
不透明な時代と向き合う変革、生き残りの鍵に
関税政策を巡る混乱で世界経済の先行きは不確実性を増し、深刻化する気候変動の影響やAIをはじめとするテクノロジーの進化も待ったなしの対応を企業に迫っています。昨日までの常識が通用しない不透明な時代をどう乗り越えるべきか。これからの10年を見据えた針路の定め方について、PwCのグローバル・チーフ・コマーシャル・オフィサー(CCO)であるキャロル・スタビングスと、PwC Japanグループで副代表およびCCOを務める吉田あかねが意見を交わしました。
特定非営利活動法人日本ファンドレイジング協会
代表理事
鵜尾 雅隆 氏
一般財団法人PwC財団 代表理事
PwCコンサルティング合同会社
常務執行役 パートナー
安井 正樹
一般社団法人RCF 代表理事
藤沢 烈 氏
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、平時には見過ごされてきた社会課題を次々と浮き彫りにしています。それらはいずれも複雑かつ多様であり、その解決にはパブリックセクター(官公庁・地方自治体等)、プライベートセクター(民間企業)、ソーシャルセクター(NPO・NGO等)の有機的な連携が求められます。有効な社会課題解決に向けてお金の流れを変えることを目指す特定非営利活動法人日本ファンドレイジング協会の代表理事・鵜尾雅隆氏と、災害復興を主軸に3つのセクターを結びつけながらさまざまな支援事業を展開する一般社団法人RCFの代表理事・藤沢烈氏、2020年5月に設立された一般財団法人PwC財団の代表理事を務める安井正樹が、COVID-19がもたらした社会変容と、その変容に対峙していく上での手がかりを探ります。前編ではまず、COVID-19によってもたらされた社会変容の実相を見定めます。
安井:
最初に、ウィズコロナ時代の社会課題の変容をお二人がどのようにとらえているかおうかがいしたいと思います。話の手がかりとして最近のPwCの調査から見えてきたいくつかのトレンドを紹介すると、COVID-19拡大後、働き方改革やデジタル化は以前よりも進展している一方で、都市への人口一極集中やサプライチェーンのグローバル化は停滞や逆行の傾向にあります。また、接触確認アプリのような個人情報の利活用とプライバシー保護のバランスも、前者に傾きつつあるようです。こうした変化にはいずれも功罪があり、中には新たに社会課題を生み出したり拡大したりするものもあるような気がしています。
鵜尾氏:
なるほど。私が感じるのは、COVID-19拡大によって、これまで社会が抱えていた課題の可視化・加速化が進んでいるということです。例えば、孤独やうつは以前から世界的な問題として進行していましたが、多くの人にとってはどこか他人事で、それほど顕在化はしていませんでした。それが今回、外出自粛などによって多くの人が孤独や孤立感を経験したことで切実な問題として認知されるようになり、「積極的な対応をしないと、孤立する人が増えてしまう」という社会的な合意が形成されつつあります。生活困窮者やシングルマザーが抱える課題なども同様です。日本には貧困についてどこか「自己責任」に帰すような風潮がありますが、COVID-19によって誰もが突然収入が下がったり職を失ったりしかねない状況になり、他人事ではなくなりました。もともと存在していた不均衡な状況に対して、社会全体が共感しやすくなっているのではないでしょうか。
藤沢氏:
安井さんがおっしゃったとおり、私も今起きている変化には功罪どちらもあると思っています。デジタル化でいえば、教育や医療、働き方などさまざまな領域で新しい価値が生まれていますが、その恩恵を享受できているのは比較的裕福な層に限られます。学校でオンライン授業が導入されても、大画面のモニターやパソコンがあって常時ネット接続できる家庭と、デバイスは親のスマートフォン1台だけという家庭では、活用できる環境に差があります。テレワークにしても、誰もが移行できるわけではなく、特に所得が低い職種の多い対面サービス業では難しい場合が多い。変化の恩恵を受けられるかどうかによって、従来の格差がさらに拡大し、二極化が進む側面があるのです。
また、社会課題への共感が広がりつつあるという鵜尾さんのご指摘にも同感です。日本では、貧困や弱者の存在が見えづらいために社会課題として顕在化していないことが多くあります。私は災害復興を専門としていますが、同じ災害でも、例えば津波や河川の氾濫のように被害が目に見える場合は寄付や支援が集まりやすい。一方、福島の原子力発電所事故の避難指示区域はメディアが入れず被害が映像や写真で伝えられなかったため、実は驚くほど外部からの支援が少なかったのです。COVID-19によってこれまで見えていなかったさまざまな課題が浮き彫りになったことで、「見えない課題」に対する理解が少しずつ深まっていると感じています。
