DXで直面するカベを突破せよ 新規事業を阻むカベを突破せよ--アイデア勝負ではなく、愚直に改善を重ねることが重要

2024-05-27

生成AIに代表される新興技術が日進月歩で進化する中、「デジタル技術を使って何か新しい事業を立ち上げたい」と考える経営者は少なくないだろう。だが、新規事業の立ち上げは容易ではなく、途中で立ち往生してしまった例を、われわれは幾つも目の当たりにしてきた。せっかく取り組み出した新規事業への挑戦が袋小路に入らないために気を付けるべき点は何か。今回は、特に日本の大企業が陥りがちなケースを踏まえて解説したい。

アイデア勝負に陥りがちな新規事業立ち上げ

まず、新規事業プロジェクトの入口部分で避けるべき点が、「新規性のワナ」だ。例えば、「せっかく事業を生み出すなら、前例がないものにしたい」といった現場の意欲や、「それはよそでもやっているよね」という上司の指摘によって、アイデア勝負の議論に陥ることがないだろうか。実際、「幾つものアイデアは生まれたが、なかなか稟議が通らず、気が付くと半年以上が経過してしまった」という悩みを抱え、われわれに相談をされるケースがある。そのような悩みに対してお勧めしたいのは、「顧客目線」と「事業者目線」のバランスの取れたストーリー作りをできているかの点検だ。

最初に確認してほしい点は、アイデアの検討段階で、徹底的に「顧客検証」を行っているかになる。もちろん正しい顧客セグメントを設定し、アンケートを行ってニーズを分析するなど、定量的な市場分析をすることは非常に重要である。だが、これだけで十分であろうか。

徹底的な顧客検証を行う例として、以下のような取り組みが挙げられる。まず、新規事業の開発段階に入る前に、「プレスリリース/よくある質問(FAQ)」や「モックアップ」を作成し、顧客が抱える課題とその解決方法に関して、徹底的に考察を重ねる。この際、統計データなどの外部データをうのみにするのではなく、自社で有する顧客データやフィードバックにより重きを置いて、企画案の作成および検証を実施する。また、サービス開始前に社員をモニターとして実際に活用してもらい、そこからのフィードバックを入手して、サービスの改善を実施する。これらにより、他社にはないアイデアが創出され、かつ自社の特性を活かした事業を展開することが可能になる。

近年では、事業化検証フェーズの顧客検証に「クラウドファンディング」を活用し始めている国内大企業もある。クラウドファンディングは資金調達手段としてのイメージが強いかもしれないが、テストマーケティングとしても有効である。「実際にお金を支払う顧客」の声に直接触れることができるため、仮説検証の手法として有効性が高いと言える。このように、事前に顧客に活用してもらうことは、新規事業において有用である。

また、顧客検証を行う際に、自社の歴史の振り返りも欠かせない。「過去のいずれの新規事業においても、ニッチな市場ではなく成長市場を見極め、その顧客の信頼を勝ち得てビジネスを成長させてきた」といったような、事業化のストーリー形成上のヒントが潜んでいる可能性がある。その企業らしさと成功体験が加われば、新規事業の成功の可能性は高くなると言えそうだ。

当初の計画にとらわれがちな新規事業開発

これらのハードルを乗り越えてようやく立ち上げたものの、計画通りに進まないのが新規事業の常だ。「稟議を通した計画を変更してしまうと、今期の評価に影響が出てしまうのではないか」「市場環境のせいにしつつ、このままの計画で乗り切ろう」と、事業者目線としては、目標の到達が難しいと分かっていても、ついその事実を先送りにして、その場をやり過ごそうとしてしまいがちである。このような事態に陥らないためにも、計画通りに行かないことを想定して事前準備をしておくことが重要である。

まず、新規事業の目的と期待効果を明確にし、どの段階で何をゴールとするかをきちんと定義し、経営層と合意する(KGI:キーゴールの設定)。そして、定期的な振り返りを行い、当初策定した計画を継続的に見直す仕組み(仮説検証アプローチ)を用意する。具体的には2~3カ月のスパンで、下記のフレームワークを活用して振り返りを行うことを推奨する。効果的な施策はアクセルを踏めばよいが、効果が期待できないのであれば適宜見直していくしかない。この当たり前の壁を越えることが、成功への近道となる。

  • ビジネス結果(KGIに対する計画と実績)
  • 実際に実施した施策(どんな活動をしたか?)
  • 効果的であった施策(うまくいったことは何か?)
  • あまり効果的でなかった施策(うまくいかなかったことは何か?)
  • 施策の実施を通じて判明した気づきと学び(当初の想定と何が違ったか?)
  • 次に実施する施策案(新たな仮説)

なお、設定するゴールは、「売上高」や「受注数」といった業績関連の指標だけにこだわる必要はない。新規事業の目的によっては、例えば、メディアでの掲載数や認知されたユーザー数などもKGIになり得るため、目的に応じて柔軟に設定するのがいいだろう。また、「効果が出ていないことは明確だが、やめ時が難しい」といったケースも多いため、撤退基準もあらかじめ精査しておくことも肝要だ。

ここでは、スマートフォンから軽食や飲み物といった店舗商品の一部を購入・配達できるサービスを提供した大手小売業のケースを想定してみしよう。当初の計画では、日中の忙しいオフィスワーカーをターゲットに、コーヒーやスナックなどの軽食メニューを充実させたが、目標の売上高の半分に満たなかった。チーム全員で振り返りを行い、見直しのためのヒアリングをかけたところ、「会社のロビーまで届いた商品を取りに行くのが面倒」「息抜きがしたくて、むしろ外に行く」などの理由から、顧客のニーズが高くないケースが判明することが考えられる。

そのため、当初はオフィスワーカーの購入・配達を想定していたが、実際には売上高の8割を主婦層が占めていたことから、ターゲットを切り替えた。なお、ヒアリングでは、「都市部に住み、頼れる親がそばにいないので、日中の家事・育児が大変。甘いもので一息つきたい」といったニーズが多く挙げられるであろう。

このように、振り返りを定期的に実施することで、当初想定していなかったニーズを発掘できるケースも少なくない。また、人事評価や予算管理など、現行の社内制度やルールが壁となる可能性もある。事前に経営層と振り返りの仕組みに関して合意しておくことで、このような壁も経営層と一体となって乗り越えることが可能になる。

新規事業は決してアイデア勝負ではない。愚直に改善を重ねることが重要

冒頭でも述べたように、新規事業の立ち上げは容易なものではない。成功に近づくには、以下のような工夫が必要となる。

  • 「アイデア勝負」に陥らない
    • 「顧客目線」を重要視しながら、「事業者目線」のバランスのとれたストーリー作りを行う
    • アイデア検討段階での徹底的な顧客検証を実施し、同時に自社の歴史の振り返りによるその企業の成功パターンを把握する
  • 目的と効果を明確にする。一方で、当初の計画にとらわれ過ぎない
    • どの段階で、どのような状態を目指すか明確にし、経営層と合意する(KGIの設定)
    • 定期的な振り返りを行うフレームワークとタイミングの準備
    • 仮説検証型を繰り返し、顧客の声に耳を傾け愚直に改善を図っていく

本記事は2024年5月1日にZDNet Japanに掲載されたものです。同社の許諾を得て転載しています。

執筆者

岡田 裕

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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村田 崇

シニアマネージャー, PwCアドバイザリー合同会社

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