AIで変える日本企業のスキルマネジメント――PwCコンサルティング×Beatrust協業で挑む人材活用の変革

  • 2025-07-30

(左から)北崎 茂、原 邦雄氏

ビジネス環境が急速に変化する中で、事業戦略の実現のためには人材戦略との連動が不可欠になっています。一方で、日本企業を見渡してみると、いまだに多くの企業が人材データの構築や活用に課題を抱えており、事業戦略の実行に必要とされる人材ポートフォリオに基づくスキルマネジメントの実現に向けては、途上の段階にいます。PwCコンサルティング合同会社は、2025年7月、企業の横のつながりを強化するタレントコラボレーション・プラットフォームを提供するBeatrust株式会社と業務提携を行いました。本提携は、Beatrustが持つ生成AIを活用したテクノロジーと、PwCコンサルティングが有する人材マネジメントやカルチャー改革のノウハウを融合することにより、企業におけるスキルマネジメントの高度化を支援し、事業戦略と人事戦略の連動、さらには社員一人ひとりの効果的なキャリア開発の実現を目指すものです。

今回は、Beatrust株式会社 共同創業者兼代表取締役の原邦雄氏と、PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 組織人事コンサルティングリードの北崎茂が対談。スキルベースの人材マネジメントが求められる背景や日本企業における課題、Beatrustのソリューションがもたらす可能性について議論しました。

北崎:
経営環境が著しく変化する中で、企業が新たな価値を提供していくことが求められる一方、人材の確保や最適配置などが課題になっています。その流れで注目されているのが、スキルベースの人材マネジメント(skills-based organisation)です。もともと欧米ではジョブ型雇用が普及していましたが、2020年ごろからジョブよりさらに細分化された「スキルをマネジメントする」という観点が主流になりつつあります。日本では2023年ごろから検討を始める企業も少しずつ現れるようになり、人的資本開示に対する要請の高まりと連動して、ますます急速にニーズが広がっています。原さんはグローバル企業での経験もありますが、昨今のスキルマネジメントに対する注目の高まりについてどのようにお考えでしょうか。

原氏:
欧米でも「ジョブ型からスキルベースへ」のトレンドが顕著になっています。事業構造が変化する中で、全てのスキルを持つ従業員を探すのは難しく、それぞれの持つスキルをチームとして組み合わせたり、スキルの価値を明文化したりして、リスキリング・アップスキリングのインセンティブを与えています。また、優秀な人が転職するという課題に対しては、定着を促すためにも保有スキルを正しく評価して、社内での人材流動性を高めて、さまざまな成長機会を提供していくことが求められています。

日本でも採用面での課題は同じです。新しいテクノロジースキルを持つ人材が求められています。また、欧米同様、スキルベースに変えていかないと競争に勝てないという認識が広がっています。ただ、日本はジョブベースのマネジメントにも移行できていなかったため、ジョブやスキルの定義があまりない。そのキャッチアップに多くの企業が課題を感じています。

北崎:
事業環境が急速に変化する中で、ジョブという大きな枠組みでは競争力を定義しづらくなってきているという印象を持っています。スキルベースでは、より小さい単位のタスクとスキルを組み合わせることで、柔軟な配置や育成・採用が可能になり、人的資本での競争優位を築きやすくなります。ただ、日本企業は正直なところ、この変化に対してかなり苦戦していると私自身は感じています。日本企業がここまで苦戦している理由はどこにあるとお考えですか。

原氏:
日本企業の多くは長く終身雇用の下メンバーシップ制を採り、優秀な人材に投資を集中させていく仕組みでした。そのため、従業員は「キャリアは会社が作ってくれる」という意識が強く、自分のスキルや強みを棚卸しする機会も少ない。結果として、スキルが可視化されておらず、収集できる情報がないというのが一番大きな課題です。

そのような会社主体のキャリア形成のカルチャーが根強いため、今企業が「人的データの構築のために自身のスキルをデータベースに入力してください」と促しても、従業員にとっては自分のスキルは何なのか、なぜ入力すべきかがわからず、メリットも感じにくいでしょう。入力するインセンティブが弱く、結果としてスキルデータが集まらなくなります。

これは制度だけの問題ではなく、組織カルチャーも関係しています。例えば、なにかしらのプロジェクトのメンバーを社内公募にかけても、本人の意欲はあっても上長に気を使って手を挙げられないという話はよく聞きます。制度だけでなくカルチャーも変えていかないと変革は起きづらいはずです。

