「Monthlyミクス」2020年7月号 寄稿

2020-07-10

製薬メーカーにおける営業・マーケティングの変革の必要性
“いま我々は転換点にいる”という仮説に基づいて

第一回 営業・マーケティングの近未来像 起こり始めている環境変化から読み解く

2000年前後のインターネットブーム、2010年前後からのスマートフォンとソーシャルメディアの浸透、2016年頃からのAIブームとその浸透。その後、『アフターデジタル』(オンラインとオフラインが完全に融合した、オン・オフの概念さえない世界観)が広く語られ始め、さらに今、人類史上に類を見ないパラダイムシフトを目の当たりにする可能性が見え始めてきている。そのような事業環境下において、今、我々はどう変わっていくべきなのか、読者の方に思考のきっかけを提供できればと、営業・マーケティングの変革に共同で取り組んでいるファイザー株式会社アップジョン事業部門GTM戦略部長の金生良太とPwCコンサルティング合同会社シニアマネージャーの伊藤賢の2人で、現実化し始めている未来に向けての変革の方向性について筆を執ることとした。本稿を入れて3回の連載で、営業・マーケティングはどう変革されていくべきか、仮説を述べさせていただくので、ご一読いただければ幸甚である。

本連載では、第1回が「起こり始めている未来を見据えた、医薬品の営業・マーケティングが求められる変革(仮説)」、第2回が「求められる変革の実現への課題(製薬企業での取り組み事例から)」、第3回が「課題を踏まえた上での変革実現へのロードマップ」を予定している。連載第1回は、業界全般に関する内容であることからPwCコンサルティング伊藤が中心的に執筆した。

1. 近い将来、製薬メーカーが求められる取り組み(仮説)

営業・マーケティングに携わる方々が直面するだろう変化を見ることから議論を始めたい(図1)。

●起こり始めている未来(環境変化)

①顧客の変化

まず、顧客である医師について述べる。例外的措置ではあるが、今年4月のオンライン診療(初診)の解禁に着目したい。オンライン診療が広がるほど医師のコミュニケーションがオンライン中心になっていく可能性がある。すでに医師においてもオンラインでの会議などが広がり、「使ってみると便利だ」という意見も聞かれている。つまり、「医局にいる限られた時間だけがオンライン、しかも検索を含むWebサイト閲覧とメールが中心」という状況は変化している。そもそも若手を中心にデジタルコミュニケーションの受容度は高まっている。

次にAIによる診療アシストの活用について。筆者が現場の医師から聞いたところによると「一般的に医師は10%の確率で間違える。医師間でのチェックでそれを1%にすることや(10%×10%=1%)、AIが提示するチェックリストで判断の正しさを確認することが重要」とのことである。国内トップの国立がん専門施設勤務の医師も「スマホは手放せない」と言っている。既に大型の資金調達を行っているAI診断ツール開発ベンチャーもあり、利用が広がる可能性が高いのではないか。

②競合の変化

ここでは異業種からの参入をあげたい。GAFAのような強力なプレーヤーも医療業界への参入を表明しており、最先端のテクノロジーや膨大なデータを活用したビジネスモデルを構築する可能性がある(中国ではユーザーが3億人以上、1日あたりの相談件数が70万件超のオンライン健康相談・病院予約アプリが存在。)。

ビッグデータを活用した「ケア」(≠キュア)に関する新サービス、ゲノム医療、治療アプリその他のメドテックなど、既存医薬品の代替プレーヤーに注視が必要である。

③自社の変化

薬価制度の改定など、現在の医療財政に鑑みると製薬メーカーへのコストプレッシャーは増していくと想定し得る。その結果、すでにMR数は減少傾向にあるが、販管費・マーケティング予算が縮小傾向に入っていき、各種活動の一層の効率化(ROI向上)が不可避となる可能性がある。

●製薬メーカーに求められること(仮説)

①非対面コミュニケーション強化

医師側のニーズの変化にあわせ、メーカー側も情報提供方法を変えていく必要がある。例えば、職務全般でのオンラインコミュニケーションのウェイトが高まっていくのにあわせ、そもそもの医師とのオンラインでのコミュニケーションの仕組み、そして適時・適切なコミュニケーションを取れる体制作りが必要である。

