{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
2021-06-22
鼎談者
内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室 参事官補佐
加藤 博之氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
公共事業部 デジタルガバメント統括
林 泰弘
PwC税理士法人 公認会計士 税理士パートナー
国際税務サービスグループ
村上 高士
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
三島 明恵
※本文敬称略
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
(左から)林 泰弘、加藤 博之氏、三島 明恵、村上 高士
三島:現在、加藤さんは日本における「電子インボイス※1」の標準仕様の策定に取り組んでいらっしゃると伺っています。策定の基本的なコンセプトを教えてください。
加藤:「標準仕様を作る」というと、既存のやり方やルールを尊重せず、統一的に強制するという印象を持たれがちです。しかし、今回の電子インボイスの標準仕様の策定に向けた取り組みは、そうしたものとは異なります。
三島:具体的にはどのような点が異なるのでしょうか。
加藤:例えば、同一の業界内の電子データ交換(EDI:Electronic Data Interchange)ネットワークに接続する「売り手」と「買い手」の間に、効率的に電子インボイスをやり取りする仕組みやルールが整っているのであれば、無理に標準仕様にする必要はありません。既存のものを生かせばよいと思っています。
今回は、そういった仕組みやルールが十分整っていないケースでも、「売り手」と「買い手」がそれぞれのやり方やルールをできる限り維持し、電子インボイスを容易にやり取りできるよう、ネットワークも含めた標準仕様を用意するべく取り組んでいます。
三島:その標準仕様とは、国際的な標準規格「Peppol(Pan-European Public Procurement Online)」ですね。
村上:Peppolは欧州の仕組みであり、電子文書をネットワーク上で授受するためのものです。その中で電子インボイスは、欧州のVAT(Value Added Tax:付加価値税)制度に対応しています。ですから、この部分は日本の法令に対応させる作業が必要になりますよね。この点についてはいかがですか。
加藤:はい。まずは日本の法制度、とりわけ消費税制度のインボイスで求められる内容をサポートできるようにすることが第一歩です。ただし、日本のインボイスの仕組みは、欧州の制度と大差ありませんので、その調整はそれほど大がかりなものにならないと考えます。
林:なるほど。基本的には標準仕様の「Peppol BIS Billing 3.0」で対応できるということでしょうか。
加藤:「売り手」が「買い手」に対し、取引都度に提供する基本的な電子インボイスへの対応に、大きな支障はありません。ただし、日本の法令で許容されている全てのプロセスがサポートされているわけではありません。例えば、「仕入明細書の提供」や「税込みでの対価の額の記載」などはサポートされていません。
林:Peppol BIS Billing 3.0のみではサポートされていない項目があるのですね。今後、それらも全てサポートされるように調整していくのでしょうか。
加藤:現時点では、全ての項目をサポートしていくことは想定していません。現在の取り組みは、バックオフィス業務の効率化を目指すものです。したがって、デジタル化された実務を前提に、その目的を実現するために必要な項目に限定し、必要最小限の対応をしていくイメージです。
三島:そうなると、「何が必要最小限なのか」という判断が重要ですね。先ほどの「仕入明細書の提供」や「税込みでの対価の額の記載」といった点には対応するのでしょうか。
加藤:「仕入明細書の提供」は、仮にサポートされないとしても通常どおり電子インボイスを提供すればそれほど支障はありません。したがって、「必ずしもサポートする必要はない(のではないか)」との考え方もあります。しかし、せっかく仕入明細書を活用し、「請求レス取引」を効率的に行っているのに、電子インボイスに対応するためだけに「請求メッセージ」の仕組みを新たに設けることを求めるのが本当にベストなのかは、考慮すべきだと思います。
また、「税込みでの対価の額の記載」は、B to C取引の多くで用いられています。逆に言えば、インボイスが求められるB to B取引ではあまり用いられないということです。そのような用途のものに対応することが、果たして「生産性向上」や「効率化」につながるのかという点にも留意しなければなりません。
三島:
なるほど。「何が必要最小限なのか」の判断は、単に「現状、幅広く行われている実務である」という事実ではなく、サポートすることで「生産性向上が見込めるか」「効率化するか」といった観点が重視されるのですね。
加藤:もう一つ留意しなければならないのは、「必要最小限だと思っている項目の多くは、紙ベースのプロセスが前提になっている」ということです。電子インボイスはデジタルトランスフォーメーション(DX)促進の一環として捉えられることが多いですが、この場合のDXの本質は、「紙」をベースとした実務や人を介することが前提となっている実務からの脱却のための行動変容です。
