生命保険会社におけるEmbedded Insuranceの実現に向けた取り組みの方向性

はじめに――日本における生命保険の現状とEmbedded Insuranceの活用

いま生命保険業界は過渡期に差し掛かっている状況といえます。

同業他社の攻勢にあわないよう保険商品にエッジを効かせ、従来のプッシュ型での加入を促すアプローチは踊り場にあります。

昨今の消費者の価値観や行動態様の変化により、従来の商品訴求だけでは“消費者を振り向かせる”ことは困難となってきており、モノからコトへと価値が変化しているなかで、「商品やサービス体験の両側面からいかに価値を感じてもらうか」を突き詰める動きが他業界では進んでいます。

生命保険業界においてもこうした消費者の変化を的確にとらえ、“振り向かせる”ためのアプローチを検討する時が来ており、その解のひとつとしてEmbedded Insuranceがあります。

本Thought Leadershipでは、生命保険業界の将来を見据えた場合の戦略のひとつとしてのEmbedded Insuranceの意義や現状の課題、対応方針を解説していきます。

1. Embedded Insuranceの意義

PwCではEmbedded Insuranceを以下のように定義しています。

「保険を日常生活で購買する商品・サービスに埋め込み、それらのサービスラインナップの一つとするアプローチを採ることで、ワンストップ、かつシームレスな方法で保障やサービスを提供する仕組み」

また、保険におけるB2B2Cのビジネスモデルの類型を、図1のとおり販売ジャーニーの結合レベルに応じて3種に区分しています1

① アフィニティモデル:共通の志向を持つために、同様の保険ニーズを有するグループに、テーラーメードの保険商品を提供するモデル。保険会社とパートナー企業の販売ジャーニーはそれぞれ独立している。

② コマーシャルパートナーシップ:保険会社がパートナーを通じて商品を販売(または販売に係る一部機能の委譲)し、対価として経済的インセンティブを与える提携モデル。パートナー企業に応じた保障内容や販売手法を設計するものの、保険加入プロセスまでは統合できておらず、シームレスな手続きは実現できていない。

③ Embedded Insurance:保険契約の引受のプロセスが、パートナーが提供するサービスの購入と区別がつかない方法によって、バンドルされている提携モデル。

国内の生命保険会社における従来の提携ビジネスは①が多く、昨今では②をベースとした取り組みを模索している保険会社も現れてきており、③にどれだけ早く到達できるかが今後の業界でのポジショニングに影響を及ぼすといえます。

図1 B2B2Cの3類型

顧客視点でのEmbedded Insuranceの意義

たとえば、顧客が商品購入や何らかのサービス享受を検討する場合、意思決定や体験そのものに影響を及ぼすリスクファクター(楽しみにしていた旅行が体調不良により行けなくなってしまう、旅行先でケガをして病院に罹り無駄な出費をしてしまうなど)に対して、意識的に保険に加入する人は少なく、そもそもそのような状況が保障でカバーされることすら知らないことが多いでしょう。

そうした日常生活のなかでQoLを満たそうとする購買・体験活動に潜在するリスクに対し、「気づかないうちにカバーする」もしくは「(気づかせたうえで)ストレスのない方法でカバーできるようにする」商品・サービスを通じて、顧客の背中を押すことが、Embedded Insuranceでは可能となります。

ここで重要なポイントは、Embedded Insuranceだけが他の商材と異なるインターフェースであったり購買プロセスとなったりしないよう、いかに顧客視点に立った一連の体験を設計するかということです。

商品・サービス提供者視点でのEmbedded Insuranceの意義

Embedded Insuranceの埋め込み先であるサービス事業者にとっても、それを埋め込むことによって、顧客体験の向上に貢献し、本業でのクロスセルやアップセルを図ることが可能となるなど、Win-Winの関係を構築しやすいといえます。

そもそも、保険は商品の性質上、能動的に「入りたい」と思うことが少ない商品です。

その状況下で、新たな顧客層との接点を増やしていくためには、「気づかせない・ストレスをかけさせない」が重要なキーワードであり、「自身が嗜好する消費財などの購買と同等の感覚で保険商品・サービスを体験させる」ことがEmbedded Insuranceでは期待されています。