鵜尾氏:
見えなかった課題が可視化され、共感が広がってくると、社会的な価値軸の見直しにつながります。過去の経済危機を例に取ると、リーマンショックの後、全体に寄付は大きく減りました。ただそれで終わりではなく、長期的には行き過ぎた資本主義の限界についての議論が起こり、それがSDGsにつながり、CSV(Creating Shared Value)やESG(環境、社会、ガバナンス)、インパクト投資へという流れを生んできました。今回のCOVID-19では、可視化や共感が進んだことによって、これまでのように少数の先鋭的な人たちだけが社会課題に取り組むのではなく、もっと幅広く、皆で課題解決を考えていくための素地が生まれつつあると思います。
安井:
失業率の上昇や孤独の増幅といったような比較的ネガティブなお話が出ると思っていたのですが、お二人がそれだけではなくポジティブな側面も強調されたのは意外でした。ウィズコロナの時代は社会を悪化させるより、むしろ変革のチャンスとなり得るのでしょうか。
鵜尾氏:
いろいろな問題が起きることは間違いありません。世界経済の低迷に伴う失業や貧困、不平等の加速などを多くの人が懸念しています。ですが他方で、先ほど述べたように課題が可視化されたこと、またそれに加えてデジタル化の加速によって世界中の人たちとつながりやすくなったことで、解決策を皆で考えられる状況ができ、連帯が広がっています。私自身も、ここ最近海外のソーシャルセクターのリーダーの方たちとオンラインで対話をする機会が非常に増えました。
これは、より多くの人たちのものの見方が変わる、すなわちパラダイム転換の可能性が高まるという点で重要なことだと思います。日本でも世界でも、右肩上がりの経済成長を前提とした社会形態には限界がきているということは皆気づいています。社会を変革するためには新しい法律や事業モデルなど必要なものがたくさんありますが、最も重要かつコストと時間がかかるのがパラダイム転換です。過半数の人のものの見方が変われば、制度やビジネスなどは後からついてくるのです。COVID-19を経て、働き方やデジタル化などさまざまな点で前向きなパラダイム転換が起きつつあるということは、社会変革への明るい兆しだと思います。
安井:
今まで変えづらかったものを変える契機になるわけですね。藤沢さんはいかがですか。
藤沢氏:
現在のような不確実性の高い状況では、今おっしゃったようなポジティブな変化が起きる一方で、ネガティブな影響も出てきます。リモートワークや遠隔医療など目新しいものに注目が集まりがちになりますが、変化には負の側面が必ずあるので、NPOの立場としては、チャンスをとらえつつも、問題を探って光を当てていくことが重要だと思っています。
安井:
ソーシャルセクターの方々が具体的な活動をしていく上で、COVID-19の影響はどのように出てきていますか。例えば、ウィズコロナで非対面・非接触が常態化すると、学習支援では子どもたちを教室に集めることができないとか、高齢者の見守りサービスでは訪問が難しくなるといった支障が出てきているのではないでしょうか。
鵜尾氏:
確かに、そうした子どもや高齢者、生活困窮者向けに直接支援を行うヒューマンサービスでは、これまでリアルな場でやっていたことをオンラインで完全に代替できるかというと、やはりできないケースもあります。多くの団体が現場で悪戦苦闘していますね。
安井:
それを克服するために、現場では何が求められているのでしょうか。ケイパビリティなのか、規模なのか、あるいは資金なのか。
鵜尾氏:
資金を含めた物理的なリソースはどうしても必要になってきます。例えば、生活が困窮している家庭の子どもたちにオンライン授業用のタブレット端末を用意するには多大なコストがかかります。コンテンツもオンライン用に作り直さなければなりませんし、スタッフのトレーニングも必要になってきます。加えて、端末を配って終わりというわけにはいかず、子どもたちがゲームばかりするようになったら困るので、使い方をどうコントロールするかという工夫も求められます。
課題はそのほかにも山積しています。ただ、いずれその苦労が実を結ぶときが来るはずです。災害復興では、被害を受ける前の状態に戻すだけでなく、それを乗り越えてさらに良いものを作ろうという「Build Back Better(BBB)」と呼ばれる考え方があります。その視点から考えると、COVID-19が収束し、再び以前と同様の支援が可能になれば、リアルでもオンラインでもサービスを提供できるようになります。例えば、これまでの対面の支援では首都圏など一部の地域でしか活動していなかった団体も、オンラインでのサービスを実現したことで北海道から沖縄までを支援の対象にできるようになった。地理的な制約が外れたわけです。そうすると、結果的にはリアルな活動にオンラインの活動がアドオンとして加わることになります。
