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組織の変革を推進するリーダーの思考に迫り、ヘルスケアの未来をともに創り上げるためのNext agendaを深耕するLeader's insight。第9回は、全社を挙げて生成AIの活用にまい進する中外製薬 デジタルトランスフォーメーションユニットのメンバーをお迎えし、その取り組みの真髄に迫ります。(本文敬称略)
前編では中外製薬のDX戦略や生成AI活用を推進するタスクフォース「生成AI Center of Excellence(CoE)」の設立背景、「アウトカムドリブン」の考え方などについて伺いました。後編では現場にフォーカスを移し、900件を超えるユースケース提案の選定プロセスや、導入時の課題、さらにそれらを乗り越えるために採用した「大規模アジャイル」の運営手法について詳しく伺います。
中外製薬株式会社 デジタル戦略企画部 デジタル戦略グループ シニアマネジャー
石部 竜大氏
中外製薬株式会社 デジタルソリューション部 プラットフォームサービスグループ
佐藤 真澄氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
森田 崇裕
P wCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
前田 洋輔
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
(左から)森田 崇裕、石部 竜大氏、関沢 太郎氏、佐藤 真澄氏、前田 洋輔
中外製薬株式会社 デジタル戦略企画部 デジタル戦略グループ シニアマネジャー 石部 竜大氏
森田:
前編では生成AI活用のユースケースを社内募集したところ、900件超のアイデアが寄せられたと伺いました。これほど多くの提案があったということは、社員の皆さんが生成AIに期待をしている証左だと推察します。近年、PwCでは複数クライアントの生成AI導入を支援していますが、最初の「現場の方々に生成AIの可能性を理解し、受け入れてもらう」というハードルが高いと感じています。中外製薬はそのハードルをどのように克服されたのでしょうか。
石部:
CoEを設立したのは2024年初頭ですが、その5年ほど前からRPA(Robotic Process Automation)導入に取り組んでいました。この過程で各部門との信頼関係がある程度構築できていたことが大きく、だからこそ生成AI導入プロジェクトでもRPA導入プロジェクトと同様に、スムーズな協力体制を築くことができました。
佐藤:
私はRPA導入を担当していましたが、当初は「人間でも難しい作業がロボットにできるはずがない」といった懐疑や、「魔法のように何でもできる」といった過度な期待がありました。そうした声に真摯に耳を傾け、時間をかけて理解をしてもらった経験が、今回の生成AI導入にも活かされました。2023年に行った生成AIの基礎作りやガイドライン整備のおかげで、今回のCoE立ち上げとPoC検証も現場に抵抗なく受け入れられたと実感しています。
前田:
900件ものユースケース提案をどのように絞り込み、優先順位をつけていったのでしょうか。
石部:
900件は予想外でした。選定ではまず重複・類似案を整理して200件程度に絞り、次に各部門に優先順位をつけてもらいました。実は各部門には3件に絞るよう依頼したものの、最終的には70件が残りました。そのため全社DX戦略との整合性、想定インパクト、展開可能性を基準に選定をし直し、最終的に20件の優先ユースケースを選定しました。
佐藤:
これらのユースケースを分析すると、部門を超えた共通業務パターンが見えてきたのです。例えば契約書や報告書の作成など、複数の部門から文書作成に関するユースケースが寄せられたのですが、いずれも「生成AIに任せたい業務内容の本質」は同じでした。ですからその中から汎用性の高いユースケースを優先的に検証対象とし、一つのケースでの成功体験を他部門にも展開できるようにしました。
前田:
そうしてセグメントしたものをPoC検証したのですね。その際に直面した課題はありましたか。
石部:
プロジェクト開始当初、私たちが直面した根本的な課題は役割分担の不明確さでした。「誰が何を担当するのか」といった基本的な責任関係(RACI)が明確に定義されていなかったんです。そのため、少し目を離すと途端にプロジェクトが停滞するという状況が頻発していました。また、技術の進化が速すぎて私たち自身が追いつくのに精一杯だったことや、社内の複雑な組織構造の中で生成AI活用を推進する難しさもありました。
佐藤:
最初は全てが手探り状態でした。部門からの意欲的な要望に応えたいという気持ちはあったものの、生成AIの進化とともに部門からの要望も次々と変化するため、そのスピードに対応するのが困難でした。
石部:
当初は従来のウォーターフォール型でPoC検証を進めていましたが、多様な業務課題や部門ごとの期待に柔軟に応えるには限界があり、より俊敏で適応力のあるアプローチが必要だと判断しました。そうした状況でこれら複数の課題を解決するためにPwCから提案されたのが大規模アジャイル開発でした。
森田:
そうですね。私たちがご提案したのは、中外製薬の状況に最適化した「中央集権型」の推進スタイルでした。これは実行力を重視したアプローチです。将来的には、各部門が自律的に生成AIを活用し、施策を展開できる「分散型」のスタイルを目指していますが、まずは中央のCoEを核とした「中央集権型」から始めることが重要だと考えました。
佐藤さんがご指摘のとおり、生成AI技術は速いペースで進化しており、それに伴って実現したいことも日々変化しています。このような環境下で「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を具現化するには、従来型のウォーターフォール開発では対応が難しいと判断しました。そこで、柔軟性と迅速な対応が可能な「大規模アジャイル開発」をご提案したのです。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 森田 崇裕
中外製薬株式会社 デジタルソリューション部 プラットフォームサービスグループ 佐藤 真澄氏
前田:
PoC検証をアジャイル開発で実施するにあたり、どのような組織体制を構築されたのでしょうか。その仕組みについて詳しく教えていただけますか。
石部:
PwCのご支援の下、私たちは「3層構造のサイクル型フレームワーク」を導入しました(図参照)。これは、左側に示された「戦略サイクル(12週間)」、右側の大円で表された「プランニングインターバル(約1.5カ月)」、そして右下の小円にある「スクラム(1週間~2週間)」という3つの層で構成されています。PoC検証においては、この3層を連動させながら進めました。
最上位の戦略サイクル層では、経営環境の変化を踏まえ、「トップイニシアチブ」「生成AI技術変革」「戦略の変化」といった要素を反映し、全社的な注力ポイントを定めた上で、「アウトカム」や「戦略テーマ」を設定し、ユースケースの「ポートフォリオ」管理を実施します。
中間層となるプランニングインターバルでは、戦略テーマに基づいてPIプランニングを行い、「ARTシンク」「チームシンク」などのアジャイルイベントを通じて、チーム編成や具体的なユースケースの検討を進めます。ここでは、「イテレーションプランニング」「イテレーションレビュー」「インスペクト&アダプト」など、アジャイル開発の一連のプロセスが組み込まれています。
最下層のスクラムでは、実行部隊として「ユースケースワークストリーム」単位でチームを組成し、1週間~2週間の期間でタスクを進めます。「イテレーションレトロ」や「システムデモ」を通じた継続的な振り返りと改善によって、俊敏な対応と質の高い成果物の創出を目指しました。
この3層構造を通じて、戦略テーマから実行までを「アウトカム」を軸に一貫してつなげる体制を整備できました。各層が密に連携することで、戦略と現場の実行が乖離することなく、柔軟かつ迅速に軌道修正を行えるようになりました。
当初は約10チーム程度の構成を想定していましたが、すぐに全体を稼働させるのではなく、まず既存のガバナンスやユースケースを精査し、3~4チームからスタートしました。2周目には7チームへと拡大し、現在は3周目に入っています。この段階的なスケールアップによって、アジャイル運営のノウハウを蓄積しつつ、対応可能なユースケースの幅も着実に広がってきました。
佐藤:
この段階的な拡大を通じて、チーム全体としてもアジャイル開発の手法や3層サイクルの構造を理解し、実践できるようになってきました。ユースケースは全社戦略との整合性や期待インパクトを軸に10件を先行選定し、PoCを実施。現在は13件まで拡大し、そのうち11件で業務への生成AI適用の可能性を確認できています。
前田:
社員の皆さんの反応はいかがですか?
佐藤:
私たちの想定以上に良好でした。実際の現場からは、「コミュニケーションが活性化した」「ゴールが明確になった」「ユースケース間の依存関係が整理できた」「スピード感を持って取り組めた」といった前向きな声が多く寄せられています。
森田:
正直申し上げて、この3つの異なるサイクルを同時に運用するのはチャレンジングだと考えていましたが、ここまでのスピードで展開されているのは本当に素晴らしいと思います。実際に運用してみて、現場ではどのような気付きがありましたか?
