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組織の変革を推進するリーダーの思考に迫り、ヘルスケアの未来をともに創り上げるためのnext agendaを深耕するLeader's insight。第9回は、全社を挙げて生成AIの活用にまい進する中外製薬 デジタルトランスフォーメーションユニットのメンバーをお迎えし、その取り組みの真髄を伺います。(本文敬称略)
中外製薬は、一般的に生成AIが注目される以前から、その業務活用に向けた準備を着実に進めてきました。2024年初頭には「生成AI Center of Excellence(CoE)」を設立し、現場からの900件を超えるユースケース提案を取りまとめています。前編ではDX戦略の全体像から生成AI推進体制の構築、さらに「アウトカムドリブン」による戦略目標と現場ニーズの両立についても伺いました。
中外製薬株式会社 デジタル戦略企画部 デジタル戦略グループ グループマネジャー
関沢 太郎氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
森田 崇裕
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
前田 洋輔
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
(左から)森田 崇裕、石部 竜大氏、関沢 太郎氏、佐藤 真澄氏、前田 洋輔
前田:
中外製薬は、製薬業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)のトップランナーとして、先進的な取り組みをされています。最初に中外製薬のDX戦略について教えていただけますか。
関沢:
中外製薬では、2021年に2030年を見据えた成長戦略「TOP I 2030」を策定・発表しました。その中で掲げているのが「世界最高水準の創薬の実現」と「先進的な事業モデルの構築」の2本柱です。これらを推進するKey driverの1つとして位置付けているのがDXであり、「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」としてDXを体系化し、幅広い領域で推進しています。
前田:
いつ頃からDX推進に取り組まれていたのでしょうか。
関沢:
経済産業省が「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」を発表した2018年当時、中外製薬のDXはまだ本格的とは言えず、製薬業界内でも後れを取っていました。大きく状況が変わったのは、2019年10月に全社のDXをリードする初の専任組織(現、デジタルトランスフォーメーションユニット)が立ち上がってからです。
ご存じのとおり、製薬業界は「開発期間が長い」「成功確率が低い」「多額の投資が必要」という3つの構造的な課題があります。これらに対し、人工知能(AI)をはじめとするデジタル技術でアプローチできるのではないかという考えの下、全社的にデジタル活用を本格化させました。
この専任組織が中心となってDXを社内に根付かせていく中で、まず私たちが重視したのが「スピード感」です。製薬業界は一般的に慎重な判断を尊重する傾向がありますが、デジタルについては「まずやってみる・動いてみる」という考え方の定着を進めてきました。
森田:
私たちPwCが生成AI導入の支援を始めた当初から、現場の皆さんが何事にも迅速に動いていらっしゃるのが強く印象に残っています。そうした行動の背景にはどのような考え方があるのでしょうか。
関沢:
近年、中外製薬には「掲げたVisionを実現するための環境を作り上げて挑戦する・やりぬく」という企業文化が根付いています。
例えば対話型生成AIが登場した2022年末の段階で、私たちは「これは業務に活用できる」と判断し、2023年初頭には全社での導入検討を開始しました。試行錯誤も多くありましたが、「全社員が生成AIを業務に活用する」と高い目標を掲げたことで、組織全体が一気に動き始めました。その際には、デジタルトランスフォーメーションユニットが旗振り役となり、「生成AIを日常的に使ってみる」という認識を浸透させていきました。
森田:
なるほど。自らを追い込むことで、組織全体の実行力を引き出す戦略ですね。
関沢:
これは決して精神論ではなく、実際に成果を生み出すための実践的なアプローチです。新技術に対して完璧な準備が整うのを待ってから動くのではなく、まず始めてみて、評価して、そこから改善・改良を進めていく。そのマインドセットと文化こそが、中外製薬におけるDX推進の大きな原動力になっていると思います。
