「Monthlyミクス」2020年8月号 寄稿

2020-08-20

製薬メーカーにおける営業・マーケティングの変革の必要性
“いま我々は転換点にいる”という仮説に基づいて

第二回 求められる変革の実現への課題 製薬企業での取り組み事例から

事業環境が大きく変化する中で、我々はどう変わっていくべきなのか、読者の方に思考のきっかけを提供することを目的に、ファイザー株式会社アップジョン事業部門GTM戦略部長の金生良太とPwCコンサルティング合同会社シニアマネージャーの伊藤賢で、先月より3回連載で寄稿している。今回は、第2回として「求められる変革の実現への課題」について執筆する。

1.製薬企業の支援を通して感じること(コンサルタントの目線から)

PwCコンサルティングでは多くの製薬企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)やAI活用の支援を行っているが、コンサルタントの立場から感じていることを紹介したい。

(1)良い点と成長余地

良い点として、まずはデジタル領域におけるチャレンジの積極性をあげたい。多くの製薬企業は以前から多数の先進的なチャレンジを行っているが、いくつかの企業ではそれらを加速させている。このような動きをポジティブに捉え、試行錯誤を重ねているMRも多い。業界全般にそのような機運があり、2000年台半ば・後半からeディテールが加速度的に浸透していった時期を彷彿とさせる。

もうひとつの良い点は、アナリティクスへの関心の高まりと、AIを活用したデータ分析による意思決定の浸透であろう。たとえば、ファイザーを含む弊社支援クライアントではAI分析からの示唆を意思決定に活用し、かつフィールドに展開している。分析のための分析ではなく、実行(エグゼキューション)のための分析を行っている。

先進企業にとっての成長余地はどこにあるだろうか。最大の成長機会は上述のチャレンジを組織全体の推進力強化につなげていくことにあると考える。そして、その実現には「“Data-driven” PDCAの実践」が重要となる。PDCAというと使い古された単語に聞こえるかもしれないが、現在においても、その実践レベルが組織の成長力に大きく影響すると各所で言われており、仮説構築・検証の繰り返しは、正解のないイノベーションが求められている今だからこそ重要性が増している(図1:「成長を加速させる“Data-driven” PDCA(全体像)」参照)。

(2)成長加速のための“Data-driven” PDCAの実践に向けた課題

分析による様々な示唆から戦略仮説とアクションプランを構築し、それを実践・検証しながら継続的に意味のある成功と失敗の経験を積む、そして意図的に学びを得ていく。学びの質と量が競争力につながるわけだが、このPDCAの実践に際しての課題を以下に述べたい。

①Planに関する課題:シナリオ
構築力・AI活用力の強化

ここでは「a. (顧客の思考を反映した上で)何をどう伝えれば、どのような症例で自社品の処方を増やすか」、「b. そのディテールスト―リー(aの内容)が奏効する可能性の高さを証明するデータは何か」「c. どのようなデータを組み合わせ、また加工し、どのようなインプット(説明変数)を作り、どのようなアルゴリズムでそれらを分析するとどのような示唆が得られるか」といった3種類のシナリオを想定している。最初の2つ(aおよびb)にはビジネススキル、最後の1つのcには分析スキルが求められる。

まずは前者のビジネススキルについて述べる。ここでは、データ分析の結果を市場、顧客、競合、自社の実力に対る深い理解のもと、コンテクストとして解釈することが重要となる。そうでなければ戦略・戦術を構築できず、かつ現場に説明力を持ちえないからである。次に、後者の分析スキルについて述べる。経験上、最初から分析に必要なデータが揃っていたことはない。逆に、揃っているなら誰でも示唆を得られるので分析が競争力につながらない。ここでは、仮説を持ちながら現有データを組み合わせたり加工したりしながら、必要なインプットデータを構築する能力が求められる。また、一通りの分析手法の理解と、それらを自身のビジネスへ応用するスキルも必須である。インプットデータの議論と同様に、最初から「この課題にはこの分析」とアプローチが見えていた経験は殆どない。データ作成とアルゴリズムの選択を両輪として、AI分析のシナリオを構築していくスキルが必要となる。

