英国のEU離脱(ブレグジット)対談 第5回:2020新春ブレグジット予測‐将来関係に関する交渉と日本企業の動向

2020-01-20

対談者

PwC Japanグループ スペシャルアドバイザー
慶應義塾大学教授 (Jean Monnet Chair ad personam)ジャン・モネEU研究センター所長
庄司 克宏(写真左)

PwC Japanグループ ブレグジット・アドバイザリー・チーム
PwC Japan合同会社 ディレクター
舟引 勇(写真右)

2020年が始まりました。2019年末に英国ジョンソン首相率いる保守党が総選挙において過半数の議席を得て圧勝したことにより、本年はいよいよ英国のEU離脱(Brexit・ブレグジット)が実現されます。今回の対談では、PwC JapanグループスペシャルアドバイザーでありEUの法と政策が専門の慶應義塾大学の庄司克宏教授と、PwC Japanグループ ブレグジット・アドバイザリー・チームの舟引勇が、2020年のBrexitと英EU間の将来関係に関する交渉の行方、そして日本企業の動向について語ります。

英国のEU離脱とその後の将来関係に関する交渉について

舟引:

英国総選挙では与党である保守党が大勝しました。これにより1月31日の英国のEU離脱は確実になるのでしょうか。

庄司:

そうですね、1月31日にほぼ確実に離脱するでしょう。

舟引:

離脱後は、経過措置として「移行期間」に入るわけですが、移行期間中は、英国にもEUの法令が継続して適用され、英国がEUの政策決定に参加しないことを除いては、現状維持で何も変わることはない期間ということですよね。移行期間は2020年12月末までの予定ですので、実際の離脱までの準備期間は約11カ月です。この約11カ月間で英EU間の通商を含む将来関係に関する協定の交渉は、どのように進んでいくのでしょうか。

庄司:

まずEU側の状況ですが、既に交渉体制が決まっています。「英国との関係に関するタスクフォース(UKTF)」という欧州委員会委員長の直属チームが交渉を担当し、トップは離脱交渉も務めたミシェル・バルニエ氏です。今後のアクションとしては、欧州委員会が対英交渉のためのポリティカルガイドライン(政治指針)のドラフトを作成して、欧州理事会で首脳陣の承認をもらい、2月1日からすぐに交渉を始める準備を進めています。交渉のラウンドも全部決まっています。

英国側では、総選挙後の内閣改造は必要最小限にとどめられたので、主要なメンバーはほとんど変わっていません。EUを離脱した後に、大規模な内閣改造が行われる見通しです。

舟引:

通商交渉はスムーズに進むのでしょうか。

庄司:

EUは、英国のメイ前首相の時に、単一市場と関税同盟から英国が出るのに際し、EUがカナダと合意した「包括的経済貿易協定(CETA)」と同程度の通商協定を提案しました。ジョンソン首相はCETAをベースとした協定の締結を希望していますので、その点では問題ないと思います。

舟引:

では、通商分野の交渉の争点はどの辺りになるのでしょう。

庄司:

通商交渉の中心は物品貿易の関税、税関手続き、原産地規則などが中心となるでしょう。サービス貿易に関しては、単一免許(単一パスポート制度)は英国には適用されないと決まっており、後は同等性評価などの問題がありますが、ほぼ争点はありません。

争点となるとしたら、レベル・プレイング・フィールド(同一競争条件)をどうするか、ということでしょうか。つまり、英国が規制を撤廃し、どんどん製品を安く作って輸出量を増やされてはEU加盟国が困ります。そのため、EUは英国に対して、EUとの間で関税ゼロの貿易協定を結ぶことと引き換えに、労働、環境、国家援助規制、競争、税制などでEUと同レベルの水準の保護を要求しています。そこについては、もしかしたらもめるかもしれません。

舟引:

英国は、より開かれた自由競争環境を整備するために、労働や環境の基準を引き下げるなど、EUよりも規制緩和された、企業にとって魅力的な市場環境にしたいのだと思いますが、EU側からしたらそれをやられると困るわけですね。その分、相対的にEUの貿易取引が減ってしまうリスクが高くなりますから。

庄司:

EUは、同一競争条件にしないのであれば、その分、関税を上げると主張すると思われます。

合意なき離脱の可能性はまだ残っているか

舟引:

英EU間で合意した離脱協定案では、2020年12月末までとされている移行期間は延長できるような取り決めになっています。移行期間を延長するか否かの意思決定は、いつなされるのでしょうか。

庄司:

離脱協定案の規定上、2020年6月末までに決めないといけないですね。交渉期間が短く、協定の批准・発効までは時間がないかもしれないので、事実上の延期はあり得ます。

舟引:

2020年6月がBrexitの行方を見る上でのポイントになりそうですね。延長されるとしたら、どのくらい延びると思われますか。

庄司:

私は、英国は延長しないと思っています。昨年10月のEUとの離脱協定案協議の時と同じアプローチで来るかもしれません。つまり「2019年10月末に絶対に離脱する」とジョンソン首相は宣言したのですが、その時にEUとの離脱協定案の再交渉について、焦点を「アイルランド/北アイルランドに関する議定書」(以下、北アイルランド議定書)に絞ったのですよ。移行期間内で経済パートナーシップ、安全保障パートナーシップなど全てを交渉するのは無理なので、今回も交渉の焦点を絞ってくると思います。ビジネスにとって緊急の問題、つまり関税や物品貿易の問題だけを先に片づけようとするでしょう。その分野はEUの主要機関の権限事項なので、加盟国議会の批准は必要ありません。しかし、例えば、投資紛争解決手続きはEU加盟各国の議会による批准が必要で時間がかかりますので、日EU経済連携協定(EPA)の時のように交渉から当面外すかもしれません。

舟引:

ずばりお聞きしたいのですが、移行期間後に英国が「合意なき離脱」をする可能性はまだありますか?