この点は、すでに事業者の方にも認識が浸透し、さまざまな取り組みが行われています。ただ、留意しなければならないのは、その取り組みが単に「IT化」、つまり「ITの導入」にとどまっていないかということです。どんなに素晴らしいITを導入しても、それを活用するプロセスが「紙」を前提としたものとなっていれば、「アナログ」と「IT」が混在した複雑な実務となってしまい、かえって非効率を生むことになりかねません。そういった中途半端なデジタル化は避けなければなりません。
林:全てのプロセスを、「デジタル」を前提にして見直したうえで、何が必要最小限なのかを判断することが重要なのですね。
加藤:そのとおりです。現時点で「電子化」、または「デジタル化」されているプロセスであっても、それが必ずしも最適解ではないものもあると思っています。そういったものまでも今回の標準仕様の中で取り込んでいくことは、やや行き過ぎた対応となってしまうのではないかとの懸念があります。
内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室 参事官補佐 加藤 博之氏
「事業者間の請求等に関するプロセスのデジタル化が必ずしも十分ではなく、また、システム間でのデータ連携が円滑に実施されないことが、中小・小規模事業者をはじめとする事業者のバックオフィス業務や事務処理の負担となっている。
このため、インボイス制度に移行する令和5年(2023年)10月を見据え、会計・業務システム間でのデータ連携を実現することにより事業者の負担軽減と効率化を図る観点から、官民連携の下、グローバルな標準規格をベースに『電子インボイス』に関する標準仕様を策定する。」
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 公共事業部 デジタルガバメント統括 林 泰弘
村上:電子インボイスでサポートする項目について、もう少し詳しく聞かせてください。先に挙げられた「仕入明細書の提供」「税込みでの対価の額の記載」の他に、サポートを検討されている項目はありますか。例えば「月まとめの請求への対応」は、よく耳にする項目です。
加藤:「月まとめの請求」はさまざまなパターンがあり、それぞれの事業者でイメージしているものが異なるようです。そのため、整理に時間がかかっている印象です。ただし、「取引ごとに請求データを送り、さらに、月末にそれらをまとめて改めて請求データを送る」といった実務は、都度請求を基本とするPeppolの仕組みではサポートされていませんし、日本でもサポートする必要性はないと考えます。
村上:つまり、現在は同じ取引に対して2回請求しているケースがあるのですね。それは明らかに非効率です。
加藤:はい。そうした事業者に理由を伺ったところ、「取引相手が請求“書”を紛失することが多いため、改めてまとめて請求している」との回答が多くありました。
三島:請求する側としてみれば、取引相手が請求書を紛失していたら支払いは受けられませんから困ってしまいます。念押しをするためにも2回請求する意味はありますよね。
加藤:そうでしょうか。もう一度よく考えてください。請求は「電子データ」で行っています。それにもかかわらず、「請求“書”」という“紙”の紛失を危惧して、データを2度送っている。それは本当に必要なプロセスでしょうか。
三島:そういわれてみれば、そうですね。一見、効率的で意義があるようなプロセスに思えましたが、確かに「紙」と「電子データ」では前提が違います。
加藤:さらに、請求を受ける立場からは、「取引都度の請求に対応すると振込手数料がかさむので、月末に改めてまとめ請求してもらうようにしている」といった声が上がりました。
三島:それはよくわかります。しかし、合理的ではありませんね。そのケースは「請求」のタイミングと「振込」のタイミングをリンクさせなければよいだけです。つまり、「請求を受ける側で取引都度の請求分をまとめ、月末に振り込めばよい」ということですよね。既存の振込のプロセスを改めればよく、わざわざ月末にまとめて請求を受ける理由はありません。
加藤:そのとおりです。繰り返しになりますが、効率化の妨げになるプロセスまで「現状、幅広く行われている実務である」という理由のみで、サポートしていく必要性は乏しいのです。
村上:では、どのような「月まとめの請求」であれば、サポートの必要性があるのでしょうか。例えば、取引都度に請求することはせず、「一定期間の取引を月末で締めて、まとめて請求する」といった「月締め請求」についてはいかがでしょうか。
加藤:そもそも「まとめて請求する」ということは、基本的に「複数の商品などの取引を一度に請求する」と同じ対応です。テクニカルな話をすれば、Peppolでは1つの請求(Document level)において、複数の項目(Line level)を持つことが可能です。ですから、まとめて記載したい取引を、それぞれラインレベルで記載すれば対応可能です。
村上:請求データの中で、取引の詳細が含まれる納品書番号などを言及するといったような、取引の明細を全て記載しない方法はサポートされていないのですか。
加藤:必要な受発注や納品のデータなどの番号を、ドキュメントレベルやラインレベルで参照するということは可能だと思います。例えば、ラインレベルで参照するのであれば、取引内容を記載する欄(Item)にそれを記載することも考えられます。ただし、重要なことは「テクニカルにできる」ことではなく、「業務効率化のためにどのようなやり方を行うのが最適なのかを検討する」ことです。そのために必要な情報が適切に盛り込めるような仕組みとしていく必要があります。そういう意味では、請求データと納品書のデータのリンケージの仕方など、検討すべき要素は残っています。
村上:確かに、バックオフィスの生産性向上という目的であれば、電子インボイスをやり取りするだけでは不十分です。重要なのは、提供/受領した電子インボイスをどう処理できるか、会計などの後工程ときちんとデータを連携できるかですね。
