「Monthlyミクス」2020年9月号 寄稿

2020-09-16

製薬メーカーにおける営業・マーケティングの変革の必要性
“いま我々は転換点にいる”という仮説に基づいて

第三回 課題を踏まえた上での変革実現へのロードマップ

本誌7月号よりスタートさせた連載も今回が最終回となる。振り返ると、第1回が「起こり始めている未来を見据えた、医薬品の営業・マーケティングが求められる変革(仮説)」、第2回が「求められる変革の実現への課題」と連載してきた。最終回となる本稿は「課題を踏まえた上での変革実現へのロードマップ」をお届けしたい。

1.振り返り

求められる変革の方向性を「①非対面コミュニケーション強化」、②「専門家活用・チーム対応の強化」、③「アナリティクスの活用」とした。そして、変革実現への課題をコンサルタントの立場から「シナリオ構築力・AI活用力の強化」、「実験型組織化」、「データの可視化」、実務責任者の立場から「人財強化」、「マネジメントのコミットメント強化」、「旗振り役/ガバナンス強化」とした。今号では、これらの課題を踏まえた上で、変革を実現するためのロードマップを考えていきたい。

2.変革実現へのロードマップ

ロードマップを構成する要素を、大きく以下の2つと考えることができる。

①戦略アジェンダの設定方法
②個々のチャレンジを成功させる方法

変革はひとつのチャレンジの成功だけで実現することは少なく、いくつものチャレンジを成功させた結果として実現されることが多い。したがって、どのようにアジェンダを設定し、チャレンジを重ねていくかが重要となる。そして、それぞれで成功する必要があることから、個々のチャレンジを成功させる方法も整備しておかなければならないというのが我々の考え方だ。なお、ここではロードマップ自体は提示しない。それは皆さんの問題意識や目指すところによって異なるからである。

①戦略アジェンダの設定方法

我々は「既存の取り組みの進化(深化)」と「新しい戦略・戦術の発見(探索)」のそれぞれを、明確な意思のもとで行うことが望ましいと考える(図1:「戦略アジェンダをどのように設定するか」参照)。

「深化」については、既存の施策に改善余地が残っていること、そしてその改善が短期で成果を生むケースが多いこと(実現性が高い)、また、既存の取り組みを研ぎ澄ませた結果、深い洞察から新しいアイディアが見つかるケースが多いことが、その必要性を証明すると考えている。

「探索」については、既存の施策の延長線上にない戦略により、今まで以上の成果が得られる可能性があること、また、環境変化により既存の戦略が成立しなくなる可能性があること等が必要な理由である。なお、探索は成功確率が低いため、前号でも述べたが、余裕のあるうちから余裕の範囲内(小規模)でチャレンジを繰り返す(手札を多く持つ)必要がある。最初から上手くいくことは少なくピボットを繰り返し、スイートスポットを見付けていくことになるが、大規模に進めるとコストが重く次のチャレンジの余力が早々になくなったり、容易に方向転換できなくなったり、チャレンジ全体が成功しないままに終わることが多いと考える(金生・伊藤、それぞれの起業経験の中での共通の反省点でもある)。

②個々のチャレンジを成功させる方法

図2の「チャレンジを成功に導くステップと散見される失敗」を参照していただきたい。我々の経験上、チャレンジが成功するケースではこれらの5つがしっかりと行われている。そして、自戒を込め、我々の経験も含めた失敗につながるポイントも共有したい。

●Step 1:課題設定

「あるべき姿」と「現状」のギャップを明確化し、そのギャップの要因を特定・定義するのが課題設定である。しかしながら、現実には「ツール」や「掛け声」ありきで進むケースも多い。最近では、社会全般ではDX(デジタルトランスフォーメーション)が、製薬業界ではデジタルシフトがそれに該当するだろう。

筆者(伊藤)は2000年代半ばより製薬業界の営業・マーケティングに携わっているが、デジタルマーケティング強化のチャレンジについて、ブランドチーム(フロント部門)が主導する場合は成功するケースが多く、デジタルマーケティング専門組織が主導しているケースでは成果が出にくい傾向にあったと認識している。前者はマーケティング上の課題が明確になっている一方、後者はそこに曖昧さを残すケースが多かったことが原因だと考えている(なお、デジタルマーケティング専門組織がナレッジ共有のハブになっているケース、プロジェクト管理をリードするケースでは成功確率が高いことにも触れておきたい)。