とりわけ、若年層においては、消費行動や価値観が他世代とは異なり、従来型の保険訴求のアプローチが受け入れられない傾向にあります。

この傾向はますます大きくなることが予想され、特に若年層では「必要とする商品がない(≒不要なものまで売られそう)」と考えられていることからも、保険商品に対するニーズのズレがうかがえます。

2. 日本におけるEmbedded Insuranceの活用状況と課題

Embedded Insurance活用の現状

先述のとおり、日常の生活で消費、体験する商品やサービスに保険を埋め込むことになるため、傷害保険やキャンセル保険といった損保領域のほうが親和性は高いといえます。

一方、生命保険業界においては、クレジットカード会員や携帯電話の加入者のような一定の規模を持つグループに対して、DMなどを送付して医療保険の加入を推奨するアフィニティモデルはよくあるケースですが、Embedded Insuranceの観点から見た日本国内における好事例はまだない状況です。

海外においては、ヘルスケアや金融サービス、不動産、モビリティなどでエコシステムを形成し、顧客の生活における困りごとをワンストップでサービス提供したり、鋭い着眼点を持つ商品開発力と速い提供スピードを活かして、それを既存のエコシステムやプラットフォームに「埋め込んで販売する」ことで、エッジの効いた商品を低価格で提供したりしている事例もあります。

Embedded Insurance活用の課題

Embedded Insuranceの活用にあたっては、主に図2に示す4つの面で課題があるといえます。

図2 生保におけるEmbedded Insuranceの課題

収益化に対する誤認

Embedded Insuranceの活用を既存の営業戦略のなかで議論しているケースが散見されます。そのためか、Embedded Insuranceの販売方法や投入する商品についても、従来のそれらを改訂した一過性のものにとどまっており、「Embedded Insuranceを通じてなし得たいこと」がぼやけてしまい、新たな収益の源泉になりにくい状況を作ってしまっています。

Embedded Insuranceの活用方法を考えるということは、これまでリーチできていない新たな顧客との接点をいかに作り、維持するかという、いわば営業戦略を考えることと同義です。Embedded Insuranceは、新たにリーチしたい顧客層の志向の理解に基づき、それに適合する商品や訴求方法、販売方法、満足感のある顧客接点を検討するといった、新たな営業戦略の創造に寄与するものです。そうした取り組みを通じて顧客体験の向上を図り、新たな収益の獲得に資するものとすることが必要です。

分断された購買活動

大きな顧客基盤を持つサービス事業者との提携において、当該事業者が提供するサービスと保険商品の購入とで、顧客から見える“景色”が変わってしまっている場合があります。

保険に関わる情報を取得する際や申し込みの際にインターフェースが変わる、加入後の手続きが急にアナログになるといったように、顧客が日常で使い慣れたウェブページや購買ステップとかけ離れたオペレーションが出てくることにより、その時点でエンゲージメントが低下してしまいます。

希薄な顧客接点

顧客接点は作れるものの、継続して接点を持つことができず、早期に離脱してしまうという課題もあります。

その一因として、顧客のライフサイクルにおける主要な悩みを網羅的に洗い出すことができず、かつそれらの悩みを線ではなく点でとらえて、関連性の低いサービスや商品を前後のサービスなどとのつながりを考えずに提供してしまうことが挙げられます。

顧客が抱える悩みに対し、保険会社が接点を持てないときは、サービス事業者がその悩みに寄り添うサービスを提供すれば、顧客に価値を感じてもらうことができます。そして、顧客の悩みにいざ保険会社が寄り添うことができるタイミングとなった際には、サービス事業者によるシームレスな誘導によって、その時々の悩みに応じた保障を提供することで、定期的な接点を確保することが可能となります。

不十分なパートナー選び

保険会社の方々にとっては耳が痛くなる話かもしれませんが、パートナーを選ぶ際、サービス事業者が保有する顧客数の規模に気を取られすぎていないでしょうか。

目の前の見込み客のボリュームに目が行きがちになるあまり、サービス事業者の本業とのシナジー(保険会社が販売したい商品との親和性)や販売方法(セット販売で割引など)の検討が不十分になると、結果として顧客に受け入れられないスキームを構築してしまうこととなります。

