【第7回】 脱炭素と資金調達の関係は?

※本稿は、2023年6月10日号(No.1679)に寄稿した記事を転載したものです。
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この記事のエッセンス

  • SDGsやパリ協定の採択等、サステナブルな社会の構築が大きな課題となっており、サステナブルな社会を実現するために、新たな産業および社会構造への転換が必要とされている。この際、必要とされる構成要素の1つが金融とされている。サステナブルファイナンスは、規制当局、機関投資家、資産運用会社等が影響を及ぼす。
  • 1つの試算として、今後10年で、官民協調で150兆円の脱炭素投資が必要とされている。グリーンファイナンスには、地球温暖化対策や再生可能エネルギー活用等の環境分野への取組みに特化した資金を調達するためのグリーンボンドやグリーンローンがある。この他、グリーンボンドとグリーンローンならびにサステナビリティ・リンク・ボンドとサステナビリティ・リンク・ローンも利用されている。脱炭素社会の実現に向けた長期的な戦略にのっとり、着実なGHG削減の取組みを行う企業に対し、支援を目的としたトランジション・ファイナンスも整理されている。

はじめに

有価証券報告書においてサステナビリティ情報の開示が義務化されるなど、カーボンニュートラルを目指した脱炭素の取組みが待ったなしの状況となっている。経理部門は、気候関連の情報開示やグリーンボンドによる資金調達など、脱炭素の取組みに関与する機会が増えると予想され、ある程度の知識が必要となる。しかし、伝統的な財務会計に基づく情報の開示とは異なる分野であるため、理解が進みにくい状況にあると推察される。

そこで、脱炭素の基礎的な事項および経理部門に関連する事項を、わかりやすいQ&A形式で解説していく。第7回は、脱炭素とファイナンスの関係について解説する。なお、記載については、筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。

Q1 脱炭素とファイナンスの関係

脱炭素をはじめとするESGと、ファイナンスはどのような関係があるのか。

(1)ESGとファイナンス

脱炭素に向けて何をしなければいけないのかについては、パリ協定で明らかにされ、脱炭素に向けた活動、企業が何を利害関係者に報告するのかについても、気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、「TCFD」という)が作成し公表した最終報告(以下、「TCFD提言」という)により明らかにされた。TCFD提言により推奨された開示も参考に、銀行、保険会社、アセットオーナーおよびアセットマネージャーは、資金を提供するか否か、および投資対象とするか否かの判断を行っている。

脱炭素への対応や環境、社会およびガバナンス(以下、「ESG」という)への全般的な対応など、多くのファイナンスに関する取組みが存在する。まず、脱炭素を含むサステナブルファイナンスについて説明する。

(2)サステナブルファイナンス

サステナブルファイナンスは、「持続可能な経済社会システムの実現に向けた広範な課題に対する意思決定や行動への反映を通じて、経済・産業・社会が望ましいあり方に向けて発展していくことを支える金融メカニズム、すなわち、持続可能な経済社会システムを支えるインフラと位置付けるべきものと考えられる」(金融庁「サステナブルファイナンス有識者会議第1次報告書」)とされている。

SDGsやパリ協定の採択等、サステナブルな社会の構築が大きな課題となっており、サステナブルな社会を実現するために、新たな産業および社会構造への転換が必要とされている。この際、必要とされる1つの構成要素が金融である。金融機関における資金の運用とすべての企業における資金の調達は表裏一体である。脱炭素をはじめとするESGを含むサステナビリティに、これらが結びついている。お金がすべてではないが、何事もお金がないと始まらないのである。

環境に対する配慮は、気候変動の「緩和」と気候変動への「適応」だけでなく、「生物多様性の保全」、「汚染防止」、「循環型経済・社会への移行」など、より広範な項目を含むと考えられている。