また、ここではマネジメントや旗振り役となる組織が課題設定にコミットすることも重要となる。

●Step 2:打ち手の検討

打ち手はそれを実行すれば課題が解決されるもの、つまり「あるべき姿」に到達するものでなければならない。打ち手のインパクトや実現率を推計し、綿密に打ち手を検討・選択していくことが求められる。

ここでの失敗パターンのひとつは、製薬ビジネスになじまない事例を参考にして施策を実施しているケースである。例えば、IT企業が行っている施策を自社にカスタマイズすることなく導入することは避けたい。インサイドセールスなどはIT企業を中⼼に奏効しているが、製薬メーカーの現状を踏まえるとそのまま取り入れても成功しないだろう。消費財メーカーが展開する先進的なデジタルマーケティングも同様である。共通する理由はターゲット顧客数の違いである。インサイドセールスに成功しているIT企業や消費財メーカーは、顕在・潜在顧客数が多い。一方、医療用医薬品の場合、顧客は医師約29万人に限られ、製品別にはターゲットが1万人未満のケースも多い。つまり、潜在顧客の数パーセントを顧客化できれば十分な事業サイズになるビジネスと、限られた顧客を高確率で獲得していくビジネスでは、マーケティングや営業の方法は異なるのである。なお、一時期、多くの企業が他業界でのデジタルマーケティング経験者を積極採用し現状打破を図ったが、一部の人材は今も製薬業界で活躍しているものの、多くは既に業界を離れており、それは業界の特殊性を表しているのかもしれない。その意味では、製薬は「進化(深化)」がより重要な業界とも考えられる。

最後に、必要ケイパビリティの獲得方法についても述べたい(図3:「外部調達(委託)と内部調達(人材育成)の関係性」参照)。変革を進めるために必要なケイパビリティが最初から揃っていることは殆どないだろう。特に前号で触れた「シナリオ構築力・AI活用力の強化」を実現する人材に不足感があるケースが多い。ケイパビリティの不足を補う際、我々は期間を限定し外部の専門人材を活用することが中期的に最も望ましい姿だと考える。全てを内部で対応するケースは成功率が低いこと、また、内部にナレッジを蓄積することを軽視し外注に頼り切るケースが散見されることにも注意したい。

●Step 3:コミュニケーション

言うまでもなく、新しい取り組みを現場に着実に実行してもらうためにはコミュニケーションが重要である。100の利益をあげられる素晴らしい戦略があっても、コミュニケーションのCVR(コンバージョンレート、広告を見た人のうち資料請求をした人の割合等、次のステップに進む人の割合)が低ければ、得られる利益は微小なものとなる。これも自戒を込め、実際にはコミュニケーションのCVRが低いケースが多いように思う。

今回、改めて金生・伊藤で議論したところ、コミュニケーションのCVRをあげるには①認知バイアスを乗り越えること、②センスメイキングを行うこと、の2点が特に重要なのではないかという結論に⾄った。

①認知バイアスを乗り越える

同じ文章を読んだら全員が同じ情報を受け取るわけではない。それぞれの人が持つフィルターをとおして文章を読むことなるため、受け取る情報はそれぞれに異なる。また、認知バイアスのひとつに「確証バイアス」というものがある。これは「人は自分が導きたい結論をサポートする情報を中⼼に集めてしまう」というものである。コミュニケーションのCVRを高めるには相手の反応を予測した上で、それに沿った伝え方を取る必要があるのだ。

ここで重要な点は、コミュニケーションのCVRが低い戦略は実効が上がらないため、この問題はコミュニケーションだけにとどまらず、戦略の内容自体にも影響を及ぼす(内容の見直しが必要)ということだ。詳細な説明は避けるが、人はリスク回避傾向が強く、変化を嫌うことも分かっている。

②センスメイキングを行う

センスメイキングとは「組織や周囲のメンバーに、その意味を納得(腑に落ちる)させ、行動を起こさせていく」プロセスのことを言う。最近では、デザイン思考等の中でストーリーテリングという単語を目にすることが多いが、ほぼ同意と考えて問題ない。

