
不透明な時代と向き合う変革、生き残りの鍵に
関税政策を巡る混乱で世界経済の先行きは不確実性を増し、深刻化する気候変動の影響やAIをはじめとするテクノロジーの進化も待ったなしの対応を企業に迫っています。昨日までの常識が通用しない不透明な時代をどう乗り越えるべきか。これからの10年を見据えた針路の定め方について、PwCのグローバル・チーフ・コマーシャル・オフィサー(CCO)であるキャロル・スタビングスと、PwC Japanグループで副代表およびCCOを務める吉田あかねが意見を交わしました。
一般財団法人PwC財団 代表理事
PwCコンサルティング合同会社
常務執行役 パートナー
安井 正樹
一般社団法人RCF 代表理事
藤沢 烈 氏
特定非営利活動法人日本ファンドレイジング協会
代表理事
鵜尾 雅隆 氏
企業にとって、NPOやNGOなどソーシャルセクターとの連携は、SDGsへの貢献やESG(環境、社会、ガバナンス)の取り組みという意味でも重要性を持っています。しかし多くの日本企業は、いまだソーシャルセクターとの連携を企業価値の向上に十分につなげられていません。両者の有効な連携を阻害している要因はどこにあり、企業はどうすれば社会課題の解決を事業の中に組み込めるのか。ソーシャルセクターが生み出す価値を最大化するためには、必要なリソースをどのように確保し、投入すればよいのか。日本の社会と経済の発展に欠かせない企業とソーシャルセクターとの連携の課題について、特定非営利活動法人日本ファンドレイジング協会の代表理事・鵜尾雅隆氏、一般社団法人RCFの代表理事・藤沢烈氏と、PwCコンサルティング合同会社のパートナーとしてさまざまな企業コンサルティングに携わりながら一般財団法人PwC財団の代表理事を務める安井正樹が、それぞれの立場から幅広い観点で議論しました。
安井:
ここ数年、大手企業のSDGsやESGに対する姿勢の変化を感じます。3~4年前にはまずコンセプトを理解しようという段階だったのが、どうメッセージとして打ち出すかを考えるようになり、さらにこの1年でより本質的な問いかけがされるようになってきました。そもそも自分たちの会社が何をすべきなのかという企業のPurpose(存在意義)をSDGsの観点から見直したい、SDGsやESGを中期経営計画に取り入れたいという企業が増えているのです。
もう1つ、ソーシャルセクターとより関連する変化として、イノベーションの創出という文脈でも社会課題への関心が高まっています。多くの企業がイノベーション欠乏症とも呼べる状態に陥っている中で、社会課題にテーマを求め、そこからバックキャストして新規事業を考える動きが出てきています。また、NPOが持つ問題意識やネットワークをベースに、社会的弱者を含めて誰も取り残さないインクルーシブなサービスを開発するという方向性もあります。こうした企業とNPOとのコラボレーションが進めば、課題解決に向けた大きな力が生まれるのではないかと期待しているのですが、ソーシャルセクター側から見ると、どのようなしかけがあればこれを促進できると思われますか。
鵜尾氏:
NPOには、たとえ事業としてものになるかどうか分からなくても、必要とされる支援を提供するという、いわば社会実験性とでもいうべき役割が求められています。困っている人たちを共感的に観察し、必要なものを問い続ける中から支援の方法を考えていく。こうしたソリューションの中にはスケールしそうなものもあれば、しないものもあります。スケールしないものについては、寄付や行政からの資金、ボランティアの皆さんの力を支えに継続していき、社会の最終的なセーフティネットとなるわけです。
一方、スケールしそうなものについては、効率よく拡大していく方法を考えなければなりません。そこにこそ、企業との連携が大きな変化を生む可能性がある。NPOにもビジネスマインドを持った人たちが増えているので、企業がそうした人たちとタッグを組めば、より幅広く継続的に支援が行き届くモデルを共創していくことができるかもしれません。実際、そのようなところから新規ビジネスの種がたくさん生まれています。
安井:
それは、大企業と、でしょうか。
鵜尾氏:
そうです。大企業にとっては、こうした協業は従業員の満足度という点でもメリットがあります。人が幸福を感じるにはさまざまな要素がありますが、つながりや感謝を得ることもその1つです。今、若い世代を含めた多くの従業員がそれを求めていて、社会のために何か力になりたいと思っています。これは働き方改革にもつながってきますが、企業はそうした従業員の充足感を高めるという目的と、社会課題の解決をつなぎ合わせることもできるのではないでしょうか。
安井:
なるほど。そのためには企業側のピント合わせも必要ですね。私も含めて、課題について本で読んだことはあっても、体感していないので明確に見えていないという人が大企業には多くいるように感じます。先日、地方のNPOの方から「リモートで働けるのなら、1カ月ぐらいこちらで暮らしながら、課題を体感してみてはどうですか」と言われたのですが、確かにそうした取り組みは働き方改革の点でも、課題に対するピント合わせのスピードが上がるという点でも、企業にとっては魅力的なのではないかと思います。
藤沢氏:
私のように企業を経験したあとでNPOを立ち上げるという人も増えてきましたし、企業がNPOと連携しやすい状況にはなってきていますね。同時に、これまでの経験上、大手企業とNPOとの連携は成否が明確に分かれるとも感じています。その分岐点の1つが、企業側の担当者がどれくらい継続して関与できるかということです。地域で事業を組み立てるにしても、特定の社会課題に取り組むにしても、その分野の知識と経験、専門家とのネットワークが必須ですが、それらは短期間で得られるものではありません。外資系企業ではCSRなどの部門が専門性のある職種として確立されており、担当者が長期間継続して課題に取り組める場合が多いのですが、日本企業ではCSR担当者が数年で異動し、そのたびに新任者が関係構築からやり直さなければならないということがよくあります。教育やトレーニングも大事ですが、企業として専門性とネットワークを構築しながら社会的事業に向き合う仕組みを作っていく必要があると思います。
安井:
社会課題に対する活動は、企業ではいまだ「いつになったら本業に還元されるのか」「あと何年続ければ成果が出るのか」といった議論になりがちで、経営トップの正しい理解がないと維持することが難しいと感じます。社会価値の追求を企業経営そのものとしてとらえるためには、意識の転換が必要ですね。
鵜尾氏:
そうですね。大手企業とソーシャルセクターが連携して社会的リターンと経済的リターンを両立する新規ビジネスを作ることに加えて、先ほど安井さんが「ピント合わせ」とおっしゃったような、企業の形や経営の発想を社会課題を起点にとらえ直す取り組みが重要だと思います。そのためにはバウンダリースパナー(境界線を越えて異なる領域をつなぐ人)が必要です。企業とソーシャルセクターの境界線に立って両方の価値観を理解する人がいれば、そこから翻訳された言語が伝播するようになるでしょう。そうした役割を組織として担い、長期的なインパクトを生み出すロールモデルを作るという意味で、今回PwC財団を創設されたのは非常に意味があることだと感じています。
安井:
PwC財団を設立した背景には、単独の企業や団体だけでは社会課題への取り組みに限界があるという認識があります。私自身、社会支援の現場を視察した際に、当事者の方が「行政や企業からいろいろな人が訪ねてくるが、私たちの生活は一向に良くならない」とおっしゃるのを聞いて、やはりそれぞれがバラバラに取り組んでいてもだめで、企業、行政、ソーシャルセクターが連携してコレクティブなアプローチで臨まなければならないのだということをあらためて実感しました。PwC Japanグループは本業を通じて企業や官公庁とは協業しやすい立場にあります。財団を作ることでそこにソーシャルセクターを加えられれば、社会課題の解決に向けたより大きなインパクトが出せるのではないかと考えています。
財団として私たちに何ができるのかを考えるにあたって、お二人はNPOがこの不確実性の高い時代に変化に対応しながら存続していくためにはどんな変革が必要だととらえていますか。