また、社会的配慮は、「人権問題」だけでなく、「不平等」、「包括性」、「労使関係」、「人的資本およびコミュニティへの投資」の問題にも及ぶと考えられている。公共および民間機関のガバナンスは、経営構造、従業員関係、役員報酬などを対象とするだけではなく、意思決定プロセスに環境および社会的配慮を確実に含めるうえで基盤としての役割を果たすと想定されている。

サステナブルファイナンスは、規制当局、機関投資家、資産運用会社等が影響を及ぼし、さまざまな施策、取組みが実施されている。その取組み全体像は、図表1のとおり、「開示の充実」、「市場機能の発揮」、「金融機関の機能発揮」、「横断的施策」等、幅広い。

サステナビリティを実現するには、複雑で進化する社会における課題をどのように解決するかが重要である。サステナビリティに関連するデータの提供、分析作業、手段の設計、技術支援をとおして、規制当局や投資家が金融システムの「グリーン化」を支援する活動が期待されている。

図表1 サステナブルファイナンスの取組みの全体像

Q2 どのようなファイナンスの手法があるのか

企業の脱炭素の取組みを支援するためのファイナンスには、どのような手法があるのか。

グリーントランスフォーメーション(以下、「GX」という)実現に向け、今後10年を見据えたロードマップである、「GX実現に向けた基本方針」が、2023年2月に閣議決定された。巨額のGX投資を官民協調で実現するため、「成長志向型カーボンプライシング構想」の実現・実行を推進し、「GX経済移行債」等を活用した大胆な先行投資支援(規制・支援一体型投資促進策等)、カーボンプライシングによるGX投資先行インセンティブ、新たな金融手法の活用を講ずるとしている。

「GX経済移行債」等の活用により、国として20兆円規模の大胆な先行投資支援の実行を表明しているが、GX実現に向けた1つの試算として、今後10年で、官民協調による150兆円の脱炭素投資が必要とも見積られている。

国内外の個人金融資産、企業の内部資金を脱炭素投資につなげる橋渡しとして、グリーンファイナンス機能の強化および充実が必要とされている。より広い概念のサステナブルファイナンスの一部として、脱炭素を対象とするグリーンファイナンスがあり、地球温暖化対策や再生可能エネルギー活用等の環境分野への取組みに特化した資金を調達するための債券(グリーンボンド)や借入(グリーンローン)を提供している。

グリーンボンドとグリーンローンならびにサステナビリティ・リンク・ボンドとサステナビリティ・リンク・ローンの関係をまとめたのが図表2である。

図表2:グリーンボンド、サステナビリティ・リンク・ボンド、グリーンローンおよびサステナビリティ・リンク・ローンの比較

 

