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英国のEU離脱(ブレグジット)対談 第7回:ブレグジット合意内容振り返りと今後の欧州動向予測

2021-03-09

対談者

庄司 克宏

庄司 克宏

PwC Japanグループ※1 スペシャルアドバイザー
慶應義塾大学教授 (Jean Monnet Chair ad personam)ジャン・モネEU研究センター所長

舟引 勇

舟引 勇

PwC Japanグループ ブレグジット・アドバイザリー・チーム
PwC Japan合同会社 ディレクター

約4年にわたった長い交渉の末、2020年1月31日、英国は正式にEUから離脱しました。しかし、離脱後の英EU関係を取り決める必要があり、2月1日から年末まで移行期間が設定されました。実際の交渉開始は3月2日、合意の公表が12月24日と、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大下にもかかわらず交渉期間はわずか11カ月というスピード交渉でした。合意文書は「貿易・協力協定」(TCA:EU-UK Trade and Cooperation Agreement)と呼ばれ、その中に自由貿易協定(FTA)も含まれます。今回の対談では、PwC JapanグループのスペシャルアドバイザーでありEUの法と政策が専門の慶應義塾大学の庄司克宏教授と、PwC Japanグループの舟引勇が、ブレグジットの振り返りおよび今後の欧州動向について語ります。

ブレグジットの結果の振り返り

1. 英EUの合意内容はどのようなものになったか

舟引:

結局、2020年末の移行期間終了の1週間前に合意が発表され、「通商協定なき離脱」は避けることができました。FTAにおいては国境で一連の手続きが必要ですが、輸出入品への関税や量的制限はないという内容でしたね。

庄司:

そうですね。最終的には、「関税ゼロ、数量割当ゼロ」のFTA、法執行・刑事司法協力、ガバナンスすなわち共通制度枠組み紛争解決手続の3つの柱から成り立つTCAに合意しました。 ただし、まだEUにおける批准プロセスが完了していないため、暫定適用の状態です。適用期間は2月28日まででしたが、先日EUからの申し出により、4月30日に延期されました。それまでに欧州議会が批准した時点で正式発効となります。

図1: 貿易・協力協定(TCA)主要3本柱

舟引:

EU側は国が多いので、批准にも時間がかかりますね。交渉の争点についてはどのような扱いとなったのでしょうか。

庄司:

EU側は単一市場の一体性、経済的合理性、対して英国側は主権回復、EU法の支配から逃れるとする政治的合理性を主張してきました。争点となっていた公平競争条件、漁業、制度枠組みと紛争メカニズムについては、形のうえでは英国の主張が達成されています。

舟引:

FTAでは、英EUは「カナダ型FTA」の締結を目指していたと認識しています。

庄司:

そうですね。日EU経済連携協定(日欧EPA)も参考にされていますが、基本的にはカナダ型+αと言っていいでしょう。物品、サービス貿易は、EUの主張どおり関税ゼロ、数量割当ゼロになりましたので、EU側としては満足のいく内容だったと思います。全体的に見ると、経済的合理性と政治的合理性の綱引きでバランスのとれた交渉結果となりました。

舟引:

英国の主張してきた主権の奪還という点は達成できたわけですが、これから英国は経済的には難しい状況になりそうですね。

2. TCAにおける今後の論点

庄司:

今後の英EU関係について説明しますと、TCA、北アイルランド議定書を含む離脱協定、そしてEU単独措置の3通りが存在し(図2参照)、その中心になるのがTCAです。TCAは必要最低限でこれから補充協定を追加していくことができ、将来設計を伴っています。今後は、英EU閣僚級代表によるパートナーシップ理事会という共通機関がTCAと補充協定の改正権限を持つことになり、定期会合が開催されます。理事会の下に貿易などいくつかの専門委員会があり、理事会を補佐します。TCAには5年ごとに定期レビューを行う条文が入っており、次は2025年で、ここで大幅な改定を行う可能性もあります。

図2: ブレグジット後の英EU関係

舟引:

企業の立場として気になるのは、金融サービス同等性が、TCAに含まれておらず、これから決定されることです。
金融サービスのパスポート制度(EUの単一免許制度)はEU離脱によって使用できなくなるため、英国の金融機関はすでにEU側に拠点を設立、または資産や人員を一部移動するなどして対応してきました。パスポート制度は全ての金融サービスに一括で適用されるものですが、同等性は投資、保険など個別サービスに適用され、同等性が認定されたサービスは英国からもサービス提供可能になる制度です。金融サービスにとっては非常に重要な点ですが、いつ頃決まるのでしょうか。

庄司:

金融サービス同等性については、EUが英国の規制を同等でないと判断したら、一方的に撤回可能です。そのため英国側は了解覚書を交わすことによって、一方的な撤回をけん制しようとしています。英国は2021年3月までにこの覚書への合意を目指していますが、これは同等性決定がされる締め切りではないことに注意が必要です。楽観的なシナリオでは、このタイミングあたりに覚書が合意され、金融サービスの同等性決定が一定の分野で出てくるのではないでしょうか。しかし、あくまでEU側の判断によるので、予断を許しません。

舟引:

また、個人情報データの十分性もTCAには含まれていませんでしたが、先日、EUは英国にEUの一般データ保護規則(GDPR)の十分性認定を与える方針であると発表しましたね。

庄司:

日本は日欧EPA締結のタイミングでEUから十分性決定を認められましたし、英国もつい最近までEU加盟国でしたから基本的には問題ないと認められたようです。今回の決定により、4年間は英EU間でのデータのやり取りが認められることになります。

舟引:

2021年前半の注目点は、EUによる金融サービスの同等性の判断ですね。企業にとっては影響が大きいため、注視が必要です。

今後の英EU関係

舟引:

英国が目指していた「グローバルブリテン」は、世界各国との連携で経済成長や影響力拡大を図るという政策ですね。

庄司:

まず、独自の貿易政策の展開ですが、EU貿易締結国との貿易協定の付け替えについては、日本、韓国、スイスなど重要な60カ国について、すでに2021年1月1日から発効しています。また、FTAなしで貿易する国に適用される「UK グローバルタリフ(2020年5月19日公表)」については、 英国への輸入が関税ゼロとなる対WTO最恵国待遇諸国が 51.5%から70.3%へ増加しました。貿易の自由化を狙っていることがよく分かります。

舟引:

英国は最近、TPP11協定(CPTPP、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)への参加も正式に申請しました。
さらに2021年は主要7カ国首脳会議(G7)と第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)という英国が議長国を務める大きなイベントがありますね。英国のリーダーシップ発揮や、米国バイデン政権との協調にはよい機会ですね。

庄司:

6月半ばに対面でのG7サミット開催が予定されており、特徴としてはD10(民主主義10カ国)という枠組みで先進7カ国に加えて韓国、オーストラリア、インドがゲスト国として招待されることになっています。英国はアジア太平洋地域への影響力強化を狙っていますので、成功させたいでしょうね。
また、2021年のG20の議長国はイタリアなので、G7で民主主義諸国の結束を強め、G20 の基礎固めへと連携できるため、英国の役割はEUにとっても重要です。実は、EUの代表(主としてコミッション委員長)も、G7、G20、COP26に参加するので、英国もEUを無視するわけにはいきません。

舟引:

気候変動対策での西側の主導権を英国が確立するという点で、COP26も重要ですね。いずれもEUとの協調が必要とされます。

庄司:

そのとおりです。他方で、心配なのは英国内です。2021年5月にスコットランドの地方選挙があり、スコットランド民族党が躍進すると、独立に向けた住民投票実施の声が大きくなり、政府も無視できなくなります。北アイルランドはブレグジット後もEUの物の自由移動地域にとどまっているにもかかわらず、EUがCOVID-19ワクチンの輸出許可制の対象地域にするという大失態がありました。公表の日にすぐ撤回されたのですが、今年になってから英本土からの物流が滞っていることもあり、プロテスタント系の英国帰属派住民が北アイルランド議定書の変更や廃止を求めています。カトリック系住民との紛争にはなっていないようですが、2024年に北アイルランド議定書でハードな国境回避の取り決めの可否を決定するための地域議会投票があります。そこでもし否決されるようなことがあると、2年後には取り決めがなくなり、関税やEU規制の適用、通関手続きなどが見直されることになります。

舟引:

英国は経済政策や議長国の手腕を問われる傍ら、国内に波乱要因があるということですね。一方で英国が抜けたEU側はどうでしょうか。

庄司:

最近のEU側のキーワードは、戦略的自律性(strategic autonomy)ですね。従来は外交・安全保障の自律性を意味しましたが、その後、経済(貿易、デジタル、競争政策)において「開放的な戦略的自律性」 と言い始めました。今後は自立路線をより明確に示すようになるかもしれませんが、その場合にもバイデン政権との協調が鍵となるでしょう。気候変動対策を含めて、EUは自立路線で動いています。

舟引:

グリーン化、デジタル化を軸とした戦略ですね。

庄司:

そうです。「気候中立法案」を作成し、2050年の目標に法的拘束力を与える作業を実施しています。2020年秋には気候変動対策支援とCOVID-19の復興対策などをまとめ、中期財政見通しについて合意しました。EUが市場からお金を借りられる仕組みをドイツのメルケル首相が主導して初めて認めさせました。今後大切なのは財源の確保をどうするかですね。炭素税、デジタル税、金融取引税など、EUが課税する仕組みが必要ですが、EUレベルで課税する場合は必ず全会一致が原則のため、今までは実現できませんでした。ただ英国が抜けた分、やりやすくなると思います。他方でポーランドやハンガリーなど、法の支配を無視した政権との関係をどうするかという課題も残っています。