鵜尾氏:
私は課題を構造化して解決していくことが、日本のソーシャルセクターの共通課題だと思っています。先ほど述べたように、現場では共感的観察を丁寧に実施しながらニーズをとらえてサポートしなければなりません。一方で、それとは異なる役割として、課題の全体構造を分析して、行政や企業と役割分担をしながら課題に取り組み、根本的な解決を目指すことも必要です。
今、企業や行政との連携を実現するにあたってソーシャルセクターに求められているのは、現場を熟知しながら、全体をファシリテートできる力だと思います。そう考えると、これからは熱意を持って活動を牽引するリーダーに加え、現場型とは異なる能力を発揮して全体像を把握できる優秀なナンバー2の存在が重要になってくるのではないでしょうか。
安井:
なるほど、NPOの中にビジネスや行政の動きを理解している人材が必要になるのですね。
鵜尾氏:
はい。あるいは外から来ていただいて、現場のニーズについては内部でしっかり見るという形でもいいかもしれません。
ソーシャルセクターのもう1つの課題は、連続的な社会イノベーションの創出をどう実現するかということです。『Breakthrough Thinking for Nonprofit Organizations』の著者であるバーナード・ロス氏に以前お聞きしたのですが、成功しているNPOは、サービスが成長しピークへと上っていく最中に次のチャレンジを始め、成長カーブが落ちる前に第2、第3のイノベーションを連鎖的に起こしているのだそうです。確かに、上り調子のタイミングではステークホルダーの期待や注目も高く、求心力があるので、新しい取り組みへのサポートを得やすいですよね。
ただ実際には、多くのNPOが成長段階には人手が足りず、次のイノベーションに着手したくてもできない状況にあります。別トラックのチームを作って、新事業はそちらに任せるといった体制が取れれば、第2、第3のイノベーションを連鎖的に起こすことが可能になると思います。
藤沢氏:
日本で成功しているNPOの事例を見ると、大規模な災害もイノベーションのきっかけになっていることが分かります。災害が起きると緊急事態ということで、社会の認知が高まってリソースが集まりますし、組織内でも外部のステークホルダーからも合意を得やすくなります。児童虐待のような事件や社会事象も同様で、普段から解決策のアイデアをあたためておいて、そうした時機をとらえてアピールすることで支持を得るという方法もあるでしょう。
課題を構造化して解決していくことが、日本のソーシャルセクターの共通課題だと思っています。
藤沢氏:
NPOの存続のためには何が必要かという点に関して言えば、競争という視点も重要です。国内には、事業規模が数百万円程度のボランティアに近い団体から、数千万円・数億円規模の事業型NPOまで、多様な団体が存在します。小規模な団体はあらゆる地域、あらゆるテーマに草の根で対応するという意義を考えると、保護しなければいけない側面があります。
一方、大規模なNPOの場合、本来の目的は社会課題の解決であって組織の維持ではないので、社会的リソースをどれだけ効果的に生かして課題解決できているかをもっと問われるべきではないかと思います。社会課題のマーケットプレイスのような場を作り、そこで受けた評価に応じてお金やリソース、政策がついてくるといった健全な競争環境が必要ではないでしょうか。
鵜尾氏:
私は寄付の分野とインパクト投資の両方に関わっていますが、インパクト投資をしている金融セクターの方々と話していると、よく「市場の見えざる心」という言葉が話題になります。これは行政による公平な配分ではなく、藤沢さんがおっしゃったような市場原理に基づく判断が働くマーケットを作り、健全な競争の中で受益者に価値をもたらすサービスを広げ、そこに資金の流れが融合していくという考え方です。投資の世界には社会的投資市場を形成し、NPOの世界には社会実験をきちんと可視化して比較できる仕組みを作り、市場の見えざる心を機能させることは、これからの大きなテーマです。
藤沢氏:
