
不透明な時代と向き合う変革、生き残りの鍵に
関税政策を巡る混乱で世界経済の先行きは不確実性を増し、深刻化する気候変動の影響やAIをはじめとするテクノロジーの進化も待ったなしの対応を企業に迫っています。昨日までの常識が通用しない不透明な時代をどう乗り越えるべきか。これからの10年を見据えた針路の定め方について、PwCのグローバル・チーフ・コマーシャル・オフィサー(CCO)であるキャロル・スタビングスと、PwC Japanグループで副代表およびCCOを務める吉田あかねが意見を交わしました。
経営にデータを有効活用する重要性は、もはや議論の余地がないほど明確だ。しかし、多くの企業において、その実践と実現の前に課題が山積している。2020年2月26日に開催された「PwC グローバル メガトレンド フォーラム 2020」でのセッションの1つ「データドリブン経営の実現」では、PwC Japanグループのデータアナリティクス部門およびAI Labのリーダー、ヤン・ボンデュエルがファシリテーターを務め、データドリブン経営に関わる6つのテーマに沿って議論が交わされた。1つはデータドリブンそのものの「定義」、2つ目は「アクセル」、すなわちデータ活用を浸透させるための「推進力」について。その後、「チャレンジ」「カルチャーチェンジ」「ビジネスリーダーの役割」「AI」と議題が展開された。
セッションに登壇したパネリストは、日本コカ・コーラ株式会社(以下、コカ・コーラ)のCDO(最高デジタル責任者)石井恵三氏、コネクテッドカー開発に携わる本田技研工業株式会社(以下、ホンダ)IT本部コネクテッド開発部の箕輪聡氏、オリックス株式会社(以下、オリックス)でデータ&デジタルイノベーションを担当するデミヨン・ハウレット氏、そしてPwCあらた有限責任監査法人(以下、PwCあらた)でAIやデータを活用した監査業務改革に取り組む久保田正崇、同法人でクライアント企業のデジタル化のガバナンスなどを担当する宮村和谷の5名だ(肩書は掲載時点のもの)。当セッションではライブ配信を視聴している参加者へのオンラインアンケートを3回実施し、その結果をリアルタイムで紹介しながら、日本のデータドリブン経営の現状を探った。
まずボンデュエルは、PwCが行った3つの調査結果を提示。「日本の多くのエグゼクティブは、2016年には『データ分析のスピードと洗練度を高めることが必要だ』という認識を示していた。また、すでにデータアナリティクスを活用している日本のエグゼクティブを対象に行った2018年の調査では、能力不足がデータ活用推進を減速させる重要な課題であると答えている。そして2019年の段階からは、データドリブンな組織づくりに必要な課題がより明確に認識されていることが分かる」と、ここ数年における日本企業のデータドリブンに対する意識の変遷について解説した。
次いで議論の端緒として、「データドリブン経営」「データドリブンな組織づくり」の実現をどう定義するかに関してパネリストに意見を仰いだ。
コカ・コーラの石井氏は「データはデータにすぎない。データを基にどうアクションを取るかが重要」と前置きした上で、「B to C企業の多くはすでにAIやアルゴリズムを活用して自動的にアクションにつなげている。後れを取っているB to B企業は、まずは統計データを基にどうアクションを取るか、というところから始めなければならないだろう」と指摘した。
「最終的には集めたデータから自動でアクションが取られ、人間はもっとクリエイティブなところに時間を割けるようになる、というのが理想的なゴールでしょう」(石井氏)
ハウレット氏もこれに同意しつつ、「データをプロジェクトベースではなく日常的に活用し、経営判断をもたらすビジネスプロセスに組み込むこと、同時にデータから生まれる価値をマネタイズすること」がデータドリブン経営のゴールだと述べた。これに対しPwCあらたの宮村は、その実現には「データのクオリティを担保するための客観的な検証機能を社内でどう持たせるか、テクノロジーの中に組み込んでいくかが重要になる」と指摘した。
