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日本国内の人口減少と少子高齢化によって、医療、介護、予防を包括するヘルスケア産業ではその将来性が懸念されています。そこで期待されているのが、AIを搭載し、自律的に動くロボット、「フィジカルAI」の活用です。
既にAIはデジタル上で業務の効率化やデータの収集・分析などに活用されていますが、今後はそうした機能を頭脳として搭載したロボットが、現場の業務を代替する機会が増えていくことが想定されます。
ロボティクスによってヘルスケアはどう変わるのか、そこにどのようなビジネス機会があり、既存のビジネスにどのような革新をもたらすのか。ヘルスケア産業におけるロボットの役割と可能性ついて、PwCコンサルティングの専門家に話を聞きました。
登場者
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
辻 愛美
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
瀬川 友史
※対談者の肩書、所属法人などは掲載当時のものです。
(左から)辻愛美、瀬川友史
ヘルスケア産業では、国内の少子高齢化や世界的な環境変化などに伴い、さまざまな課題が想定されています。フィジカルAI(AIロボット)の活用によって、どのような課題が解決できるでしょうか。
辻:
2つあると思っています。1つ目は、ヘルスケア関連のサービスの品質と効率の維持です。例えば医療分野では遠隔手術や放射線照射による治療など医療現場でのロボット活用、未病や健康増進の分野ではウェアラブルデバイスによるバイタルデータの取得とデータの分析などがAIに期待できる領域だと思います。
瀬川:
AIは、模範解答がある作業を正確に行える点が長所です。そのような作業は人よりもAIの方が優れていることが多く、今後も質の維持と向上への貢献が期待できます。また、AIロボットは時間と空間の拡張をもたらします。例えば、高度な手術や診察ができる医師が地域にいなかったとしても、ロボットと医師をリモートでつなぐことで、空間や時差を超えて効率的に医療サービスを受けることができます。
辻:
2つ目は、ヘルスケア事業を支える労働力不足の解消です。医療や介護の現場はもちろん、薬局など周辺サービスをデジタル活用によって効率化し、支えていく必要があります。
瀬川:
潜在的な労働力の確保では、医療や介護の知見を持つ人たちをAIによってマッチングすることが想定されます。家事や子育てなどの事情で現場に出る時間がない人でも、「2時間だけ働ける」「週末は少し時間が空く」といったケースがあり、そのような人たちをマッチングで集めたり、遠隔でつないだりすることによって効率的に働ける機会を創出できます。
また、ヘルスケア産業に限りませんが、労働力不足の解消はタスクシフトが重要です。必ずしも医師が行わなくて良いことは看護師、准看護師や看護補助者に、必ずしも人でなくてもできる作業はロボットで半自動化、自動化していくことが人手不足解消の手段になります。
辻:
AIやロボットへのタスクシフトにより、ホスピタリティやクリエイティビティなど、人が得意とする能力を発揮できる環境を整えることが可能になりますね。
瀬川:
はい。AI活用では、ヒューマンオーグメンテーション(Human augmentation)という言葉があります。これは、テクノロジー活用により、人が持つ能力を強化、拡張することを指す言葉で、AIやロボットは人の活躍を促進するツールになるということです。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 瀬川 友史
現状は、AIやロボットが「雇用を奪う」と考える人もいます。テクノロジー活用を推進していくためにはこの考え方を変えていく必要がありますね。
瀬川:
日本はロボット活用を受け入れやすい土壌なのではないかと思っています。日本が高度経済成長期だった1970年代、国内企業は製造業を中心にロボット活用に取り組み、「ロボット大国」と言われるほどになりました。ロボットを仲間とすることによって慢性的な人手不足に対処してきた経緯があるということです。AIやロボットも同様に、業務の中に取り入れられていくだろうと思います。
辻:
ヘルスケア産業では、AIは既に業務の効率化やデータの収集・分析といった業務で役立っています。今後はデジタル空間のみならず、自律的に判断して行動できるロボットをどのように使うかが重要になりそうですね。
瀬川:
そうですね。ロボットに何を任せるか、ロボットを使って業務をどう設計し直すかといった視点が加わると、働き手から見た仕事の評価も変わります。例えば製造現場の溶接業務について聞いた話です。溶接は危険で大変な仕事ですが、今は実務をロボットに任せられるようになり、人はロボットの動作を管理したり、新たな活用方法を考えたりする方向に変化しつつあります。その面白さが若い人たちに伝わり、溶接という仕事の評価が変わることで、興味を持つ若者が増えているそうです。
