今回取り上げた企業、政府、学術機関だけではなく、ユーザー、NGOといった他のステークホルダーとの協働も欠かせません。ホリスティックAIガバナンスのアプローチに基づき、ユーザーや一般市民からのフィードバックも踏まえながら、AIガバナンスの体制を継続的にアップデートしていくことが求められています。

*10:前述のAI社会実装アーキテクチャー検討会等を指す

*11:例としては、2017年に設立された産・学・市民社会の関係者による「人工知能プラットフォーム〜学習するシステム」 の活動活性化など

参考文献

執筆者

三治 信一朗

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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藤川 琢哉

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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