グリーンボンド グリーンローン サステナビリティ・リンク・ボンド サステナビリティ・リンク・ローン
特徴
  • 企業や地方自治体等の発行体が、国内外の適格なグリーンプロジェクトに要する資金を調達するために発行する債券
  • 調達資金またはその相当額が適格なグリーンプロジェクトにのみ充当される
  • 調達資金が確実に追跡管理される
  • 発行後のレポーティングを通じ透明性が確保される
  • 企業や地方自治体等が、国内外のグリーンプロジェクトに要する資金を調達する際に用いられる融資
  • 調達資金の使途がグリーンプロジェクトに限定される
  • 調達資金が確実に追跡管理される
  • 融資後のレポーティングを通じ透明性が確保される
  • 企業や自治体等の発行体が、事前に設定した将来的なサステナビリティ/ESGに関連する目的の達成状況に応じて、財務的および構造的な特徴が変化する可能性のある債券
  • 発行体が事前に設定していたサステナビリティ/ESGに関連する目的が達成されたかは、次のように測定および評価される
    • 事前に設定されたKPI指標によって測定される
    • 事前に設定されたSPTsに照らして評価される
  • 借り手が野心的かつ事前に定められたサステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット(SPTs)の達成を奨励する融資
  • 借り手の包括的な社会的責任に係る戦略で掲げられたサステナビリティ目標とSPTsとの関係が整理され、次のように測定および評価される
    • 事前に設定されたKPIによって測定される
    • 適切なSPTsによってサステナビリティの改善度合を評価および測定される
調達側のメリット
  • グリーンボンド発行に関する取組みや投資家との対話を通じたサステナビリティ経営の高度化
  • 新たな投資家層の獲得による資金調達基盤の強化
  • グリーンプロジェクト推進に関する積極性のアピールを通じた社会的な支持の獲得
  • 比較的好条件での資金調達の可能性
  • サステナビリティ経営の高度化
  • 新たな貸し手との関係構築による資金調達基盤の強化
  • グリーンプロジェクト推進に関する積極性のアピールを通じた社会的な支持の獲得
  • 比較的好条件での資金調達への期待
  • サステナビリティ・リンク・ボンド発行に関する取組みや投資家との対話を通じたサステナビリティ経営の高度化
  • 新たな投資家層の獲得による資金調達基盤の強化、投資家との対話による調達の安定化
  • サステナビリティ経営に係る取組みおよび環境ならびに社会面で持続可能な経済活動の推進に関する積極性のアピールを通じた社会的な支持の獲得
  • サステナビリティ・パフォーマンスの向上による金利条件等におけるインセンティブ
  • サステナビリティ経営の高度化
  • 新たな貸し手との関係構築による資金調達基盤の強化
  • サステナビリティ経営に係る取組みおよび環境ならびに社会面で持続可能な経済活動の推進に関する積極性のアピールを通じた社会的な支持の獲得
  • サステナビリティ・パフォーマンスの向上による貸出条件等におけるインセンティブ
投資側のメリット
  • ESG投資の1つとしての投資
  • 投資を通じた投資利益と環境および社会面からのメリットの両立
  • グリーンプロジェクトへの直接投資
  • エンゲージメントの実施
  • リスクヘッジ
  • ESG金融の1つとしての融資
  • 融資を通じた投資利益と環境および社会面からのメリットの両立
  • グリーンプロジェクトへの融資
  • 借り手との深い対話(エンゲージメント)を通じたサステナビリティの向上
  • ESG投資の1つとしての投資
  • 投資を通じた投資利益と環境および社会面からのメリットの両立
  • 発行体のサステナビリティ・パフォーマンス向上の動機づけ
  • エンゲージメントの実施
  • ESG融資の1つとしての融資
  • 融資を通じた経済的利益と環境および社会面からのメリットの両立
  • 借り手のサステナビリティ・パフォーマンス向上の動機づけ
  • 借り手とのサステナビリティに関する深い対話(エンゲージメント)

(出所)環境省「グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン2022年版」ならびに「グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン2022年版」をもとに筆者作成

(1)特徴

① グリーンボンドとグリーンローンの特徴

企業や地方自治体等(以下、「企業等」という)が、国内外の適格なグリーンプロジェクトに要する資金を調達するために発行する債券および融資である。よって、調達資金の使途は、グリーンプロジェクトに限定されている。また、調達資金が確実に追跡管理され、それらについて発行後および融資後のレポーティングや、外部レビューを通して透明性が確保されている。

② サステナビリティ・リンク・ボンドとサステナビリティ・リンク・ローンの特徴

主要な業績指標(以下、「KPI」という)とサステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット(以下、「SPTs」という)が設定される。KPIは、目標の達成状況を測るための指標である。事前に設定された目標であるSPTsは、その指標において達成すべき水準を意味する。このため、KPIとSPTsは、発行体または借り手の中核となるサステナビリティおよび事業戦略、企業等の属するセクターの関連する環境、社会およびガバナンスの課題にとって重要である必要があり、経営陣のもとで管理される必要がある。

(2)調達側のメリット

① 4つの商品に共通した調達側の企業等のメリット

債券の発行および借入を通して、調達側の企業等の組織内のサステナビリティに関する戦略立案と遂行、リスクマネジメント、ガバナンスの体制整備につながる可能性がある。これらは、調達側の企業等がTCFD等のESG情報開示の要請に応える一助にもなると予想され、調達側の企業等の中長期的なESG評価の向上、ひいては企業価値の向上に資すると考えられる。

