英国のEU離脱(ブレグジット)対談 第4回:EU・英新体制によるBrexitの今後

2019-08-07

対談者

PwC Japanグループ※ スペシャルアドバイザー
慶應義塾大学教授 ジャン・モネEU研究センター所長
庄司 克宏(写真左)

PwC Japanグループ ブレグジット・アドバイザリー・チーム
PwC Japan合同会社 ディレクター
舟引 勇(写真右)

EUでは、今秋にジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長などのEU指導部が任期満了を迎えるのに伴い、後任人事が決定しました。一方、英国では、メイ首相の退任に伴い、2019年7月24日にボリス・ジョンソン 氏が新首相に就任しました。そこで今回の対談では、PwC Japanグループ スペシャルアドバイザーであり、EUの法と政策が専門の慶應義塾大学の庄司 教授と、PwC Japanグループ ブレグジット・アドバイザリー・チームの舟引 勇が、新体制を踏まえた今後のBrexit(ブレグジット)の行方および日本企業の現状について語ります。

EU側の新主要人事

舟引:

EUでは主要人事が大きく変わりましたが、今までの体制との違いはあるのでしょうか。

庄司:

まず、欧州委員会委員長はドイツのフォンデアライエン国防相になりました。最初は下馬評に上がっていなかった人で、欧州議会は各政党の筆頭候補から選ぶことを主張していましたが、欧州理事会の首脳会談で指名されました。

当初は、ドイツ出身で第1党の欧州人民党のウェーバー 氏が筆頭候補で、メルケル首相が推していたのですが、フランスのマクロン大統領が反対しました。そこで2019年6月のG20の際に独仏が協議して、第2党の社民党系でオランダ出身のティーマーマンス 氏を推したのですが、今度はハンガリー、ポーランドが激怒しました。東欧勢による反対の理由は、欧州委員会の第1副委員長であるティーマーマンス 氏は、法の支配原則違反でハンガリーやポーランドを厳しく追及している人だからです。

最終的にフォンデアライエン 氏に決まりましたが、彼女は穏健で調整がうまく、国防大臣なので安保にも詳しく、バランスが取れてよいのではないかと思います。

舟引:

では、Brexitの交渉は誰が行うのでしょうか。

庄司:

フォンデアライエン 氏は任期が11月1日から、欧州理事会常任議長に決まったミシェル 氏(現ベルギー首相)の任期は12月1日からです。そのため、離脱日(10月31日)が延期にならない限りは、現体制のメンバーであるユンカー委員長とトゥスク欧州理事会常任議長、バルニエ首席交渉官が交渉します。当面はジョンソン新政権と対峙するのも、そのメンバーとなります。

ジョンソン新首相就任による英国側の新体制

舟引:

一方の英国は、国民投票以降、メイ首相がEU懐疑派と穏健派を調整しながら交渉してきましたが、ジョンソン新首相になり、あらためてどのように変わるのでしょうか。

庄司:

まず、メイ首相は方針としては強硬離脱派でしたが、バランスも取ろうとしていたため、最後には強硬派から愛想をつかされてしまいました。一方のジョンソン首相は強硬離脱派一辺倒です。

舟引:

そうですね。ジョンソン首相からは、合意なき離脱も辞さないようなコメントも出ていましたね。

庄司:

保守党には「25‐25問題」と呼ばれる問題があります。徹底的な強硬離脱派25人、もう一方には徹底的に残留もしくは合意の上で穏健離脱を望む妥協しない人たちも25人いると言われています。
ジョンソン首相は、まずEUと再交渉すると言っていますが、離脱合意案をまとめてきた時に、強硬離脱派がそれを受け入れるかは分かりません。逆に、合意なき離脱をしようと言い出したら、今度は協定離脱派がのまないでしょう。そして野党から内閣不信任決議案が出たら、協定離脱派はそちらに賛成するかもしれません。

現在650議席が下院の定数ですが、投票しない議長・副議長などを除くと、過半数は320です。民主統一党(DUP)の閣外協力を含めても、現在、保守党政権は321議席です。保守党の議席があるウェールズで、8月1日に補欠選挙があるのですが、金銭に関する不祥事があり、保守党は落選する見込みが高いです1。そこでもし保守党が議席を失えば、議席数は320となり、本当にぎりぎりです。誰かが亡くなったり離党したりすると、DUPの協力があっても足りなくなります。このような状況なので、ジョンソン首相は言いたいことを言っていますが、威張って通せるような立場ではないのです。