内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室 参事官補佐 加藤 博之氏
三島:電子インボイスを処理するシステムの仕組みは統一されているのでしょうか。それが統一されていないのであれば、その状態でそこに連携させる電子インボイスの標準化は難しいのではないでしょうか。
加藤:そのとおりです。電子インボイスの仕様を標準化する意義は、その提供を受けた業務システムが負担なくそのデータを処理できることにあります。そうでなければ標準化する意味がありません。したがって、電子インボイスの標準仕様策定の取り組みでは、電子インボイスの処理やそのルールについて「最大公約数」を見つけ出すことから始める必要があり、その作業に時間がかかっているのが現状です。
林:さまざまな業務システムがある現状を踏まえれば、その「最大公約数」を見つけ出すのは至難の業ですね。
加藤:そうですね。現状、「最大公約数」以外の部分が提供されるサービスの「付加価値」となっているケースもあります。そういった部分をどこまで尊重するのか、非常に難しいところです。例えば、請求データに含まれていることが多い「振込先金融機関」の情報をイメージしてみてください。法令が求めるインボイスの記載事項ではありませんし、請求データに毎回含まれている必要もありません。ただ、請求処理を完全にデジタル化するのであれば、別に管理しているデータベースを毎回参照するより、1つの請求データの処理の中で完結する方が効率的かもしれません。
村上:請求処理が完全にデジタル化されたら、「人」にはどのような作業が求められるのでしょうか。少し話が脱線しますが、私は5年~10年後には「税理士」に求められる役割は大きく変化するのではないかと考えています。電子インボイスが活用され、その処理のデジタル化が進めば、現在、税理士が行っている業務の中にはAIなどに代替されていくものもあるのではないかと思っています。
加藤:そういう意見はよく聞きます。しかしながら、ITは万能ではありません。また、実装されているシステムが現行の法令やその変化に対応できているとも限りません。要すれば、最終的にはやはり「人」であり、税務の専門家である税理士の「確認」は必要だと思っています。ただ、おっしゃるとおり、その「確認」の対象が「申告書」や「帳簿」ではなく、それらを作成する「システムの仕様書」になるかもしれません。そういう意味では、クライアントは税理士に対して、税法の知識だけではなく、これまで以上にITの知識も求めるような時代になるのではないでしょうか。
村上:おっしゃるとおりです。すでに欧州のPwCメンバーファームの税務アドバイザーたちは、クライアントが基幹システムを刷新する際、システムのコード設定やコードマッピングの支援までを請け負っています。つまり、税理士は、自らが指摘した内容がきちんと実装されているかを確認するスキルだけでなく、そもそものシステムの仕様の知見も必要になっているのです。
加藤:そういう意味では、クライアントが導入しているシステムで、「どの部分が法令対応で、どの部分がベンダー独自の付加価値機能なのか」を見極められるスキルも重要ですね。税理士としての専門知識とクライアントが行っているビジネスに対する理解、そしてシステム導入時に手を動かせる知見を備えた人材であれば、10年後も引っ張りだこなはずです。
村上:税理士にも「行動変容」が求められるということですね。その観点からいえば、税務当局はどうでしょうか。事業者や税理士が「デジタル化」しても、税務当局もそれについていかないようであれば、結局、事業者にとっては「二度手間」になることもあると思われます。今度、機会があれば、世界の潮流も含め、お話を伺いたいと思います。
PwC税理士法人 公認会計士 税理士パートナー 国際税務サービスグループ 村上 高士
林:最後に、標準化された電子インボイスを活用し、バックオフィス業務の効率化を進めようとしている事業者に対して、一言お願いします。
加藤:そうですね。「まずはトライしてみる」ということでしょうか。今、私が取り組んでいる電子インボイスの仕様標準化の取り組みも、「請求が多様化している現状で標準化などできるわけない」という意見もあります。私自身も「100点はないなぁ」と思っています。ただ、「100点」はありませんが、先ほど申し上げた「最大公約数」により導き出される「最適解」はあると信じています。
厄介なのはその「最適解」も常に進化を求められるということです。数年後、もしかしたら数カ月か数日後には、今回の取り組みで導き出した「最適解」は「すでにイマイチ」と評価されることもあるかもしれません。そのときはそのときで、「製造者責任」を追及するのではなく、そのときの世の中に合ったものに作り変えればそれでよいと思っています。「朝令暮改」という言葉もありますが、常に「最適解」を求め、方針を改め、変化し続けることは「あり」だと思っています。
林:取りあえずやってみて、うまくいかなければ作り直す、そうやって少しでもよいものに進化させていくという発想が大事だということですね。
三島:日本の電子インボイスの標準仕様の策定に向けた取り組みの「現在地」と「目的地」、そして税理士の「未来」がよくわかりました。ありがとうございました。
(後編に続く)
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 三島 明恵
※1 電子インボイス(Electronic Invoicing):適格請求書等保存方式(インボイス制度)において、書類の適格請求書(インボイス)に代えて提供される「請求書等」の一つ。必要な記載事項は、書類のインボイスと同じ。電子帳簿保存法に準じた方法で保存することで、仕入税額控除の適用が可能。