コマーシャル部門で中心的に用いるAIの技術要素は機械学習(Machine Learning)であり、その特徴は計算力の強さと多次元での分析力(人間は3次元以上になると物事を把握しにくい)により、人間が気付き得ない特徴を見出せる点だと捉えている。具体的な活用事例を図2「営業・マーケティング領域でのAI分析事例(抜粋)」で紹介しているので参考にしていただきたい。いずれも、機械学習により人間が感知し得ない特徴を可視化し、戦略・戦術に反映させた事例となる。

②DoおよびActionに関する課題:実験型組織化(チェンジマネジメント)

「実験型組織」という単語は⽿馴染みがないかもしれないが、仮説構築・検証を繰り返し、学び、成長する組織を言う。ここでは「失敗に対する誤解」を解きたい。上手くいかないことが分かっていることを実践するのは愚であるが、失敗と「間違っていること」とは異なる。A/Bテストという単語を聞いたことのある方は多いだろう。AとBを試し、より成果の出た策を採用するというものである。なぜA/Bテストが必要なのだろうか。答えは「より良い策を見つけるため」である。したがって、仮にAの成績が良かったとしても、Bはそれを証明するために必要であり、間違いではなく「必要な失敗」と言える(どちらが良いか最初は分からない)。また、データはあくまで過去の結果であり、成長を続けるには常に新しいチャレンジ(A/Bテスト)が行われ、その結果のデータが継続的に追加されていかなければならない。

しかしながら、製薬業界に限らずこのような考えが組織に浸透しているケースは少ない印象がある。全社的な戦略・計画が年単位で決まるものの、年間を通じて思考錯誤を重ねるケースは多いとは言えないかもしれない。前期に「何が上手くいき、何が上手くいかなかったのか」の分析があまりないケースも見受けられる。また、何となくの反省はあるが、それをしっかり文章で書く、つまり、ナレッジ化・形式知化するケースが少ない点も懸念している。一般的に文章に書いて初めてナレッジとなると言われている。本社・現場ともに、より良いアイディアを探し、学び続ける文化を形成することが望まれる。

なお、DoおよびActionで求められることは、マネジメントによる方針の打ち出しと、新しいことにチャレンジする現場へのハンズオンのサポートとなる。また、意思を持って積んだ経験が豊富であることが競争力につながるため、早期に着手するほどアドバンテージが大きくなると言える。

③Checkに関する課題:データの可視化

仮説検証に、データ収集は必要不可欠である。つまり、戦略仮説に基づく活動計画の着実な実行と、そこからのデータの獲得が求められる。また、新しい取り組みを進める際、その障害となる事由は多数存在することから問題の芽を早期に摘むことが重要だが、可視化ツールはそのための進捗把握・問題発見に大いに役立つ(BIツールと並行してAIを活用すればなお強力になる)。

データの可視化は文章化の議論に近いが、グラフにすることで初めて見えることは多く、それが新しい仮説の構築に貢献することも付け加えたい。問題や傾向が見えていないケースにおいては、データがグラフ化されていないことが意外に多い。

2. Project AIZOMEを通して感じること(実務責任者の目線から)

ファイザー株式会社アップジョン事業部門では、2019年より、Project AIZOMEという名前でAIの本格的な活用を開始している。名前の由来は、日本古来の染色技法である藍染めのように、⽩地に藍(AI)を染めることにある。同様に組織のあらゆる課題解決にAIを有効活用し、ビジネスのあらゆるシーンでAIやビッグデータを活かせるような下地を作ることを目指している。我々もプロジェクトの準備も含め数年の経験しかないが、その中で実際に直面した課題等を紹介したい。

(ア)人財に関する課題

弊社は外資系企業ではあるが、他の日本企業と同様、求められるケイパビリティが変わったからと言って、欧米のDX(デジタルトランスフォーメーション)ように人を⼊れ替えることはできない。大部分は、既にいる人財を再トレーニングし新しい能力を身に着けてもらう必要がある。