庄司:

通商協定の合意がないまま、移行期間が終了する離脱ですね。双方にとってメリットはありませんので、可能性は低いと思いますが、全くないとは言えないですね。

舟引:

依然として可能性は残るということですね。2020年末までの約11カ月間という限られた期間内で、少なくとも通商協定を結んで批准・発効まで持って行くために、双方とも交渉を加速して進めていくでしょうね。通常は通商協定の締結には少なくとも数年かかると言われていますが、1年弱でも達成可能なのでしょうか?

庄司:

EUとの通商分野に関してはカナダと合意したCETAというモデルが既にあり、ベースにできますので、不可能ではないですね。ジョンソン首相の政権基盤が安定しているので、後から保守党の離脱強硬派や野党から反対されて振り出しに戻ることもないと思います。

日本企業への影響と今後の動向について

舟引:

企業の目線から見ますと、やっと英国が1月末で離脱することが明確になり、いつ何をするべきか、戦略が立てやすくなったと思います。

庄司:

以前から自動車業界、金融業界をはじめとして製造業分野に至るまで日系企業が英国から大陸に移転したり撤退したり、といったニュースがありますよね。もし英国とEUが自由貿易協定(FTA)を結んでも、物品規制ルールが違ってくると、原産地規則も適用されるため、税関でのチェックは必要となります。今後は新規設備投資を取り止めるとか、工場を英国からEU側へ移転するとか、製造業でもそのような企業がもっと出てくるのではないでしょうか。

舟引:

まさにその可能性があります。不確実性は依然として残っているものの、昨年よりは明確になってきたので、これまで静観していた企業も、攻めと守りの施策を実行に移していくと思われます。守りを固めるための組織再編をきちんとしていくことや、今後の欧州事業の在り方を考慮して、ベストな組織体制に構築し直すのによいタイミングだと思います。

庄司:

企業にとっては、サプライチェーンに悪影響があると大変ですからね。

舟引:

組織再編や撤退といったグループ最適化のための経営判断をする守りの企業もあれば、これを機に積極的に英国からグローバルに展開したり、M&Aを仕掛けたりといった企業も出てくるのではないでしょうか。EUの法令が適用される移行期間は2020年12月末までの予定ですが、この間にEUクロスボーダーマージャー制度を活用して、英国とEUをまたいだ組織再編の対応ニーズが高まりそうです。

庄司:

また別の視点にはなりますが、英EU間で合意した離脱協定案によって北アイルランドが事実上の経済特区になりますので、英国の日系企業が進出し、アイルランドの陸地国境経由でEUに輸出すれば、現在と同じ条件でビジネスを継続できます。北アイルランド議定書の修正によって国境問題は解決したので、紛争が再発するリスクも抑えられました。さらに、北アイルランドは事実上、EUの単一市場と関税同盟に残りますが、法的には英国の関税領域なので、仮に米国による制裁関税が発動されても、北アイルランドは逃れられる可能性が高いと思われます。

舟引:

北アイルランドのビジネス拠点としての魅力がどこまで高まるか注目ですね。北アイルランドの中心都市ベルファストとロンドン間の行き来は日常的にありますし、あとは英語という言語環境、制度環境、ロンドンと比較すると相対的に安い労働力などを踏まえると、ビジネス拠点候補の一つとして考えられるかもしれません。

舟引:

一方で、EUの規制にあまり影響を受けない業界、物の動きがないような業界は、ここぞというタイミングで英国、そして首都であるロンドンに投資していますね。これからは守りだけではなく、買収という手段も含めて、あえて打って出るようなグローバル企業も出てくるのではないでしょうか。特に金融系のグローバル企業、あとはテレコム、テクノロジーなど工場を持たないような企業は、身動きをとりやすいですから。ロンドンには情報が集まっているので、グローバル拠点として選択している日系企業は既に何社かありますね。

庄司:

基本的に、英国と欧州大陸側との2拠点になるのでしょうか。

舟引:

今後の欧州市場の行方を見据えて、拠点が欧州の大陸側だろうと英国側であろうと、業種にもよりますが、各企業の個別事情に応じて最適化されていくのではないでしょうか。そのような中では、機能を分けて英国・EUの両方に拠点を持つような、「2wayアプローチ」という考え方も一つかと思います。

いずれにせよ2020年は、これまでよりも状況がクリアになってきました。通商交渉の行方、そして6月末に移行期間延長の判断期限を迎えますから、それまでに移行期間が2020年12月末以降に実際に延長されるかどうかも見据えながら、攻め・守り両面から経営の実行に取り組みたいですね。

以上

※PwC Japanグループは、日本におけるPwCグローバルネットワークのメンバーファームおよびそれらの関連会社の総称です。各法人は独立して事業を行い、相互に連携をとりながら、監査およびアシュアランス、コンサルティング、ディールアドバイザリー、税務、法務のサービスをクライアントに提供しています。

主要メンバー

舟引 勇

ディレクター, PwC Japan合同会社

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