一方、ホンダの箕輪氏は日本企業の課題として、「データに対する解釈が少々浅く、データそのものにどれほどの重みがあるか、そこからどのような洞察が得られるかなど、データの価値に対して本質的な理解が足りていない」という点を挙げた。PwCあらたの久保田もこれを受けて、「経営や業務においてこだわりや想いを持つのは大切だが、同時にデータを通してファクトを見ることも不可欠」と付け加えた。
視聴者を対象に行った「企業における『データドリブン経営の実現』をどう定義しているのか」というアンケートでは、「より良い意思決定」と答えた人が64%で、「生産性の向上」(20%)を大きく上回った。石井氏はこれを「やはりデータのレポーティングを見てから人がアクションを取ることが前提とされているのではないか」と解釈した。
ここでハウレット氏は、「テクノロジーの進展や社内のデジタルリテラシーの向上に伴って、データドリブンの定義は常に進化していくはずだ」と指摘。リテラシーという点では、久保田は「現状ではデータの収集やそれに基づく意思決定に関して、マネジメント層の理解が追いついていない場合が多い。仮にデータドリブンで結論を出したとしても、人々がついていくのかという課題がある」と述べ、データを使った意思決定を社内の隅々まで浸透させるには組織全体の納得を引き出す仕組みや体制づくりも必要だと強調した。
各企業の企業文化や組織構造によって、それぞれが目指す「データドリブン像」、またそのためのアクセル(推進力)もさまざまだ。
例えば、多くのグループ会社からなり、事業分野も多岐にわたるオリックスでは、「データサイエンティスト、データアナリスト、ビジネスアナリスト、プロジェクトマネージャーなど、専門家たちによるCoE(センターオブエクセレンス)を設置した」とハウレット氏は言う。
「CoEとは、いわば特殊部隊のようなもの。このチームがCEOによって優先度が高いと判断されたビジネスユニットにアプローチするか、反対に問題を抱えるビジネスユニットがCoEに対して問題解決のサポートを依頼します。CoEが行動志向型で迅速にプロジェクトを進めることで、データ文化の浸透を促進しています」(ハウレット氏)
一方、コカ・コーラは、CEO直下にCDO(最高デジタル責任者)、CIO(最高情報責任者)、COO(最高執行責任者)らによって組織された「コミッティ」を設置。データドリブン経営実現に向けた取り組みを管理し、CDOを支援する役割を持たせた。これによって、より強い権限を持ったチームが主導してデータドリブンを推進している。
なお、データを扱う“指揮者”とアクションを求められる“現場”が異なれば、「データの分析結果とカスタマーの声のギャップ」(箕輪氏)や、「データの所在と全体像を把握することの難しさ」(久保田)などの課題も出てくる。こうした「チャレンジ」について、宮村は次のように提言した。
「ビジネスサイドの要求に対して、経営サイドがどのようにそのデータの見方・使い方をしたいのかを決める。そのためには、データがどんな思想・目的を持って集められたのかを突き止め、整理しなければならないでしょう。ただし、それを突き止め、全てのデータを使える状態にするにはかなりの時間とコストが必要です。すぐには業績への影響が見えてこないかもしれませんが、長期的な投資として継続していくしかありません」
こうした「投資」については、視聴者アンケートでも多くが「経営幹部が目指すデータドリブン経営を実現するための投資は十分ではない」(93%)と回答している。このギャップを埋める上でも、宮村が指摘した「長期的な投資」が重要になると、パネリストは一様に同意した。データから価値を生み出す真のデータドリブン経営を実現するには、短期的なソリューションだけでなく、インフラの整備を含めた本質的な変革が求められると言える。
結論として、データドリブン経営実現に向けたアプローチは2通り考えられる。1つは、全社的なデータの整理に着手すること。これにより、高品質なデータ環境を整備できるが、投資に見合った効果を得るまでには数年はかかるだろう。もう1つは、個別の事業課題に絞り、その課題解決に必要とされるデータの品質向上のみに注力するというアプローチだ。より迅速かつ低コストで高い効果を得られるという利点があるが、取り扱うデータはごく狭い範囲にとどまる。