また、サービス事業者と保険会社のそれぞれがターゲットとする顧客にズレが出ていることもあります。このターゲット顧客のズレは、「顧客をいかに育成するか」「価値をどう感じ取ってもらうか」で両社の考え方やアプローチに差を生み、顧客からすると一連の体験を感じることができない状態となってしまうため、提携の成功を左右するものであることを認識する必要があります。

さらに、サービス事業者と保険会社で目指すインセンティブが違うベクトルを向いているケースもあります。サービス事業者にとってのインセンティブの検討が不十分になると、提携したものの当該事業者のウェブページに商品のバナーを貼るだけで、顧客へのサービス提供を通じた保険会社への誘導が十分になされないといった事態を引き起こします。これでは新規ビジネスというよりも、宣伝の意味合いが強いだけの取り組みとなってしまいます。

3. Embedded Insurance活用におけるキーワード

保険会社がEmbedded Insuranceを活用して新たな顧客と接点を持つにあたっての踏まえるべきキーワードは「パーソナライズ化」と「コンテクスト化」の2点です。この2点はこれまで以上に保険会社が顧客に“寄り添う”ことを求めており、これらを最大限意識することによって、顧客に新たな価値を提供する機会を得ることが可能となります。

パーソナライズ化

顧客にとってシンプルで分かりやすいと判断できる内容の商品であり、かつ、加入の意思決定に十分な価格設定となっており、訴求・申し込み方法が他サービスとシームレスにつながっていることで不自然さや強引さを感じさせないようなサービス設計が必要となります。パーソナライズ化は、個々の顧客の背景や行動態様に照らした最適解を提供することを可能にします。

コンテクスト化

顧客のライフサイクル上における購買活動の一環として、煩雑なアクションをとらせることなく保険の加入手続きを完結するトランザクションの設計が必要となります。顧客がとる消費行動の中で、保険の話になると急に煩雑な手続きを求められたり、保険会社のウェブサイトに遷移したりしてしまい、ストレスを感じた瞬間、顧客は加入を思いとどまり離脱するポイントとなってしまいます。

4. Embedded Insuranceを新たな収益の源泉とするために必要なケイパビリティ

以上のキーワードを踏まえたうえで、Embedded Insuranceを新たな収益源とするためには、図3に示すようなケイパビリティの構築が求められます。

図3 Embedded Insuranceを新たな収益源とするためのキーワードとケイパビリティ

ターゲティングと提供する商品・サービス

消費者の行動態様の変化や多様性が広がりを見せる現代において、やみくもに保険商品を訴求するマスマーケティングでは企図した効果を望むことは難しいといえます。

Embedded Insuranceとして埋め込む商品やサービスを考える場合、①どの顧客群を狙うのか、②その顧客群はどのような消費行動をとるのか、③何に価値を見いだしているのか、を理解することから始まります。

そして、先述したパーソナライズ化のとおり、埋め込む商品はシンプルでなければなりません。サービス事業者を巻き込んだビジネスモデルを検討する場合はなおさらで、当該事業者のサービスフローに複雑な保険商品を埋め込むと分断が発生し、離脱を引き起こしてしまいます。

それらを踏まえて、どのような商品やサービスを提供すべきかを検討しますが、ターゲットとする顧客群によっては、Embedded Insuranceの始まりは保険会社による目に見えるアプローチではなく、サービス事業者によるサービスになるかもしれない(保険会社は文字通りそのサービスの一環として組み込まれた“Embedded”された存在となる)ことを理解する必要があります。

ここで重要なのは、いきなり詳細に商品設計をしないことです。

まずは、プロトタイプを作って、デプスインタビューなどを経てマーケットの反応を大量に収集して確かめてみることから始めます。それを繰り返していくことでプロトタイプが磨き上げられ、マーケットから評価される商品やサービスが生まれていくという、アジャイル型でのアプローチが求められます。なお、このアジャイル型アプローチをとる際には、商品開発の担当だけでなく、募集、オペレーション、数理といった従来のウォーターフォール型アプローチに関与する関係者がプロトタイプの検討から一堂に会して磨き上げに取り組むことが、作業の手戻り防止の観点からも重要です。

販売方法(保険会社・サービス事業者にとってのインセンティブ)