新しい取り組みを進める際には、ビジョンを伝え、周囲を巻き込み、共感を得ることが重要となる。先日もあったことだが、トイレットペーパーがなくなると思えば、人々は買いだめに走る。信じると人は動く。ストーリーの力は強い。

ここでも、これまでの取り組みを反省してみたい。最も多いのは、上述の認知バイアスへの配慮が不十分だったケースである。事業環境の変化、そこから導き出される「あるべき姿」の説明など、経営者視点でのロジックに偏り過ぎていたように思う。変革実現に向けたステップを一歩ずつ進めていくには、むしろ、実際に現場で活動に関わる人にとってのセンスメイキング、「現場が乗りやすい」ストーリーでの説明を行うべきだと考える。また、その際は、不確実性の高い将来の話ではなく、確実性の高い近未来(半年先、1年先など)の話の方が納得しやすかったのではないかとも思う。一足⾶びに大きな変化を目指すより、「急がば回れ」という発想を持った上で戦略的に取り組むべきと考えている。

●Step 4:ハンズオンの実行支援

新しい仕事の方法を身に付けてもらうには、ハンズオン、つまり「手取り足取り」の支援も重要となる。その支援を担うのはCoE組織等の「旗振り役」であり、前号で課題のひとつとしてあげた「旗振り役の強化」、そして、その活動を支援すべく「マネジメントの(変革への)コミットメントの強化」がここでも求められる。

よくある失敗は「現場丸投げ」である。誰も失敗したくない上、慣れない仕事は負荷が大きい。粘り強く取り組まない限り、すぐに元の仕事の方法に戻ってしまう。この文脈においては、CoE組織・旗振り役のリソースが限られることから、スモールスタートし、少しずつ成功体験・事例を作っていく、その過程で、現場で変革をリードする人材を少しずつ増やしていくという方法がベストなのではないだろうか。一度に大きな変化を目指すのは、やはり現実的に難しいと考える。

●Step 5:モニタリングと分析

いよいよ、最後のステップとなる。モニタリングでは、粘り強く新しい取り組みを浸透させるべく、問題の芽を早期に摘んでいくこととなる。そして、ここではデータの可視化が重要であり、その必要性は前号で述べたとおりである。

分析においては、「実験型組織」となっていくために「学び」を得ることが重要なポイントとなる。学びがあれば、成功率が徐々に上がり、インパクトも強化され、次のチャレンジが見付けられる、といったように取り組みが続いていく。しかし、学びがなくなると、その瞬間にチャレンジは無駄な投資と位置付けられ中⽌を求められることとなる。既述のとおり、最初から上手くいくチャレンジはほぼ存在しない。PDCA、ピボットを繰り返しながらスイートスポットを見付けていく。学び続けることの重要性を重ねて述べておきたい。

3.まとめ

今回、我々が⼼掛けたのは、多くの製薬企業にとって再現性のあるインサイトを提供したいということと、一般化し過ぎることで、どこにも帰着しないような議論は避けたいということだった。しかし、その思いとは裏腹に、実際には議論が尽きない無限ループに入ることもあった。そして、その原因はDXというテーマの特徴にあるように思う。DXは本来手段であり目的ではないはずなのに、議論が進むに連れDX自体が目的化してしまうことが多いからだ。

例えば、既述のとおり、戦略アジェンダのカテゴリには「既存の取り組みの進化(深化)」と「新しい戦略・戦術の発見(探索)」の2つがあり、各取り組みがどちらのものか、明確な整理が必要である。そして、個々の力を引き出し結集するためのロードマップ(一連の戦略アジェンダ)を描くことが極めて重要だと思う。きちんと課題を整理して取り組めば、日本人は本来、創造性も高いし、地道に改善して成果を出すことにも長けていると言われるからだ。

また、綺麗事に聞こえるかもしれないが、企業や業界の垣根を越えたDXの実現により、日本の医療全体がその恩恵を受けられるようにすること、そのための戦略アジェンダを設定することが個人にとっても企業にとっても利益を最大化する道であると信じている。是非、AIや5Gなどの新しいテクノロジーも活用しながら、明確な目的意識のもと各メンバーの力を正しく引き出し、実務者・当事者として営業・マーケティングの変革を推進していきたい。

執筆者

ファイザー株式会社 アップジョン事業部門GTM戦略部長 金生 良太
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 伊藤 賢

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

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