続いて、議論はデータドリブン経営から価値を生み出すための「カルチャーチェンジ」に進んだ。ハウレット氏は「とにかく始めることが、一番大切」だと切り出す。
「組織文化を変えるためにはまず、スモールスタートで小さな成功事例を積み重ね、それを組織に周知させ、ビジネスサイドからの信用を得ることです。そうすればデータドリブンに向けた組織文化というのは劇的に変わっていくと思います。当社ではデータに対するガバナンスとプロジェクトの遂行に関する議論を重ねました。その過程で、リソースが限られる中、早期にデータガバナンスの問題にフォーカスしすぎると、何も達成できないということに気づきました。そこで初期段階においてはあえてデータガバナンスには重きを置かず、短期的な価値を生み出すためのプロジェクトの遂行に集中し、データガバナンスには後から取り組むという方針を取ったのです。“プロジェクト遂行優先メソッド”を採用することにより、データドリブンに対する障壁を下げることが重要だと思います」(ハウレット氏)
一方で箕輪氏は、「データサイエンティストだけでデータ活用に取りかかることにはやや危機感を覚える。何のために、誰のためにデータを活用していくのかという目的を置き去りにしてデータと向き合うのは望ましくない。必ずしもデータサイエンティストだけでは作ることのできない経営ビジョンとセットで進めていくことが必要」だと補足する。
では、そうした組織をまとめる「ビジネスリーダーの役割」とは何か。石井氏は「データは流動性のあるもの。迅速にテスト・アンド・ランを繰り返すフレームワークを社内に作ることが求められる」と助言する。
「データを用いてこのアクションを取ってみてダメだった、このアクションはうまくいったというのを繰り返していかなければなりません。私も過去に経験がありますが、このテスト・アンド・ランをせずに失敗すると、“1円を稼ぐ前にモンスターを作ってしまう”ことになります。その後、減価償却コストに何年も苦しむというのはよくある話です。そうなる前に小さくテストをして、成功したら追加投資をするというフレームワークを作ることが大切だと思います」(石井氏)
これに対しボンデュエルは、「スモールスタートは有効である一方、弊害もある。互いに関係性のない小規模なプロジェクトを推進するだけで終わってしまいがちだ」と指摘。小規模な個別のプロジェクトにとどまっている限り、全社的な変革は実現できない。また、戦術的な結果は得られるかもしれないが、大きなインパクトの創出にはつながらない。宮村も「個々の取り組みから生まれるビジネス上の価値をプロファイルし、その活用先を定義しておくことが重要だ」と述べた。
一方「リーダーがやってはいけないこと」として、箕輪氏は「データに無理やり意味づけをしてしまうこと」を挙げる。例えばホンダではデータありきではなく、「車を購入されるお客様とホンダをどういう関係にしたいのか」を起点にしているという。顧客との間にどんな関係性を築きたいかによってユースケースが決まり、そのために必要なデータ、ITインフラが変わるというのが箕輪氏の見解だ。
小さな取り組みと大きなビジョン、短期的なソリューションと長期的な戦略のバランスが求められるという議論を踏まえ、ボンデュエルはデータドリブン経営の実現に向けたフレームワークを紹介(下図参照)。データドリブン経営実現までの全過程をアウトソースすることで得られる長期的な利点については懐疑的だと述べ、ハウレット氏も「アジャイルに分析を進めるためにも社内にケイパビリティを持つことが望ましい」と同意した。
PwCが提案するデータドリブンな組織づくりのためのフレームワーク
最後のテーマとなったのは、AIの定義と活用だ。久保田が「多くの企業においてAIについては、まだ十分に理解や定義がされていない。というより、それぞれ使いたいときに使いたいように定義している、という過程ではないか」と指摘する通り、「道具である」という共通認識はあるものの、その示すところや用途がさまざまであるという状況がまず共有された。それだけに、潜在的な活用可能性は大きいと言える。