欧米では社会におけるNPO・NGOの信頼性が非常に高いのですが、日本ではまだそうはなっておらず、震災時や今回のCOVID-19でもNPOより行政に多くの寄付が集まります。NPO間ではなく、行政との競争なんですね。NPOは、限られたリソースをより有効かつ機動的に活用できるという点では行政よりも優れているということを示さなければならない。それができなければ、公共領域の課題解決を担う意味がないという危機意識を持つべきだと思います。
安井:
そのためには、活動の成果をさらに可視化する必要があるのではないでしょうか。
藤沢氏:
そのとおりです。NPOの社会的成果をレポートする取り組みは進んできましたが、まだ一般の人たちにはNPOのどこを評価すべきなのか分かりにくい面があります。これは競争環境で資金を集める上で越えなければならない壁だと言えます。
鵜尾氏:
インパクトの可視化は、市場の見えざる心にもつながります。投資家には安定したリターンを望んで大企業に投資するタイプと、経営者に共感してベンチャーに投資するタイプがいますが、インパクト投資でもインパクトをできるだけスケールさせてほしいという場合と、純粋に現場を応援したいという場合があるので、そうした「心」の多様性も考慮すべきでしょう。活動がスケールするところはしっかり可視化して評価を仰ぐと同時に、一つひとつの営みから価値が生まれるというストーリーを伝えることも重要です。
安井:
数字だけでなく、多様な側面から評価するということですね。COVID-19によって社会が変容したことや、市場の見えざる心が機能することで、日本企業の価値観が変わると同時に、ソーシャルセクターの意識改革が進むよう期待したいです。それがうまくいけば、社会課題の解決や世界の変革につながるのだと、お二人のお話をうかがってあらためて感じました。本日はありがとうございました。
近年、社会課題は多様化・複雑化し、企業単独ではそれらの課題にアプローチすることが難しくなっています。今回の鼎談で、社会課題の解決には企業とNPO、行政の各セクターが一丸となり、あらゆる資源を動員して取り組まなければならないと再認識しました。PwC財団を立ち上げたのも、まさにそのためです。さまざまなプレーヤーを結びつけ、変革の触媒となることで、「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」というPwCのPurpose(存在意義)の実現を目指していきたいと思います。(安井)
国際協力機構(JICA)、外務省などを経て、2008年にNPO・ソーシャルビジネスを専門とする戦略コンサルティング企業を創業。2009年、課題解決先進国を目指して社会のお金の流れを変えるため、特定非営利活動法人日本ファンドレイジング協会を創設し、2012年から現職。寄付白書・社会投資市場形成に向けたロードマップの発行や子ども向けの社会貢献教育など、寄付・社会的投資促進活動を進める。2020年5月、一般財団法人PwC財団の理事に就任。
一橋大学卒業後、戦略コンサルティングファームを経て独立し、NPO・社会事業などに特化したコンサルティング会社を経営。東日本大震災後、内閣官房防災ボランティア連携室勤務を経てRCF復興支援チーム(現・一般社団法人RCF)を設立し、災害復興に関する情報分析や事業創造に取り組む。現在は、行政や企業など多様なセクターと連携しながら、全国の復興事業および地方創生事業を展開している。2020年5月、鵜尾氏とともに一般財団法人PwC財団の理事に就任。
大手コンサルティングファームを経て現職。デジタルトランスフォーメーションの専門家として、製造業を中心とした幅広い業種に対してサービスを提供。デジタルを活用したオペレーションの変革・ITのモダナイゼーションを得意とする。2020年5月、PwC Japanグループの専門性を活用して社会課題の解決を加速し、持続可能な社会の実現を目指す目的で一般財団法人PwC財団を設立、代表理事に就任。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。