前田:
次に、生成AI活用の取り組みについて伺います。2023年初頭に対話型生成AIの全社導入検討を開始し、2024年初頭には生成AI活用を推進するタスクフォース「生成AI Center of Excellence(以下、CoE)」を立ち上げられましたね。このCoEを設立された背景について教えてください。
関沢:
CoE設立以前は、生成AI活用推進はプロジェクトという形で実施をしており、社員が安心して生成AIを使えるよう「基盤」と「土壌」の整備に優先して取り組みました。具体的には、インフラの整備とガイドライン整備です。
はじめに、私たちは「二段階のアプローチ」を取りました。まずは生成AI活用における最低限のリスクを特定し、その対応方針を明確にしました。次に、その前提の下で、社員が実際に使える環境を着実に整備しました。リスクを認識しながらも前に進むという姿勢を貫いたことで、後の展開に向けた確かな基盤を構築できたと考えています。
もう1つ、これまでのDX推進の成果もあり、社内には新技術を受け入れる素地がありました。特に研究本部や臨床開発、CMC部門には新技術に対して感度の高い社員も多く、彼らが自発的に生成AIを業務に取り入れ始める動きも見られました。
森田:
なるほど。これまでのDX推進によって、CoE設立前にも生成AIを活用する“下地”が社内にはあったのですね。
関沢:
はい。ただ、生成AI活用の価値の認識は高まりつつあったものの、組織全体への波及は限定的でした。こうした状況を踏まえ、生成AIを会社全体のトランスフォーメーションの基盤と位置付けるために、それを統括する体制としてCoEの設立に至ったのです。
前田:
現在、CoEはどのような役割を担っているのでしょうか。
関沢:
CoEは生成AIの全社導入と定着に向けて以下の4項目に取り組んでいます。
また、社内専用の生成AI活用ツール「Chugai AI Assistant」を構築した後に、生成AI CoE立ち上げとともに、各ビジネス部門を対象に生成AI活用のアイデアを募集したところ、900件を超えるユースケースの提案が寄せられました。こうした現場からのボトムアップの動きは、全社展開を強力に後押ししています。
中外製薬株式会社 デジタル戦略企画部 デジタル戦略グループ グループマネジャー 関沢 太郎氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 森田 崇裕
森田:
900件以上のユースケースが集まるのは非常に珍しいことです。現場の皆さんが、日々の業務課題に対して前向きに改善しようという意識をお持ちであることの表れですね。
ただ、現場から寄せられた業務課題だけを解決していくアプローチと、「TOP I 2030」で掲げている「世界最高水準の創薬の実現」や「先進的事業モデルの構築」という戦略目標の間には、ギャップがあるように思います。このギャップを埋めるには、戦略目標をアウトカム(成果)として捉え、そこから逆算してユースケースを設計する「アウトカムドリブン」の視点も重要ではないでしょうか。
関沢:
ご指摘のとおりです。私たちは両方のアプローチが不可欠だと考えています。現場のニーズから生まれたユースケースは実用性が高く、業務改善につながりやすいと思います。一方で、「TOP I 2030」の実現には、より戦略的な視点も必要です。
前田:
中外製薬では現場ニーズに基づくボトムアップと戦略目標に基づくトップダウンの両輪でAI活用に取り組んでいるのですね。具体的にどのようなアプローチで取り組んでいるのですか。
関沢:
アウトカムドリブンなユースケースの計画では、3ステップで検討を進めています。最初はアウトカムを具体的な成果指標に分解します。次にその達成に向けて、クリティカルパス上の課題を設定します。最後に注力すべき業務領域と、それに対応するソリューション領域を明確にします。このプロセスを通じて、戦略的に意義のあるユースケースを設計しています。
森田:
一方、アウトカムドリブンでユースケースを設計すると、現場のニーズが置き去りにされ、“押しつけ”と捉えられて、現場に定着しないリスクもあると推察します。その点、CoEではどのような工夫をされていますか。
関沢:
その点は重要だと思います。どれだけ優れたユースケースを企画しても、現場で実際に使われなければ、最終的なアウトカムにはつながりません。そこでアウトカムと各部門の課題が交差する業務を選定し、現場と密に連携しながら、実行可能で実際の成果につながるユースケースを一緒に形にしていくというやり方をとっています。このプロセスこそが生成AIを「使えるもの」として根付かせる“鍵”だと考えています。