舟引:

現在の英・EU双方の体制はよく分かりました。それを踏まえて、10月末の離脱日までこれから3カ月弱しかありませんが、今後のシナリオは、どのようなパターンが考えられるでしょうか。

  1. EU離脱に反対する野党の自由民主党の候補が勝利。英下院で過半数割れする保守党が1議席を失い、保守党政権は320議席、野党勢力は13人の自由民主党議員を含めて319議席となり、わずか1議席差となった。

Brexitのシナリオ予測と今後の重要なマイルストーン

庄司:

まず、1つ目のシナリオですが、ジョンソン首相はEUと再交渉すると言って、アイルランド議定書のバックストップ2は撤廃だとも言っています。それに対し、EU側のバルニエ首席交渉官は、それはあり得ないと主張しています。

ところが、メルケル首相は「政治宣言」3とそれに基づく「将来関係協定」のほうで上書き(overwritten)すればよいと言っています。つまり、北アイルランド議定書のバックストップはあくまでも一時的な措置であり、できれば使いたくありません。だから、政治宣言にはっきりとバックストップに代わるような案を詳しく書いて、EU側もその案を実行するという保証をつければ、離脱協定のアイルランド議定書の内容はそのままでも大丈夫であるということです。事実上、離脱協定を書き換えるようなことを政治宣言でやるということです。合意の落としどころはその方法です。

舟引:

つまり、離脱協定の本編のところは変えずに、その代わり自由度のある政治宣言を修正し、ジョンソン首相もそれで英議会を説得するということですね。

庄司:

そうです。それが落としどころですが、EUとの交渉がスムーズに行かず、合意に至らないということはあり得ますね。そうなった時に、ジョンソン首相は合意なき離脱を選択する可能性があります。それが2つ目のシナリオですね。
ジョンソン首相の考えには、1回離脱してからまた第3国としてEUと合意すればよいと思っている節があります。北アイルランドの国境問題は、英国もアイルランドも一時的に現状維持をすればよいと思っているのではないでしょうか。ただ国境の税関検査をしないということは、英国とアイルランドだけ有利な待遇なので、WTO(世界貿易機関)ルールに違反しています。

合意なき離脱が起これば経済は大混乱しますが、その間に英国にとって有利な交渉をすればよいというところまで、計算に入れているような気はします。少々のことで経済的損失を受けてもそれは短期的だと大見栄をきって、やってしまうかもしれません。

舟引:

3つ目のシナリオとして考えられるのは、離脱の延期ですね。議会を説得できないとか、先ほどの内閣不信任案が出されるというケースは起こり得るのでしょうか。

庄司:

あり得ますね。そうなると普通は離脱延期ですが、ジョンソン首相は突っぱねるかもしれません。
他方で、もし政治宣言を「上書き」して離脱合意が成立したとしても、関連法案を通さないといけないので、10月末には間に合わない可能性が高いでしょう。まだ離脱協定の批准が終わっておらず、英国では条約は国内法化しないと批准できないので、その作業をしないといけません。結局は離脱延期です。

舟引:

たとえ合意したとしても、10月末には間に合わないのですね。その英国での法制度化を考慮すると、離脱時期は年内になるのでしょうか。

庄司:

それは英議会次第ですね。保守党全体や野党が納得すればスムーズに行きますが、邪魔してくる可能性もあります。他方でジョンソン首相は、合意なき離脱にならない限り、簡単に解散総選挙に乗ってくる可能性は低いです。議席が321のぎりぎりであっても、それが脅かされない限りは何とかやろうとするでしょう。
解散総選挙になったとしても、ジョンソン首相は離脱延期しない可能性があります。離脱延期は、英政府がEUに正式に通達しなくではいけません。なので、政府が拒否したら、延期できないのです。

舟引:

自動的に合意なき離脱になってしまいますね。

庄司:

なので、野党側としては内閣不信任案を出すなら、夏休み明け(9月3日)すぐですね。遅くなると、合意なき離脱です。早ければその2週間後くらいに、解散総選挙をやるかどうかが決まるでしょう。