Beatrust株式会社 共同創業者兼代表取締役 原 邦雄氏

北崎:
原さんのご指摘のとおり、自身のスキルや関心を開示するとキャリアアップの機会が増えるという意識が、日本企業の従業員は低い傾向があると私も感じています。これまで、企業が従業員個人のキャリアをコントロールしてきたので、従業員は自分のスキルをアピールすることに慣れていないのです。原さんはシリコンバレーでの勤務経験もありますが、米国と日本のメンタリティの違いはありますか。

原氏:
グローバル企業の中には、イノベーション創出や従業員のモチベーション向上を兼ねて、好きなことにチャレンジさせる施策や制度を持っている企業が多いです。従業員にとっては、そこで得た経験が次のキャリアステップにつながるという意識があります。そのため、非常に前向きに自分のキャリアを作っていく意識を持つ人が多く、そういう機会にリーチするためにどんどんアピールしていきます。

根本的な違いは、会社ではなく、従業員自身がキャリアを作るという点です。上長が異動を決めるのではなく、自分でオープンポジションにチャレンジしていく。そのために必要な経験を自分で見つけるというのが大きな違いですね。

北崎:
原さんのお話にあるように、従業員個人のキャリアオーナーシップを作るのは、確かに重要だと思います。一方でこうした環境・カルチャーを作っていくのは、実は企業自身の役割ではないでしょうか。その意味でもコラボレーションや実験の場を、どれだけ社員が関心を持つ形で企業が提供できるか、こうした観点は非常に重要ですね。

スキルを可視化し、迅速な経営判断につなげる

北崎:
「Beatrust」は従業員のプロフィールを作成する「Beatrust People」、従業員のスキルを自動で可視化してプロジェクトメンバーの探索ができる「Beatrust Scout」などさまざまなモジュールがありますが、これらの特徴はどういったものでしょうか。

原氏:
間違えられることが多いのですが、私たちのツールはいわゆるタレントマネジメントシステムではありません。タレントマネジメントシステムとは連携・拡張する立場です。一番の違いは、私たちの主眼は社内のコラボレーションにあるということです。コラボレーションとスキルの可視化という、ハイブリッドにタレントマネジメントができるソリューションとしては唯一無二だと自負しています。

では、なぜ私たちが社内コラボレーションを重視するか。人事や管理職だけに閉ざされた人事データには限界があります。互いがメンターになったり評価し合ったり、従業員同士が交流することで初めて表出する情報がある。それが経営にも生かされるという相乗効果を感じていただいています。また、コラボレーションは日本企業の縦割り体質や情報の閉鎖性を打破し、横のつながりを強化するとともにイノベーション創出を促進すると考えています。

北崎:
先ほども話題に上がりましたが、日本企業がよく直面する課題の1つとしてスキルタクソノミー(スキルの体系化)がない、もしくは、スキルタクソノミーがあったとしても、従業員がスキルなどのデータを入力しない、もしくは形式的にしか入力しないという声をよく聞きます。この課題に対して、どのようなソリューションをお持ちですか。

原氏:
大きく分けて2種類のアプローチがあります。1つは、スキル管理がまだできていないお客さまへのもの。AIを使ってさまざまな情報源から従業員のスキルを自動的に抽出し、プロファイルを作成します。もちろん、本人や人事による評価・ブラッシュアップが必要ですが、少なくとも土台を作るのはAIで自動化できます。

2つ目は、既にスキルマスターなどを策定されているお客さま向けのものです。マスターで定義されたスキルに対して、AIによって従業員のスキルを推論する仕組みを提供しています。こうした既存のデータを基に、人材ポートフォリオの把握や事業戦略との連動分析などを行います。

どちらの場合も、従業員本人の負担を減らすことが重要です。1,000個のスキルについて自己申告させるのは現実的ではありません。AIで推論しておけば、15個くらいの入力で済む場合もあり効率的です。また、本人が認識していなかったようなスキルが見つかり、本人も企業も「こういったポテンシャルがあったのか」という気付きが生まれることもあります。

北崎:
多くの日本企業は、異動歴や評価歴などを含めてさまざまな人事データを有していましたが、それをキャリア開発や人材育成に有効活用しきれていなかった部分はあると思います。しかし、AIの登場により、既存のデータを現在のスキルタクソノミーに合わせて変換することが容易になりました。これは日本企業の持つ「人事情報のアセットを生かす観点」からも、「従業員の負担を減らす観点」からも、大きな可能性を秘めていると思います。

PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 組織人事コンサルティングリード 北崎茂

原氏:
コラボレーションの観点からも重要なポイントがあります。より専門性の高い領域に入った時、それについて相談できる相手が社内のどこにいるのかを知るためには、スキルベースの可視化が不可欠です。業務についてはチャットボットでも教えてくれますが、本当に深い知見を持っているのは人間です。そういった知見を持つ人を社内で見つけられる価値は非常に大きいと思います。

北崎:
事業部長や人事部長、経営者の視点からすると、自社がどういう戦力を持っているかを把握することは重要です。AIを活用して迅速にスキルの可視化ができれば、「この戦力なら、この事業に進出できる」といった意思決定がスピーディーになります。

また、社内のマッチングも重要です。会社に眠っている人材を見つけ出し、必要な場所で活躍してもらうことができます。さらに、外部の労働市場とのつながりも重要で、スキルが可視化されれば外部市場とリンクさせて、不足しているスキルを持つ人材を効率的に、素早く獲得することも可能になります。

原氏:
最近、人的資本経営が重要視されつつある中、社内の横のつながりを強くしたいというニーズは顕著に増えています。組織が大きくなり、最適化が進み、中途採用者も増えてくる中で人材の相乗効果を高めたいけれど、横のつながりが弱いために実現できていないという課題を抱える企業は多いと感じます。

もう1つ気づいたのは、学びとアウトプットの関係です。学習管理システムなどで従業員にリスキリングを促しても、アウトプットの場がないと自律的な学びは生まれません。社内プロジェクトや副業などの機会がないと、スキルを身に付けるモチベーションも低くなります。お互いに教え合い、学び合えるコラボレーションの場があれば、そういう機会が作りやすくなり、最終的にはキャリアにつながっていくエコシステムができます。

北崎:
キャリアにつながっていくエコシステムというのは興味深いですね。こうした動きに関しては、公募制度の活用や個人の研さんに割り当てる時間の確保を行うなどして、実現してきている先進企業も少なくないと思います。テクノロジーを活用するという観点で、いずれ実現したいサービスやソリューションはありますか。

原氏:
日本特有の課題として、労働人口減少に伴うシニア層の活用があります。定年前後の方々の中には貴重なスキルを持った人が多いのに、役職定年などで活躍の場が限られてしまう。ここに新しいソリューションを提供し、シニア層とプロジェクトや企業とのマッチングなどができれば大きな価値になるはずです。

北崎:
Beatrustのプラットフォームは現在、個別の企業内で活用されていますが、将来的には、企業を超えた労働市場全体に横串を通すような社会的プラットフォームとなることで、シニア層を含めたより多くの人のつながりを実現し、日本全体の労働市場の活性化を加速させることができるかもしれませんね。

ツールとコンサルティングの両面から支援を

北崎:
今回、正式にPwCコンサルティングとBeatrustはアライアンスを締結し、日本企業のスキルマネジメントの実現やコラボレーションカルチャーの醸成に対する支援をスタートすることとなりました。原さんから見た、PwCに対する期待をぜひ聞かせていただけますか。

原氏:
人材マネジメントの変革を目指す上で、ツールだけでは限界があります。グランドデザインを描くこと、つまり制度やユースケースの設計、変えるべき部分と残す部分の区分けといった視点が必要です。テクノロジーを使いこなすための土台づくりは私たちの領域ではなく、PwCコンサルティングのようなCHROや人事部門などに向けて専門的なコンサルティングを提供できるところでなければ難しいです。PwCコンサルティングと協業することで、グランドデザインの中でのツール活用という形で、私たちの価値を最大限に発揮できるのではないかと期待しています。

北崎:
日本企業の隠れたコラボレーションの可能性や競争優位性を引き出すため、また今後、日本と海外の人材をつなげるといった面でも、Beatrustが構築するプラットフォームの活用が進むでしょう。個々の企業の成長、労働市場の活性化、両方の側面で可能性を秘めていると思います。

一方で、こうしたプラットフォームの実現に向けてはテクノロジーだけでなく、それを支えるプロセスや制度の整備、さらにはそれをマネジメントする経営陣や社員自身の意識改革は不可欠だと考えています。私たちはスキルタクソノミーのデザインやカルチャー変革、チェンジマネジメントといった領域を得意としており、BeatrustとPwCコンサルティングのコラボレーションは、今後の日本企業の人材マネジメントの変革に対する大きな起爆剤になると思っています。本日はどうもありがとうございました。

執筆者

北崎 茂

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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