前田:
次に「R&Dアウトプットの倍増」について伺います。中外製薬では「TOP I 2030」の実現に向けた重要施策として、この目標を掲げられていますね。またDXと並行して、「RED SHIFT(※)」というキーワードのもと、研究開発領域に特化した取り組みも推進していると伺っています。DXとRED SHIFTはR&Dアウトプットの倍増達成にどのような役割を担うのでしょうか。その中で生成AIはどのように貢献できると考えていますか。
※RED SHIFT: REDはResearch(研究)と Early Development(早期開発)の総称。研究、早期臨床開発、製薬機能のうち早期開発にかかわる部分を含めたRED機能に経営資源を集中させ、投資を拡大することにより、価値創造の源泉である創薬からPoC取得までのトランスレーショナルリサーチ力を強化し、R&Dアウトプットの向上を図る。
https://www.chugai-pharm.co.jp/news/detail/20211022170000_1154.html
関沢:
非常に難しいテーマですが、生成AIは「魔法の杖」ではなく、R&Dアウトプットの倍増は一つの施策だけでは実現できません。プロジェクト数の増加、組織・人材のケイパビリティ向上、各プロジェクトの質の向上など、複合的な要素で初めて「倍増」が実現されると考えています。製薬業界のR&Dは仮説を立てて検証し、その結果をもとに次のステップへ進むという“試行錯誤の連続”です。その中で生成AIがどのように価値を発揮できるのかは、私たち自身も模索している段階です。
前田:
デジタル部門と研究・臨床の現場が「共創」しながら議論を重ねていく、まさにそうした取り組みが求められる領域ですね。共創を進める上で、どのような点に留意していますか。
関沢:
これまでのIT導入やデジタル化では、「コスト削減額」や「業務時間短縮」などの「アウトプット」重視の評価が中心でした。しかし、そうした指標だけを追い求めると、視野が狭くなり、目の前の業務効率化にとどまってしまいます。そこで私たちは、「アウトプット」に加えて「アウトカム」も重視するようにしました。つまり、業務改善の先にどの程度、我々のビジネスに対してのインパクトが生まれたかという視点です。
前田:
最後に、今後の生成AI活用の取り組みについて教えてください。
関沢:
私たちは今、「点から線、線から面へ」というアプローチを取っています。単一の業務改善にとどまらず、それが部門を超えて波及し、組織全体にどのような変化をもたらすのか。こうしたアウトカムを束ねて可視化する視点が、これからますます重要になると考えています。
また、生成AIは実際の業務に適用してこそ成果が得られますから、導入後の効果も含めてモニタリングし、活動成果を可視化できる仕組みづくりを進めています。
森田:
私たちがさまざまな企業を支援する中で、生成AI活用推進に重要だと感じる点が2つあります。一つは「手触り感」です。生成AIは比較的試しやすい技術だからこそ、まずは触れて、その“手触り”を各人が感じことです。もう一つは「選択と集中」です。限られたリソースの中で狙うアウトカムを明確にすることが重要だと考えます。中外製薬は早い段階からこの2点を意識し、生成AI活用に取り組まれていますね。
関沢:
ありがとうございます。今、生成AIはガートナーのハイプサイクルで言うところの“「過度な期待」のピーク期”を過ぎて“幻滅期”に入ったと感じています。技術の限界や実効性を見極めながら、何が本当にできるのかを冷静に評価するフェーズです。私たちが目指しているのは、「生成AIを使っていると意識せず、自然に業務に溶け込んでいる状態」です。社員が特別な意識を持たずに活用し、それが当たり前になることが理想です。
「選択と集中」の観点では、全ての業務に均等にAIを適用するのではなく、特に大きなアウトカムが見込める領域を見極め、そこに高度な設計やリソースを集中投入する「2段構え」のアプローチを今後も続けていきます。このバランス感覚こそが、持続的な生成AI活用の鍵になると考えています。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 前田 洋輔
(左から)森田、関沢氏、前田
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