 2.バックストップは現在の離脱合意に規定されており、移行期間後も英EU間で将来の通商協定が決まらない場合、北アイルランドとアイルランドの厳格な国境管理を回避するため、必要な「代替的な取り決め」が取り交わされるまでの間、英国がEUの関税同盟内にとどまるとする安全策。

 3.離脱条件を定めた離脱協定とは別に、政治宣言には通商・安全保障など英EUの将来関係の枠組みが定められている。

日本企業の動向

庄司:

このような状況ですが、日本企業の最近の対応状況はいかがですか。

舟引:

もともとの離脱予定日だった3月29日に向けて日本企業は準備をしていましたが、離脱日が延期になってしまい、対応に疲れ、振り回されている印象です。その中でも2つのタイプがあり、1つは、ある程度準備していたので静観している企業です。
静観と聞くと「あきらめている」という印象を抱かれるかもしれませんが、あきらめというより待っている状態です。一番対応ができている企業は、既にプランを作成されており、いつ離脱するのか、合意なく離脱する(ノーディール)なのか、確実性が高まった時点でアクションを起こそうとしています。

もう1つのタイプは、ノーディールはないだろうという前提で準備をしていた企業です。3月末にノーディールの可能性がすごく高まりましたが、そのタイミングでいきなりプランを作れと言われてもなかなか現実的に難しく、それこそあきらめていましたが、延期により多少の時間ができたため、対応を検討しようとされています。

庄司:

最近は日本企業にもサプライチェーンや統括機能の移転など、さまざまな報道がありますが、ノーディールはないと考えられていた企業もあるのですね。

舟引:

Brexitだけではなく、今後の欧州を中長期的に見据えられている企業も結構あります。
3~5年後のことを考えて、物の流れ、お金の流れなど、俯瞰的に長い目で見た時にどうあるべきかという視点を持つ企業は、欧州統括機能はどこがよいのか、日本本社で中長期的な視点で検討されています。最近、このような問い合わせがあります。

庄司:

せめて英EU間で自由貿易協定(FTA)でも結んでくれれば関税はゼロになりますが、企業は関税以外にも欧州事業全体の視点で捉えているのですね。

舟引:

そうですね。統括機能のあり方を検討するにあたっては、関税以外にも欧州の主要マーケットに近い、規模が大きい、成長している、情報がとりやすいという視点もあります。
会社として、獲得した利益を本国にどう移すか、グローバルビジネスの中の欧州をどう考えていくか、その中で中心となる国はどこか、というような視点ですね。

合意なき離脱への対応策

庄司:

引き続き、企業は合意なき離脱に備える必要がありそうですが、どのような対応策が必要と考えられますか。

舟引:

実は、合意した離脱でも合意なき離脱だとしても、当初の離脱予定日であった3月末の時と、対応策は変わりありません。ポイントは以下の5つです。

  1. サプライチェーンの把握
    これは自社、取引先も含めたものです。例えば自社製品の材料の仕入れ先が離脱にあたりどう対応するのか、また顧客の対応も把握が必要です。
  2. データのクレンジングと整備、蓄積
    個人情報はもちろんですが、それ以外にも、今まで関税がゼロだったため整理されていなかったデータを、クレンジングしておく必要があります。
  3. 契約を確認する
    EUのレギュレーションから英国法に変わるため、各種契約書の中身を精査しておく必要があります。
  4. スタッフへの丁寧なコミュニケーション
    EU籍、英国籍のスタッフの不安を取り除くため、丁寧なコミュニケーションが必要です。
  5. 第3者との密接な連携
    社内で解決できる問題以外に関しては、業界団体や専門家との連携や取り組みも大切です。

庄司:

なるほど。10月末まで気が抜けませんね。

舟引:

はい。本日はありがとうございました。

以上

※PwC Japanグループは、日本におけるPwCグローバルネットワークのメンバーファームおよびそれらの関連会社の総称です。各法人は独立して事業を行い、相互に連携をとりながら、監査およびアシュアランス、コンサルティング、ディールアドバイザリー、税務、法務のサービスをクライアントに提供しています。

主要メンバー

舟引 勇

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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