足元の収益のために顧客基盤の大きさに気を取られることなく、いかにターゲット顧客が快適に保険商品やサービスを享受できるかという観点で、Embedded Insuranceの販売方法を考える必要があります。

真正面から「医療保険に入りませんか?」と訴求してもターゲット顧客は振り向くはずもなく、これでは従来のアフィニティ型(共同募集など)のアプローチと変わりません。ターゲットとする顧客群の行動パターンや悩みや喜びを理解したうえで、いかにかゆい所に手が届くような販売方法、もしくは保障・サービスとは気づかせない販売方法をしていくかという、コンテクストを意識した設計が重要となります。

また、埋め込み先のサービス事業者にとっての「保障・サービスを提供するインセンティブ」も考慮に入れる必要があります。募集手数料を支払うだけでは、積極的にEmbedded Insuranceを提供していこうというインセンティブは働かないでしょう。事業者にとっても新たな顧客基盤が構築できる、既存顧客のロイヤルティを高めクロスセルやアップセルが望める、といった双方にとってのインセンティブを具体化し、それを最大化できる事業者の商品やサービスにEmbedded Insuranceを組み込むべきです。

さらに、デジタルを活用した既存チャネルとの連携のための手だてとして、「オンラインへの誘導(認知を含む)」の観点から、代理店・営業職員チャネルへの橋渡しとなるインサイドセールスの検討も必要になります。

顧客エンゲージメント向上のための継続的な接点の持ち方

顧客エンゲージメントを高める目的は、ファン化による長期的、かつ盤石な顧客基盤の形成です。

保険会社間で起きている保険料競争などによる顧客の奪い合いに終止符を打ち、顧客のLTV(Life Time Value)向上を狙った接点の接触頻度、内容、深度を、ターゲットとする顧客の消費行動を起点に設計すべきでしょう。

生命保険が本来持つ社会的意義を考えた場合、生命保険会社は顧客と長期にわたって付き合っていくべきものです。そのためには、LTV向上を踏まえたファン化を実現し、他社からの攻勢にびくともしない基盤を作ることが求められます。

オペレーション、システム構築の発想の転換

オペレーションやシステムについても、従来の基盤にそのまま乗せるのでは機動性が失われてしまいます。

ローコード/ノーコードを活用して、クイックに商品開発やオペレーションを構築するアプローチが必要ですが、「従来の重厚長大なメインフレームではそれが実現できない」といった声をよく耳にします。

Embedded Insuranceのようなトレンドを先読みして鮮度を維持した状態でマーケットに送り出す商品は、クラウドネイティブの思想に基づいて、その利点を徹底的に活用して低コストで適時に供給できるアーキテクチャを構築すべきです。

また、サービス事業者とのシームレスでストレスフリーな一貫したサービスフローを構築するためには、APIセントリック(中心)の思想にも基づくべきでしょう。APIセントリックでサービス事業者との連携をスムーズかつ効率的に行うことで、サービスインまでの期間を短縮するとともに、他のサービス事業者との連携といったビジネス検討時の拡張性や柔軟性にも大きく貢献できるといえます。

5. PwCの提供価値

PwCは、図4に記載のとおり、商品・サービスの構想から、提携候補(サービス事業者)の洗い出しや販売プロセス策定までを一貫して支援するとともに、Embedded Insuranceを用いた新たな営業戦略を既存の販売戦略やチャネル戦略との整合を図りながら策定するためのサポートも提供します。

図4 Embedded Insuranceの実現および活用に向けた主な支援内容

6. まとめ

本稿では、消費者の価値観や行動態様の変化に生命保険会社が対応していくにあたっての取り組みの方向性をEmbedded Insurance活用の観点から考察してきました。生命保険のビジネスモデルは長年にわたってバージョンアップを繰り返し、成熟さを増してきました。ただし、競争がますます激化する当該業界において、成長のための競争優位性を構築して新たな収益源を得るためには、Embedded Insuranceを活用した新しいチャネルの構築を企図するほどの大胆な取り組みが肝要であると考えています。

B2B2C insurance - How to (re)organize for the new ways to play
(https://www.strategyand.pwc.com/it/en/industries/insurance/B2B2C-insurance.html)

主要メンバー

田村 公一

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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