提供:PwC Japanグループ

2021年、東京大学は「UTokyo Compass」を公表した。多様な人材が集い、地球規模の課題を解決し、インクルーシブなより良い未来の社会づくりに取り組むことを掲げる基本方針だ。一方PwC Japanグループも「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」ことをパーパスに掲げ、多岐にわたる分野のプロフェッショナルがスクラムを組んで社会課題の解決に取り組むことを目指している。では、複雑化する社会課題に「産学」はどのように連携して挑むべきか。東京大学総長の藤井輝夫氏とPwC Japanグループ代表の木村浩一郎氏が、目標や具体的な対応策を議論した。※所属・役職は取材当時

世界が直面するメガトレンド。「対話」を解決の糸口に

木村:PwCは、世界が直面する様々な変化の根底には数十年単位の「メガトレンド」があると考えています。気候変動、テクノロジーによるディスラプション、人口動態の変化、世界の分断化、社会の不安定化の5つです。これらの事象は単独で起こるものではなく、同時に発生し、互いに影響し合っています。私たちPwCは、不安定化する社会に対して的確な変化を実装するための解決策を提示し、貢献することを目指しています。藤井総長も、就任とともに基本方針である「UTokyo Compass」を公表し、新たな時代における大学の在り方に向き合ってこられました。

藤井:ご指摘の通り、気候変動や生物多様性の劣化、パンデミックなど人類が直面する課題は、まさに地球規模の課題ですね。では、大学に何ができるのか。それは、「知」を生み出すことだと考えています。生み出した「知」を学外・社会の皆様とも共有して、さらに新たな「知」を生み出す循環を実現する「場」となることを東京大学は目指しています。

 東京大学ならではの創造的な挑戦の過程で大事にしているのが「対話」です。対話とは、単純な話し合いや情報交換のプロセスにとどまらず、「知」を生み出すための本質的なアクションを意味します。知の探究には問いを立てることが欠かせませんし、より共感性の高い合意形成を目指すことで、その対話は深まっていきます。東京大学憲章は前文で「世界の公共性に奉仕する大学」となることをうたっています。世界中の様々な立場の人たちと共に課題に向き合う中で、対話を通して信頼関係を築き、課題を乗り越える手がかりや道しるべを生み出すのが東京大学の使命です。

揺らぐ信頼。トラストアンカーが備えるべきコアバリューとは

木村:PwCが掲げる成長戦略「The New Equation」では、信頼の構築と持続的な成長の実現を支援するにあたって、「Community of solvers」という考え方を重視しています。これは、幅広い領域のプロフェッショナルが多様な専門性や視点を持ち寄り、スクラムを組んで課題解決に取り組むという姿勢を表すものです。地球規模の複雑な課題に対峙するには、人材の多様性を確保するとともに、そうした人たちの異なる価値観や考え方を受け入れる包摂性が求められます。先ほどお話のあった「対話」にもつながりますが、多様な視点を持った人材を育成することも大学の重要な役割ですね。

藤井:はい、東京大学でもD&I(多様性と包摂性)を重視しています。多様性があるからこそ、より良い解決策や共感しやすい合意点に到達できます。学知を深めるうえでも、多彩で多様な見解があること自体が重要です。グローバルの視点で見ても、この世界は多様性を前提に成り立っています。本学大学院には15の研究科があり、日々多様な研究が行われていますが、これら全ての研究科の博士課程の学生を対象にした「グリーントランスフォーメーション(GX)を先導する高度人材育成」プロジェクト(SPRING GX)というプログラムがあります。自身の専門分野を掘り下げながら、異なる領域の人材との議論や協働を通じて、どのような進路を選んでも無視できない地球規模の課題であるGXの実現に向けて活躍する人材を輩出するための取り組みです。今私たちが直面している課題には、1つの専門領域ではなくあらゆる分野からのアプローチが必要不可欠という認識があります。

 今まで申し上げた「対話から創造へ」「多様性と包摂性」に、大学が産業界も含めた社会の様々な人とつながる場となるという意味を込めた「世界の誰もが来たくなる大学」を加えた3点が、UTokyo Compassのコアバリューです。これらを常に大切にしながら、東京大学は自律的で創造的な活動を拡大していきます。