辻:
それは大きな変化ですね。ヘルスケア産業においても、使命感を持ち仕事に従事するエッセンシャルワーカーの方が真に報われたり、ヘルスケアの仕事そのものの評価や位置付けが変わったりしなければならないと思っています。
AIやロボットの活用は各国共通の主要なテーマであり、市場規模も拡大し続けています。グローバルでのロボットの開発や活用ではどのような潮流がありますか。
辻:
ヘルスケア産業では、施術や治療など医療サービスの支援や代替、入院や在宅治療のモニタリングなどでの活用が進んでいます。ロボット導入に関わる法制度の内容や整備状況には国によって差がありますが、産官学連携による社会の受け入れ体制を高めていくことが重視されています。
瀬川:
メーカー側の潮流は、大手ソフトウェア企業がリードする米国式の開発と、ハードウェアドリブンで身体機能を重視している中国式の開発があります。米国式では、ロボットベンチャーが多額の出資を集めながら市場に受け入れられそうなロボットを作ります。中国式では、ハードを低コストで製造できる強みを生かし、とりあえず市場に出して使ってもらい、ユーザーのデータを取って次の製品のアップデートに役立てています。
辻:
人口減少や少子高齢化などにおける課題先進国であり、かつて「ロボット大国」と言われた日本だからこそ、グローバルに対し日本式のロボットとして価値を創出していくことができるのではないかと思います。
瀬川:
キーワードは品質と安全です。品質は、これまで蓄積してきた「日本製」のノウハウとブランドがAIロボットにも通用するはずです。安全は、日本企業が持つ信頼です。例えば、お手伝いロボットを家に入れるにしても、信頼できない企業の製品は置きたくないと思います。品質と安全は米中に勝る強みであり、AIの進化とうまく融合させることで、ロボット市場で優位に立つ機会につながると思っています。
もう1つポイントとなるのは、半導体です。現状、半導体は米国や台湾が市場をリードしていますが、日本にも強みを持つ半導体製造装置のメーカーや、政府の支援体制があります。半導体産業の戦略とロボティクスがつながれば、日本はロボット分野の競争力を高められると思っています。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 辻 愛美
現場でのロボット導入を進めていく上で、技術的にはどのような課題がありますか。
瀬川:
従来のロボットは、「この部品に、このような加工をして、ここに置く」など、あらかじめ指定した手順通りに作業することが多く、指示がばらつく作業は人がやるしかありませんでした。しかし、最近はAIが進化したことでより多くの作業を任せられるようになっています。一方、制御についてはまだ硬直的です。例えば、つぶさないようにつかむ、優しく置くといった動作は、人が細かくプログラムする必要があります。
辻:
コミュニケーションの面では、LLM(大規模言語モデル)の進化によってスムーズな会話が成り立つようになっていますが、現場で患者などと応対するのもまだ難しいですよね。
瀬川:
そうですね。AIチャットボットなどと会話してみると分かると思いますが、生成AIはコンテキスト(文脈)を含んだ理解や表現ができません。そのため、医療や介護の現場で必要な「相手を理解する業務」はまだハードルが高い状態です。特に日本を含むアジア圏はコンテキストが豊富な状態で対話をする国民性があるため、ロボットの活用にはAIのさらなる発展が求められます。ただ、この分野も技術が進化しています。人と同じように理解し、人と同じように動くロボットの誕生もそう遠くはないと思います。
辻:
治療や介護を受けたりする人たちが、どこまでロボットを受け入れられるか、という問題もあります。診断結果が同じだったとしても、医師から伝えられるのとAIから伝えられるのとでは心理的な違いがあります。また、治療方針や注意事項などの伝え方が医師の評価や信頼に含まれます。
瀬川:
そうですね。私たちは、日常的な会話の中で相手の声のトーン、話すスピード、表情などを情報として受け取りながらコミュニケーションを取っていますが、それをロボットが再現できるかというとまだ難しいと思います。ただ、日本流の「おもてなし」やコンテキストを踏まえた開発は重要だと思います。倉庫などで荷物を扱うピッキングロボットを例にすると、海外のロボットは作業が荒く、日本のロボットはとても丁寧です。そういう文化や価値を組み込むことも大きな特徴になると思います。
技術面以外ではどのような課題がありますか。
辻:
AIはデジタル空間で動くため形を持ちませんが、ロボット化する際にはハードをどうするかがポイントです。例えば、医療には「手当て」という治療があります。無機質なロボットの手で治療や介助をしてもらうことに、一定数の人は不安を感じます。
瀬川:
擬人化という点では、ロボットを人間の姿や振る舞いに似せようとするほど、かえって不気味に感じられてしまうことがあります。この心理現象を「不気味の谷現象」と言います。ロボットを現場に立たせる際には、この谷を超えなければなりません。
辻:
ロボットがリアルになりすぎると、親近感が違和感や嫌悪感へと変化してしまうというのはよく聞きますよね。見た目だけではなく、医療やヘルスケアで重要となるコミュニケーションを担う声も同じなのかもしれません。治療など人と触れ合う場面ではペット型ロボットを用い、さらに一部にロボットらしい見た目を残しているのも、不気味の谷に落ちないためにあえて工夫しているのではないでしょうか。
瀬川:
以前、認知症ケアや心理的ケアに用いる日本のアザラシ型のロボットが海外で医療機器認定を取りました。ポイントは、アザラシをモチーフにしたかわいぬいぐるみの形にしたことです。犬や猫などと比べるとアザラシの見た目や動きを詳細に記憶している人が少なく、似ているかどうかがよく分かりません。実物が分からなければ似すぎていると感じることもなく、つまり不気味の谷に落ちないわけです。
辻:
ペット型ロボットは機能が限定されている点もポイントだと感じます。例えば、国内メーカーが開発したAIペットは、飼い主(持ち主)とのコミュニケーションを通じて個性を構築し、嬉しい、寂しい、甘えたいといった感情を個体それぞれの仕草や鳴き声で表現します。この機能は高度なのですが、機能はこれ1点です。カメラを活用した見守りや会話の機能もありません。技術起点で考えると、あらゆる機能を搭載する方が良さそうに感じるのですが、この事例を踏まえると、機能を絞った「弱いAI」にも需要と商機があると思います。
瀬川:
多機能化や高度化は、日本企業や、日本人の真面目さが現れるところです。日本のメーカーのほとんどが100点満点の状態で市場に出したいと考えます。
ただし、ロボット開発では、ある程度の完成度で市場に出し、ユーザーの要求に応えながら市場で進化させていくアプローチも大事です。そもそもAIが進化し続けているので、ロボットにできることも増え続けます。現時点での100点が数年後には満点ではなくなっていると考えることがポイントです。
(左から)辻愛美、瀬川友史
ロボティクス分野の支援で、PwCコンサルティングはどのような強みを発揮できますか。
辻:
ヘルスケア産業におけるロボット活用の可能性を探っていく過程では、AIやロボットに関する専門性だけでなく、テクノロジーとヘルスケア産業の今後の動向を見通す力によって事業そのものをデザインしていくことが求められます。その点、私たちPwCコンサルティングには、AI、ロボット、クライアントの各産業について専門性を持つメンバーがいます。瀬川さんが所属するTechnology Laboratoryは、まさにその1つですよね。
瀬川:
はい。AIやロボティクスの目利きをする力があることに加えて、クライアントが属するインダストリーの変化を見抜く力、さらにそれらを融合させた未来のありたい姿を描けるエンジニアや、研究者出身のコンサルタントが多く在籍しています。テクノロジー実装の方法、導入や活用に向けた概念実証(PoC)と研究など、業務に落とし込んでいくためのポイントを深く理解していることも特長です。
辻:
より大きな視点では、私たちはPwCグローバルネットワークによる連携を通じて、ヘルスケア関連の法令対応、新しいビジネスモデルや戦略の策定、技術情報の提供などを幅広くカバーできます。ロボット活用は自社の知見やリソースのみで進めるよりも、私たちPwCコンサルティングのような外部組織をうまく使いながら最善、最適な方法を見つけていくことが大事だと思います。
瀬川:
クライアントの事業内容、ガバナンス、現場のオペレーションのポイントを理解した上で、テクノロジーがどうはまるかをデザインできるコンサルティングファームは少ないと思います。
辻:
そうですね。AIやロボットを当たり前に使う時代では、あらゆる企業が業務や事業をデザインし直す必要があり、その方針や方法を策定することが大きな課題だと思います。現状の事業プロセスやオペレーションを一回全て壊さなければならないケースもあり、これが心理的な重荷になります。
瀬川:
日本の社会は既に仕事も生活も最適化されているため、ロボットの導入や活用といった新たな変化によって現状のQOL(生活の質)が悪化するのではないか、今の仕事の快適さが損なわれるのではないか、との疑念があるように感じます。
辻:
だからこそ、一過性の変化が多少のデメリットを伴うとしても、その先にどのような世界が広がっているかをクライアントと一緒に考え、構築していくことが大事ですね。進化し続けるテクノロジーを試し、育て、導入して、定着させ、成果を出すまで伴走支援する――こうしてヘルスケア産業の持続的な発展に貢献することが、私たちの役割なのだと考えています。
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