また、債券の発行および借入に伴う情報開示、透明性確保も重要である。そして、地球温暖化をはじめとした環境問題の解決に資する性質を有する投資対象を高く評価する投資家等、新しい投資家層の獲得およびESG融資を選好する金融機関等との新たな関係の構築につながり、資金調達基盤の強化につながる可能性がある。また、調達側の企業等は、債券発行や借入により、グリーンプロジェクト推進に関して、積極性をアピールでき、これらを通して、調達側の企業等の社会的な支持の獲得につながる可能性がある。

② グリーンボンドとグリーンローンの調達側の企業等のメリット

調達側の企業等が行う、事業性を有する再生可能エネルギー事業供給などから得られるキャッシュ・フローを、利払いや償還の原資とする資金調達である。事業に関する評価に精通した投資家等および金融機関や、ESG融資を選好する金融機関等から、比較的好条件で資金の調達が期待される。

③ サステナビリティ・リンク・ボンドとサステナビリティ・リンク・ローンの調達側の企業等のメリット

調達側の企業等のパフォーマンスの向上を促すために、1つまたは複数の主要なKPIを使って測定されるSPTsを、金利条件等または貸付条件と連動させるなどのインセンティブが組み込まれる。サステナビリティ経営の高度化により、ESG投資やESG融資を選好する投資家等および金融機関等から、比較的好条件で資金を調達できる可能性がある。

(3)投資側のメリット

① 4つの商品に共通した投資側の企業等のメリット

機関投資家のなかには、一定規模のESG投資をコミットしている主体がある。このような機関投資家にとって、サステナビリティ・リンク・ボンドは、自らのコミットメントに明確に合致し、かつ、発行体のデフォルト等がない限り安定的なキャッシュ・フローをもたらす投資対象となると考えられる。

コミットを行っていない投資家や貸し手においても、これらの投資または融資により、借り手のデフォルト等がない限り安定的なキャッシュ・フローを獲得しつつ、環境および社会面で持続可能な経済活動の支援をアピールできる。これらの投資や融資を通して投資や融資による利益を獲得しながら、資金供給を通しての環境および社会面のメリットの実現を支援し、持続可能な社会の実現に貢献できると考えられている。また、社会的な支持の獲得につながる可能性もある。

さらに、投資側の企業等が開示する環境改善効果等に関する非財務情報や、SPTsに関する非財務情報の分析および評価により、投資側の企業等のサステナビリティ/ESG戦略への理解の向上が可能となる。

これに基づき、環境改善効果の持続性や環境・社会に対するネガティブな効果等に関する効果的な深い対話(以下、「エンゲージメント」という)の実施が可能となる。投資側の企業等のニーズに合ったソリューションの提供など、多層的な関係構築およびビジネス機会の獲得も想定されている。

② グリーンボンドとグリーンローンの投資側のメリット

「パリ協定」を踏まえ、今後世界がさらなる温室効果ガス削減に取り組んでいくなかで、再生可能エネルギー事業や省エネルギー事業等のグリーンプロジェクトには、大きな投資需要があると考えられる。このような事業に関連する債券への投資や融資の提供により、事業に直接関連した投資が可能となる。

③ サステナビリティ・リンク・ボンドとサステナビリティ・リンク・ローンの投資側のメリット

金利条件等や貸出条件等をサステナビリティ・パフォーマンスに関連づけた条項により、投資側は、企業等側が貸出期間にわたって自らのサステナビリティ経営を高度化するよう動機づけ、ひいては借り手の持続可能な社会の実現に貢献できる。

ただし、パフォーマンスを金利条件等または貸付条件と連動させる条項が、債券や貸付金などの金融商品の投資について償却原価による評価を妨げる考え方を含む会計基準があり、その点につき意見が求められた(例:国際財務報告基準9号適用後レビュー―「分類及び測定」質問3―契約上のキャッシュ・フローの特性)。