デジタルにはすぐにつながれるはずなので、恐らく「知りたいときに直ぐに知りたい(今すぐ、目の前の問題を解決したい)」というニーズが格段に強まるだろう。このニーズの充足力が営業・マーケティング領域での競争力の源泉となる可能性がある。

なお、非対面コミュニケーションの拡大は「限られた対面でのコミュニケーション機会の重要性」の拡大にもつながると考える。そして、そこは「人間力・総合力」で勝負する場面かもしれない。非対面では創造し得ない価値をどのように生んでいくのかという問いと向き合うこととなる(このテーマは既に識者間で議論が始まっている)。

②専門家の活用とチーム対応の強化

上述のとおり「知りたいときに直ぐに知りたい」というニーズの強まりへの対応に加え、医師がAI診療アシストツールを利用している場合、異業種からの新規参入がある場合(GAFAやメドテック等)など、医師にとってどのような情報が有益なのか再定義が必要となるように思われる。例えば、身近なところでは多くのメーカーが自社ウェブサイトを運営しているが、クリニカルクエスチョンにすぐに答えられる形(UI・コンテンツ内容)になっているだろうか。大学病院などの医師から高度な質問・学術的な質問が来た場合、すぐに期待を上回る形でそれに答えられるだろうか。将来的には、すぐに専門スタッフが、さらには各領域の専門家がチームとなりオンラインで対応できる体制を構築していく必要があると考える。非対面コミュニケーション(オンライン)では物理的制約がなく、専門性を持つメンバーの組み合わせによる柔軟な情報提供が容易なはずである。

なお、専門家の活用による情報内容の質の変化(質の向上)は、非対面コミュニケーションの強化につながる可能性もある。多くの企業でデジタル活用(一般的・現実的にはメールとWeb講演会)の強化を目指しているが、最大の課題はリーチの狭さである。現状のリーチでのデジタルシフトは非現実的であり、数多くのチャレンジを「経験」されてきた方であれば「非対面コミュニケーション強化」と聞いたときに、リーチ率の問題が気になったであろう。デジタル施策のリーチについては現在の延長線上に「解」があるとは想像しにくく、専門家の活用がこの問題の「解」につながる可能性があると考えている。

③アナリティクスの強化(専門コンピテンスの獲得)

対面ゆえに強力な効果を持つクロージングなどによる売上獲得機会が減ることで、一層、提供する情報の質が競争力に影響力を持つようになると想定すると、顧客インサイト獲得に向け体系的な仕組みが必要となる。

どのようなデータを収集することで仮説を構築し、かつ検証していくのか。そのサイクルをどれほど早く回せるのか、そのオペレーションはブランドチームとCoE(センター・オブ・エクセレンス)部署のどちらが担うのか、組織やオペレーション(人材育成・獲得、情報システム含む)まで議論することになるだろう。

また、オンラインでのコミュニケーション中に、顧客ニーズの充足に向けたリコメンデーションが表示されるような仕組みも広がっていくと推測される(他業界のコンタクトセンターなどではAIを使った同仕組みの検討・利用が始まっている)。

なお、参考までに、次世代のアナリティクス・マーケティングの姿として製薬以外での先進事例にも触れておきたい。例えば、常時、全車両の走行データを収集し運転支援などのプログラムを更新している自動車メーカー、店舗で購入する際もフードコートで料理を食べる際も、店舗にあるものを自宅で注文し配達させる際も同じアプリから購入させ、データを統合・蓄積・分析し品揃えなどを最適化している生鮮食料品業(中国ではフードロスが節減されたという事例もある)、ID登録後にWebでチケットを購入させ、入場後は出力されたチケットから地磁気データを取ることでアトラクションなどの利用状況を把握し、それを顧客IDごとにWeb上での行動と統合・分析することで継続的に顧客体験を強化しているテーマパークなど、既に未来を見ているかのような事例も多数存在する。製薬メーカーにおいても新しいアナリティクスや戦略の在り方をダイナミックに変えていくタイミングかもしれない(図2-1、図2-2)。