例えばホンダは「故障診断や故障の予兆など、製品のサービスとしてAIをすでに活用」(箕輪氏)しており、オリックスでは「属人的になってしまっているタスクに関して、その担当者が持つ特定のスキルや知識を予測に組み込むことに注力している」(ハウレット氏)という。石井氏は、AI活用の目的には「売上を伸ばすことと、オペレーションを最適化してコストをカットすること」の2つがあり、予測的な要素が強い前者のほうが実現は難しいと課題を指摘した。
AI活用状況に関する視聴者アンケートでは、「バックオフィスのオペレーションで活用中」(25%)、「製品やサービスに関連する業務で活用中」(20%)という声が寄せられたものの、まだ「実証実験の段階」が30%で最多となった。AIがバズワードから実用フェーズへと移行しているとはいえ、本格的な活用についてはいまだ各社で模索している段階と言えそうだ。
今回のセッションのパネリストは、それぞれ違った分野・立場から、データドリブンな組織づくりに取り組んでいる。彼らの見識を通して見えてきたのは、「データドリブン経営の実現に対して、『これ』といった唯一の処方箋は存在しないということ」(ボンデュエル)だ。
「データドリブンを実現することは、発見の旅路でもあります。各組織、企業、個人がそれぞれ独自の道を切り拓いていかなければならないのです」(ボンデュエル)
25年以上にわたり、アジア太平洋地域において、AIG、アマゾン、AOL等の企業でデジタルやEコマース事業に従事。前職はエクスペディア・ジャパンの代表取締役社長を務め、在職中にビジネス規模を3倍以上へと急成長させた。2019年より日本コカ・コーラ株式会社CDOとして、日本におけるコカ・コーラのデジタル戦略全体を統括する。
エレクトロニクスメーカーでファームウェア実装を経験し、2000年に本田技研工業に入社。車載オーディオのシステム統合や車載アプリ開発に従事し、初代S660では電装領域のプロジェクトリーダーを務めた。現在、コネクテッドカーの対車両サーバーや車両情報活用スマートフォンアプリの開発を行っている。
オリックスグループにおける事業課題解決や新事業創出に向けたデジタルトランスフォーメーション推進を担う。データの有効活用のための高度データ分析やデジタル技術活用の企画と実装支援に取り組んでいる。
1997年青山監査法人入所。2002~2004年までPwC米国シカゴ事務所に駐在し、現地に進出している日系企業に対する監査、ならびに会計・内部統制・コンプライアンスに関わるアドバイザリー業務を経験。帰国後、2006年にあらた監査法人(現PwCあらた有限責任監査法人)に入所。国内外の企業に対し、特に海外子会社との連携に関わる会計、内部統制、組織再編、開示体制の整備、コンプライアンスなどに関する監査および多岐にわたるアドバイザリーサービスを得意とする。2019年9月に執行役専務(アシュアランスリーダー/監査変革担当)に就任。監査業務変革部長、会計監査にAIを取り入れ監査品質の向上や業務効率化を目指すAI監査研究所副所長を兼任。
金融事業の立ち上げ支援、デジタルバンク化・システム更改戦略の検討支援、管理会計・データアナリティクスの高度化支援、IT・データガバナンス強化支援、デジタルトランスフォーメーションガバナンス支援、ブロックチェーン等エマージングテクノロジーを用いたビジネスモデル設計・構築支援、組織・カルチャー変革支援等を手がける。経済産業省のDX推進指標等を検討した「『見える化』指標、診断スキーム構築に向けた全体会議」委員。
25年以上にわたり、クライアントの戦略決定や業務改善をデータ分析のアプローチから支援し、特にデータ&アナリティクスチーム設立と変革支援を専門とする。2013年よりPwC英国のコンサルティング部門にてデータ&アナリティクスチームを統括。2017年に来日し、現在はPwC Japanグループのデータ&アナリティクス部門をリードしている。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。