現実的な市場環境で、誰がどのレベルまで新しい能力を身に付けなければならないか︖もちろん、自社ですべてを内製化すべく、データサイエンティストを採用し、育成できるのが理想ではあるが、そういうことができる企業は限られるであろう。多くの企業において、内製化すべきところと外部のリソースを活用すべきところの戦略的な見極めが求められているのではないだろうか。その上で、組織全体のAI活用に対する理解の底上げ(リテラシー)、正しく活用するための最低限の実務者の知識(ナレッジ)、自らのビジネスの戦略においてAIをどのように活用していくか(アダプテーション)、また、各種取り組みの優先順位はどのようなものかを考えていかなければならない。チェンジマネジメントのフレームワークは多数存在し、それぞれに利点や欠点があるが、現実的にはこの順番、このレベルが良いという絶対的なマニュアルはなく、個々の企業のカルチャーや組織・人財にその方法を合わせていく必要があると考える。例えるならば、スーツに合わせて自らの体を変化させるのではなくて、自らの体に合うようにスーツを仕立てるということが重要なのではないだろうか。「あるべき姿がこうだから、それに合わせて組織をストレッチさせるべき」という考えもあるが、無理したひずみは必ずどこかに弊害を生む。自身の経験から「あるべき(To Be)」と「現状(As Is)」のバランスをとること、そして、そのためには持続的に人財育成に取り組むことが必要である。冒頭の話とは逆説的ではあるが、日本は欧米に⽐べ従業員の組織定着率が高いので、変革における人財投資は、長期的に見ればリターンとして期待できるようにも思える。

(イ)変革へのコミットメント

“Good is the enemy of great. And that is one of the key reasons why we have so little that becomes great”とよく言われる。一般的に製薬産業は、他産業に⽐べ、公共性、公益性も高いことから経済原理だけの破壊的な変革にはさらされていないともいえる。だからこそ「そこまで無理をしなくても良いのではないか︖世の中の方向性に合わせていけば、やり過ごせるのではないか」という淡い期待が生まれやすい環境にある。言葉にしないまでも、そういう空気があることは否定できないのではないだろうか。しかし、長期的・戦略的視野をもって考えると、変革は経営体力に余裕があるうちに実施していった方が戦略的な選択肢を多く持てることから、変革とは求められる前に実施することが原則であることを忘れてはならない。また、これもよく言われるが、デジタルの世界は“Winner takes all”となるケースも多い。先行者利益が非常に大きい世界だからこそ、リスクをとって進めることでリターンが大きくなる。言うほど簡単ではないことに日々苦悩してはいるが、失敗を避けるということと成功を目指すということは違う、デジタルレースに参加するということはそういうことだと受け⼊れるしかない。マネジメントレベルでこのことにコミットできるかどうかということが成否を分けるといっても過言ではないと言える。

(ウ)旗振り役/ガバナンスに関する課題

自身の経験では、初期において部門横断的な専門部署(CoE)がマネジメントに近いところで旗を振ることが、立ち上がりを加速する上で最も有効であったと感じている。よく何が成功要因だったのか質問を受けるが、振り返ってみると、この部署が独立した組織として存在する意義はAutonomy(自律性)にあると思う。マネジメントに近いところで意思決定をサポートするものの、上司の顔色を伺ったり、お伺いを立てたりすることに腐心していては全く機能しない。組織内のパワーバランスや部署間の思惑とは距離を置き、方向性を示して、強力に変革を推進することが役割であって、部署間を調整することが役割ではない。

特に企業規模が大きくなればなるほど、それぞれの部署が専門性をもってサイロ化している。データ管理、分析、マーケティング、営業、各部署ではその部署内でのオペレーションルールの浸透や最適化が進んでおり、外から変えていくのは容易ではない。何かに変更を加える場合、そこにかかる工数、業務負荷、予算、リソース不足(既存業務で時間が埋まっている)の問題から「やりたくてもできない」という状況に直面することが日常茶飯事である。そういう状況こそがマネジメントがきちんと対処しなくてはならない場面であり、CoE組織は部門横断的に全体最適を目指しハンズオンしていくべきだと考える。ここでは、CoEの機能強化に向けた組織作りを課題として捉えている。

これは私見に過ぎないが、CoE組織をマネジメントする中で、うまくやっていく適性やコンピテンシーが見えてきた。このようなポジションでうまくやっていくには、嫌われようが批判されようが気にしない図々しさや、苦労やストレスを楽しさや、やりがいへ変換できる楽観性が極めて重要である。一見、華やかにみられるが、実態は限りなく泥臭く報われないことも多いことをお伝えしたい。

3.最後に

第1回「起こり始めている未来を見据えた、医薬品の営業・マーケティングが求められる変革(仮説)」、第2回「求められる変革の実現への課題」と連載してきた。次号は最終回として「課題を踏まえた上での変革実現へのロードマップ」について寄稿する予定である。

執筆者

ファイザー株式会社 アップジョン事業部門GTM戦略部長 金生 良太
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 伊藤 賢

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

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