1964年、スイス・チューリヒ生まれ。麻布中学校・高等学校、東京大学工学部船舶工学科卒。東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻博士課程修了。博士(工学)。専門は応用マイクロ流体システム、海中工学。理化学研究所、東京大学生産技術研究所長、東京大学理事・副学長などを経て、2021年に東京大学第31代総長に就任。
1964年、スイス・チューリヒ生まれ。麻布中学校・高等学校、東京大学工学部船舶工学科卒。東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻博士課程修了。博士(工学)。専門は応用マイクロ流体システム、海中工学。理化学研究所、東京大学生産技術研究所長、東京大学理事・副学長などを経て、2021年に東京大学第31代総長に就任。

木村:冒頭でお話ししたメガトレンドに起因する深刻な課題として私たちPwCが危機感を抱いているのが、信頼の揺らぎです。気候変動や地政学的な緊張、テクノロジーやデジタルへのアクセスに伴う分断、日本も含めた先進国の少子高齢化による社会保障システムへの不安とそれによる世代間の分断など、これまで人類が築き上げてきた「信頼」が今、大きく揺らいでいます。

 このような大きな課題に対して、それぞれの企業や組織が単独でできることはごく限られています。そのため、自分たちにできることは何か、自分たちの強みを生かせる領域はどこなのか、どういった人たちと一緒に動けば課題解決に近づけるのかを考えなければなりません。産業界はもちろんのこと、大学や研究機関などのアカデミアや官公庁との有機的な連携が必要になってきますが、そうした連携における大学の役割についてはどのようにお考えですか。

藤井:様々な課題が同時に並び立ち、かつ玉石混交の情報が溢れかえっている現代においては、「正しさ」や「確からしさ」を担保する「トラストアンカー」の役割を担う機関として、大学に期待が寄せられている実感があります。社会において中立的な存在である大学は、信頼をベースにして、産業界と共に課題解決に取り組むプラットフォームの役割を果たすことができると確信しています。

 例えば、2020年に設立した東京大学グローバル・コモンズ・センター(CGC)においては、地球という人類の共有財産(グローバル・コモンズ)を守るための社会・経済システムの転換に向けて、アカデミアの境界を越えた幅広い分野のリーダーとの協創に取り組んでいます。2021年に立ち上げたETI-CGC(ETIはEnergy Transition Initiativeの略)は、CGCと日本企業の有志12社で科学的知見やデータに基づき日本の脱炭素へのパスウェイを描く産学連携のプラットフォームで、まさに大学が信頼をベースにした「場」として機能している好例といえます。

「信頼のプラットフォーム」に向けた産学協創

木村:大学が知見の提供を通じて「トラストアンカー」になってくださることは、信頼の基盤づくりにおいて非常に心強く思います。明治期より日本の「知」をけん引し、人類が直面する様々な地球規模の課題解決に取り組んできた東京大学の研究者や教育者が参画するからこそ、そこには大きな信頼が生まれます。

 PwCも、1849年に英国で設立し、監査を祖業に175年の歴史を有するネットワークです。監査では、企業の財務諸表に対して独立した第三者として意見を述べることで信頼を付与します。パーパスに「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」ことを掲げたのは、社会に確かな価値を提供しながら持続的に成長して信頼され続けることを自らの目標に定めているからです。

 加えて私たち自身が「信頼のプラットフォーム」を構築することも目指しています。産業界に身近な一例としては、企業活動で人権が侵害されたステークホルダーが苦情(グリーバンス)を訴え、企業に適切な救済を求めるための通報窓口の構築を手がけています。こうしたプラットフォームづくりにアカデミアからも参画いただければ、信頼の基盤をより確かなものにできるでしょう。

1986年、青山監査法人入所。プライスウォーターハウス米国法人シカゴ事務所への出向を経て、1997年に青山監査法人の社員に、さらに2000年には中央青山監査法人の代表社員に就任。2006年に設立されたあらた監査法人(当時)では、システム・プロセス・アシュアランス部部長を経て、2009年に執行役(アシュアランス担当)に就任し、PwC Global Assurance Leadership Teamに参加。2012年6月から、あらた監査法人(当時)の代表執行役。2016年7月よりPwC Japanグループ代表、2019年7月よりPwCアジアパシフィック バイスチェアマンも務める。
1986年、青山監査法人入所。プライスウォーターハウス米国法人シカゴ事務所への出向を経て、1997年に青山監査法人の社員に、さらに2000年には中央青山監査法人の代表社員に就任。2006年に設立されたあらた監査法人(当時)では、システム・プロセス・アシュアランス部部長を経て、2009年に執行役(アシュアランス担当)に就任し、PwC Global Assurance Leadership Teamに参加。2012年6月から、あらた監査法人(当時)の代表執行役。2016年7月よりPwC Japanグループ代表、2019年7月よりPwCアジアパシフィック バイスチェアマンも務める。