石部:
3層のサイクル構造は、私たちの状況に非常に適していたと感じています。特に全チームが共通のリズムとタイミングで動くことで、チーム間の連携が格段に密になりました。私たちはこのスピード感と一体感を「密度」と呼んでいるのですが、この「密度」によって、情報共有や進捗管理のズレが大幅に減り、全体最適に向けた動きが加速しました。
森田:
2週間ごとのレトロスペクティブ(振り返り)で進捗を確認し、改善点を次のサイクルに取り入れることで、連携の「密度」がさらに高まったということですね。
石部:
はい。その結果、大規模なプロジェクトでも足並みを揃えて進められるようになりました。全体の動きを調整しながらフィードバックを循環させていくことで、プロジェクト全体の成果につながったと実感しています。
もう一つの大きな気付きは問題解決力の向上です。課題を細かく分解することで、「誰に相談すべきか」「何を優先すべきか」が明確になり、部門とのコミュニケーションもスムーズになりました。部門の方々からは「自分たちの希望が全て実現するのではないか」と期待されることもありますが、私たちはMVP(Minimum Viable Product)の考え方に基づき、小さな成功体験を積み重ねていくスタイルです。ですから最初に「全ての要望を一度に叶えることはできない」と明確にお伝えし、「では、何から始めるか」を対話しながら共に決めていく。このような進め方が、前向きな協業姿勢の醸成につながっていると感じています。
前田:
大規模アジャイルの導入は、組織内のコミュニケーションのあり方にも変化をもたらしたようですね。
佐藤:
はい。以前は、部門が「お客様」としてデジタル部門に依頼するという関係性でした。しかしアジャイル導入後は、対等なパートナーとして“共創”する文化が少しずつ根付いてきました。互いの役割を尊重し合うことで距離が縮まり、目指すゴールの共有もスムーズになりました。
また、プロジェクト全体の構造が可視化されたことで、進捗状況や全体像を関係者全員で共有できるようになりました。「なぜこの取り組みが重要なのか」「どのように会社の戦略に貢献しているのか」といった背景への理解も深まり、プロジェクトへの納得感や意義の実感が広がってきたと思います。
こうした積み重ねによって、大規模アジャイルの開発手法も徐々に定着してきました。まだまだ運営の負荷は小さくありませんが、今後も継続的に改善を重ねながら、この仕組みをより良いものにしていきたいと考えています。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 前田 洋輔
前田:
最後に、お2人が描くCoEの未来像をお聞かせください。
佐藤:
最初に900件ものアイデアが集まったように、現在も部門から多くの要望が寄せられています。今後は、アウトカム(成果)を強く意識した取り組みと、成功体験の横展開という2つの軸で推進していきたいと考えています。
そのためには、PoC検証をビジネスアウトカムと明確に紐づけ、CoEの活動成果を定量的に可視化することが重要です。また、先行ユースケースで得られたプロンプトナレッジを他の優先ユースケースに展開し、全体の効果を拡大していくことも計画しています。
具体的には、ユースケース担当者とのワークショップを実施し、学びの共有を通じて、現場の担当者が自らPoC検証に取り組める体制づくりを進めています。
前田:
石部さんはいかがでしょうか?
石部:
私たちの目指す方向性ははっきりしています。「TOP I 2030」で掲げた「R&Dアウトプットの倍増実現」と「上市期間の短縮」です。
この成果指標にインパクトを与えるユースケースを選定し、部分最適にとどまらず、全社的な価値創出を目指していきます。そのためには、現在分散しているさまざまなリソースを集約し、期間短縮や新薬候補の創出に向けた取り組みにつなげていく必要があります。
大規模アジャイルの枠組みでワンストップでの流れをつくりあげることが求められます。DX部門内では既に一定の進展がみられますが、次のチャレンジは、全社を巻き込んだ1000人規模の取り組みへと拡大することです。
そこで重要になるのが、例えば「どの製品開発が何カ月短縮されたのか」「何件の新薬候補が増えたのか」といった成果を迅速かつ明確に可視化・実証することです。これが、次のステージに向けた鍵になると考えています。
森田:
まさに医薬品開発のパラダイムシフトを目指されているのですね。この取り組みは「技術導入」の枠を超え「ビジネス変革」そのものだと感じます。石部さんが言及された「全部門を巻き込み1,000人規模の取り組みへと拡大する」という次のステージでは、どのような可能性や成長機会が広がるとお考えですか。
石部:
最終的には、生成AI CoEが常に主導しなくても、各部門が自律的に生成AIを活用できる状態を整えることが目標です。私たち自身はいずれ表舞台から退き、これまでに築いてきた基盤の上で、部門が自ら活用・発展させていく。そんな未来が理想です。そうなれば、生成AIはもはや特別な技術ではなく、業務プロセスに自然と組み込まれる存在になっているでしょう。私たちは、そのような未来の実現を目指しています。
前田:
本日は貴重なお話をありがとうございました。
(左から)森田 崇裕、石部 竜大氏、佐藤 真澄氏、前田 洋輔
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