(4)発行手続および借入手続

債券においては、発行準備、債券発行、資金管理、利払いと情報開示および満期償還の各段階で実施される通常の債券の発行手続があり、借入においても、借入準備、金融機関選定と審査、契約と実行、資金管理、返済と情報開示および満期償還の各段階で通常の借入手続がある。

これらの通常の手続に加えて、グリーンボンドの発行やグリーンローンの借入においては、追加的な手続が必要となる場合がある。また、サステナビリティ・リンク・ボンドとサステナビリティ・リンク・ローンにおけるKPIとSTPsの存在は、発行手続および借入手続において影響を与えるため、特有の手続が追加される。これらの追加手続を要約したのが次頁図表3である。

図表3:グリーンボンドとサステナビリティ・リンク・ボンド発行時ならびにグリーンローンとサステナビリティ・リンク・ローンの借入時の追加手続

ボンド発行 グリーンボンド発行時の追加手続 サステナビリティ・リンク・ボンド発行時の追加手続
発行準備
  • グリーンボンド発行における手続を検討
    • 調達資金の充当対象プロジェクトの範囲を検討
    • グリーンプロジェクト評価および選定プロセスの検討
    • 見込まれる環境改善効果の算定
    • 資金調達の管理方法およびレポーティング方法の検討
  • グリーンボンドフレームワークの策定
    外部機関による発効前レビューの取得
  • KPIの設定
  • SPTsの設定
  • SPTs達成状況に対する債券の特性の決定
  • 外部機関によるレビューの取得または内部の検証プロセスの策定および実施
  • レポーティング方法の検討
資金管理
  • グリーンボンドによる調達資金の追跡管理
該当なし
利払いと情報開示
  • 環境改善効果の算定およびレポーティング
  • 外部機関による発効後レビューの取得
  • SPTs達成状況の測定およびレポーティング
  • 外部機関による検証の実施
ローン借入れ グリーンローン借入時の追加手続 サステナビリティ・リンク・ローン借入時の追加手続
借入準備
  • 調達資金の充当対象プロジェクトの範囲を検討
  • グリーンプロジェクト評価および選定プロセスの検討
  • 見込まれる環境改善効果の算定
  • 資金調達の管理方法およびレポーティング方法の検討
  • 外部機関によるレビューの取得または自己評価プロセスの策定および実施(必要に応じ)
  • KPIの設定
  • SPTsの設定
  • SPTs達成状況に対するローンの特性の決定
  • 外部機関によるレビューの取得または内部の専門性の開示または開発(必要に応じ)
  • レポーティング方法の検討
資金管理
  • グリーンローンによる調達資金の追跡管理
該当なし
返済と情報開示
  • 環境改善効果の算定およびレポーティング
  • 外部機関によるレビューの取得または自己評価プロセスの実施(必要に応じ)
  • SPTs達成状況の測定およびレポーティング
  • 外部機関による検証の実施

(出所)環境省「グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン2022年版」ならびに「グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン2022年版」をもとに筆者作成

(5)トランジション・ファイナンス

「脱炭素社会」は地球規模で目指すべき将来像であり、実現には多額の資金供給が必要である。2050年のカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現に向けて、温室効果ガス(以下、「GHG」という)の多排出産業を中心に、省エネおよび燃料転換、製造プロセスの見直し等を含む着実な脱炭素化に向けた移行への取組みに対するファイナンスが重要となる。

技術面およびコスト面の双方において、すべての地域や産業が一足飛びに脱炭素化が可能となるわけではない。移行段階においては、脱炭素に至らなくとも低炭素技術の導入により排出削減を進める必要がある。トランジション・ファイナンスは、脱炭素社会の実現に向けて長期的な戦略にのっとり、着実なGHG削減の取組みを行う企業に対し、その取組みの支援を目的としたファイナンス手法である。