藤井:信頼構築に資する私たちの取り組みのもう1つの例が、気候変動に関するものです。気候変動について国際的な仕組みづくりを議論する際には、自然資本をセットで考えなければなりません。「ネイチャーポジティブ」の観点から、多様な社会・経済活動がどのように自然資本に影響を与えるのかを、デジタルデータとして観測可能にすることが重要です。2023年4月に発足した「東京大学デジタルオブザーバトリ研究推進機構」はこれらのデータの大規模な基盤を構築し、「データ統合・解析システム」(DIAS)とも連携していく予定です。DIASは、地球に関する膨大なデータを収集、蓄積、統合、解析するとともに、データを地球規模の環境問題や大規模自然災害等に対する危機管理に有益な情報へと変換することを目的とするプロジェクトです。大学がトラストアンカーとなって構築したこのようなデータ基盤を広く活用していただくことで、科学的なエビデンスに基づいた意思決定が可能になります。このように産官学が協創して信頼のプラットフォームを発展させていけるとよいですね。

切実に問われる、インクルーシブリーダーシップの発揮

木村:組織が多様性と包摂性から新たな価値を生み出し、課題解決へとつなげるためには、優れたリーダーシップも必要です。そのような「インクルーシブリーダーシップ」においては、一見すると矛盾するような資質が求められます。例えば、グローバル思考を備えたローカリストであること、テクノロジーに精通すると同時にヒューマニストであること、未来を見据えた戦略を持ちながら現在の課題に対する取り組みを着実に実行すること、などです。私たちPwCではこれを「6つのパラドックス」として整理しています。

 役職上のリーダーのみならず、誰もがこうした資質を備えて自分自身の成長をリードすることで、多様性を真に強みとする組織が実現できるのではないでしょうか。

「アカデミアと産業界が境界線を越えながら、共に信頼できる社会づくりに貢献したいとの思いを共有できました」(木村)
「アカデミアと産業界が境界線を越えながら、共に信頼できる社会づくりに貢献したいとの思いを共有できました」(木村)

藤井:矛盾する資質を兼ね備えるというのは面白いですね。つまり「多様性」は私たち一人ひとりの内面にも存在するということであり、それは「イントラパーソナル・ダイバーシティ」とも表現されます。多様な視点で、均一ではない経験を1人の「個人」が幅広く持つことが重要という考え方です。これは他者への共感の基盤となります。変化の激しい時代には、多様なものが交差する中から新しい価値を生み出し、新たな調和を見いだして将来に向かう提案がいっそう求められていくでしょう。

木村:翻って、世界の中の多様性を考えたとき、日本が持つ強みというものをあらためて評価してよいのではないかと感じています。昨今、グローバルな場で各国の人たちと会話をしていると、日本に対する信頼の高まりを実感することが多いのです。日本人のブレない謙虚さ、人として大切なことへのこだわりなどが支持されているようです。世界中で起こるどんな対立の中にも、人間どうし共通する部分は必ずあると私は信じています。深い知識や知恵、先見性があれば、対立する者どうしの共通項に焦点を当てて対話を促すことができる。そうした方法で互いの信頼醸成に貢献することも、日本の役割ではないでしょうか。

藤井:確かに、世界の国々からの日本に対する期待は大きいですね。せっかくそうした期待があるのですから、多様性を前提としたグローバルな対話やルールメイキングの場においてしっかりと発信できる人材を日本からもっと輩出していくべきだと思います。日本から、さらにはアジアからの声を世界に伝えることには大きな意味があります。

木村:今回のお話を通じて、地球規模の課題解決に向けた考え方に共鳴するところが多くあると感じました。産業界とアカデミアがそれぞれの力を発揮しながら、大きなインパクトを生み出していくことを目指したいと思います。

藤井:より良い未来に向けて何をしなければならないのか、産業界とアカデミアからのそれぞれの視点で一緒に考えていきたいですね。まさに異なる立場どうしの「対話」によって、新しい価値を共に生み出していきましょう。

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