2. 3つの変革の方向性についての「現状」

近い将来に製薬メーカーが求められていく取り組みの仮説を紹介してきた。ここでは、これらに関する製薬メーカーの現状を述べていきたい。

①非対面コミュニケーション強化

2000年台初頭からeプロモーションが本格的に開始され、現時点でそこに取り組んでいないメーカーは少ない。また、重要性の認識により利用量は右肩上がりとなっている。しかしながら、活用方法は多くの企業で未だ同一コンテンツの一斉配信に止まっており、20年前からの大きな変化は見付けにくい。本社から配信されるメルマガも同様である。

一方、一部の企業でMRによるメールでの医師へのアプローチが浸透し、かつ上手く活用し処方獲得を実現できているケースが散見されるのは進歩と言えそうだ。

さらに、最も進んだ企業では、MRがWeb上で医師とメール以外の手段でコミュニケーションを行うことにチャレンジしている。医師側の変化と相まって顧客体験の向上や効率性の改善につなげていけるかもしれない。

②専門家の活用とチーム対応の強化

プロモーションコードの改定などにより、医師とのコミュニケーションの内容は大きく変化してきたが、専門性の高い情報を提供できるようになってきているかは意見が分かれそうである。

ここでは、ポジティブな変化としてリモートMR(メディカル部門ではリモートMSL)をあげておきたい。これらを積極活用している先進企業では、メンバーの専門知識の豊富さゆえ営業現場からのサポート依頼も多いなど情報提供の質の向上に貢献している。同時にリピート利用する医師割合が向上しているなど、リモート部隊でのナレッジ蓄積も進んでいる。リモートMRなどの活用企業がアドバンテージを形成し始めているとも言えそうである(このことは非対面コミュニケーション強化に関するアドバンテージ形成にもなる)。

③アナリティクスの強化(コンピテンスの獲得)

先進企業ではAIの利用を開始しており、テクノロジーやスキルベースでは進化が見られる。例えば、外資系を中心に予算策定時の投下ディテール量のシミュレーションではARIMAモデルや状態空間モデルなどを活用している。しかしながら、営業・マーケティングのアクションの進化には至っていない企業が多い印象である。

最大の理由は「分析をデザインできる人材の不足」ではないだろうか。仮説を構築し、その検証に必要なデータや分析アプローチをデザインできる人材が少ない。分析は分かるがマーケティングの知見・現場感がない、もしくはマーケティングは分かるがデータ獲得から分析、アクションプラン策定までの全体像を描き切れないというケースは多い。その結果、「顧客インサイトがなく現場で活用されない分析」「実益を生まない分析」が散見される。なお、これは製薬業界に限ったことではなく、むしろ他業界での方がクリティカルな問題かもしれない(エビデンスの理解・活用にはじまり製薬業界は他業界よりデータ利用に慣れている)。

3. 将来に向けた「兆し」

ここまで述べてきたとおり、各領域でチャレンジが始まっているのはグッドニュースであるが、加えて、現場レベルで先行して変革が起こり始めていることも将来への「兆し」として紹介したい。

実際にファイザー株式会社アップジョン事業部門での分析で見えてきたことは、これまで信じられていた定説が崩れていく中で、ブロックバスターモデルで行ってきた粒度の粗い効果検証では、適切なプロモーション効果のシグナルをとらえきれなくなっているということである。

医師のタイプも多様化しており、情報の入手経路、診療科、所属施設での勤務形態、主に見ている患者像、当然であるがそれぞれの医師にとっての利便性、好みは異なっており、提供する情報の内容だけでなく、提供の仕方やタイミングについて適切に対応しないと、メッセージを伝えることは難しくなっている。自分の担当顧客を熟知しているMRは、直接の対話の中で何がベストなのかを把握し、これまで当たり前に工夫を凝らしてやってきたことだと思うが、デジタル化が進む中で、分析結果だけでなく、コンテクストを理解したうえで分析から得られた示唆をどれだけ再現できるかが成功のカギになるのではないかと考える。

こういった経験をすると、今回、仮説としてあげた変革テーマの実現にもしっかり邁進していける可能性が高いように感じる。是非、チームワークを発揮し、共に変革を成し遂げていきたい。

執筆者

ファイザー株式会社 アップジョン事業部門GTM戦略部長 金生 良太
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 伊藤 賢

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

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