舟引:

2020年末にEUと中国が投資協定を締結しました。英国が離脱し、米国との関係はこれから改善していくと思いますが、EUは中国とはどのようなポジションでやっていこうとしているのでしょうか。

庄司:

対外貿易においても、EUは人権や法の支配を重視しており、特にフランスは強くこだわっていましたが、EUからの対中輸出が多いのがドイツなので、メルケル首相中心に投資協定の締結にこぎつけました。対米協調としては障害になるかもしれませんが、コロナ禍からの復興の問題もあり、経済の立て直しを考慮したのでしょう。

舟引:

メルケル首相の功績は大きいですね。2021年は引退が予定されていますが、その後EUのリーダーシップはどうなるのでしょうか。

庄司:

2021年9月にドイツ連邦議会の総選挙があります。そこで勝利する政党はどこか、そしてその前に誰が首相候補になるのかによりますね。ただメルケル首相が引退しても、現状では基本的にドイツ政局は安定しており、ポピュリズム政党も息をひそめています。与党であるキリスト教民主同盟(CDU)が勝利すれば、あまり大きく変わることはないでしょう。
さらに2022年春に、フランス大統領選挙も控えています。大統領の場合は米国と同様に、誰がなるのかにより政策が大きく変わります。フランスではドイツと違い、マクロン大統領のCOVID-19対策への不満から、ポピュリズム政党「国民連合」のマリーヌ・ルペン党首の支持率が最近高まっているようです。

ブレグジットの教訓を今後の地政学リスクに生かすためには

庄司:

長いブレグジットのプロセスが終わりましたが、最終的に通商交渉に合意したことで、日本企業の混乱はあまりなかったのでしょうか。

舟引:

交渉が長引いたことや、離脱が何回か延期になったこともあり、大半の企業は、国境での混乱に備えて在庫積み増しなどの準備をされていました。PwC 英国からは、ある程度落ち着いて対応された企業が多かったと聞いています。

庄司:

やはり事前に備えることが大事ですね。今後も欧州のみならず、世界中でいろいろな地政学リスクは続いていきますが、どのように備えていけばよいのでしょうか。

舟引:

国民投票でEU離脱が決まった2016年から、ブレグジットをリスクとしてウォッチし、企業の対策を支援してきましたが、その経験を踏まえて、欧州エリアの地政学リスクの数値化に取り組んできました。現時点での結果は以下のとおりです。

図3: 欧州エリアの地政学リスク

庄司:

2016年の突出したところは、英国の国民投票が起きた時期ですね。EU離脱派が勝利するとは、予想外の出来事でした。その後の2017年初めの上昇は、英国内で離脱協定案が何回か否決され、合意なき離脱の可能性が懸念された頃でしょうか。2019年は、英国が移行期間をこれ以上延期しないと主張して、再び合意なき離脱が心配された頃に高まっていますね。この数値はどのように出されているのでしょうか。

舟引:

それぞれのリスクに関連するキーワード、例えば欧州のリスクであれば「ブレグジット」「ポピュリズム」「反移民」などを特定します。次にテキスト分析を用いて、日本語の新聞記事のデータベースでの出現頻度を計算し、スコア化しました(※2)。2000年1月から2004年12月までの平均を100とし、それと比較した指数として表しています。

庄司:

なるほど。日本の主要なニュースにどのくらいその単語に関する記事が掲載されたか、取り上げられたかということですね。

舟引:

そうです。そして現在は過去に起きたリスク時と比較して、リスクが高まっているのかどうかということが直感的に分かるようにしています。まだ完成していませんが、一定レベルを超えるとアラートが出るなど、リスクに対していつまで静観すればよいのか、いつから準備をすればよいのか、判断の参考になるようなツールとして紹介する予定です。

庄司:

もしそれができたら、企業にとっても地政学リスクをモニタリングし、コントロールしていくための判断材料の一つにできますね。

舟引:

はい。今後もCOVID-19への対応、米国の新政権発足、米中対立など地政学リスクの不確実性は続いていくと思われます。そのような状況で、日系企業がビジネスにおける重要な判断をするために必要な支援ができればと思っています。

以上

※1:PwC Japanグループは、日本におけるPwCグローバルネットワークのメンバーファームおよびそれらの関連会社の総称です。各法人は独立して事業を行い、相互に連携をとりながら、監査およびアシュアランス、コンサルティング、ディールアドバイザリー、税務、法務のサービスをクライアントに提供しています。

※2: D. Caldara and M. Iacoviello "Measuring geopolitical risk" を参考にPwC試算。データはG-Searchデータベースをもとに集計し、月次で前後3カ月分を平均。

主要メンバー

舟引 勇

ディレクター, PwC Japan合同会社

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