安井:
新たにオンラインでの支援ができるようになった分だけ、Betterになるのですね。
鵜尾氏:
そうです。今後はリアルとオンラインが混在するハイブリッド型になっていくと思います。
安井:
藤沢さんはウィズコロナ時代に向けたNPOの対応をどのようにみていますか。
藤沢氏:
NPO自身もデジタル化が重要だと思います。RCFや日本ファンドレイジング協会を含む複数の団体で「こども宅食」という事業を手がけているのですが、この事業では以前から利用者とのコミュニケーション手段としてメッセージングアプリを使っています。これは2つの意味で効果的です。通常、行政からの支援を受けるためには窓口に出向いて大量の書類を書かなければなりませんが、アプリで申し込みができれば、サービス利用の敷居が下がります。加えて、一度メッセージングアプリを通じてつながれば、その後も継続的に利用者と連絡が取れます。こちらから情報を送ることも、利用者側からSOSを発信してもらうこともできる。プライバシー意識の高まりもあって、隣に誰が住んでいるかも把握しづらくなっている現在、デジタルサービスがかつての地域共助を代替する仕組みとして機能する可能性が見えてきています。
もう1つ重要なのが、企業との連携が深まっていることです。RCFではCOVID-19拡大後、医療従事者が緊急対応のため食事もままならない状況にあることを受けて、70の指定感染症対策病院に25万食以上の食品を提供しました。ネットスーパー大手が起点となり、80社の協力を得て、金額換算で1億円以上の食品を寄付できました。寄付する食品の在庫管理や配送も、物流企業が協力してくれました。NPOだけでは不可能な規模の支援を、企業との協業によって実現できたのです。東日本大震災以降、大企業でもベンチャーでも、社会的な危機が起きたときに必要なリソースを提供するのは企業として当然の責務だと考える経営者が増えてきたのですが、今回のCOVID-19でもそうした役割が大きくクローズアップされています。その役割を果たす手段として企業がNPOの活動に参画する機会が多くなってきたというのは、非常にポジティブな変化だと思っています。
安井:
企業との連携によってインパクトを増幅できるという点は大いに同意するところです。企業コンサルティングの立場でソーシャルセクターを見ると、その熱意や理念のすばらしさに感銘を受ける一方で、効率の点で改善の余地が大きいとも感じます。ここまでのお二人のお話をうかがって、企業の持つリソースを活用して活動をスケールするしかけを作ること、またデジタル化を加速することの重要性をあらためて確認できたように思います。
デジタルサービスがかつての地域共助を代替する仕組みとして機能する可能性が見えてきています。
国際協力機構(JICA)、外務省などを経て、2008年にNPO・ソーシャルビジネスを専門とする戦略コンサルティング企業を創業。2009年、課題解決先進国を目指して社会のお金の流れを変えるため、特定非営利活動法人日本ファンドレイジング協会を創設し、2012年から現職。寄付白書・社会投資市場形成に向けたロードマップの発行や子ども向けの社会貢献教育など、寄付・社会的投資促進活動を進める。2020年5月、一般財団法人PwC財団の理事に就任。
一橋大学卒業後、戦略コンサルティングファームを経て独立し、NPO・社会事業などに特化したコンサルティング会社を経営。東日本大震災後、内閣官房防災ボランティア連携室勤務を経てRCF復興支援チーム(現・一般社団法人RCF)を設立し、災害復興に関する情報分析や事業創造に取り組む。現在は、行政や企業など多様なセクターと連携しながら、全国の復興事業および地方創生事業を展開している。2020年5月、鵜尾氏とともに一般財団法人PwC財団の理事に就任。
大手コンサルティングファームを経て現職。デジタルトランスフォーメーションの専門家として、製造業を中心とした幅広い業種に対してサービスを提供。デジタルを活用したオペレーションの変革・ITのモダナイゼーションを得意とする。2020年5月、PwC Japanグループの専門性を活用して社会課題の解決を加速し、持続可能な社会の実現を目指す目的で一般財団法人PwC財団を設立、代表理事に就任。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。