これに対応するため、金融庁・経済産業省・環境省より「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」(以下、「基本指針」という)が公表されている。基本指針は、資金調達を行う際の信頼性を確保し、特に排出削減困難なセクターにおけるトランジションへの資金調達手段として、その地位を確立し、より多くの資金の導入により、わが国の2050年カーボンニュートラルの実現とパリ協定の実現への貢献を目的とする。

① 基本指針の概要

基本指針は、国際資本市場協会(The International CapitalMarket Association。以下、「ICMA」という)のクライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブックと同様に4要素(資金調達者のクライメート・トランジション戦略とガバナンス、ビジネスモデルにおける環境面のマテリアリティ、科学的根拠のあるクライメート・トランジション戦略(目標と経路を含む)、および実施の透明性)について、開示に関する論点、開示事項や補足、第三者レビューに関する事項についてまとめている。

基本指針において、トランジション・ファイナンスは、資金充当の対象のみに着目するのではなく、脱炭素に向けた企業の「トランジション戦略」やその戦略を実践する信頼性および透明性を総合的に判断するとしている。また、トランジション戦略は、科学的根拠に基づいた内容であるかを示す必要があり、国際的に認知されたIEA等のシナリオに加え、基本指針ではパリ協定と整合的な国別削減目標、分野別ロードマップ等の参照も可能としている。

② トランジション・ファイナンスの位置づけ

基本指針において、トランジション・ファイナンスの位置づけは、図表4のように表されている。

調達した資金の充当対象は幅広く読めるかもしれないが、トランジション・ファイナンスは、資金調達者がパリ協定と整合した長期目標を実現するための戦略を明確に求められるという点において、より将来に対して積極的な取組みを行う主体へのファイナンスといえる。そのため、トランジション・ファイナンスは、グリーンボンド等と同様に、脱炭素社会の実現に向けて極めて重要な手段として位置づけられている。

図表4 基本指針で対象とするトランジション・ファイナンスの位置づけ

(6)グリーンウォッシュ

債券の発行や借入におけるメリットとして、グリーンプロジェクト推進に関する積極性のアピールを通した社会的な支持の獲得などがあげられている。

このような状況下における懸念点の1つは、グリーンウォッシュである。グリーンウォッシュとは、企業等が、実態を伴わないのに、あたかも環境に配慮した取組みを行っているかのように見せかける対応を指す、whitewash(ごまかし)とgreen(環境)を組み合わせた造語といわれている。

「偽装グリーン」と呼ばれる場合もある。環境に対する意識が高まりつつある状況で、環境対応のブームに乗って虚偽の広告を行う企業が出現しているのである。また、意図的に虚偽の広告を行う意図がなかった場合においても、多くの企業等がカーボンニュートラルの取組みを急ぐ一方で、そこに潜むリスクに気づいていないケースもある。

グリーンウォッシュは、サステナビリティファイナンスのみに関連して生じる問題ではなく、その範囲は、広範に及ぶ。また、グリーンウォッシュは、企業の評判を落とす結果をもたらすが、それだけにとどまらない。海外ではグリーンウォッシュを理由として、罰則や捜査につながる例も生じている。

  1. 「グリーンディーゼル」を謳う企業の広告が不適切であるとして、罰金が科され、対象商品の広告は取り下げられた。
  2. 銀行と同行の資産運用部門グループについて環境や社会に配慮した「グリーン投資」をめぐり、販売において実態よりも「環境重視」、「サステナビリティ重視」を誇張する、いわゆる「グリーンウォッシュ」に関与しているとの報道や内部告発を受け、検察当局が捜査に乗り出した。

インサイト/ニュース

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執筆者

川端 稔

監査事業本部 パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

石川 剛士

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

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脱炭素の取り組みが待ったなしの状況の中、経理部門にも関連する知識を備えることが求められています。本連載では全8回にわたり、脱炭素の基礎的な事項および経理部門に関連する事項をQ&A形式で解説します。(旬刊 経理情報 2023年4月~7月号)

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